183 お水売りのミラ
賢者の弟子を名乗る賢者6巻が、無事発売となりました!
無事……。何やら電子書籍版の方で、 ! ? の前に レベル とかいう文字が混入するという不具合が発生しているようです。
そして差し替えが反映されるには、1週間ほどを要するのだとか。
ご不便をおかけして申し訳ありませんが、少々お待ちくださいますようお願いします。
百八十三
「ほれ、こっちじゃ。入ってくるがよい」
そう言いながら、ミラは精霊屋敷に入っていく。それは召喚術によって喚び出された不可思議な屋敷。しかし女性術士二人、エティとコレットは、シャワーの魅力に誘われるようにして、ミラの後に続いた。
「うわ……凄い!」
「家具とかはないけど、ちゃんとお家だ……」
殺風景だが、しっかりとした室内を見て、二人は驚いたように声をあげる。
そんな二人を前にして、ミラは畳みかけるように精霊屋敷の素晴らしい点を説明する。水や氷、火の精霊の力を借りているので、室内の温度調整やシャワーにトイレ、そしてキッチンも、都会にある家と同じように利用出来るのだと。
「これは屋敷の人工精霊と契約する事で習得出来る術じゃ。どうじゃ、召喚術は凄いじゃろう?」
説明を終えると、ミラはこれでもかと自信満々にふんぞり返った。この術があれば、どのような環境下でも、自宅で寛ぐように休息出来る。今現在、過酷な環境に身を置いている二人には、この術にどれほどの価値があるか分かるだろう。それを深く感じさせるための説明だ。
そしてどうやらミラの目論見は上手くいったようで、エティとコレットは凄い凄いと部屋の中を駆け回る。
「蛇口、捻ってみていい?」
「うむ、構わぬぞ」
キッチンの蛇口に興味を示したエティが、家主のミラに伺ってから、その蛇口を捻る。そして、透き通るほど綺麗で冷たい水が幾らでも溢れてくるその様子を前に、「ああ、水が……水がこんなに」と感涙していた。
コレットの方はというと、トイレの扉を開けたまま固まっていた。そして「水洗、個室」と繰り返し呟いている。人が生活するには、食べる事だけでなく出す事も必要だ。そしてそのあたりは、こういった稼業をしていると色々あるのだろう。特に女性なら尚更に。
ミラは何やら情緒不安定になってきた二人を眺めながら、女は大変そうだなと、しみじみ思う。
そんな時、ふと開いたままの扉から、ハンスが顔を覗かせた。
「なんだこれは……普通に部屋じゃないか。こんなのを召喚出来るなんて凄いな」
四畳半程度の広さだが、ダンジョンの深いところに堂々と佇む家というのは、やはり特異なもので、ハンスは室内を見回しながらそう驚きの声を漏らす。そしてその声には、ミラが聞きたかった言葉が含まれていた。
「そうじゃろうそうじゃろう。これが召喚術の実力じゃよ」
ハンスに続いて彼の仲間達や、他にも珍しいため気になったのだろう、別グループの冒険者達も何だ何だと集まり扉から部屋を覗き込んでは、しっかりとした造りの室内や、水が出ている蛇口を目の当たりにして、驚きの声をあげていく。
そんな中、冒険者の一人がミラに向かって声をかけた。
「なあ、その水、精霊の力で出せるんだよな。分けてくれないだろうか? 当然、相応の礼はする」
そう言った男の手には、空になった容器が二つ握られていた。何やら彼のグループは少々配分を間違えて、現在厳しい節水状態であるという。
「ああ、構わぬぞ。汲んでいくとよい」
ミラは男の頼みを迷う素振りもせず、寛容な態度で快諾してみせた。すると男は「ありがとう、助かる」と、まるで拝むようにミラに礼を述べて蛇口から水を容器に溜めていく。
するとどうだろうか、それを見ていた者達が、自分も自分もとミラに求め始めたのだ。
当然ミラはそれらも全て快諾し水を与え、その代金代わりとして、魔動石を数多く得た。合計で二十万リフは下らないだろう。水は精霊の力を介してミラのマナから生成されている。とはいえ、潤沢なマナ量を誇るミラにしてみれば大した消費でもなく、それでいて二十万も稼げたのだから、もう笑いが止まらないというものだ。
魔動石を受け取るたびに、にやけそうになるのを堪える方が大変だったというのは、ミラしか知らない秘密であった。
と、そうして水売りで儲けた後だ。見ると扉前にはまだ、十人ほどの冒険者達が残っていた。しかも、そこにいる全員は女性である。
彼女達も水だろうかと思ったところで、ミラはピンときた。
「もしや、お主達はシャワーをご所望かのぅ?」
扉から顔を覗かせてそう問うたところ、どうやらそれは大正解だったようだ。そこにいた女性達全員は、先ほどの二人と同じように、シャワーを使わせてほしいとミラに懇願してきたのだ。
「まあ、いいじゃろう。あの二人の後じゃからな。それと流石に人数が多いのでな、二人同時で入ってもらうが、それでも良いか?」
一人でどれだけの時間がかかるか分からないが、女性のシャワーは長いという印象を持つミラは、一人ずつ入ったのでは相当な時間がかかる事だろうと考えた。なので窮屈でも我慢してもらうつもりで、二人同時と提案する。
「構いません!」
「全員まとめてでも大丈夫です!」
女性陣はどうやら、多少の我慢程度なら微塵の苦にもならないくらいに、シャワーに飢えているようだ。
「それならよい。では、順番を決めて待っておれ」
ミラは、そう言い残して扉を閉めると、先に来ていた二人に向き直る。二人は部屋の隅で今か今かと待っていたようで、ミラが振り向くと同時に、駆け寄ってきた。
「待たせて済まぬな」
トイレの隣にある扉を開きながら、そう口にしたミラは、続けて「ここがシャワー室じゃ」と自慢げに見せつける。
「ああ、シャワーだ。凄い!」
「ありがとうございます!」
小さいながらも流石は基礎が貴族邸か、確かな造りのシャワー室を前にして、二人は更に歓喜していた。
「ああ、それと済まぬが、見ての通り客が増えたのでな。二人一緒に頼めるか」
「はい、大丈夫です!」
「全然、問題ないです!」
実に素直な二人は、そう即答するや否や、もう待ちきれないのか、いそいそと服を脱ぎ始めた。脱衣所がないため、部屋の中で脱ぐ必要があるのだ。
瞬間、鼻の下を伸ばしそうになるのをどうにか堪えたミラは、「ゆっくりしていくとよいぞ」と、余裕ぶって部屋の片隅に特製寝袋を敷いて腰を下ろした。
そして、結局耐えきれず、こっそりと下着姿になった二人をその両の眼で捉える。
その時、とうとう下着に手をかけた二人は、そのまま一息に全裸となった。二人の身体は程よく引き締まっていながら、術士であるため余り筋肉ばってはおらず、女性らしい綺麗な曲線を描いていた。そしてエティは大ぶりで迫力があり、コレットは小ぶりながら実に美しいという、一度でどちらも楽しめる眺めである。
そんな見事な裸体を晒しながらも、二人に躊躇いはない。とはいえそれも当然か、二人以外にいるのは家主であり、同性でもあるミラだけなのだから。
(うむ……素晴らしい!)
そのミラが、どれだけ下心満載の目を向けていても、彼女達が気付くはずもないというものだ。
こうして二人が嬉々としてシャワー室に突入していくのを見送ったミラは、順番決めで騒がしい外の物音を気にしないようにしながら、夕飯の準備を始めた。
この日のメニューは昨日と同じく、肉と野菜をふんだんに使った鍋料理だ。
ミラは調理セットと食材を取り出し、下ごしらえをしていく。肉を切り、野菜を切り、次々と水を張った鍋に投入する。
と、その途中であった。シャワー室の扉が開き、そこから二人が顔を覗かせたのだ。
「ミラさん、お願いというより、少し我が儘があるんだけど、いいかな?」
水に濡れて艶めく肌を露わにしたまま、コレットがそう口にした。本人はまったく意図していないだろうが、その姿はまるで初めてのお泊りデートとでもいった風情があり妙に色っぽく映った。
「うむ、言うてみい」
なのでミラは、ばっちり鼻の下を伸ばして頷く。しかしミラ自身は、実に紳士的で毅然と対応しているつもりだった。
「えっと、ついでにね。下着も、洗っちゃいたいなぁ、なんて思ったんだけど。ダメかな?」
「危機的状況なんです。残りの三日分だけでも」
どうやら、出来る限り詰め込んできたものの、替えの下着が底を突いたという事らしい。裸は問題ないが、下着については少々恥ずかしいようで、二人はもじもじとしながら懇願する。
その恥じらう姿がまた、ミラを高揚させる。だがそこをぐっと堪えたミラは、今度こそきりりと表情を引き締めた。
「なるほどのぅ。別に構わぬ。好きに洗えばよい」
乙女の一大事に、あれこれ口にするのは野暮というもの。ミラは無理矢理に取り繕った誠実な微笑みのまま、そう承諾した。
「ありがとう!」
「助かりましたー!」
二人は泣きそうなくらい嬉しそうに礼を述べると、脱いだまま置いてあった下着も回収して、またシャワー室に引っ込んだ。
扉が閉まるのを確認したミラは途端に頬を緩める。だが、にやけた笑みを浮かべつつも目つきは鋭く、シャワー室の扉を見つめたまま思う。
(濡れた女体は三割増しじゃな)
今回得られた真理の一つを心に刻んだミラは、ご機嫌に夕食の準備を再開するのだった。
下ごしらえを終えた食材を投入し、ここ数日で編み出した一番美味しい組み合わせの調味料を入れた鍋を火にかける事暫く。良い香りが漂い始めた頃。
「生き返ったー!」
「ああ、気持ちいい!」
余程すっきりしたのだろう、エティとコレットが、これでもかというくらいにはつらつとした表情で、シャワー室から出てきたのだ。
「さっぱり出来たようじゃな」
ミラは出来るだけ自然に顔を向けながら、そう声をかける。すると二人はミラに真っすぐ向き直り、「ありがとうございます」と心の底から感謝の意を表した。
「お主達も運が良かった。今回は、たまたま召喚術士のわしがここに来たのじゃからな」
またも召喚術士という点を強調したミラは、続けて、こういった時のために、召喚術士を仲間に迎えるのもいいぞと薦める。契約には何かと面倒はあるが、それを補って余りある恩恵も得られる。召喚術士の魅力は、その対応力なのだと猛アピールした。
「うん、私も実感した」
「召喚術士って、どういうものか知らなかったけど、凄いんだって分かったよ」
ミラの召喚術アピールが功を奏したのか、二人はそう前向きに召喚術士の事を捉えてくれたようだ。そして是非とも、いつか召喚術士の仲間を見つけたいと、揃って口にした。
そんな二人の様子に、ミラはご満悦だ。裸を拝めているからでは多分ない。召喚術の認知が上がった手応えを確かに実感出来たからである、はずだ。
「こういう事って初めてだから相場とか知らないんだけど、これくらいでいいかな?」
「どうかな?」
そう言って二人は、幾つかの大ぶりな魔動石を差し出してきた。合わせて二十万は下らない価値があるだろう。
相場。ダンジョンの奥底で贅沢に水を使って、しかも温かいシャワーを満喫するための値段はいかほどか。二十万は高いのか安いのか。ミラもまた、こういう事は初めてなので、そのあたりは曖昧だった。
かといって、自慢の召喚術を安売りする気はない。
そこでふと思い浮かんだのは、似たようなもので覚えのある、宿一泊の料金だ。
「まあ、このくらいでよいぞ」
そう言ってミラは、二人の手から魔動石を一つずつ頂いた。約一万リフほどのを計二つだ。シャワーだけで一万の宿といえば高いだろうが、ダンジョンの深部である事を考慮すれば許容範囲だろう。それがミラの考えであり、多少の女性贔屓もまた込みであった。
「ありがとう!」
「女神さま!」
二人にとって、それは破格だったようで、初めは驚いたかのような表情を浮かべていたが、ミラが本気で言っていると気付いたところで、その顔を感動に染める。どうやらミラの女性贔屓を、同性のよしみと受け取ったようだ。だが二人はそれ以上にミラの優しさに敬意を表し、崇めるようにして感謝を意を示した。
「構わぬ構わぬ。ああ、それと精霊達に対する感謝も忘れぬようにな。それもこれも、精霊の協力あってこそじゃ」
「実感しました」
「私もです」
精霊への感謝。最近は更に大きくなっているそれをミラが口にすると、二人は素直に頷く。この気持ちが、ずっと強く広がっていけば、きっとキメラクローゼンのような事をする者達も減るだろう。そんな心が芽生えたであろう二人の様子に、ミラはより良い関係を思い描きながら、そっと微笑んだ。
「あれ、この匂いってもしかして」
支払いが済み、簡素な装いに着替え落ち着いたところで、小ぶりな方の女性術士コレットが、ふと鼻を鳴らしてそう呟く。丁度、ミラ特製鍋がいい感じに煮立っていた時だった。
「キロリ鳥にスローレス、あとイエローリーキと……ポルチーニね!」
そう自信満々に食材名を挙げていくコレット。そしてそれは、見事鍋に使った具材と一致しており、ミラは「おお、正解じゃ」と驚いた。
しかもコレットは、そこから更に続けて、鍋に入れた調味料まで当ててみせ、またまたミラを驚かせる。
「私の実家ってちょっとしたレストランなの。だから子供の頃に色々教えられてね。気づけば匂いだけで判別出来るようになっちゃった」
少し恥ずかしがりながらも得意げな様子のコレット。けれどそれは、とても厳しい教育の賜物だった。
子供に店を継がせる。それが両親の願いであったらしいが、コレットはその時から冒険者になりたいと思っていたという。そしてそのきっかけは、なんのめぐり合わせか、来店した冒険者だそうだ。
料理人ではなく、冒険者になるという夢を抱いた彼女は、両親に内緒で術士組合の適性検査を受けた。そして見事に適性ありの判定を受け、両親を強引に説得し、店は兄妹に任せ飛び出してきたという事だ。
「今思えば、術士として強くなるのは料理修行より辛かったけど、あれこれ言われてさせられるより、全然頑張れたなぁ」
コレットはどこか当時を懐かしむような表情を浮かべつつ、いざ冒険者になった今、思った以上に叩き込まれた料理の知識が役に立っていると苦笑した。
そして今はその調理技術を生かし、グループの料理番をしているそうで、腕前は修行から逃げた当時よりも上がっているらしい。特に味付けには相当な自信があると、コレットは胸を張る。
「あ、なんか勝手に語り出しちゃってごめんね。その料理、私が駆け出しの頃よく食べていたのに近かったから」
なんだかんだ言いながら、心のどこかでは実家の店の事が気になっているのだろう。少し照れくさそうに言ったコレットは、感謝の気持ちだと、一枚の葉を差し出した。
「これね、アミニカっていうハーブなんだけど、刻んで入れて一煮立ちさせたら、もっと美味しくなるよ。私のオススメ」
駆け出しの頃によく食べていた鍋は、このアミニカというハーブが味の決め手だったと、自慢げに言うコレット。特にキロリ鳥など、鳥肉との相性が抜群だそうで、鳥肉を使う煮込み料理なら何にでも合うとの事だった。
「ほう、そうなのか。ではありがたく試してみるとしよう」
アミニカを受け取り、早速刻み始めたミラ。するとコレットは、そんなミラの姿を見て、修行中の妹の事を思い出したようだ。温かな微笑みを浮かべながら、たどたどしいミラの手付きにハラハラしつつ、そっとその場を離れる。
「ミラさん、シャワーありがとう」
「助かりました」
コレットとエティが、出口の前で今一度礼を述べると、ミラはひょこりと顔を上げて、よいよいと軽く手を振り返し二人を見送った。
「おお、匂いが一気に変わりおったぞ」
刻んだアミニカを鍋に入れ煮立てたところ、これまでの雑多な香りから、突如として調和のとれた、正に料理といった匂いが広がった。
その変わりように驚き、どんな味になったのか楽しみだとミラが鍋を覗き込んだところで、扉がノックされる。どうやら、次の客のお出ましのようだ。
ミラが入っていいと告げると、二人の女性冒険者がそっと扉を開け顔を覗かせた。シャワー待機している残り五組の内の一番手である。どうやら、先に出たエティとコレットから話を聞いたようで、その表情は期待に満ち満ちていた。
「そこがシャワー室じゃが、脱衣所の類がないのでな。その前あたりの適当な場所で脱いでから入るようにのぅ」
さりげなくシャワー室で脱ぐという選択肢を潰したミラは、素直に承諾した二人の裸体を拝み……見守りながら「少量ならば洗濯しても構わぬぞ」と伝え、喜び勇んで下着をまとめる二人の姿を、更に満足そうに見つめていた。
「おお、ここまで変わるとは驚きじゃな!」
シャワー室の扉が閉まると、ミラはようやく鍋をつつき始めた。そして、自己流鍋がハーブ一つで遥かな高みに上っていった事に驚愕する。
これまでの鍋は、言ってみれば行き当たりばったりで上手くいった男料理だった。しかし今は違う。今の鍋は、確かな料理店で出てくるような、芯の通った深い味わいが秘められていたのだ。
(アミニカ、とかいうたな。今度、買い込んでおかねば!)
その味を一口で気に入ったミラは、そう心に書き留める。それと同時、このような変化をもたらすハーブというのは、他にもあるのだろうかと考えた。
(一通り揃えて、組み合わせを試してみるのも楽しそうじゃな)
塩や胡椒などの基本的な調味料は揃っているが、ハーブという類には手を出していなかった。しかし今回の事でその効果を実感したミラは、ハーブ類も揃えてみようと決めるのだった。
いよいよダークソウル3のDLCが配信されましたね!
ただ自分は、フォールアウト4が面白くて、まだまだ手を付けられていない状態です。
やりたいゲームが重なるなんて事、覚えている限りなかったので嬉しい事です。
フォールアウト4の次はダークソウル3のDLCを楽しんで、次は何をやろうか。
今後発売するゲームが楽しみです。