192 上級解禁
百九十二
『ミラ殿。器が完成したぞ』
『おお、了解じゃ』
写し終えたソウルハウルの研究書のコピー。それを切り分け束ね終わったところで、丁度精霊王から報告が入った。
「準備が出来たようじゃぞ」
「わかった」
ミラがそう声をかけると、ソウルハウルは『写し紙』を切り分けていたその手を止める。そして適当にまとめてから、ミラに歩み寄る。
ミラが手を差し出すと、ソウルハウルは無言のままその手を握った。
『待たせてすまないな。だがその分、予想以上の仕上がりになったので、期待してくれ』
『たっぷりと愛を込めましたわ』
繋がりを通して、精霊王とマーテルの声が響いてくる。その声にソウルハウルは「ああ、期待させてもらう」と応え、「で、どうすればいい?」と続けた。
『これより、こちらで作った器を、ソウルハウル殿のマナと同調させる。繋がれば感覚でわかるはずだ。それを感じたら、術を使う時と同じ要領で、マナを注いでくれ。それに合わせて、我とマーテルで調整しよう。あと、完了するまでは手を離さぬようにな』
精霊王がそう説明すると、ソウルハウルはしっかりとミラの手を握り直し、集中するために目を閉じる。
「よし、やってくれ」
『では、始めよう』
精霊王の声が響くと共に、ミラの全身に精霊王の加護紋が浮かび上がった。するとそれは、ミラの手を伝い、ゆっくりとソウルハウルに伸びていく。
ミラは、その様子をじっと見守る。この時、ミラはただの中継役であり、出来る事は何もなかった。けれど、だからこそか、状態だけは把握出来ていた。
器と、ソウルハウルが無事に繋がった。そして、マナが注ぎ込まれていく。
瞬間、ミラはこれまでに覚えのないような気配を感じ取った。それはソウルハウルのマナに憑りついていた、異質な気配だ。ミラはその異質な何かが、理に逆らった罰の欠片、つまり反動だと直感する。
それが今、ソウルハウルから器に注がれていった。
『よし、成功だ。流石ミラ殿の友人だな。マナの制御が実に見事だった』
どうやら反動を移し替えるという試みは上手くいったようだ。そうソウルハウルを称賛した精霊王は、『これは良い暇つぶし材料が出来たぞ』と、不敵に笑う。
『上手くいくと、良いですね』
精霊王の言葉に対して、マーテルもまた少し嬉しそうだ。
何の事かと問うてみると、今回作った器は客観的に反動を観察出来る構造らしく、これの研究次第では、反動を抑え込み再び精霊王が現世に降り立つ事が出来るかもしれないという事だった。
『いやはや、こう言うのもなんだが、ソウルハウル殿のお陰だ。あの術式理論がなければ、この発想は生まれなかった。感謝するぞ』
「礼を言うのは、俺の方だと思ったんだがな。まあ、役に立ったのなら幸いだ」
ソウルハウルは、精霊宮殿から出られない割に、なんだかんだで自由な様子の精霊王に苦笑する。
「して、成功という事は、上級の術が解禁されたというわけじゃろう。どうじゃ、変わったか?」
精霊王が自由になる可能性を得た点は喜ばしい事だが、それはそれだ。ミラは、そう問うて話を本題に戻す。
「ああ、憑き物が落ちたような気分だ。これなら、どうにかなるかもしれないな」
何かを確かめるように目を閉じたソウルハウルは、その違いを感じ取ったようだ。
『ソウルハウル殿。念のために一度、上級の術を使ってみてくれるか。多少、強引に引きはがしたので、マナに乱れが生じている場合もあるのでな。確認させてくれ』
意外とあっさり終わったものの、その作業はたとえ精霊王といえど、相当なものだったようだ。確認するまでは安心出来ないという。
「ああ、確認は必要だな」
この数年間、ずっと上級の術を封じられていたソウルハウルは、その感覚を取り戻す意味も込めて頷いた。
「さて、久しぶりの再会だ」
ソウルハウルは立ち上がると、何もない方へ向けて手をかざした。その途端に、ソウルハウルの全身から膨大なマナが溢れだす。
『思い出だけを棺に詰めて、黄泉に千夜に逢瀬を遂げる。
決して叶わぬ夢の畔、望み届かぬ幽世の果てで、今宵はどれほどの時を重ねるものか。
暗い海を漂う船は、温もりを求めて門をくぐる。船頭は独り、闇の中で灯火を探す。
その傍らには、冷たい骸。そっと横たわる君の抜け殻。
水面に映る、無垢な魂。優しく一つをすくい上げ、目覚めの口づけを君に捧げる』
【死霊術:輪転死界・英霊再誕】
ソウルハウルが術を発動したと同時、その正面にマナの粒子が収束した。するとそれは、みるみる内に人の形を作り出し物質へと変質していく。
肉体を生み出し、服を纏わせ、その一部を装甲が覆う。そして最後に現れたのは、巨大な戦斧。
動き出した肉体は、その戦斧を掴むと、無表情のままそこに佇んだ。
「問題なしだな」
ソウルハウルは、その全身を見回してから、安心したように呟く。一切反動の影響なく、無事に上級死霊術は成功したようだ。
そんな死霊術によって作られたのは、虚ろな目をした美しい乙女であった。青白い肌には生気がなく、その表情には意思もない。けれど、その存在感は尋常なものではなかった。
手にした戦斧、身にまとう衣装、そして装飾品。その全てが、アーティファクト級の力を漂わせているのだ。
「おお凄いのぅ! これはまた、随分とカスタムしたのじゃな」
サイドでまとめられた長い金髪。頭には、武骨なティアラ。全身は、どこかヴァルキリー達を思わせるような軽鎧に包まれているその乙女。かつてよりそれを良く知っていたミラは、当時とは比べ物にならないほどに変化した武装に驚きの声を上げた。
「当然だろ。真の主力だからな」
ミラの言葉に気を良くしたのか、ソウルハウルは少し得意げに応える。
今回、ソウルハウルが使用した術、《英霊再誕》。これは、死霊術士にとっての到達点ともいえる術であった。
まず、《英霊再誕》には対となる《英霊の棺》という術がある。これは、その名の通り棺を作り出す術であり、そして棺であるため、そこに遺体を納める事が出来た。
つまり、《英霊再誕》とは、この棺に納めた遺体を基にしたゴーレムを、マナによって作り出す術というわけだ。
遺体の選別などによって強き者を納めれば、それだけでも戦力は上昇し、たとえ負けたとしても元の身体が無事なのだから、マナの続く限り幾らでも作り出し戦える。
だがこれでは、遺体が傷つかないだけであり、術としては他の死霊術と大差ない性能といえるだろう。けれど、この術は死霊術士の切り札にも成り得る可能性を秘めていた。
その理由は、この術の最たる特徴である、埋葬品という概念だ。
棺には遺体だけでなく、様々な武具や装飾品など、数多くのものを埋葬品として納める事が出来た。これらの性能によって、《英霊再誕》は大きく強化される。
しかしながら、埋葬品の選別はそう簡単なものでもない。棺に納められるものには、制限があるからだ。
まず第一に、精霊武具やアーティファクト、魔剣や聖剣、更には精錬装備などといった、何かしらの力を秘めた物は全て除外される。すなわち、完全な無属性でなければ入れられない。
しかも、その種類も限られており、基本は銅、鉄、銀だけだ。
魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの世界。上に行けば行くほど、何の力も持たない武具ではいずれ頭打ちになる。達人級の腕前でも、それは変わらない。
ならばどうするのか。それは埋葬品として納めたものを、強化していけばいいのである。
この埋葬品の強化が、死霊術士にとっては非常に重要だった。
その方法は、不死系の魔物を倒すだけだ。そうする事で霊縛値というものが、棺に溜まっていく。これを注ぎ込む事によって、埋葬品の強化だけでなく、遺体の強化も出来るのだ。
そして、一定値まで強化した埋葬品は、いわゆるランクアップが可能となる。この時、埋葬品に出来る種類の幅が広がる。更にこれを繰り返す事で、それはもっともっと広がっていく。
霊格が上がると共に、豪華な武装が許されていく、といったイメージだろうか。
それらを踏まえて、今一度ソウルハウルの作り出した乙女を見てみると、素材から何からどれも見事な高級品で揃えられていた。
「ただまあ、今は万全とはいえないんだがな」
「ぬ、そうなのか?」
見た限りでは、どこにも問題はないように思える。しかしソウルハウルが言うには、埋葬品の一つに少々不備があるようだ。
丁度、全体的なステータスを底上げするための重要な埋葬品がランクアップ可能段階にあったという。だがその更新作業に取り掛かっていた最中に、刻印の騒動が起きたそうだ。そのため、作業が全て途中の段階で止まっており、更新するための埋葬品も用意がなく、今は五割程度の力しか発揮出来ない状態であるという。
「ふむ、それでは直ぐに実戦というわけにはいかぬな」
かつてソウルハウルから聞かされて、それなりに理解しているミラは、現状がどれほどのものかを把握する。まず一つ確かなのは、この乙女をマキナガーディアン戦には投入出来そうにない事だ。全力で戦えていたのなら、相当な戦力になったはずだが、実に惜しいところだ。
けれど、どうにもソウルハウルは、それを気にした様子はなさそうである。
「ああ、愛しのイリーナ。会いたかったよ」
そんな乙女、イリーナを、ソウルハウルは愛おしそうに抱きしめた。ここにきてとうとう、ソウルハウルの本性が顔を出し始めたようだ。
「今日ここでまた逢えるなんて、思ってもいなかった。イリーナ、可愛いよイリーナ」
ソウルハウルは、どこか病的な目でイリーナの頬を撫でる。
上級の術が使えなくては、《英霊再誕》どころか、《英霊の棺》も呼び戻す事は出来ない。ゆえにソウルハウルにとって、この再会は実に数年振りともなるのだ。
不死っ娘大好きソウルハウル。そんな彼が最も愛を注ぐ存在が、この第一夫人(ソウルハウルが勝手に言っている)イリーナであった。
明けましておめでとうございます!
さて、話は変わりますが、去年のクリスマスの事を……。
まず、半額ケーキはみつけられませんでした。
しかしケンタッキーは確保する事が出来ました!
しかしこれには、ちょっとした出来事が……。
当日、意気揚々とケンタッキーに向かったのですが、いざ到着してみると様子がおかしかったんです。
入ってみると予約をしているかどうか訊かれ、していないと答えたところ一枚のチラシを渡されました。
チラシには、ナゲットやらポテトやらばかりで構成されたクリスマスセットなるものが。
オリジナルチキンは一つもありませんでした。
店員さん曰く、予約しかないという事です。
この時は、絶望しました。夕飯の予定が一気に崩れ去り、どうしたものかと夜の街を彷徨ったものです。
その際、友人がいるゲーム店で他愛のない事を話していたりしました。
クリスマスの日にカウンターで店員にからむ客、みたいな構図ですね。
そうして三十分かそこら話してから、帰ろうかと店を出た時、ふとケンタッキーの前を通ったところ……
なんと、オリジナルチキンを含めたクリスマスセットやらの広告が店の前に掲げられているではありませんか!
これはと思い寄ってみたところ、見事6ピースバリューパックを入手する事が出来ました! なおサイドメニューは、ビスケット、クリスピー、クリスピーです。
こうして、クリスマスはそれなりに満足して過ごせました!
こんな贅沢が出来るのも、皆様のおかげでございます!
では、今年もよろしくお願いします。