195 機械仕掛けの徘徊者
なんと書籍版7巻が、3月の末頃に発売となります!
今回もまた、書き下ろしが幾らかあるようです。
よろしくお願いします。
詳しい詳細は、後日お伝えさせていただきます!
百九十五
「この戦法を使うのは久しぶりじゃな」
そう呟きながら、ミラはダークナイト二体を隣に召喚して、即ダークロードに変異させた。
そうしている内に、最初の一体目だったダークロードが、二合ほど徘徊者と打ち合った末、耐久限界を迎え霧散していく。攻撃に特化した分、徘徊者にそれなりのダメージを負わせていたが、その分、防御に関しては紙もいいところで、強敵との打ち合いには意外と脆かったりする。
近場の障害を排除した徘徊者は、即座にミラへと迫った。
ボス部屋方面に向かう者への対処を優先して動く徘徊者。だからだろう、今度は確実にミラを狙っていた。
「ふむ、流石じゃな……。今すぐは無理じゃが、いずれは破ってきそうじゃのぅ」
響き続ける衝撃音、絶え間なく飛び散り赤々と周囲を照らし出すのは幾千幾万の火花。徘徊者は今、その進行方向を塞ぐホーリーロードを破壊せんと、嵐のようにその刃を振るっていた。
手数で攻めるタイプとはいえ、その一撃には十分な重さがある。そしてこの苛烈なまでの猛攻だ。今すぐとはいかずとも、流石に下級召喚だけで防ぐのは厳しいだろう。
ただそれも、受け続けていたらの話である。
それだけしか見えていないのではというほどに、徘徊者はホーリーロードの巨盾を斬り続けていた。
その直後だ。壁際の上下左右、そして中央にある巨盾の隙間から、無数の黒い刃がにじみ出て、一斉に徘徊者を襲ったのである。
ホーリーロードに張り付くようにして攻撃を続けていた徘徊者は、突如包囲したその刃に反応が遅れ、浅くはない傷をその身に負った。けれど流石というべきか、続く追撃を見事に避けて即座に距離をとってみせる。
ホーリーロードで通路を塞ぎ、それをどうにかしようと躍起になる者を、その裏側からダークロードで一方的に蹂躙する。場所が閉所で、相手が近接のみ、そして一撃でホーリーロードを撃破、またはノックバックする手段がない。これらの条件を満たした時、酷いくらいに効果を発揮するミラ得意の戦法が、これであった。
なお、ゲームだった頃の戦争時、砦防衛戦の際、敵国プレイヤーから散々罵声を浴びせられたのは、言うまでもないだろう。
「近づいてこぬな……」
半径にして約五メートル。どうやら徘徊者は、黒刃が届かない距離を一瞬で見極めたようだ。ぎりぎりの位置からこちらの様子を窺っている。
徘徊者に飛び道具の類はない。そのため近づく以外に攻撃手段はなく、またそれこそが最強の手段である。ゆえに、徘徊者は動き出す。更なる一撃を以って。
ゆっくりと構えてから一気に加速した徘徊者。凄まじい速度をのせた強烈な斬撃が巨盾に炸裂すると、一層激しい火花が散った。十分な溜めをもって放たれたその一撃は、徘徊者が用いる最強の一手だったのだろう、鉄壁を誇るホーリーロードの巨盾に深い傷を穿った。
そして、その後の動きも見事だった。接近を待っていた黒刃が徘徊者を襲うも、無数にうねるその刃は一つ二つと傷を与えるが決定打にはならず、徘徊者の見事な身のこなしによって浅い傷だけで止まったのだ。
一瞬の攻防の後、徘徊者は一足で飛び退き距離をとる。黒刃がある限り、近場に留まり続けるのは不利と判断したのだろう。基本に忠実なヒットアンドアウェイだ。
それは正に、かつてミラが相対したプレイヤー達の動き通りに。
徘徊者が着地した直後、待ち構えていたとばかりに、その周囲を六本の黒い腕が囲んだ。そして、手にした聖剣を振り下ろす。
その六撃は、着地による硬直で固まっていた徘徊者に直撃する。強烈な衝撃と、金属がひしゃげる音が響いた。
「ふむ、我ながら、とんでもない組み合わせを生み出してしまったものじゃな」
部分召喚に聖剣サンクティアを合わせた痛烈な六撃は、完璧なタイミングで徘徊者を捉えた。初めからこの瞬間を虎視眈々と狙っていたミラは、酷く斬り裂かれた徘徊者を見つめ呟く。
聖剣サンクティア。ミラの技量では直接振るえないが、ダークナイトという確かな使い手の腕を借りればその真価を十分に発揮出来る。そして放たれた斬撃は聖剣という名の通り、非常に強力であり、それは部分召喚という形でも存分に発揮された。
「まあ、乱発出来ぬのが欠点といえば欠点じゃな」
試してみた結果を踏まえて、そう分析するミラ。部分召喚自体ならマナの消費はとても低い。けれど、聖剣というだけあってサンクティアの召喚は、結構なマナがかかる。部分召喚の要領でマナを抑えた場合、サンクティアは実体化すら出来ないので、この場合も一回の召喚と同じだけのマナを消費するのだ。
けれど、部分召喚という不意打ち性と、聖剣の威力を考えれば、十分に実用レベルといえるだろう。
ミラは、この結果をしかと覚え、次の研究に役立てようとほくそ笑んだ。
(さて、ソウルハウルは──)
上手くやっているだろうか。ミラがそう思いながらボス部屋の方へ振り向いたその時だ。金属の皿を無数にばら撒いたかのように耳障りな音が、背後から響いてきたのである。
「なんじゃ?」
ミラが徘徊者へ向き直ったその瞬間、強烈な衝撃音と共に火花が飛び散り、そして通路を塞ぐ重厚なホーリーロードが僅かばかり押しやられた。
「なるほどのぅ……強化装甲というやつじゃったか」
鋭い一閃。巨盾の隙間から覗いたそれは、古びた人造人間とでもいうような、どことなく特撮ヒーローを彷彿とさせる、ミラが知る通りの徘徊者の姿であった。見るとその背後には大きく穿たれた金属板が無数に転がっている。つまり聖剣が切り裂いたのは、いってみれば外部装甲だけだったという事だ。
そんな本来の姿となった徘徊者を黒刃が狙う。しかし、装甲を脱ぎ捨て身軽になったからか、徘徊者の速度は目に見えて上昇しており、その全てを見事な身のこなしで回避してみせた。
そして再び距離をとるべく後方へ跳躍した徘徊者は、着地の硬直を狙ったミラの部分召喚をも、華麗な後方宙返りで躱す。その姿たるや、特撮ヒーローの如くである。
「強化外装をパージして、速度上昇か。まさかのお約束展開じゃのぅ」
ミラは、いつか見たロボットアニメを思い出しながら呟く。強化外装による防御力の向上、様々な追加兵装。徘徊者の場合は防御力のみであったようだが、それらが使いものにならなくなった時、全てを解除する事で、本来の速度を取り戻す。主人公機体の場合は大抵が速度重視であるため、解除後は水を得た魚のように戦場を駆け抜ける。しかも外装があった時を超える活躍ぶりでだ。
徘徊者の強化外装は、正にそれだった。修行用の重りを捨てましたとばかりに、フットワークは軽くなり、そして速度も飛躍的に伸びている。
「ふむ……一撃の威力も上がっておるな」
徘徊者が再び加速して斬撃を繰り出した。それをよく観察していたミラは、その一撃によって穿たれた巨盾の傷が深くなっている事に気付く。
徘徊者本体だけでなく、その斬撃の速さも相当に増していた。速さは力にも成り得る。ゆえに、強化外装を解除した事で、徘徊者は本当に何かのヒーローのようにパワーアップしたのだ。
(重量が落ちれば攻撃は軽くなるものじゃろうに。まあ、寄せ集めのように見えた装甲ではそんなものなのかのぅ)
初見の徘徊者は、見た目からしていびつであった。きっとそのせいで動きやバランスが悪くなり、それが斬撃に影響していたのだろう。つまり今は、万全の状態による一撃というわけだ。
「では、第二陣形じゃな」
徘徊者の一撃は、その鋭さだけでなく、僅かながらホーリーロードを後退させるだけの衝撃力も秘めていた。かなり威力が上昇している証だ。この分では、切り裂かれるより早く、粉砕される恐れも出てきた。
けれどミラに焦った様子は微塵もなく、徘徊者のその更に後ろを睨む。
徘徊者は、黒刃が届かないギリギリの位置で構えている。そして十分に溜めを作ってから一気に加速し、最高の一撃を放つというヒットアンドアウェイを繰り返した。
そう、徘徊者の一撃は助走距離が必要という事だ。そんな徘徊者が立つ位置は、約五メートル先。
それは、ミラの召喚可能範囲のずっと内であった。
重心を低く構えた徘徊者が駆ける。その直後、巨盾を刃が穿ち、赤々とした火花が散った。ミラは、その光景を前ににやりと笑みを浮かべ、召喚術を発動する。
黒刃を避けて飛び退く徘徊者。その際に、ミラは徘徊者と目が合ったのを感じた。どうやら相手は、ミラを観察していたようだ。そして術の起動を確認し、タイミングを合わせて部分召喚を見切っていたのだろう。
機械仕掛けの徘徊者。マキナガーディアンを除外すれば、古代地下都市最強という肩書は伊達ではないという事だ。
だが一つだけ、徘徊者は見抜けていなかった。
それはミラが、どんな召喚術を発動させたかをだ。
徘徊者は着地と共に、部分召喚を警戒してか素早く側転する。けれど、それは現れない。
ただ代わりに、徘徊者より更に向こう側に、ホーリーナイトが二体並んで召喚されていた。その立ち位置は、ホーリーロードと向かい合うような形だ。
瞬間、その意図を理解したのか、徘徊者がホーリーナイトに斬りかかる。
「もう遅いわい」
ミラは僅かに口角を吊り上げながら、そのホーリーナイトを共に変異させる。
強烈な衝撃音が響き火花が散った。それは、徘徊者の刃が、新たに現れたホーリーロードの巨盾に阻まれた証だった。
「どこでも袋の鼠陣、ここに完成じゃ!」
前も後ろも逃げ場なし。巨盾によって通路を完全に封鎖し、徘徊者をその内に捕らえたミラは、どうだといわんばかりの表情で、隙間から徘徊者を覗き見る。
徘徊者は、暴れていた。最大限に助走をつけて、最大の斬撃をホーリーロードに打ち込んでいく。状況を理解しているのだろう、その猛攻は苛烈を極めた。
しかし、だからといってホーリーロードが容易く抜かれるはずもなく、それどころかミラの命令を受けてその重厚な体をゆっくりと前に進め始めていた。
向かい合うようにして前後を塞ぐホーリーロードが、その足を進めていく。するとどうなるかなど、わかりきったもの。一メートル、二メートルと、徘徊者が動ける空間が侵食されていった。
徘徊者は、まるで檻の中で暴れる猛獣のように駆け回り、ホーリーロードを斬りつける。しかし、その檻が狭まっていくにつれて助走距離も短くなり、初めの頃よりも随分と威力が下がっていた。
そこから更に、一メートル、二メートル。とうとう手を伸ばせば前後に届く程度まで距離が縮まり、徘徊者は助走どころか、存分に刃を振るう事すら出来なくなる。
「さて、最終段階じゃな」
そう呟いたミラは、更なる指示をホーリーロードに下す。するとそれを受けて、四体のホーリーロードが動き始める。巨盾を器用に動かし、更に中心の空間を狭めていき、遂にはそれぞれが巨盾一枚ずつで、徘徊者を包囲する形となったのだ。
前後だけでなく、四方を巨盾で囲む。まるで聳える棺のようなその内側から、徘徊者が抵抗する音が響いてくる。
「あの機械仕掛けの徘徊者とて、こうなってはもう手も足も出まい」
ミラは巨盾と巨盾の隙間から、暴れ続ける徘徊者の姿を覗き見つつ静かに微笑むと、最後の命を下した。
二体のダークロードが、ゆっくりと前に出る。そして巨盾の檻の前後に立つと同時、いよいよ討伐という名の処刑が始まった。
二体のダークロードが放った無数の黒刃が、巨盾の僅かな隙間より内部へ侵入し、そこに囚われた徘徊者を容赦なく切り裂いていく。その光景たるや、本当に種も仕掛けもない剣刺し箱そのものだ。
黒刃が揺れるたび、抵抗の音が激しくなる。だが、二度三度と繰り返す毎に、それは弱弱しくなっていき、八度目が振るわれた時、遂に音が止んだ。
「ふむ、終いか。なかなか粘ったのぅ」
一度ダークロードに刃を引かせたミラは、隙間から中を確認してそう呟く。
隙間から見えた徘徊者。それは最早、原型を留めていない鉄くずと化していた。
巨盾の一枚を開かせたところ、がしゃりと無機質な音が響き、これでもかと切り裂かれた徘徊者の残骸が流れ落ちる。どれが腕でどれが脚かも判別出来ないほどの破壊っぷりである。
「わし、孔明」
素早い敵の動きを封じ、一方的に叩きのめす。見事に策が嵌ったとミラは上機嫌にふんぞり返った。
『いやはや、実に見事だ。その容赦のない戦いぶり、我は気に入った』
『私は、正面から全力でぶつかり合う方が好きよ。力と力、技と技、素敵よね』
完全に観覧モードな精霊王とマーテルの声が脳裏に響く。ミラはそんな、どことなく締まらない徘徊者との決着に苦笑した。
ちなみに、かつてこの包囲陣によって討たれたプレイヤーは、こう仲間に零したという。「俺、二度とダンブルフとは戦いたくない」と。結果、こういった事が積み重なり、ダンブルフは、九賢者の中で相手にしたくない者筆頭に輝いていたりする。けれどこれは、ミラ自身は与り知らぬ話であった。
先日、少々母方の実家に帰りまして、久しぶりにしっかりとしたご飯を食べてきました。
しかも、プロの料理人作です。母方の実家は、民宿なのですよ。
特製の焼売や伊勢海老出汁のおでんなどを、お腹いっぱい堪能してきました。
そして、なんと帰りは特急に乗りましたよ!
実に快適でした。
それとあれなんですね。車内販売って特急にあったんですね。テレビではちらほら見た覚えがあるのですが、遭遇した事がなかったのは、普通電車にばかり乗っていたからだったのだと、この歳になって気付きました。
車内販売で売っているものって、何だかどれも美味しそうに見える不思議。
しかし、特急なんて贅沢をしたので、ぐっと我慢しました。
いつか、車内販売で豪遊したいものです。