178 始祖の真価
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更に何やら、こちらの限定版は少し早い、10月22日発売予定のようです。
是非とも、よろしくお願いします!
百七十八
「クイーンオブハートとは、この果実を元に農家さんが頑張って品種改良を繰り返し辿り着いた、汗と涙の結晶じゃ!」
ミラはアイテムボックスから、赤くて丸々とした名の無い果実を見せ付けるように取り出した。
原種。つまりは、生み出されたまま。そしてクイーンオブハートの原種は、とてもそのままでは食べられたものではない。それが今は、四大果実といわれるほど別物に生まれ変わっている。多少味を弄る程度では、到底辿り着けないはずだと、ミラは考えたのだ。
「あらあら、これを元に改良するなんて、随分と頑張った人がいたのねぇ」
名の無い果実を目にするなり、マーテルは少しだけ驚きを顔に浮かべる。どうやら農家の頑張りに感心したらしい。その様子に、無関係でありながらミラは少しだけ得意顔になる。しかし、悲報は精霊王の口からもたらされた。
「それは前にマーテルが、罰ゲーム用にと作ったものだな。今でも覚えているぞ、あの味は酷かった。本当に酷かった。それを元にするとは、なんとも奇特な者がいるものだ」
甘過ぎて酸っぱ過ぎる味を思い出したのか、眉根を寄せて口元をすぼめる精霊王。どうやら、原種のこの果実を口にした事があるようだ。しかも、話からすると罰ゲームの流れでである。
「あら、酷いなんて心外ですわ。暁の精霊さん達には、眠気覚ましに丁度良いと好評だったのよ」
酷いと繰り返す精霊王を前にしながら、マーテルは自信満々な様子で微笑んでいた。きっと彼女にとって、どのようなものであっても、どれだけ少なくても、誰かの役に立てばそれは有意義なのだろう。
と、精霊王とマーテルがそんなやり取りをしている中、ミラはとんだところで明らかになった事実に、どこかいたたまれない思いを抱いていた。
四大果実の一つ、品種改良の極致クイーンオブハートの元となった果実は、精霊達にとっては、罰ゲーム用だった。何とも名状し難い事実だろうか。
とはいえ結果としては四大果実だ。歴史が成功だと証明している。ミラは罰ゲーム用だったという事を、そっと胸の奥にしまい、まだ知らぬクイーンオブハートの味を想像する。
そんなミラの前に、ふと一本の蔓が延びてきた。
「こんな感じで、どうかしら?」
マーテルがそう言うと、蔓の先端に赤い果実が生り、ぽろりとテーブルに転がった。それをミラが手に取れば、マーテルがどこか挑発的な面持ちで微笑む。見た目に変わりはないが、様子からして品種改良されているようだ。
「では、頂いてみるとしようかのぅ」
うだうだ考えていても始まらない。あの酷い味が、どのように変化したのか試してやろうといった気概で、ミラは早速その果実を口に運んだ。そして一齧りした瞬間、ミラはマーテルの思惑通りといった驚きを、その表情に浮かべていた。
「おお……なんと甘美な味わいなのじゃろう!」
その果肉はまるでゼリーのように解け、同時に溢れんばかりの果汁が口の中で弾けると、透き通った程よい酸味が鼻に抜け、とろける甘みが広がっていく。
それは今まで食べた果実の中でも他の追随を許さぬほどに、完成された味わいだった。四大果実など生ぬるく感じてしまうくらいに、突き抜けた甘味。果実が辿り着ける究極の到達点。それが今、手にする赤い果実であるとミラは思い知らされ、同時に巡り逢えた幸運に感謝していた。
「気に入っていただけたみたいね」
黙したまま一口一口、大切に味わうミラ。そんなミラの姿を見て、マーテルは嬉しそうに微笑む。その隣、精霊王は少しだけ羨ましげな様子でミラが手にする果実を見つめていた。罰ゲームとして口にしたあの酷い果実が、どう生まれ変わったのか気になっているようだ。
「大いに驚かせてもらった。わしの完敗じゃ」
完食したミラは、そう言って負けを認めた。
流石は始祖精霊。品種改良すらも、息をするように行えてしまうようだ。そして出来上がった味は、きっと農家が数十年、または数百年かけて改良したものを容易く超えるだろう。クイーンオブハートをまだ食した事はなかったが、どれだけの時をかけようと、この果実には遠く及ばない。ミラは、そう痛感していた。それほどまでに、赤い果実は衝撃的だったのだ。
精霊王とマーテルの思惑通りに驚かされたぞと笑い、ミラは飲みかけのオールシーズンオレを手に取る。その時、ふと精霊王が言った。「なんだ、まだ序の口だぞ」と。
「なん、じゃと?」
マーテルの圧倒的な力を見せ付けられたと感じていたミラは、精霊王のその言葉に驚愕する。今までが序の口、では真の力はどういったものなのか。味を極めた至高の果実。品種改良を極めた、遥かなる頂点。次に続くとしたら。と、ミラがそんな考えを巡らせる中、マーテルはミラの手元に注目していた。
「その飲み物、ミルクに四種の果物を混ぜているのね。あと、花の蜜かしら」
ミラの手にあるのは、オールシーズンオレ。それは、四季を代表する果物を絶妙にブレンドしてミルクに加え、はちみつで味を整えた一品。その事についてまったく口にしていなかったにもかかわらず、少し鼻先を近づけただけで、マーテルは更に使われている果実までも言い当ててみせた。
(なるほどのぅ、どれだけ混ざっていようとも、植物については微細な香りなどから判別可能というわけじゃな。しかし、一流の料理人ならば、そのような芸当も可能と聞く。これには驚かぬぞ)
一度は負けを認めたものの、それは一回戦目の話。どこか思わせぶりな精霊王の発言から始まった二回戦目では、そうはいかないと身構えるミラ。そんなミラに「まだお腹空いているかしら?」とマーテルが問いかける。
「うむ、まだ幾らでも入るぞ!」
マーテルが生み出す果実は、どれもこれも極上だ。勝ち負けは一度置いておき、食欲の赴くままミラは即答した。しかし、それは答えた一瞬だけ。ミラは即座に、驚いてやるものかと、無駄な抵抗の構えをみせる。
そんなミラの前に、またも蔓が延びてきて、一つの果実を残していった。白い楕円形をした果実だ。
「さあ、召し上がって頂戴」
にこりと微笑むマーテル。それを新たな挑戦と受け取ったミラは、いざ尋常にと白い果実に齧りつく。
「なんと、馬鹿な!? この味は……!」
瞬間ミラの口の中に、まざまざと四季が広がったのだ。優しい甘さに爽やかな酸味。そして、圧倒的に際立ちながらも全てが調和した香り。その白い果実には、オールシーズンオレで使われている、苺とさくらんぼ、すももと林檎の要素が全て詰まっていた。しかも、それだけでは終わらない。ミルクのコクと、はちみつの甘さまで再現されている。
つまり白い果実は、オールシーズンオレの味そのものだったのである。
「驚いたようだな。それが、マーテルの持つ真の力だ」
「お気に召していただけたかしら?」
してやったりといった表情の精霊王と、どこか決め顔のマーテル。味自体は、飲み慣れたオールシーズンオレそのもので感動はないが、その味そっくりの果実をひょいと出された事に、ミラはこれまで以上の衝撃を受けていた。
「これ程とはのぅ。いや、だからこそ始祖というわけじゃな」
ミラは、マーテルの真の力を理解し、その秘められた可能性に戦慄する。
実は、オールシーズンオレと同じ味の果実が存在していた。などという事ではない。この白い果実は、今ここでマーテルが新たに生み出した新種であるという事が重大なのだ。
けれど、その力は今、ミラを驚かせるなどという事に使われていた。そして思惑通りに驚くミラに向かって、始祖精霊達すら従う精霊王は、ここにきてようやくミラが最初に発した質問、始祖精霊と原初精霊の違いについて、意気揚々と解説を始めた。
植物の始祖精霊であるマーテル。その直下に、植物の原初精霊達がいる。
植物の原初精霊は、その名の通り、ありとあらゆる植物を自由に生み出せるという。しかしそれは、世界にある既存の植物のみ。そしてマーテルが初めに生み出した究極品質の純白桃は、進化の力。次に生み出した赤い果実は変化の力。どちらも既存の植物を調整したものであり、これが植物の原初精霊が有する、特徴的な力だという事だ。
対して、始祖精霊のマーテルが持つ力は、新種を生み出すという創造の力。これが唯一であり決定的でもある違いだと、精霊王は言い切って解説を終えた。
「やはり、新種の創造じゃったか。とんでもない力じゃな」
もしも、この力を使い、繁殖力が極めて高く、人々を容易く死に至らしめる毒素を吐き出す植物を生み出したらどうなるか。それはつまり、マーテルがその気になれば、世界は滅ぶという事。始祖精霊の力というのは、正に神に勝るとも劣らぬ規格外のものであるのだ。
「うふふ、凄いでしょ」
しかしそんな力を持つマーテル本人は、決してそのように大それた事など考えなさそうな平和な表情で胸を張っている。実に得意げな様子だ。
「うむ、このような場所で、これほど凄い体験が出来るとは思ってもいなかったわい」
お日様のように微笑むマーテルを見つめながら、素直に応えるミラ。そして同時に、ふと脳裏を過ぎった疑問を口にした。なぜこれほど凄い精霊が、このような場所に閉じ込められていたのかと。
今の雰囲気からは想像も出来ないが、実は昔はとてもやんちゃだった。なんて事を考えるミラ。悪戯し過ぎて閉じ込められる。良くある話だ。
「そうだな。それについては我も気になっておった。精霊宮殿より出られなくなってから暫く、世の流れとは疎遠であったために、なぜお前がこのような場所にいるのか見当もつかぬぞ」
驚いた事に、そう精霊王もまたミラの疑問に乗っかってきた。
遥か昔、鬼族との戦いの際に禁忌を犯した反動か、力の制御が不安定になってしまったため、今の精霊王は精霊宮殿から出られない状態である。精霊宮殿と名はついているものの、その本質は隔離棟に近く、始祖精霊であっても近づく事の出来ない遠い場所だ。
そのため、かつて共にいた仲間のその後の動向について精霊王は把握していないらしい。とはいえ現在は、加護によってミラと繋がった事で、ミラが契約している精霊達とも繋がりが出来たため、それを通して色々と情報を集めているという。ただマーテルについては、まだ聞けていないそうだ。
そんな精霊王がマーテルと最後に会ったのは、英雄王フォーセシアが活躍した時代、魔物達の王と人類が戦っていた頃だった。精霊王の力を借りるため人類は英知を結集し、不安定な力を制御する装置を開発。決戦の間だけ、精霊王は地上に顕現しフォーセシアに加護を与え、陣頭指揮もとっていた。マーテルもまた人類を救うために、その力を存分に発揮したという。
そうして戦いは人類の勝利で終わった。と同時に、精霊王の力を制御していた装置がいよいよ臨界に達し、暴走してしまったそうだ。しかしそれは、その時丁度傍にいたフォーセシアが、どうにか抑え込んだ。しかし装置はもう、使い物にならない。そのため精霊王はフォーセシア以外、尽力してくれた眷属達に挨拶も出来ぬまま、精霊宮殿に戻る事になったという。
「フォーセシアさんから事情を伺いましたが、あの時は、皆が最後にシン様に会えなかった事を、とても嘆いていたのよ。もちろん、私もね」
精霊王は、やはり精霊達の心の柱でもあるようだ。苦境を乗り越え勝利を掴み、労いの言葉を頂けると思っていた矢先の暴走事故である。その意気消沈振りは、言わずもがなだろう。
「あの時は、余りにも急だったのでな。許してくれ」
どこか演技染みてはいるが、そっぽを向いて不貞腐れた様子のマーテルに、そう言って苦笑を浮かべる精霊王。するとマーテルは優しく微笑みながら「はい、許しました」と振り向いてみせた。
「えっと、まず一つ間違いを指摘させてもらうわね。私は、閉じ込められているわけではないのよ」
マーテルは改めるようにして、まずそう口にした。神霊晶石によって幾重にも封じられていた通路。しかしそれはマーテルの話によると、外に出さないためではなく、外部からこの場所を護るためであるという事だった。
「なんと、そうじゃったのか。随分と寂しそうな様子じゃったので、勘違いしてしもうたわ」
遠くから僅かに感じたマーテルの気配はどこか寂しそうで、ミラは現状から閉じ込められているのだと思い込んでいた。しかし、どうやら彼女は自らの意思でここにいるという。
「勘違いさせてごめんなさいね。ただ、微かにシン様の気配を感じたから、ついそんなふうに思っちゃったのかも」
ただ、自らの意思でここにいるとはいえ、寂しいかどうかは別問題だ。はにかむように笑いながらも、嬉しそうなマーテルの姿に、ミラはここまで来て良かったと心から思った。
「それで、マーテルよ。なぜお前はこの場に留まっているのだ?」
どことなく内心を誤魔化すような態度で、精霊王は本題の話を続けた。するとマーテルは「そういったところも相変わらずね」と微笑んでから、この場所には、護るべきものがあるのだと答える。
(始祖精霊などというとんでもない者が護るものか。何やらとんでもないお宝の予感がしてきたのぅ!)
ミラはマーテルの一言で、急に俗物的な感情を浮上させていた。しかし、それもある意味仕方のない事。ダンジョンの奥地にある、神に隠された部屋。そこにいた、最上位中の最上位である始祖精霊。そんな始祖精霊が護っているというもの。誰が聞いても、期待せずにはおられない組み合わせだ。特にファンタジー好きなら尚更である。
「護るべきものか。……それらしいものは見当たらないが」
精霊王は周辺に目配せしながら、そう呟く。広い空間の中にあり、幾重もの蔓や草花で堅牢に覆い隠されていた一軒の家。宝を隠すとしたら第一候補に挙がるはずだが、残念な事にそれらしいものはない。
「ふふ、そう簡単に見つけられるものですか」
そんな精霊王の言葉を受けて、マーテルはとても嬉しそうに胸を張る。しかも更に聞けば、どうやらこの家の周辺に生い茂る草花や木には、探査系の力の類までも誤魔化す性質を持たせているという事だった。見ただけで簡単にわかるような隠し方はしていないと、マーテルは自信満々だ。
「徹底しておるな。それでこそ探し甲斐があるというものよ!」
新種を生み出すという始祖精霊の力全開で隠されたお宝に、ミラはますます興奮冷めやらぬ様子で勝手に部屋を探り始める。それに続き精霊王もまた、自慢げなマーテルに対抗するようにして部屋を漁り出す。
「そんなところにあるかしらねぇ」
駆けずり回る二人の様子を楽しそうに、そしてなにより嬉しそうに見守りながら、マーテルは挑戦的な言葉で二人を煽っていた。
「……して、何を護っておるのだ?」
十数分と探した末に手掛かりすら掴めず、とうとう精霊王は、お宝の正体を隠した本人に訊くという暴挙に出た。ちなみにミラは、別室を探索中だ。
「あら、もう探さなくてもよろしいのですか?」
どこか勝ち誇ったようなマーテルの表情。答えを訊く。それはつまり敗北宣言のようなもの。精霊王がマーテルに屈したという事に他ならない。
「今の状態では、まだお前の力に手も足も出ぬな」
精霊王は、少々不貞腐れた様子でそう答えた。今の状態。つまりは、ミラの加護を通して顕在化している状態だ。精霊王としての知覚はミラ基準となり、流石のミラであっても始祖精霊の全力には遠く及ばないのである。
「あら、シン様。負け惜しみですか?」
「真実だ。けれどミラ殿は、まだまだ成長する。それこそフォーセシアを超えるほどにな。我には分かる。看破するのも時間の問題だ」
にやりと微笑むマーテルに、確信めいた表情で言い返す精霊王。ミラの与り知らぬところであるが、精霊王からの評価は随分と高いようだった。
「シン様が、そこまで仰るなんて。彼女は有望なのね」
「ああ。それに何より、ミラ殿と繋がる眷属達が教えてくれたのだ。彼女がどれほど我等を愛してくれているかをな」
精霊と人の関係。その中でも一番重要なものが絆である。愛もまたその一つの絆。別室で絶賛家探し中のミラであるが、姿が見えなくとも確かに感じる絆を辿り、精霊王はミラの方に振り向き優しく微笑む。
「そう、素敵ね」
これまではずっと、精霊宮殿から出られなかった精霊王。しかし今は違う。ミラのお陰で、随分と世界が広がったようだ。マーテルは過去の精霊王の姿と、今の姿を見つめ、そっと安堵するように目を細めた。
「何じゃ、呼んだか?」
そんな二人の前に、ひょっこりとミラが顔を覗かせる。別室まで届くような声で話してはいないが、何かを感じ取ったようだ。これもまた、絆の為せる業か。そんな事を感じながらも精霊王とマーテルは、これでもかというほど草花まみれになっていたミラの姿に、思わず笑うのだった。
さて、食べ物の話なのですが、
缶詰って、やっぱり凄いですね。
自分、今の鍋生活を始める前は、野菜炒め生活をしていて、更にその前の主食が白米だったのですが、
その白米時代のご飯のお供、味付けかつおの缶詰が一つだけ残っておりまして。もう、買ってから1年余裕で過ぎているブツです。
それを先日、久しぶりに白米と一緒に食べました。
美味しさは当時と変わらず、あの頃ご飯時にやっていたアニメを思い出したりもして、何だか凄い懐かしい気持ちになりました。
こんなんでも、思い出の味になったりするんですねぇ……。