表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/648

175 名の無い果実

百七十五



「ふぅ……。これで、まずは一つじゃな」


 球体の神殿の最上階。そこにある水晶の間の扉を開き、中央にある水晶に手をかざすと、この場への鍵となった文字が、最深部を開く一つ目の文字に変化した。これが六層目攻略の特徴である。鍵となる文字が、大神殿を開く文字に変化するため、三つの文字を揃えるには鍵を得られる場所と神殿の全てを巡る必要があるのだ。しかも次の層へ続く扉は、これまでと違い、一人ずつしか通れない造りになっている。なので三つの文字を揃えた者に便乗するという手段が、ここでは通じない。

 この一手間増えた手順からして、七層目というのは相当厳重に護られていると分かる。

 更にそれだけ、攻略にかかる時間も増えるものだ。まず複雑に入り組んだ六層目では、機動力が余り役に立たない。加えて、不規則過ぎる街並みは方向感覚を狂わせ迷い易く、正規ルートを覚えているといっても、要所要所での現在地確認が必要であった。

 そのため昼前から攻略を始めていたが、一つ目の文字を手に入れた今、時刻は既に夜八時。途中で冒険心を疼かせたり、特訓を始めたりなどという事もあったが、そもそも鍵となる文字の入手と、対応する水晶の間に到着するまでの時間を合わせると、どれだけ急いでも最低六時間はかかるのが、この層だ。

 普通の冒険者グループなどは、一つの文字の入手に三日は要するという。なので寄り道の多かったミラの攻略速度でも、実は早い方だった。それもこれも仙術技能やらなにやらをふんだんに活用したからこそで、結果、ミラの体力はもう限界に近かった。


「ああ……脚がぱんぱんじゃ……。もう歩けん」


 真っ白な水晶の間の隅っこで壁を背にして座り込んだミラは、歩き疲れた両の脚を揉み解しながら深いため息をついた。ペガサスに頼れない分の影響が直撃である。


(とはいえたった一日で一つ目の文字を入手出来たのじゃからな、今日はもう充分じゃろう)


 実はこの六層目、一番厄介というだけあって、一般的な冒険者ならば攻略に二週間ほどかかるという場所だった。

 その要因として、まず大体がグループ行動であり、ミラのように仙術士の技能を全面に押し出した移動が出来ないからだ。加えて、ほぼ全てをダークナイトに任せてしまえるミラとは違い、無数のスケルトンとの戦闘で多くの体力を消耗するため、着実に進むなら定期的な休憩は必須。それらが積もり積もって、二週間となるのだ。


(初めて来た時は、確か一週間ほどかかったか。随分と強くなったものじゃのぅ)


 かつて、ここを初めて訪れた時の事を、ミラはしみじみと思い返していた。

 現実となった現在。肉体的な疲れや食料の心配がなく、ログアウトすれば幾らでも安全に休めたゲーム時代とは違う。両脚に痛みにも似た疲れを感じつつ、ミラは不思議とそれが楽しいと感じている自分に笑うのだった。




 球体神殿には、魔物が寄り付かない。なので、一晩を明かす休憩地点としてとても有用な場所だった。


「もうひと踏ん張りせんとな」


 しかしミラは、疲れきった身体に鞭打って立ち上がり、その足で水晶の間を出ると、そのまま歩き続け球体神殿を後にした。

 見回すと神殿は、それなりに広めの敷地に建てられている。それを確認しながら神殿の周りをぐるりと巡ったミラは、神殿の裏側が丁度良い具合だと目を付けた。


「今日は、ここでいいじゃろう」


 ミラは神殿の裏側に、精霊屋敷を召喚する。出来れば、スケルトンが多く出現する広場で放置狩りをしたいところだが、生憎と密度の高い六層目には、精霊屋敷を召喚出来る広さのある敷地が少ない。面積に余裕のある場所は、随分と遠く外れた場所か、ここのように特別な場所と限られているのだ。

 とはいえ一番の目的は、精霊屋敷を存分に活用して、精霊の成長を促す事。放置狩りが出来ずとも、精霊屋敷を召喚出来る空きがあれば、それで充分だった。


「やはり、なんとも落ち着くのぅ」


 念のため見張り役のダークナイトを外に配置してから精霊屋敷に入ったミラは、帰宅した時のように、ほっと一息つく。精霊屋敷の力とは不思議なものだ。外見や内装がまったく違うにもかかわらず、その空間は自室にいる時と同じような安らぎに満ちている。

 ミラは、そんな感覚に逆らわず、さっさと服を脱ぎ捨て全裸になると、そのままシャワー室にどかりと座り、全身に湯を浴び始めた。


「あぁー……癒されるのぅ」


 いよいよ完全に疲れきった身体から力を抜いたミラは、湯にされるがまま流され続けるのだった。



 少し長めのシャワーを終えたミラは、またパンツ一枚のまま部屋の端に敷いた寝袋に寝転がる。


「マッサージ椅子の精霊とかおらぬかのぅ」


 ミラはそんな事をぼやきながら、まだ身体が火照っている内に、今日酷使した両足をよく揉み解す。するとしないとでは次の日に差が出るというのは、現実でも武術家なメイリンの教えである。

 そうして教え通りにマッサージを終えたミラは、少し遅めの夕食を作り始めた。この日、がっつり食べたい気分だったミラは、塩コショウをふった厚切りの一枚肉を焼いていく。それと同時に、付け合せのサラダとパンを用意する。


「これは堪らんのぅ」


 良い音をたてながら焼けていく肉と、そこから立ち上る香ばしい匂い。ミラは腹の虫を鳴らしながら、適当にサラダをかじりつつ、今か今かと焼けるのを待った。

 それから暫く、用意したサラダを食べ尽くしたところで、肉が丁度良い具合に焼きあがる。


「なんという贅沢!」


 早速とばかりに食らいついたミラは、程よい歯ごたえと実に肉肉しい味わいに頬を綻ばせた。そして、半分ほど食べたところで残りの肉をパンに乗せ、フライパンに残った油に調味料を加えて作った特製ミラソースをかけて、チーズと一緒にサンドした。


「一度、やってみたかったのじゃよ。ステーキバーガー!」


 夢が叶ったとばかりに、満面の笑みでステーキバーガーにかぶりつくミラ。そして「んまい!」と叫ぶ。

 こうして充実した夕食を満喫したミラは、片付けを終えた後、技能大全を読みながら、うとうとと眠りにつくのだった。




 古代地下都市六層、二日目の朝。


「ふむ……。若さとは素晴らしいのぅ」


 マッサージが効いたのか、若さ溢れる身体のお陰か。八時の少し前に目を覚ましたミラは、大きく伸びをしながら、昨日感じていた疲れが全くなくなっている事に驚く。しかし、一度立ち上がり、試しとばかりに部屋を一周したところ、太ももからふくらはぎにかけて僅かな痛みがある事に気付く。


「翌日に筋肉痛か……。これも若さじゃのぅ」


 歳をとると筋肉痛が遅れてやってくる。真実かどうかは不明だが、そんな事を聞いた事のあったミラは、両脚に走る鈍痛を若さの証拠と、しみじみ感じていた。

 多少の痛みはあるが、動きに支障をきたすほどのものではない。果物中心の朝食を済ませたミラは、今日中に二つ目の文字を目標として精霊屋敷を送還する。そして、少しだけ期待を込めつつ周囲を見回してから、「まあ、そうじゃろうな」と呟いた。

 やはり神殿の周辺は安全圏のようで、魔物が近づいてきた様子はなく、魔動石は一つも落ちてはいなかった。

 六層目はBランク相当の魔物が出現する場所だ。これまでのように百個、二百個と集められたら、なかなかの稼ぎになっただろう。そんな事を考え、少し残念に思いながら、ミラは今日の目標に向けて出発した。




 この日は筋肉痛もあり、蹴り技の訓練は控えめにして、上層から中層に下りていくミラ。そうして出発から数時間。正午を回って少し経った頃。もうじき中層という手前で、ミラは少しだけ寄り道をしていた。


「おお、なっとるなっとる。大豊作じゃな!」


 正規ルートから外れ、回廊から飛び出し、《空闊歩》で宙を駆け抜けた先。一体かつてはどのように来ていたのか、どことも繋がっていない細い通路を進んだ先には、緑溢れる部屋が広がっていた。そう、ここが未だに稼動している施設の一つなのだ。

 草花の茂るちょっとした劇場ほどの部屋の中央には一本の大木が聳えており、その大きく広げられた枝の先に、赤くて丸々とした実が幾つも生っていた。それは、至宝の赤珠と呼ばれる四大果実の一つ、『クイーンオブハート』の原種とされる、名の無い果実である。

 ここでまた出てくるのが、歴史好きの友人だ。今よりずっと昔、この名の無い果実を見つけ持ち帰った冒険家がいたそうだ。そしてそれを太陽の下で育み、品種改良を続けた農家がいた。その結果が究極の果実、クイーンオブハートであると、彼は味のしない名の無い果実をかじりながら語った。

 名の無い果実の効果は、簡単な状態異常の回復と、一定時間のマナの回復量上昇。おすそ分けとして幾つか貰ったミラは、いつか本当に味わいたいものだと二人で笑った時の事を思い返す。


「あ奴はもう、これを口にしたのかのぅ」


 端末から開けるフレンドリストには、その歴史好きの友人の名も白く表示されている。つまり、この世界のどこかで、彼もまた生きているという事だ。赤い実を一つもいだミラは、少し懐かしげにそれを見つめながら、ふと呟く。そして、聞き流していたつもりが意外と覚えているものだなと苦笑した。



「んんーっ! すっぱいのぅ!」


 いざ、名の無い果実を口にした途端、ミラはこれでもかというくらいに口元をすぼめ、眉間に皺を寄せ堪える。

 その果実の大きさは手の平程度で、果肉は桃に似た食感。そして味は、はちみつレモンに近い。だが、その甘さと酸味のバランスが余りにも、美味しいと感じられる基準を逸脱していた。まるで、濃縮されたレモン汁にたっぷりはちみつを混ぜたような、薄めて飲むタイプの飲料の原液をそのまま口にした、そんな味だったのだ。


「流石は、原種じゃな。実に野性味溢れた味わいじゃ」


 少々涙目になりながらも、もう一度口にしたミラは、その強烈な酸味に「くぅー!」と苦悶しつつも、笑顔を浮かべる。その様子はまるで、度の強い酒を呷るおっさんのようであった。

 酷く鮮烈だが、どこか癖になりそうな味。これは面白いと感じたミラは、ソロモンやルミナリアへの土産にしてやろうとほくそ笑みながら、果実を幾つか採取してその場を後にする。



 寄り道から正規のルートに戻ったミラは、その後順調に攻略を進めていった。現れるスケルトンを片っ端から蹴散らしつつ、思い出したように稼動している施設に寄っては、珍しい果実を何種類か採取する。こうして中層到着から四時間と少々で、水晶の間を開く鍵文字を入手。そのまま中層の球体神殿に向かい、二つ目の文字を入手した頃には、既に夜九時を回っていた。


「まあ、予定通りじゃな」


 今日も一日で一つの文字を入手出来た。球体神殿の裏手に召喚した精霊屋敷で寛ぎながら、ミラは明日の予定を立てる。

 六層攻略三日目は、下層で三つ目の文字の入手が目標だ。そして、出来れば次の層への入り口がある大神殿に近づいておきたいところである。


「このいやらしい構造は、誰が考えたのじゃろうな」


 鍵文字のある建物と、それに対応する球体神殿の場所は、北と南、東と西のように正反対に位置している。しかも鍵文字同士は上書き関係にあるので、先に鍵文字だけ揃えて、などという方法は使えない。そのため七層に行くには、一つ一つで複雑に入り組んだ長い道を進まなければいけないのだ。

 明日に備えて、しっかりと夕食を摂ったミラは、技能大全を読みながら、ゆっくりと身体を休めるのだった。

バターと味噌を確保しました!

バターと味噌を確保しました!

どうやら近くのスーパーでは、1日と15日にバターが入荷するようです。

これでもう、バターはきっと大丈夫。


そういえば先日、大きなパーリィに出席してきました。

コース料理とか初めて食べましたよ!

メインディッシュのお肉が凄く美味しかったです。あと2、3枚は食べたかったです。

ライ麦パンとかも、初めて食べましたよ!

香ばしくて美味しかったです! 流石はパーリィ、ただのパンも一流。

シャンパンも初めて飲みました!

フカヒレとか初めて食べました!

コース料理は、フォークとナイフなどを外側から使っていくのです。テレビで知った知識が役立ちました!

なんだかいっぱしの社会人になった気分を味わう事が出来た一日でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ