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173 五層目

百七十三



 大神殿の一番奥。手をかざすと集めた文字が手の平に浮かび上がり、扉が開く。そこを抜けて長い長い階段を下りて行き、ミラは古代地下都市五層目に到着した。


「ここもまた、面倒じゃのぅ……」


 現在ミラがいる地点は、五層目の一番北にある崖の中腹あたり。そこから見える光景を前にして、ミラは思わず苦笑する。

 五層目は、四層目とはまた打って変わって、見渡す限りの空間に、幾千にも及ぶ巨大な塔が続いていた。見かたを変えると乱立する塔は、広い天井を支える柱のようでもあり、その景観は酷く重い圧迫感に満ちている。しかしそれはまた圧倒的な迫力も内包し、厳かな気配が漂う。底も天井もまた恐ろしく遠い空間は、神話にでも出てきそうな異質さだった。

 それでいて、ここも出現する魔物はスケルトン系ばかりだというのだから、不気味さは留まるところを知らない。

 五層目の入り口に立つミラの目の前には、巨大な階段がずっと下へ続いている。正規ルートは、この階段を下りて行くのだが、当然ミラには関係ない。


「また、頼むぞ」


 ペガサスに跨り、五層目に飛び出していくミラ。向かう先は、北西にある一回り細い塔だ。

 中空から見る五層目の底は淀みが沈殿しているかのように暗く、天井は白んで見えた。しかも、あちらこちらに聳える無数の塔からは、別の塔へと繋がる通路が、それこそ蜘蛛の巣のように張り巡らされており、直線の軌道がとれず速度は三割減だ。小回りも必要なペガサスは、ミラを振り落とさないように細心の注意を払いながら飛翔していく。




 そうして進む事、数十分。目的の塔の前に降り立ったミラは、一旦ペガサスを送還してから、昨日と同じく、ダークナイトを二体召喚する。


(一度クリアしたらショートカット開通という特典があってもいいと思うのじゃがのぅ……)


 ミラは不満を思い切り表情に浮かべながら、塔の中に踏み入っていく。

 古代地下都市の五層目。ここでもまた、次の層に下りるための文字集めが必要だった。しかも、入り組んだ塔の迷路を抜けなければならないため、ペガサスという優位性が半減である。

 必要な文字は三つ。北西、北東、南にある塔から入り内部を抜け、通路から別の塔に進入してを繰り返し、ようやく文字を入手出来る水晶の間に辿り着けるという流れだ。

 ちなみに、この三箇所の塔以外にある入り口から入っても、水晶の間には決して到達出来ない造りになっている。そして塔を繋ぐ通路も管状のため、ショートカットは不可能。壁に穴を開けるなどという手段も提案されたが、水晶の間に続く塔と通路だけは、何をしても壊す事が出来なかった、という歴史がある。

 つまりは、正規に攻略するしか手はなかった。なのでミラは、夕方までには六層目に行ければいいな、程度の気分で突き進む。

 塔の中は、ところどころに人魂のような明かりが浮かんでいるので、それほど暗くはない。しかしその分、明り取りに該当する窓や隙間が皆無であり、通路の幅も三メートルかそこらなので終始閉塞感が酷い。そこへ追い討ちとばかりにスケルトンが襲ってくるのだから、相当にいやらしいダンジョンだ。




『のぅ、精霊王殿よ。この塔は、なぜ破壊出来ぬのじゃろな』


『これは見たところ石造りに見えるが、既に製法の失われた合金だ。確かアルゴレスト合金、という名だったか』


 先行するダークナイトの一撃により全てのスケルトンが粉砕されていく中、ミラは転がる魔動石を拾いながら、暇潰しも兼ねて先程より精霊王と談話していた。


『ほぅ、なるほどのぅ。そういう事じゃったか』


 さりげなく問えば、これまで謎だった事柄に答えが返ってくる。よくよく考えれば、とんでもない状況だが、やはり精霊王でも知らない事はある。なので他の九賢者は今どこにいるだろうかという質問に、有意義な返事はなかった。


『この、古代地下都市というのは、いつ頃からあるのじゃろうな』


『正確ではないが、この大陸に神代の時代から伝わる伝承にも、ここの記述があるほどだ。相当古いぞ』


『伝承のぅ。それで未だに健在とは、流石は古代技術といったところか』


 神代といえば、途方もないほど遠い太古。ミラは、不思議と灯り続ける明かりを見つめながら、どこかぼんやりと返す。

 他にも色々と訊いたミラだが、答えはまちまちであった。知っているが事情によって秘匿しているのか、そのあたりは不明だが、精霊王から得られた知識は、雑学に分類されるような事柄がほとんどだ。けれど、そういった雑学というのは案外楽しいもので、話している内に塔の攻略は進み、気付けば水晶の間に到着していた。


「ふむ、二時間とちょっとか」


 一つ目の文字を入手したミラは、メニューから現在時刻を確認した。今は午後三時の少し手前。夕方までには無理そうだと諦めつつ、ミラは部屋の隅の魔法陣に入る。

 来るのは大変だが、帰りは楽だ。魔法陣が光ると、少ししてミラは最初に入った塔の入り口に転送されていた。


『時に、精霊王殿や。この転送魔法陣というのは、どういう仕組みなのじゃろうな』


 もしもこの技術を流用出来たら、どれほど便利だろうか。そんな事を考えての質問だが、ミラはこれについて返事を期待していなかった。こういった特別な技術や知識について、精霊王は基本教えてくれなかったからだ。

 しかし、どういうわけか今回は違った。精霊王は答えたのだ。時空を司る神の力を利用した、特別な魔法陣だと。


『なんと……時空の神とな!?』


 神という最上位の存在が関与している事に驚きながらも、ミラは、興奮気味に質問を続ける。しかし細かい部分については、やはりはぐらかされてしまった。ただ一つ、本来は禁忌の業であると精霊王は告げる。

 転移は時空を操作する事によって可能となるが、そもそも、時空の操作などというのは神にのみ許された御業であり、人がどうこう出来るものではないと。それでも扱えているのは、魔法陣に特別な契約が施されているからだそうだ。

 その契約とは、限定。今回のように、塔の上から入り口までといった具合に、行き先を限定すれば可能だという。


『余程の幸運に恵まれる必要があるのだが、時空の神に出会えたらミラ殿も許可を申請してみるといい。その時は、我も神の説得に協力しよう』


 どこか冗談半分に、だがそれでも真実味を帯びた声で言い、精霊王は笑った。


『そのような事も、アリなのじゃな……。なんとも楽しみじゃのぅ!』


 神に遇うなど、どれだけ小さな確率か。むしろそのような事が起こりえるのだろうか。そう思いながらもミラは、神に比肩する精霊王とこうして話しているのだから多少の可能性はありそうだと感じ、胸を高鳴らせる。


(訊いてみるものじゃのぅ!)


 転移という新たな希望に心躍らせながら、ペガサスを召喚したミラは、次の塔に向けて飛び立っていく。ご機嫌なミラの様子に、ペガサスもまたご機嫌だった。



 その後、精霊王と雑談交じりに二つ目と三つ目の文字も入手したミラは、周辺にスケルトンが多数出没する広場まで来ていた。今の時間は、夜の九時過ぎ。なんだかんだで、五層目の攻略には一日かかった。ミラは流石に疲れた様子で、そこのど真ん中に精霊屋敷を召喚する。


「今日は、これで一段落じゃ」


 ミラは存分に働いたとばかりに呟きつつ、門番代わりのダークナイト二体とホーリーナイトを続けて召喚すると、明日の朝を楽しみにしながら精霊屋敷の扉を開いた。

 殺伐とした廃墟に出来た、とても平穏な居住空間。ミラは自宅にでも帰ってきたような心地で服を脱ぎ捨てると、熱いシャワーを浴びて身も心もスッキリさせる。


「お、早速やっておるのぅ」


 シャワータイムを終えた後、窓から外を覗くと、寄ってくるスケルトン等がダークナイトによって悉く斬り捨てられていた。ミラはその様子を眺めながら、五百、千、千五百、二千と、金勘定を始めてほくそ笑む。この調子なら、明日は二十万も超えそうだと。


「まさに、スケルトンホイホイじゃのぅ。勝手に金が集まってきおるわ」


 労せずに大金を得る。この稼ぎ方は当たりだなと確信したミラは、これからの季節に備えて、魔動式の冷房装置を買おうかと考える。だが、そこでふと思いついた。精霊屋敷ならば、精霊の力で空調もどうにかなるのではないかと。

 結果からして、それは可能であった。既に繋いである炎の精霊の力を操作すると思い通りに室温が上昇した。そして新たに繋げた氷の精霊の力で、室温を下げる事が出来るようになったのだ。更には氷を作る他、食材も冷やせる。


「カーッ! これはたまらんのぅ!」


 少々最適な時間は過ぎたが、シャワー上がりの一杯に、キンキンに冷えた果実酒を呷ったミラは、心の底から爽快な声をあげる。

 快適な室温と、不自由なく整った生活環境、そして最高の一杯。今回もまたパンツ一枚のまま部屋の真ん中に寝転がったミラは、少しだけ任務の事を忘れ、満ち足りた今の状況に酔いしれる。


「あの頃は普通と思っておったが、今思えば随分と贅沢なものだったのじゃな……」


 ミラは思わずといった様子で呟く。初めからその環境に身をおき、慣れて当たり前になると、それがどれだけ満ち足りた状況なのか気付けなかったりするものだ。

 生まれた世界と似たような環境が整ったからか、ふと当時を思い出したミラは、今に感謝しながら夕飯の支度を始めるのだった。




『ほう、異世界からか』


「そうなのじゃよ。ゲームだった世界が現実でびっくりじゃった」


夕食後、また精霊王と談話していたミラは、随分と酒が入っており、その勢いのまま自分がこの世界を舞台にしたアーク・アース・オンラインというゲームのプレイヤーであった事を口走っていた。


「というより、余り驚かないのじゃな」


 ゲームが本物に。空想が現実に。この世界に存在する精霊王にとって、その話は相当に衝撃的であろうはずだが、精霊王の声は一縷の動揺もなく落ち着いたもの。その事に若干不満げなミラ。


『確かフォーセシアも、そのような事を言っていたからな。異世界から来たと』


「なん、じゃと……?」


 かつて、世界を救ったという英雄王フォーセシア。彼女もまた、異世界人であったという精霊王の言葉に、むしろ逆に驚かされたミラは、その詳細について質問を続けた。だが結果として精霊王の答えは、ほとんどが曖昧なものだった。

 しかし、二つだけ解った事がある。一つは、異世界人という存在が、遥かな過去から現在において、それなりに出現しているという事実。

 もう一つはフォーセシアについて。彼女は特に親しい仲間から、『ユイナ』と呼ばれていたという事だ。


(どういう事じゃ……。つまり、今よりもずっと昔にもプレイヤーがいたという事じゃろうか。それともわしとは逆に、大きく過去に飛ばされたプレイヤーが……? いや、プレイヤーとは限らぬか。それこそわしらとはまた違う異世界人という可能性も)


 異世界人だからといってプレイヤーであるという確証はなく、まったく別の世界から来たとも考えられる。完全にファンタジーなこの世界だ。どんな異世界人だろうと許容出来るだろう。むしろ、そのあたりは、もう何でもありともいえる。

 もしかすると、そういう『設定』という事だって考えられた。そうすると、もういくら考えても埒が明かない。

 ともあれ、実際にこの世界が現実となり、異世界人の元プレイヤーが大量に流入している今、フォーセシアも何らかの異世界から来た者である確率は高いはずだ。


「その者達は元いた異世界について、他に何か言っておらんかったじゃろうか?」


 思わぬところで英雄王の事実を知ったミラは、ここぞとばかりに質問を続ける。それは、正体を探ってやろうというものではなく、興味本位が大半を占めるものだ。同じ世界であろうが、まったく違う異世界であろうが、有名人の事が気になるというのは、ある意味人の性というものだ。


『ふーむ、そのあたりについて彼女達は話したがらず、詳しくは聞いていないのだ。すまぬな』


「いや、構わぬ。無理言ってすまんかった」


 どうやらこれ以上、フォーセシアについての情報はなさそうだ。というより精霊王とフォーセシアの付き合いは、それほど長くなかったらしい。魔王を倒すために力を貸したという事で、時期的にはフォーセシアが活躍した時代の最終局面。つまり精霊王は、誰もが認める英雄となる直前のフォーセシアしか知らないという事だ。それ以前については、むしろ残された資料や伝承などを調べる方が早いだろうと。


『しかし、ミラ殿も異世界人だったか。不思議な縁もあるものだ』


 遠い遠い昔を思い出したのか、しみじみとした様子で呟く精霊王。ミラは「そうじゃのぅ」と口にしつつ、自分は長い付き合いになりそうだと笑う。

 こうして英雄王フォーセシアに強い興味を抱いたミラは、国に帰ったら資料室でも漁ってみようなどと思いながら、夕飯を済ませ床に就くのだった。




 古代地下都市五層目で迎えた朝。食事を終え支度を済ませたミラは、期待に満ちた表情で精霊屋敷を出た。


「これは笑いが止まらぬのぅ!」


 それを見た途端、ミラは口端を吊り上げて、にたにたとあくどい笑みを浮かべる。周辺には昨日を遥かに超える数の魔動石が転がっていたからだ。

 夜になると、不死系の魔物の活動が活発になる。対して冒険者達は眠りにつく。狩られずに数を増やし移動範囲を広げたスケルトンは、そのままミラの生命力にひかれ広場に集まる。そこを待ち構えていたダークナイトが刈り取った結果が、この大量の魔動石だ。

 しかも、階層が一つ上がり魔物も強くなっているため、魔動石も一回り大きい。全て売却すれば、単純に計算しても寝ているだけで稼げるとは思えない額になる事だろう。

 ちなみに一般的な冒険者達は、こういった場所や野外で休息を取る際、ディノワール商会などで扱っている、魔動式の結界装置を利用する。気配の遮断や隠蔽、不死系の生命感知を妨害する効果があるのだ。完全というわけではないので最低限の不寝番は必要だが、それでも常に気を張らずに済むようで重宝されているらしい。なお、今後も出番はなさそうだが、ミラも購入済みの一品である。




 一通り見回して満足したミラは、早速ケット・シーを召喚して魔動石の回収を始めた。

 数が数だけに時間はかかったものの、ダークナイト等になるべくばらけない場所で倒すようにと指示してあったため、手間は最小限。そしてホーリーナイトがその塔盾で、ブルドーザーの如く魔動石を集めていくものだから、十分もせずに作業は完了した。

 そしてお楽しみの計数。昨日と同じように、ささっとケット・シーが数えた魔動石は、全部で三百四十二個であった。


「手間をかけずにぼろ儲けじゃな。金はいくらあっても困る事がないからのぅ!」


 上機嫌に魔動石をアイテムボックスへ収納していくミラ。本気を出せば、数百、数千万と一日で稼ぎ出す実力を持っており、それに比べれば今の稼ぎは小遣いのようなもの。しかしミラは今、楽に稼げる小銭に夢中だった。根本に染み付いた庶民根性は、どうあっても変わらないようである。


「今日こそ、ごちそうですにゃー!」


 大量の戦利品に喜び、飛び跳ねるケット・シー。ミラは、そんなケット・シーに魚の切り身を一枚だけ渡して送還した。送還の光に包まれていく中から、ケット・シーの声が響いてくる。「コバルトキングツナですにゃ! ごちそうですにゃー!」と。

 切り身一枚でごちそう。どうやらケット・シーもまた、ミラと同じく庶民根性に溢れていたようだ。

いつまで続くんですかね、バターの原材料不足で云々というのは。

先日、スーパーにいったところ、バターが品切れになっていました。

無塩バターというのはありました。いっぱい残っていました。でもどれも高いです。だから残っているんでしょうね。

最近の味噌煮込みうどんは、バターが味の決め手になっているので欠かせません。

けれど無塩バターには手を出せません。

なので、バター好きのためのマーガリンなるものを代用に買ってきました。

意外と悪くありませんでした。

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― 新着の感想 ―
異世界人ってことは寿命ないしまだ生きてるのかなぁ
[気になる点] 文字集めで歩いている間と精霊屋敷で寛いでいる時とで、ミラのセリフが念話(二重鉤括弧)か口頭発話(通常の鉤括弧)か別れてるのは意図した書き分けでしょうか? [一言] 直接的な答え合わせじ…
[一言] 無塩バターはステーキを焼くときの必須アイテムです。(米国産、豪州産ビーフに最適)
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