176 気配
百七十六
古代地下都市六層、三日目の朝。支度を整えたミラは、早速攻略を開始していた。まずは、中層から下層へ下りるための移動だ。
複雑に入り組んだ六層は、どこから下りるかだけでも、目的の場所に向かうルートが変わる。そしてここがまたいやらしいところで、球体神殿の近くから下層に進むと、鍵文字のある建物まで、大きく迂回しなければいけない構造になっていた。
ただ、下りる場所によっては、大きく迂回するよりも移動距離が短くなる事がある。これら全てを精査し、導き出された最短ルートが、ミラが辿っている正規ルートである。
ミラは、この正規ルートを導き出したかつての有志達に感謝しながら、順調に進み続けた。
ちなみにこの正規ルートだが、幾つか種類がある。堅実に進むルートと、多少時間がかかってもなるべく魔物を回避するルート、稼働中の施設を巡るルート、それと吹き抜けや回廊などから別の通路にショートカットする徹底時短ルートだ。尚、ミラが今進んでいるのは、この徹底時短ルートである。
「ふむ。一先ず腹が減ったのぅ。ここで休憩とするか」
中層から下層に下りて更に数時間。昼の二時過ぎ。ようやく鍵文字を入手したミラは、その場に座り込み、パンとチーズを取り出した。鍵文字のある建物は、魔物が出現しない安全地帯。丁度良い休憩所にもなる。
(あの頃は、ここでログアウトして、食事に行ったのじゃよな)
どこか懐かしむように、そんな事を思いながら簡単な昼食を摂る。そして、付け合せ程度に購入したチーズが、実に濃厚で味わい深いものだったので驚く。同時に、これは買いだめしておく必要があると、心のメモに記入した。
昼食を終え再び攻略を開始したミラ。下層の球体神殿の場所までは、どれだけ急いでも複雑に入り組んだ道を抜けるのに四時間はかかる。そんな道のりを半分ほど消化した頃だ。
「ぬ? この感じは……」
ダークナイトが倒した分の魔動石をほくほく顔で拾っていたミラは、ふと誰かの声、否、気配を感じ取る。それはつい先日、屋敷の精霊を見つけた際の感覚に似ていた。
「まあ、放ってはおけぬか」
もしかしたら、この近くにも弱っている精霊がいるのかもしれない。そう思ったミラは、迷う事なく正規ルートを外れて、感覚だけを頼りに周辺を探し始めた。
回廊を一回りして小道に入り込み、小さな住居スペースを一つ一つ覗く。気配は非常に曖昧で、この近くという事だけしかわからないため、捜索もしらみ潰しだ。
商店街のように建物が連なった道、上ってみると行き止まり、下りてみると空っぽの廃屋に続く階段、螺旋状に伸びる坂道と、それに沿って乱立し高く積み上げられた建造物。正規ルートを辿るだけでは見られない、不思議で可笑しな光景が次々と現れる。
そんな光景の中で立ち止まり、周辺の気配に集中するミラ。曖昧で輪郭すら掴めなければ、また移動し集中する。それを何度か繰り返し進んだ先。
「こんな所に湧いておったか」
そこに足を踏み入れた時、耳をつんざくほどの凶暴な咆哮が響き渡った。
五十メートル四方ほどだろうか、螺旋状の坂道を下りきって細い通路を進んだ先、最下層の中でも最下層にある、何もない広場。気配を探してそこに辿り着いたミラは、まるで閉じ込められたように広場で佇む、スカルドラゴンと遭遇した。
スカルドラゴンは、六層目の中ボス的な存在であり、フロアのどこかに稀に出現するという珍しい魔物だ。とはいえ、その強さはAランクのグループ相当。Bランクである六層目では、かなり厳しい相手になる。加えてドロップアイテムは、とても大きな魔動石だけ。六層で入手出来る魔動石三十個分にはなる希少品だが、スカルドラゴンを相手するより、スケルトン三十体と戦う方が労力と損害も遥かに安く済む。しかも、その巨体ゆえに出現する場所が決まっており、奥まった何もない広場にいる事が多い。なので、このように放置されている場合がほとんどで、とても残念な魔物として有名だった。
(ふーむ……。今は他に優先する事があるからのぅ)
強敵であるスカルドラゴンだが、それは一般的な冒険者達にとっての事。丁度小銭稼ぎが楽しくなってきたミラの目には、魔動石三十個分にしか映っていない。けれど今は小銭より、任務より、弱っているかもしれない精霊の方が心配だった。
「せめて方角だけでも分かればいいのじゃがな……」
威嚇するように咆哮を続けるスカルドラゴンに背を向け細い道に引き返したミラは、ゆっくりと目を瞑り、周囲の気配に意識を集中する。なお、精霊王に聞いてみたところ、今よりもずっと加護が馴染んでいけば、それも可能になるだろうという事だった。だが今は難しい。精霊王も、ミラを通してしか周囲を認識出来ないので、ミラが感知出来ないものは分からないそうだ。なので、自力で見つける必要がある。
「──……」
最初に気付いた時よりも、近づいている事は確かだ。曖昧だった気配に、確かな輪郭が固まったと、ミラは感じた。
「──……!」
より深く意識を集中していく。どこにいるのか、方角は未だ掴めない。けれど、これまでで一番の手応えがあった。更に鮮明なイメージが浮かび、精霊の輪郭がおぼろげに見えたのだ。どうやら原初精霊らしい。原初精霊の特徴である、人の形が見える。しかし、表情までは霞んでよく分からなかった。
「どこじゃ……どこにおる」
見た限り、弱ってはいなさそうだ。その事に少し安心したミラだが、精霊の姿はどことなく寂しそうに見えて、思わず語りかけるように呟く。
「──……ン!」
するとその時だ。精霊もまたミラの気配に気付いたのか、それともミラの声が聞こえたのか、ふと顔をあげ、その霞んだ顔で振り向いた。その瞬間、精霊との小さな繋がりを感じたミラ。その繋がりを辿れば、場所が分かるかもしれない。そう思い、意識を繋がりに向けていった時。
「──……ギャオーーーン!」
「ええぃ、うるさーい!」
ミラは遠く響き続けるスカルドラゴンの咆哮に、叫び返した。
事ある毎に集中を乱してくる大咆哮。あと少し集中出来れば、精霊の場所が分かっていたものを、悉く妨害した自己主張の強いスカルドラゴン。それは、ミラの敵愾心に火をつけた。
精霊捜索を一時中断したミラは、その障害となる標的の抹殺に動き出す。
再び広場に向かうと、そこには唯一の出入り口である細い道を睨み付けるスカルドラゴンの姿があった。そしてミラがそこに姿を再度現したところ、待ってましたとばかりに激しい咆哮を轟かせる。
(鬱憤でも溜まっておるのじゃろうか)
威嚇するようにミラを見据えるスカルドラゴンの空虚な両の眼窩には、怒りにも似た赤い光が宿っていた。一度顔を見せただけで直ぐに戻ってしまったミラの態度にか、それとも一つの広場に閉じ込められた己の不運に対してか。はたまた、ただそう見えるだけか。いずれも真相は不明だが相対した事で、ようやく繰り返されていた咆哮は収まり、静かな睨み合いが始まった。
「まあ、折角じゃ。実験台になってもらおうかのぅ」
キメラクローゼンとの戦いを終えてからここまで、これといった大型との戦闘は無し。そのためミラは、色々と思いついた新技の有意義な実戦投入も出来ていなかった。そんな時に、自己主張してきたスカルドラゴン。実におあつらえ向きな相手である。
ドラゴンというだけあって、その体躯は十メートルを超える。ミラは油断なく向かい合いながら、周囲に素早く視線を巡らせた。それの意味するところは、召喚地点の設置である。
(さて、このでかぶつ相手に、どれほどの傷を負わせられるか……。楽しみじゃのぅ!)
その作業も慣れたもので、ミラは瞬く間に百を超える召喚地点を中空に設置した。軍勢召喚に比べると十分の一程度の数。とはいえ軍勢はそもそも、仙術技能との合わせ技による、規格外の召喚術だ。十分の一程度とはいえ、ここからダークナイトやホーリナイトを召喚すれば、流石のミラでも枯渇に近いだけのマナを消費する事になる。
けれど、消費を抑えた部分召喚ならばどうだろうか。
怪しい微笑を浮かべたまま佇むミラに痺れを切らしたのか、獣のような唸り声をあげて、スカルドラゴンが猛進する。牙や爪といった強力な凶器を持っているが、その巨躯だけでも充分な破壊力が秘められていた。
身体自体は見た目相応のミラの事。直撃すれば、ただでは済まないだろう。
「では、受けてみるがよい!」
とはいえ、スカルドラゴン以上の相手と数え切れないほど戦っていたミラである。そのような攻撃をまともに受けるはずもなく、簡単な身のこなしだけでそれをやり過ごすと、次はこちらの番だとばかりに瞳を輝かせた。
次の瞬間、中空に百にまで及ぶ魔法陣が浮かび上がる。そしてそこから、黒剣を大きく掲げるダークナイトの腕だけが姿を現した。
壁に衝突し、広間を揺らすスカルドラゴン。その直後、体勢を整え切れていないその巨躯に向けて、ダークナイトの腕が鋭く振り下ろされる。
当然、ただ腕が振り下ろされたわけではない。それは、余りにも無慈悲な投擲。百を超える黒剣が、ダークナイトの手から槍の如く放たれたのだ。
僅かな時間差をおいて投擲された黒剣は、まるで一斉掃射のように降り注ぎ、咆哮にも負けない轟音を響かせて着弾していく。
「……思った以上に壮絶じゃな」
それは余りにも鮮烈な光景であった。召喚から数秒後には、ダークナイトの腕と黒剣は跡形も無く消滅していた。しかし、それらが残した傷跡は鮮明に残っている。ミラはものの数秒で、竜の骨からただの瓦礫と化したスカルドラゴンを見つめ苦笑する。
Aランクグループ相当の戦力を持つスカルドラゴン。ミラほどの実力ならば苦戦はしないまでも、正面から戦えばダークナイト六体で五分はかかる相手だ。それが今回は、数秒である。
部分召喚は、本召喚に比べ十分の一程度のマナで行使出来る。つまり、ダークナイト十体分ほどのマナで、スカルドラゴンを秒殺出来るだけの火力を出せたという訳だ。
「これは、かなり有効じゃな!」
塵となって消えていくスカルドラゴンの瓦礫。そこに残された大きな魔動石を拾いながら、予想以上の結果にほくそ笑むミラ。
事前に無数の召喚地点を設置するという準備があるものの、数万回以上繰り返してきた作業なため、さほど手間にはならない。そして同時召喚は、ミラが一番得意とする技。なので黒剣の雨は、その威力に反して、発動までにそれほど時間を要さないという事。
「今度、かっこよい名前を決めておこうかのぅ!」
思った以上の威力に気を良くしたミラは、心のメモにそう新しく書き留めるのだった。
兎にも角にも、集中に邪魔な咆哮は消えた。これで心置きなく探す事が出来ると、ミラは大きな広間の真ん中に立ち、改めて意識を集中し、どこかにいる精霊の気配を探る。
深く深く。今度は気を散らす要素がなく、先程よりも更に強く精霊との繋がりを感じる事が出来た。
距離の問題だろうか、ミラの脳裏に浮かぶ精霊の姿はやはり曖昧で、表情は霞んでいるが繋がりを介して呼びかけると、確かな反応をみせる。顔をあげ、人恋しい様子でミラの声に振り向くのだ。
(待っておれよ。わしが必ず見つけてやるからのぅ)
そう呼びかけながら、ミラは更に深く集中した。静かに、ゆっくりと繋がりを手繰り寄せていく。
(よしよし、向こうじゃな)
そうして集中を始めてから二十分弱。遂にミラは、方角を掴めるまでに繋がりを強くする事に成功した。あとは、高低差と距離だが、ここまで強く感じられるようになったのだ。そこから先は、もう僅かに呼びかけるだけで充分だった。
ミラが精霊を感じていたように、精霊もまた繋がりによってミラを感じている。そんな精霊がミラの呼びかけに応えた。
「なんと……!」
その応えに、ミラは思わず驚きの声をあげた。そして、そのまま駆け出して、広間の突き当たりである大きな白い壁を見上げる。
「この向こう側じゃというのか……」
そう、強く結びついた繋がりによって判明した精霊の居場所は、スカルドラゴンがいた広間の最奥、白く煤けた壁で隔たれた先であったのだ。
「これは、厄介じゃのぅ」
ミラは、コツコツと白い壁を小突きながら眉根を寄せた。
その白い壁に、扉や穴は一切見られなかった。つまり向こう側に行くためには、別のルートを辿る必要がある。しかし、今ミラがいる場所は正規ルートから大きく外れた六層の隅の方だ。この向こう側に回れるルートなど、覚えていない。
更にである。この複雑に入り組んだ六層目。一部の下層や上層は、上層から下りて来る、下層から上っていくなどで、ようやく進入出来る区画まであった。
精霊のいる場所が、そうであった場合、辿り着くのに相当な時間がかかってしまうだろう。その間に、任務の目的であるソウルハウルが用事を完了して、またどこかに行ってしまっては、元も子もない。
かといって、精霊を放って置く事など、ミラには出来なかった。
「孔でも開けられればよいのじゃがな」
先程よりも、少し激しく白い壁を小突くミラ。六層目の建造物や壁などは、そのほとんどが五層目の塔と同じように破壊出来ない素材で出来ていた。最深部に近いだけあって、アルゴレスト合金なるものを潤沢に使っているのだろう。
「しかしまあ、この先にまだ空間があったとはのぅ」
そもそも、この壁の向こう側にまだ空間があったという事の方が驚きだった。
何か隠し通路のスイッチでもないかと、ミラは藁にも縋る思いで白い壁を押しながらぼやく。螺旋の通路を下りきった先のこの場所は、下層の中でも更に最下層に位置している。そんな広間の奥にまだ空間があるなど、実に不思議な事だと、ミラはふと思った。別のルートがあるとしても、この広間と同じ深さに繋がる道などあるのだろうかと。
(むしろ、何もないこの空間にこそ、秘密があるのではないじゃろうか)
若干希望も混じるが、このような意味ありげな場所でありながら何もないという空間に疑いを向ける。ただ、スカルドラゴンが出現するだけの場所として知られた行き止まり。しかし、それは真実を隠す目くらましだったのではないか。
ミラはふと、かつて有志達が製作した六層目の地図を思い出す。今は浮遊大陸と共に消えたそれだが、そこには印象深い特徴があった。螺旋通路の先にあるこの広間が、突出して深い場所だったと。
奥に空間がある事が分かった今、この広間に何もないという方が、むしろおかしい。そう考えたミラは、早速とばかりに白い壁を探り始める。
映画や漫画などでよくある、押せる箇所や何かを嵌められそうな窪みなどはないだろうか。
白い壁の中ほどから、まずは左側を調べ、次に右側を調べていた、そんな時だ。
『ミラ殿。もう一度、先程のところに触れてみてはくれないか』
と、精霊王の声がミラの頭の中に響いてきたのだ。
『おお! わかった。ここら辺、じゃな?』
いざという時に聞こえてくる精霊王の声の、なんと頼もしい事か。精霊王が何をするのかまだ分からないが、ミラは素直に言われた通り先程くらいのところに触れてみる。
すると、触れた手の甲に、精霊王の加護紋が浮かび上がった。そしてミラは、その感覚から、精霊王が加護を通して白い壁を分析しているのだと理解する。
それから数秒、数十秒が経過したところで、分析が終わったのか、加護紋が薄くなり消えていった。
『精霊王殿よ。なにか、わかったのじゃろうか?』
期待を込めて問いかけるミラ。すると、少しだけ間を置いてから『これは、驚いた』という精霊王の声がした。
ミラが何事かと訊けば、精霊王は、この場所が、かつて古代人種と呼ばれた者達発祥の地だと前置きしてから、理由を告げた。
まず、目の前にある白い壁は、破壊が不可能に近い、アルゴレスト合金製で間違いないようだ。しかし、その一部。先程、触れてくれと言った箇所だけが、まったく別の物質で形成されているという。
『別の物質とな? まったく見分けがつかぬ……』
その箇所と別の箇所、ミラは改めて目を凝らし確認したが、感触も見た目にも微塵の違いはなく、これは気付けないだろうと苦笑する。
『して、これは何で出来ておるのじゃろう?』
ミラは白い壁を凝視しながら、どこか期待に満ちた声で訊く。すると、そんなミラの様子に気をよくしたのか、精霊王は少しだけ自慢げに答えた。『それは、神霊晶石だ』と。
『なん、じゃと? それは確か、鬼を封じていた棺に使われていたというあれじゃろう? するともしや、これも……』
神霊晶石。それは神の力で生み出された物質であり、キメラクローゼンを生み出した元凶、鬼が封じられていた棺も、この神霊晶石で作られていた事は記憶に新しい。
もしかすると、この壁の向こうに鬼が封じられているのだろうか。そんな考えがミラの脳裏を過ぎった。
『いや、それは大丈夫だ。棺の場所は今でも覚えている。この近くにはない。それよりも、神霊晶石だ。これがここにあるという事は、神が干渉するだけの何かが、この先に隠されている事になる』
神とは人々を見守る存在であり、余程の事がない限り、世界には干渉しないらしい。そんな神の力で生み出された神霊晶石が、目の前にある。つまり、ここで余程の事があったという証拠だ。
『して、精霊王殿よ。これを開ける事は出来るのじゃろうか?』
一体、何を封じていたというのだろうか。もしや、この先にいる精霊こそが封じられた存在だったのだろうか。神が干渉するほどの事である。何があるか分からない。しかしミラは、精霊王にそう訊いた。加護の力で繋がって、この先にいる精霊に害は無いと感じていたからだ。ならばそんな精霊を、良く分からないような場所に置いていくなど、ミラには考えられなかった。
『……ああ、少し時間はかかるが、問題ない。しかし、ミラ殿。本当に良いのか? 何があるか分からぬぞ』
少し間を置いてから、精霊王の言葉が返ってくる。その声には、真にミラの事を案ずる情が篭っていた。そんな声にミラは答える。精霊を放ってはおけないと。
(とはいえ、いざという事もあるじゃろうな)
それなりに腕には自信のあるミラ。けれど当然、この世界には全力をもってしても手に負えない相手がいる事も重々承知している。そんなものがこの先にいたなら、戦うなど無謀だ。とはいえ諦めるわけではない、仕切り直し策を練るためだ。
『精霊王殿よ。中がとんでもない事になっておったら、再び封じる必要があるじゃろう。また直ぐに閉められるように開けられるなら、そのように頼みたいのじゃが……』
神霊晶石を壊すのではなく、また蓋に使えるように取り外す事は出来ないだろうか。ミラは、最善を考えた結果、そう言い直した。
『神霊晶石は、マナに変換してしまうのが早いのだが。ミラ殿の言う事も一理あるな。分かった。やってみよう』
そう答えた精霊王は、今一度、神霊晶石で出来た壁に触れるようミラに言う。その言葉に従いミラが白い壁に触れると、今度は全身に精霊王の加護紋が浮かびあがり、強く輝き始めた。
ミラの全身を精霊王の力が巡り、その手を通して神霊晶石に注がれていく。まずは、分析しているようだった。棺の時と違い、作製時に関わっていないため、精査する必要があるという。
十分が過ぎ、二十分が過ぎた。流石の精霊王でも神由来の物質では、そう手早くはいかないようだ。ミラは加護紋を通じて、いつになく集中する精霊王の気配を感じていた。
そうこうして、三十分が過ぎた頃だ。不意に加護紋が、これまで以上に輝くと、目の前の白い壁に、なんとか人一人が通れる程度のトンネルが開いたのである。
「おお、正に隠し通路じゃな!」
アルゴレスト合金製の白い壁。そこの一部にあった神霊晶石が消えると、奥の方まで続く長いトンネルが現れた。ぽかりと孔を穿ったような状態だ。
ちなみに神霊晶石は色々と試行錯誤した結果、どうにか物理的な物質から霊的な物質に変換出来たそうだ。これなら、いざという時にまた反転させる事でトンネルを塞ぐ事が出来ると、精霊王は自慢げに語る。
物理的から霊的に。本来は不可能であるそれを、神霊晶石の特性を用いる事で云々という精霊王の詳細解説は話半分に聞き流すミラ。とにかく、また塞ぐ事が出来るというその事実だけを確認して、トンネルに足を踏み入れた。
「む。行き止まりじゃと?」
『そのようだな』
トンネルを真っ直ぐ、十メートルほど進んでいったところ、そこで道は終わっていた。途中に横道などもなく、ただの一本道。見落とすはずはない。しかし、進んだ先は行き止まり。
けれど、これだけ怪しい場所なのだ。これで終わりなはずがない。必ず、隠された何かがあるはずだ。そういう確信を持って、ミラは正面の白い壁に挑む。
『精霊王殿よ。この壁はどうじゃろうか』
ミラは、どこかに隠し扉のスイッチなどはないか探りつつ、そう問うた。もしかしたら、神霊晶石で二重に塞がれているのではないかと。
『これは、ただのアルゴレスト合金だな。特に怪しいところも──』
ミラが壁を押したり叩いたりする中、その手を通じて感じた事を、そのまま答える精霊王だったが、言いかけた途端に言葉を止めて『ミラ殿、今の箇所だ』と、鋭く言った。
『今のというと……このあたりじゃろうか?』
待ってましたとばかりに、ミラは言われた通りの箇所に手を当てる。
『ああ、そこだ。間違いない』
精霊王がそう答えると同時、ミラの全身に加護紋が浮かび上がり輝いた。するとどうだろうか。行き止まりだった壁に、小さな孔が開いたのである。
ミラの腰ほどの高さに開いた、直径二十センチほどの孔。覗き込むと、奥に何か突起物が見えた。
(なにやらジョーンズ博士にでもなった気分じゃな!)
ミラは、前に見た古い映画の事を思い出しながら、その孔に躊躇なく右手を突っ込んだ。そして突起物を掴み、ぐいっと手前に引っ張る。直後、静かに右の壁が横にずれていき、更なる通路が姿を現した。
「思った通りじゃな!」
『これまた、随分と用心深い造りだ』
自信満々にふんぞり返るミラと、どこか感心したように呟く精霊王。こうして仕掛けを見破ったミラと精霊王は、意気揚々と通路に踏み込んでいった。
さて、早速ご飯の話ですが、
いよいよ行きつけのスーパーに、鍋キューブが並んできました!
ようやく夏も抜けたという事ですかね。感慨深いものです。
しかし、一番肝心な、濃厚白湯味が売り切れという。
どうやら皆、考える事は同じだったようだ……。
来週に期待!