179 秘宝
6巻発売まで、1ヶ月をきりました。
そして、6巻の特典について編集さんに教えてもらいましたので、活動報告の方に記しておきます!
百七十九
「なんと……どれも伝説級ではないか……」
英雄が使っていたとされる武具に、古代の英知で作り出されたという術具、更には万病を癒すとされる霊薬の山を前にして、ミラは茫然としていた。
草花に覆われた床の下。そこにあった隠し階段をずっと下りた先の部屋に、この目も眩まんばかりのお宝が並んでいたのだ。それは最早一財産どころではなく、孫の代まで遊んで暮らしてもまだお釣りがくる。その価値は、国が一つ二つ出来てしまうほどの財宝であった。
そんな財宝を前にしたミラは、双眸を俗物的に輝かせながら突撃し物色を始めた。《アイテム化》の無形術をかけると、その副次効果としてアイテム名を《しらべる》事が出来るようになる。ミラはそれを利用し、財宝を一つ一つ確認しては興奮していた。
とはいえそれも仕方がないだろう。かつてミラが九賢者として栄華を極めていたゲーム時代。その時代にあってもお目にかかった事のない最上級の希少品ばかりが、そこにはずらりと揃っていたのだから。どれもこれも、所持者がいるかいないかという極端にレアな代物だ。しかも「折角なので、どれでも一つお持ちになってくださいな」などとマーテルに言われたのだから、はしゃぐなという方が無理である。ちなみに、性能についてはマーテルの丁寧な解説付きだ。
「おお、剣じゃな。聖剣魔剣の類は、お宝には定番じゃからのぅ」
思わず呟いたミラの手には、一本の剣が握られていた。その剣の名は『虚無の回帰剣』。マーテルの解説によると、属性を秘めた力を斬り裂き零に戻す、対属性の最終武具だという事だ。魔獣が放つ魔法や、竜のブレス、様々な術の他、大自然の天災であっても一振りで無に帰すという、破格の力を持った剣である。
(ソロモンの奴に見せつけたら、駄々っ子のように欲しがるじゃろうな)
ソロモンが愛用しているのは六種の属性剣。その対極ともいえる『虚無の回帰剣』だが、それは『虚無』という属性を持つ剣という意味でもある。最上級の魔獣や古代竜などが行使する『虚無』の属性。それを秘めた剣。そして何よりもその性能。ソロモンが欲しがらないわけがない。
(しかし、残念じゃが諦めてくれ)
持ち帰れるのは一つだけ。これだけのお宝を前に土産を選ぶなど出来るはずもないと、ミラは私欲を全開にして物色を続けていく。なお、ものによっては試してみてもいいというマーテルの許しが出た。なので、更にお宝選びに力が入る。
次にミラが手に取ったのは、一つの術具であった。『竜脈霊器』という名のそれは、一日かけて多量のマナを蓄積する事が出来るという。そしていつでもそのマナを取り出し、消費した自身のマナとして回復可能だそうだ。いわば、リキャストタイムは長いが、何度でも使えるマナ全快ポーション、といった性能か。術士にとっては、かなりありがたい術具だろう。
しかし、潤沢にマナ回復用のアイテムを所持しているミラにとっては、少し物足りない性能だ。元の場所に戻して、また次に次にと手を伸ばしていく。
術の威力を大幅に底上げしてくれる宝杖や、山すら斬り裂けるという大斧、放たれた矢が決して敵を逃さない霊弓、どれだけ頑強な結界でも貫ける魔槍、体の重さを自在に変えられる短剣、魔に対して絶大な力を持つ破魔の特大剣などなど。武器だけ見ても、そこにあるのは恐ろしく強力なものばかりだ。
そして防具の方もまた、とんでもないもの揃いである。全能力値を飛躍的に上昇させる全身鎧や、全方位を遠くまで知覚出来るようになる兜、術使用時のマナ消費を大幅に軽減出来るローブ、物理攻撃に対して慣性を反転し反射する大盾、非力な者でも超重量の武器を片手で易々と振り回せるようになる手甲、全ての属性に対して強い耐性を得られる冠、そして空を飛べるようになる靴など。防具もまた、流石というくらいの希少品が揃っていた。
「よりどりみどりじゃのぅ」
このような機会は滅多にない。どれを選ぶにしろ好奇心の赴くまま心残りがないように、ミラは片っ端から性能を確認する。
術具には、回復効果のある霊水が常に湛えられている器や、一日に一度魔物を一撃で葬る事が出来る閃光を放つ宝玉、あらゆる状態異常を無効化する腕輪、水中でも呼吸出来るようになる首飾りなど、あらゆる面で多岐に渡る性能を秘めたものが並ぶ。
そんな数々のお宝を漁る中、ふとミラは、一つの指輪から目が離せなくなった。
「これはなんじゃろうか。不思議と惹かれる何かが……」
見た限りでは、随分と質素な作りの指輪だった。鈍い銀色で、宝石のようなものは付いておらず、ただ表面に幾何学的な模様が刻まれているだけ。どこか場違いな、しかしだからこそ目立つのか、ミラはその指輪に手を伸ばす。
「やはり見た目からは、分からぬな」
ここにある以上、相当な力を秘めている事は確かである。手にとって《アイテム化》の無形術をかけたところ、それは『空絶の指環』という名であると分かった。
「それに気付いたのね。……やっぱりミラさんには不思議な絆があるのかしら」
どういった効果があるのだろうか。聞こうとしたところ、先にマーテルが嬉しそうな声でそう言った。そして『空絶の指環』とは、どういった代物なのか教えてくれた。
空絶の指環。それは、一時的に空間を歪めて、絶対防御の障壁を作り出す術具だという事だった。その仕組みは、空間の繋がりの連続性を切り離すというものであり、その防御は、たとえ神の一撃であっても防ぎきれるほどであるらしい。
「けど、強力な分、その術具は使用者のマナを大量に消費するのよね」
術具というのには大まかに分けて、内蔵されたマナを利用するものと、使用者のマナを利用するものとがある。なお、大気中のマナを吸収し利用するタイプの術具は、そのほとんどが伝説級だ。
空絶の指環は、一体どれだけのマナを消費するのだろうか。「試してみてはどうかしら?」というマーテルの言葉に頷いて、ミラは空絶の指環を指に嵌めて使ってみた。使い方は簡単だ。マナを込めるだけ。これまで何度もやってきた事のある、最早慣れた方法である。
「なんと……これは!」
空絶の指環が発動すると同時、ミラは最大の五割近いマナをごっそりと消費して驚く。マーテルの言う通り、とんでもない燃費の悪さだ。そしてそんな膨大なマナを消費して作り出されたのが、ミラの周囲を薄っすらと覆う、膜のようなものだった。それは見た限り、どことなく頼りない印象のある障壁だ。しかし直ぐに、それがとんでもなく強力なものだとわかる。障壁の向こう側でマーテルが、どれだけ頑丈な結界でも貫ける槍で、がつがつとその膜を突き始めたからだ。しかも、それが楽しそうに見えたのか、精霊王までもが近くの剣を手に取り障壁に叩き付け出した。
「凄いわ、ミラさん。こんなに完璧に発動出来るなんて!」
「確かに、これは凄いな。これだけ叩いても、まったく手応えがない」
マーテル曰く、空絶の指環は、相当に遣い手を選ぶ品らしい。条件はまず、ミラですら五割を消費するほどのマナ量。そしてもう一つが、指環との相性だという。
「なんだか分からぬが、確かにこれは凄そうじゃな」
結構本気な様子で打ち込んできている精霊王とマーテル。しかし、障壁はびくともしない。更にミラが移動すると、それに合わせて障壁も動く。こういった代物は移動に制限がかかる事が多いのだが、この指環は例外のようだ。燃費にさえ目を瞑れば、破格の防御性能である。
「何も言わなくてもその指環に気付いたから相性はいいと思っていましたが、これほどとは驚きね」
一通り試し終えたのか、マーテルは槍を置き、心底感心したような様子で障壁に触れる。
どうやら空絶の指環は、空間を歪めるという力によるものか、そこにあると意識して見ないと普通の人では認識すら出来ないのだそうだ。しかし相性の良い者は例外らしく、更にその相性によって性能に大きな違いが出る事もあるという。
「流石はミラ殿だ。我が眷属とはとことん縁があるようだな」
試し終えたのか、それとも飽きたのか。剣を置いた精霊王は、そう嬉しそうに笑った。眷族、つまり精霊と縁がある事が、これにどういった関係があるのだろうか。気になったミラは、その事を単刀直入に訊いてみた。
「その指環には、異空間を司る始祖精霊の力が宿っているのだ」
精霊王は、少しだけ寂しそうに答えた。すると、そんな精霊王の言葉に続けてマーテルが、「その指環は彼の未練、でもあるのよ……」と口にする。
異空間の始祖精霊の名は、リーズレイン。両者の話によれば、かつてリーズレインは、ある出来事をきっかけにして、人族の女性に恋をしたのだという。しかしその女性は、三神の一柱に仕える巫女であり、恋愛はご法度。そのため彼は、彼女の友人として時折顔を見せては他愛ない話を交わし、それだけで十分に満足していたそうだ。
しかし、そんな小さくとも幸せな日々を過ごしていたある日の事。リーズレインが女性を訪ねたところ、いつも彼女を護衛している女騎士に止められたらしい。その理由は、もう会わないでほしいというものだった。
それは一体どういう事か。そう聞いたところ、女騎士は答える。彼女が貴方を愛してしまっているのだと。
リーズレインは、それを聞いた瞬間、喜んだ。しかし、巫女に恋愛はご法度。そういう決まりだ。とはいえそれは人の掟であり、精霊であるリーズレインにとっては、そう大した障害ではない。けれど、だからこそ精霊界にも掟がある。みだりに人の習わしを侵害してはいけないと。
結果として、相思相愛になったその時に、二人の恋は終わったのだ。
それから、数年。リーズレインは彼女への想いを断ち切るために距離を置いていた。そんな時である。魔物を統べる神を名乗る者が現れたのは。
それは、フォーセシアが活躍した時代より、更に過去の大戦。人々の国は混乱を極め、また精霊達にもその余波が広がり始めていた。
当時の魔物と今の魔物は、ほぼ同じような存在であったが、不思議な事に魔物を統べる神が率いていたもの達は、それらとは比べ物にならないほど強力で姿もまったくの別物だったと精霊王は思い出すように言う。それに続きマーテルも、その時まるで突如新種が多く現れたか、どこからかやってきたような感じがしたと語った。
と、そのような状況であったため、人と精霊は手を取り合って魔物を統べる神に立ち向かった。その際、精霊達の力は世界を護るためにも特に重要視され、各国に散っていた。そのため手薄となった精霊界は、絶対の力を持つ始祖精霊達が受け持つ事となる。当然この急場であるため、リーズレインとマーテルも参戦していた。
この時リーズレインは、彼女のいる町の安否が気になるのか、どうにも落ち着かない様子だったとマーテルは話す。未練を断ち切るために遠ざけて遠ざけて見ないようにして、けれど思い出はそれでもまだ鮮やかで心が苦しくて。そんな感情が見ただけでわかるほどに、彼の恋心は熱く、そしてせつないものであったそうだ。
しかし悪い事とはそんな時に起こるもので、未曾有の天変地異が各地で発生した。精霊達が尽力しているにもかかわらず容易に防ぎきれないそれは、魔物を統べる神による特殊な力によるものだったそうだ。
そして甚大な被害をもたらした天変地異は巫女の彼女のいる町にも及び、町は壊滅状態だという情報が終戦後になってリーズレインに知らされた。
戦後処理がなされる中、真っ先に駆けつけたリーズレインは、神殿の奥深く、女騎士に護られるようにして共に亡くなっていた彼女の遺体を見つけたという。
もしも、決まり事など気にせず想いを伝えていたら。もしも、強引にでも彼女を連れ出していたら。もしも、恋人に、夫婦になれていたら。
せめて、傍にいられたら。
きっと、これほど悲しくはならなかっただろう。
断ち切ろうとしていた未練は悲恋に変わり、決して癒えない傷となってリーズレインの心に刻まれた。
それから暫くして、彼は永い眠りについた。その際に、一つの指環が残されていたそうだ。精霊界にある特別な石で出来たそれは、もしも巫女の彼女に告白するなら、という事を考えて作った、彼のささやかな夢であり、後悔であり、未練の結晶だった。
そして、リーズレインの深い悲しみを全て受け止めたその指環は、その想いを叶えるかのように、森羅万象あらゆる災厄から所有者を護る、絶対防御の力を宿していたという事だ。
「あの日以来、彼は今でも眠ったまま。だからかどうかはわからないけど、その指環もね、私でも時々わからなくなるくらい存在が希薄になるの。でもミラさんは、それを見つけた。不思議な事ね」
話を終えたマーテルは、指環の嵌まるミラの手にそっと触れて、感慨深そうに、けれどそっと微笑む。
「ミラ殿。それに決めてはどうだ。その指環が秘める力は、リーズレインの化身といっても過言ではないほど強力だ。相性も申し分なく、ミラ殿ならば存分に力を引き出せる事だろう。オススメだぞ」
精霊王はミラの事を真っ直ぐに見つめて、実に真剣な表情で空絶の指環を薦めてきた。
「そうね、それがいいかもしれないわ。どうかしら?」
そしてマーテルもまた精霊王に同意し、期待の篭った目でミラに微笑みかける。
「何じゃ何じゃ、やけに薦めてくるのぅ」
なぜか積極的に指環を薦めてくる精霊王とマーテル。その真意はどこにあるのかわからない。しかし、指環にまつわる経緯を知った今、どうにも受け取りにくいと感じながら、ミラは一度指環を外した。
「あら、お気に召さなかったのかしら?」
「マナの消費が多いという欠点もあるが、それでも上手く使えば、決死の一撃すらマナの消費だけでやり過ごせるという利点もある。いざという時のためにでも持っておいて損はないぞ」
なおも薦めてくる、精霊王とマーテル。果たして、その真意は何なのだろうか。
「確かにそうじゃが、これには、リーズレインとやらの想いが込められておるのじゃろう? そのような代物を縁も所縁もないわしが使うのは、何やら心苦しくてのぅ」
その指環は本来、リーズレインが愛した巫女の女性に贈るために作られたもの。それを無関係な者が勝手に使うのはどうなのだろうか。ミラはそう考えていた。
しかし、精霊王とマーテルの想いは違うようだ。
「大切なものを護りたい。それが指環から感じた、あいつの願いだ。そしてその願いは、指環をここに眠らせたままでは、いつまでも叶わない」
「この指環との相性というのは、彼の願いそのものでもあるの。つまり、ミラさんの事を護りたいというのが彼の気持ち。出来れば護らせてあげてくれないかしら?」
大切な人を護れなかったリーズレインの無念。しかしその想いは、二度と同じ悲しみを生まないため、この指環に宿った。苦しんだ末、それでも誰かの無事を祈る優しい願いが。
空絶の指環は、別れから生まれた悲しみの結晶でありながら、二度と喪わないという決意の証でもあるようだ。
「もう一つ白状してしまうと、ミラ殿がそれを使ってくれれば、その指環に想いを託したリーズレインが目覚めるかもしれないと、そんな希望も抱いている。使ってやってはくれないか?」
「そうね。その可能性もあるわ。いかがかしら、ミラさん。彼を助けると思って。ね?」
今度は薦めるではなく、懇願し始めた精霊王とマーテル。するとそんな両者に向かって、ミラは即答してみせた。
「うむ、あいわかった。そういう事なら、この指環はわしが預かろうではないか」
何よりも精霊王とマーテルの頼みだ。そして、リーズレインの願いのためにもとミラは快諾し、空絶の指環を嵌め直した。事実、この指環の性能は、ここにある他の伝説級アイテムと比べても破格であり、相性も抜群となれば、残るはマナ消費という欠点だけ。しかしそれも、魔力特化で鍛えたミラの潤沢なマナ量と、その回復速度から致命的とまではいかない。使いどころを見極めれば、充分に実用性のある最強の防御手段となり得る。この話、ミラにとっても得な部分が多かった。
しかし、それだけでは終わらない。快諾したミラに喜んだマーテルが、その場で生み出した新種の植物を加工して、首飾りを作ったのだ。
「はい、ミラさん。これ、私からの感謝の気持ち」
そうにこやかに微笑みながら、マーテルはミラの首に手を回し、透き通るほど綺麗な緑色の首飾りをつけた。それは蔓草を編み上げたもので、落ち着いた彩を、ミラの首元に添えていた。そしてマーテルが言うに、この首飾りは、僅かな熱を糧にして大気中からマナを吸収する性質があるそうだ。その熱は、体温程度でも十分であり、吸収したマナは、肌からミラの体内に取り込まれるのだという。つまり、マナの回復を促進する効果があるらしい。
「これでもっと使いやすくなるはずだから、いっぱい使ってあげてね」
「おお、これはありがたい! 善処すると約束しよう!」
マナの回復量上昇。指環云々以外でも、術士にとっては非常に嬉しい特性である。ミラは思わぬ贈り物に喜び、マーテルもまた、新しい小さな希望に微笑むのだった。
実は先日、とある漫画を全巻まとめ買いをするべく、地元のアニメイトさんに行ったんですよ。
しかし、11巻の一冊しか残っていないという……。
なので、今度は駅中にある本屋を探してみました。
今度は、1冊もありませんでした……。
一応、本を出している一端の物書きとして、新品で買いたかったのですが、ものがなければもうどうしょうもなく、
次は古本屋さんに向かいました。
結果、7巻抜けで1巻から9巻までを確保!
しかし、品薄なのか、中古でありながら定価と50円くらいしか変わらず。
大人しく、アニメイトさんに取り寄せを頼んだ方が良かったのだろうか……。