17 精錬
十七
アコードキャノンの試射は無事成功となり、その場に居た研究者と技術者は、データの分析を開始する。
一方ソロモン達とスレイマン、貴族、八人の術士に開発主任は研究施設の別室、開発室でアコードキャノンの資料を広げ、今後の運用や量産について話し合っていた。
国営に関する小難しい話し合いから早々に離脱したミラは、部屋の棚に並べられている様々な物を物色していた。見覚えの無い物ばかりだったからだ。
「さて、トーマよ。第一段階は無事起動出来たようだが。問題は無さそうか?」
「はい。反動も完全に制御出来ています。最低限の戦果は上げられるかと」
主任であるトーマは自信満々に答えると、ソロモンが満足げに頷く。
「ところで量産の方はどうなっていますか。これ程ともなれば、我がウェルズリー家も投資は惜しみませんよ」
貴族の一人が身を乗り出すと、揃って他の貴族も肯定の意を示した。
「それなんですが……」
そう言うとトーマは表情を落胆するように曇らせ、一枚の資料を机の上に提示する。その資料には、アコードキャノンの弾丸、及び原動力である物質の調達について書かれている。
「こちらにあるように、アコードキャノンは一回の発射で一つの精錬石と二つの魔封石が必要になります」
そして、トーマからアコードキャノンの原理が説明された。
その内容を要約すると、まず弾丸として精錬石が必要になる。そして、その弾丸に込める力は魔封石から抽出されるというものだった。
まず精錬石というのは、特殊な力を留める事が出来る性質を持ついくつかの素材を掛け合わせて作られる物で、非常に力を留めやすく調整した人工物だ。
魔封石は、そういった力を留める事が出来る物質に、なんらかの力を封じた物の総称となる。
アコードキャノンは、魔封石に込められた力を抽出し増幅して発射する装置だった。弾丸となる精錬石は、極限まで増幅された無軌道な力の奔流に指向性を与えるために使われる。いうなれば、発射する避雷針のような役割だ。
荒れ狂う力は、より力を留めやすい精錬石に引かれ、それを破壊しながら飛翔していく。精錬石が大きければ大きい程、破壊されるまでの時間が長くなるので、その射程も上がる事になる。
そして、もう一つ。アコードキャノンを稼動させるために、雷属性の魔封石が必要となる。つまりは電動式という事だ。
「そういう訳でして、量産については皆様方の協力が得られれば問題は無いのですが、この精錬石と魔封石が問題でして」
そう言い、トーマは大きく息を吐く。精錬石と魔封石。これは特殊な生産系技能が必要となる物だ。魔封石は、自然界で見つかる事もあるが、精錬石は完全な人工物。技術者が作り出す必要がある。
トーマの言う問題は、必ず必要になる雷の魔封石と精錬石の調達方法だった。
アルカイト王国には、精錬石を作成する技術を持つ者が数人居る。だが、低級までしか作る事は出来ず魔封石も稼動最低限が確保出来る程度だ。しかしそれだけの制限があろうとも、アコードキャノンの性能は高い。
量産は出来る。低級だが弾もどうにかなる。しかしそれではアコードキャノンの最低限の性能しか発揮できないという事だ。長い歳月を費やして開発してきたトーマは、我が子に全力を出させてやれないと、悔しい気持ちで資料を睨む。
「それはこれで解決出来るだろう」
トーマの表情に曇りが過ぎる中、嬉々とした表情を浮かべたソロモンはテーブルの上にいくつかの宝石を並べる。その内のいくつかは淡い光を放っていた。
「これは……、ターコイズとムーンストーンですね。それとこれは……、魔封石ですか。しかしソロモン様、特に普通の物と変わりは無いように思えますが、これでどうすれば解決出来るのですか」
ターコイズとムーンストーン。こういった自然界で生成される宝石の数多くは力を留める性質を持つため、装飾以外にも様々な用途で使用される。そして、その中でいくつか淡く光る物が力を宿した状態の宝石、つまり魔封石だ。
ソロモンが並べたそれらは、特に珍しいという程でもない一般的な宝石だった。故に、誰もがソロモンの言葉に疑問を持つが、今まで思わせぶりな言動を何度も耳にしてきていたその場に居る者たちは、神妙に続きの言葉を持つ。
「はい、こっちよー」
「なんじゃ。なんなのじゃー!?」
部屋の隅から素っ頓狂な少女の声が響く。皆の視線が、その少女に注がれる。
楽しげな表情のソロモンは、その様を目にして小さく吹き出す。ミラがルミナリアに抱っこされ、まるで子供のようにその胸の中で暴れているからだ。
テーブルの前に下ろされたミラは「ぐるるるる……」と唸るようにルミナリアを睨みつけるが、それ以上に自分自身に視線が集まっている事に気付き後ずさる。
「で、何の用じゃ?」
「すまないな。頼みたい事があるのだ」
全然すまなそうでない笑顔のまま、そう言ったソロモンはテーブルの上の宝石をいくつか手に取ると、皆の視線がその手に移る。
「ミラ。これを精錬石にしてくれないか」
ミラに差し出された手にはターコイズが二つと、ムーンストーンが三つ。
「む、なんじゃ。用事はそんな事か」
受け取るために伸ばそうとしたミラの手には、棚に置かれていた不恰好なロボットの模型があった。右手に赤いロボット、左手に青いロボットだ。合体ロボとタグが貼られていたため、合体させようと弄り回している途中でルミナリアに抱っこされたという流れだ。
「…………」
「えっと……、預かりましょうか」
「……うむ、頼む」
何とも言えない沈黙の中、控え目にスレイマンが横から手を差し伸べると、小さく答えたミラはガチャリガチャリと音を立てる不恰好なロボットを手渡した。
ミラが空いた手で宝石を受け取ると、ルミナリアが次は大きな板を抱えてやってくる。ローブを着た術士数人が手伝うように端を持つと、テーブルの上にそれを置く。
「これは精錬台ですか」
トーマがテーブルに置かれた無数の図形と記号の書かれた板を見ると、その板の名前を口に出す。
精錬台とは、アイテムを精錬するために使われる術道具だ。分解、結合、変質、転換、圧縮を現す図形が複雑に組み合わさり陣を形成している。
「もしやこれから精錬を始めるのですか。少々時間が掛かるのでは?」
そうエドワードが問う。この技術は慣れと経験と理解力が重要となり、それらを高める事で時間を短縮する事が出来る。しかし、現在アルカイト王国に居る一番の精錬技術の持ち主ですら、精錬石一つを作り出すのに三十分は掛かるのが現状だ。
精錬について理解のある他の貴族や術士も、エドワードの言葉に頷く。
「まあ、見ていれば分かる。さあ、ミラ。頼んだぞ」
「まったく、もうじき分かりそうじゃったのに」
ぶつくさと文句を言いながら精錬台の前に立つミラ。視線の隅に映るのは、テーブルの角に置かれた二体のロボット。もう少しで合体方法が分かるところだった。なので早く終わらせてしまおうと、ミラは精錬台の上に宝石を並べ両手を定位置に乗せた。
少しすると、陣が淡く光り始める。微妙な力の入れ具合や、起動させる図形の種類を事細かく操作して、宝石を分解、力を留める性質だけを抽出し圧縮して結合する。揺らめきながら輝く光の中で、宝石が別の物質へと変化していく。
開始から暫く、ミラが精錬台から手を離す。
「あ! 精錬途中で手を離しては……!」
慌てたように言ったトーマだが、精錬台から作業完了時に起こる光の粒子が渦巻く様を目の当たりにし動きを止めると、台の上を息を呑み見つめる。
「こ……これは……!」
光が収まるといくつもの宝石を並べた精錬台の上には、大粒の透明な石が一つだけあった。
トーマは信じられない物でも見るような表情で、その透明な石にくっつきそうな程顔を近づけて凝視する。
「これは精錬石……。そんな……こんな短時間でこれだけの物が作れるなんて……」
トーマが驚くのも無理は無い事だった。ミラは、精錬石を一分も掛からずに作ってしまったのだから。
「ダンブルフの弟子と言っただろう。ミラはその全てを継承しているのだ」
まるで自分の手柄のように堂々と胸を反らせるソロモン。継承しているというよりは本人なのだから当たり前の事だが、それは内緒なので言い訳的には丁度良いだろうと、ミラも反論はせず肯定する。
そしてこの技術こそが、ダンブルフが編み出した生産系技能【精錬】だ。特殊な力、つまりは様々な属性力や補正力を抽出、融合、定着する技術。宝石に宿った特殊な力を装備品などに定着させる事で術的に強化したり、逆に装備に宿る力を抽出し宝石に閉じ込める等という事が出来る。
宝石毎に許容量が決まっているが、複数の宝石を精錬する事で、今回のように精錬石を作り出せる。この精錬石は許容量が宝石よりも多いため貴重で重宝されているのだ。
ミラは姿こそ変われど云わば第一人者である。効率に影響のある慣れと経験と理解力は、誰よりも上だ。故にその作業時間も比例して短縮される。
「精錬技術は、ダンブルフ様が生み出したものだとは聞いていましたが、まさかお弟子さんまでもこれ程の腕前とは」
トーマは精錬石からミラへと視線を向ける。その目に映る少女は、アコードキャノンの性能を最大限まで発揮させてくれる人物かもしれない。トーマはそう思うと、心の底から沸き上がってくる興奮にも似た感情に全身を奮わせた。
「ではミラ。ついでに、これをその精錬石にまとめてくれるか」
ソロモンは三つの魔封石を精錬台の上に置くとミラは「ふむ」と一言答え、その魔封石を定位置に置き直し再度精錬を開始する。
今度も一分待たずに光が収まると、精錬台の上には魔封石から抽出した力を注ぎ込まれた、輝きを放つ精錬石が残っていた。
「これでいいじゃろう」
「ああ、十分だ」
ソロモンは、新たに作られた魔封石を手に取り満足げに頷く。精錬された魔封石は先程のと違い強い光を湛え、かなりの力を秘めている事が分かる。
「これで精錬石と魔封石については目処が立つだろう」
そう言い、ソロモンはトーマに魔封石を渡す。
「はい。もちろん十分です!」
トーマは受け取った魔封石を大切に掌に乗せると笑顔を浮かべながら答えた。
皆が、アコードキャノンの運用等についてより深く話し合い始めると、ミラはテーブルの上のロボットを手に取り部屋の隅で座り込み、またガチャガチャと弄り始めた。すると、そんなミラの元にローブを着た男がやって来る。
「ミラちゃん。少しだけ話し相手になってくれないかい?」
「今忙しいから後にせい」
熱中しているミラは、ロボットの可動部から視線を逸らさないままに返事をする。ローブの男は少しだけ困ったような顔をしながら屈みこみ「そこをなんとか」と懇願した。
ミラは、一つ溜息を吐いてから男に振り向く。そこに居た男は青と黒のローブを身に纏い、肩ほどまである輝くような金髪で整った顔立ちをした美青年だった。そして、ミラはその顔に見覚えがある。
「ぬ、クレオスか?」
「おや、僕を知っているのかい?」
もちろんミラでは初対面だ。
クレオスは光精霊とエルフのハーフで、光精霊の持つ特殊能力で暗いダンジョンでも明かり要らずだったため、ダンブルフ時代にしょっちゅう連れ回していた召喚術の塔所属の従者の一人だ。
「ああっと、師匠から聞いておってな」
顔を見ればすぐに分かるため、何の思慮も無く口に出してしまったミラは、無難な言い訳をする。クレオスは「そうでしたか」と、少し嬉しそうに微笑んだ。
「では改めて、召喚術の塔エルダー代行。クレオスです」
「ミラじゃ」
二人はそう簡潔に挨拶を交わす。その直後、ミラはクレオスの言葉にあった単語を思い出す。
「そういえばグライアからエルダーが居なくなった後、代行が務めていると聞いておったが、お主がそうであったか」
「半ば無理やり、押し付けられた形なんだけどね。ダンブルフ様と共に冒険した時間が一番長いとかで推薦されたんだよ。まあ、他の皆も似たようなものだけど」
「ほう、そうじゃったのか」
ミラも、その便利さからクレオスを一番連れ回していたと記憶している。だがそれも選考基準としては良いだろうとも思える。強さだけでいえば、死地にばかり連れ出していたクレオスは召喚術の塔の従者の中で一番だろう。
他のエルダー代行も同じようなもので、最上級フィールドを連れ回されれば嫌でも実力はつく。
「ところで、お主は話に加わらなくても良いのか。重要な兵器なのじゃろう?」
ミラはそう言い、テーブルで話し合っているソロモン達へ視線を向ける。
「それは構わないよ。我々エルダー代行は、アコードキャノンの出来栄えを見に来ただけだから」
「我々じゃと。となると、あ奴等は皆代行じゃったのか」
壁際に並ぶローブ姿の術士達へ視線を向け直す。その誰もがクレオスの様に興味なさそうに、思い思いの事に興じていた。
「もう重要な話は終わってて、今は量産についてみたいでね。その辺りはソロモン様と貴族の方々の領分だから」
「それで、わしの所に来た訳か」
ミラはそう言うと、手元のロボットに視線を戻し、再びパーツを回したり折り曲げたりして合体ポイントを探り始める。
その後、二人は他愛も無い会話を続けたが、最終的にはクレオスの話す内容が、ダンブルフにどれだけ無茶な所へ連れて行かれたかという愚痴になっていたため、ミラは苦笑しながら相槌を打ち続けた。