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16 最新技術

十六




「さて、続きだけど、僕達の一番大きな違いが、この姿なんだ。見た通り、歳を取らないようなんだよね」


 言いながら、ソロモンは両手を広げて自分の姿をアピールする。ミラやルミナリアと同様、ソロモンも見た目には拘って化粧箱でキャラメイクをしていた。


「それで、三十年経とうと変わらぬわけか」


「うん。正確にはまだ分からない事が多いから絶対とは言えないけどね。本当に歳を取らないのか、歳は取っているけれど見た目が変わらないだけか。寿命はあるのか。とかね。それはあと四、五十年くらいしたら分かるかもだけど」


 月日による老化が無いと言う事は、それに伴う身体の劣化も無いという事だ。そして肌の張りも維持され続ける。ルミナリアが、この世界は最高と言ったのも、この見た目が変わらないという事が大部分を占めているわけだ。美男美女ならば、それが永遠であるのだから。


 ソロモンの話により、二人の見た目が変わらないというのは理解する。実際の根本的にというわけではなく、あくまで元プレイヤーはそういう状態であるという事だが。


 しかしミラは、そんな話の中にあった寿命(・・)という単語が頭に残った。三十年では、確かにまだ死は訪れないだろう。だが、別の要因に依る死はどうなのか。

 ゲーム時代では魔物等に倒された場合は、所属国や拠点に戻されて衰弱状態で復活するというものだった。だがそれは、ゲームの時だ。現実となった今でもそのルールは適用されているのか。ミラは、そこが気になった。


「ところで、この世界で死ぬとどうなるのじゃ? 衰弱状態で復活するのかのぅ?」


「うーん……」


 ソロモンはミラの問いかけに、困ったような表情を浮かべて腕を組み考え込む。


 暫くして考えをまとめたソロモンは、顔を上げると「確定ではないんだけどね」と一言添えてから話し始める。


「実はまだ、プレイヤーが死んだという話は聞いた事が無いんだよね。でもそれは、プレイヤーの数が多くない事と、その事についての情報が制限されている可能性があるんだ。

 ただ、これは僕個人の見解だけど……多分、死ぬと思う」


 淡々と語るソロモンの声は、至って真剣にそう告げる。

 現実である以上、考えられない話ではない。ミラは、出来ればそうでない事を願ってはいたが、そんな都合良くはいかないだろうとも思っていたため、その言葉をすんなりと受け入れる。


「して、多分と言うからには、その根拠は何じゃ?」


「それはフレンドリストだよ。僕はね、毎日夜になるとフレンドリストを確認しているんだ。君達みたいに、突然この世界に現れる者もいるみたいだからね。

 でもね、その逆もあったんだ。フレンドリストでオンラインであることは分かってたけど、どこに居るかは知らなかった友達がいたんだけど」


 そこまで言うと、ソロモンは一度口を噤み唇を湿らせる。一瞬だけ声の消えた室内には、ルミナリアが書類を束ねる音が響く。


「ある夜いつも通りにリストを確認すると、オフラインに変わってたんだ。それから今日まで、オンラインに戻ってはいない」


「なるほどのぅ……」


 この世界に居るという事がフレンドリストでのオンライン状態であると考えた場合、オフラインは居ないという事。そこから考えられる事は、二通りある。

 一つは、何らかの方法でログアウトした。

 もう一つは、何らかの原因でこの世界から消えた。つまり死んだという事だ。


 ミラは、そのソロモンの根拠を信じると、より一層注意して行動しようと決める。


「死ぬ死なないとか言ってもよ。正直、死ぬ要因といえば一番多いのは戦闘関係だろ。オレ達がそれで死ぬとは考えにくいよな。実力はそのままだから勝てない相手に会っても全力で逃げれば、魔獣王だろうと魔王だろうと竜神だろうと、いくらでも手はあるだろう」


 書類整理の途中、机の上に艶っぽく腰掛けるルミナリアが言う通り、三人にしてみればそう重大な問題では無い。それだけの実力がある。ここにいる三人はサービス開始からの四年間、様々な手段を講じて付けてきた力には自信がある。


「確かに、そうじゃのぅ」


「そうだね。それにあくまで、だからね。この件については保留にしておこう。今、答えを出す必要は無いし、出す手段も人道的には無いしね。気をつけておく程度でいいのじゃないかな」


 ソロモンは、さっきまでの笑顔に戻ると腕輪からメニューを開き現在時刻を確認する。


「さて、そろそろ約束の時間だね。行こうか。ミラ、君も来てくれ」


「ふむ。まあ良いが。何の用事なのじゃ?」


「それは見てのお楽しみだよ」


 そう言ったソロモンは、何かを含んでいるかのように笑顔を浮かべると執務室の扉へと歩き出す。


「この世界の進化、見せてやるよ」


 ルミナリアは机の上で身を回し扉の方へと飛び降りる。


 ミラも立ち上がると、二人の後に続き執務室を後にする。その際レイナードとヨアヒムの何とも言えない視線から、そそくさと小走りでルミナリアの陰に隠れるのだった。



 五人は、廊下を進んでは幾度となく階段を下る。徐々に静けさが広がり、無機質な灰色の壁に反響する足音が、やけに耳に残る。


 十階分は降りただろうか。そうミラが思ったところで大きな鉄の扉と、その脇を固める衛兵の姿が目に入る。


 衛兵は、ソロモンとルミナリアの姿を認めるや否や、例の(・・)軍式敬礼をすると「異常ありません」と告げる。


「ご苦労」


 一言返したソロモンは、人前なので王様モードで振舞う。ルミナリアも同様だ。


「皆様はもう集まっております」


「そうか」


「開始までもうまもなくなのですが。ソロモン様、そちらの方は」


 衛兵はミラの方へ視線を向ける。


「この者がダンブルフの弟子ミラだ。これから始まる実験に、彼女の技術が役に立つかもしれないので連れていく」


「このお方が。失礼しました」


 謝罪を述べると衛兵はカード状の鍵を扉に翳す。ゆっくりと鈍重そうに開く鉄の扉の奥は、白い廊下が更に続いている。


 ミラは、ソロモンとルミナリアに続き扉を抜ける。するとそこには、今までの中世風のデザインとはうって変わり、近代的な最先端の施設っぽい景観が広がっていた。

 ミラはその光景に視界を一巡りさせながら、かつてテレビで見た事のある外国のとある航空宇宙局を思い出す。


(何やら楽しそうな事をしておるのぅ)


 深い地下、厳重な扉、実験。これらから真っ先に浮かんだのは、秘密の研究施設だ。



「さあ、着いたぞ」


 そう言ったソロモンは大きな扉の前で立ち止まると、その扉はゆっくりと自然に開いていく。


「これはまた、すごいのぅ」


 扉の奥から、白く広大な空間が姿を現した。横幅も縦幅も高さもドーム球場並に端が遠くに見える程だ。


 そんな空間には無数の機械じみたものが並び、手前には一際目を惹く大きな形状の物体が鎮座している。ごてごてとした本体に、長く水平に飛び出した塔。その周囲に並ぶ計器の前には白衣を纏った者。本体の周囲には油汚れの目立つつなぎとエプロン姿の者がおり、あれこれと話し合っている。


 その後方、ミラ達の入った扉側には八人のローブを着た術士達と、その場にそぐわない豪華な衣装を身に付けた五人の貴族が、その様子を眺めていた。


「お待ちしておりました。ソロモン様」


 扉の脇から姿を現したのは、補佐官のスレイマン。小さく礼をすると、そのままソロモンの側に控える。


「皆ご苦労」


 ソロモンが声を掛けると、その場に居た者は手を止め一様に向き直り深く礼をする。そして顔を上げると皆の視線は、見慣れない少女、ミラに集中した。


 視線に弱いミラは、足を擦るように横へとずれルミナリアの背後に身を潜めようとした瞬間、そのルミナリアに両肩を掴まれ前方にグイっと押し出されてしまう。


「この子は、ダンブルフの弟子のミラちゃん。精錬技術を受け継いでるので、きっと今回の実験にも役に立ってくれるはずでしょう」


 周囲から、様々な感情の篭った声が上がる中、一人の貴族が一歩前に出る。


「この娘があの……。ご挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか」


「うむ。よかろう」


 ソロモンが了承すると、貴族の男はミラの前へと歩み寄り膝を突く。

 年齢は六十~七十程でロマンスグレーの頭髪に深い皺の入った顔は、ミラへ向けて優しげな笑顔を浮かべている。老成された落ち着きと男らしさを体現しており、ソロモンよりも王様の肩書きが似合うだろう。豪華な衣装も必要以上に装飾されてはおらず、上品にまとまっている。


「初めまして。私は、エドワード・コルス・シュタイナーと申します。英雄ダンブルフ様のお弟子様に出会えるとは光栄の極み」


 そう挨拶したエドワードはミラの手を取ると、手の甲にそっと口づける。だがミラは、本来ならば払いのけようとしたであろうところを、そのエドワードの堂に入った紳士な態度に感心する。いや、むしろ見蕩れていたと言ってもいいだろう。その姿はミラの憧れる姿そのものだったからだ。


「う、うむ。ミラじゃ」


 立ち上がり一礼して元の位置に戻るエドワードの後姿を見ながら、本物(・・)はやはり格好いいと精進する事を新たに決めるミラだった。背後ではルミナリアが、誰にも分からない程度にほくそ笑んでいた。


(……はて、エドワード。どこかで会ったかのぅ)


 紳士な立ち居振る舞いを頭の中で反芻している途中で、ミラはエドワードの名前をアークアース オンラインのどこかで聞いたような気がすると記憶の海を漂ったが、それは水面に写る影のように揺らめきはっきりと形を成す事は無かった。


「では準備は良いか。まずは一段階目から始めるとしよう」


 そう言ったソロモンの声に意識を引き戻したミラは、慌しく動き回る研究者と技術者の様子を目で追いながら、その者達の中心となっている巨大な機械を見上げる。


「これは……大砲か?」


 ミラは呟くと、砲身のように見える水平に長く伸びる黒い筒を眺める。


「正解。それも只の大砲じゃないのよ」


 女言葉で優しそうにミラに微笑むルミナリアに一部の研究者は、その姉的魅力にドキリとその鼓動を早める。一方中身を知るミラは、喜怒哀楽どれにも属さないような微妙な表情で、一歩二歩と離れるように身をずらした。


 そして視界の端、遠く砲身の向けられた方向にも何かの装置が設置されている。


(あれはなんじゃ……)


 ミラは、身体を少し傾けるようにして視線を向けると、滑らかに輝くような銀髪がふわりと肩にかかり無数のリボンが揺れる。


「おい。何かすごい見られてるぞ」


「ん、なんだ? そんなのどうでもいいだろ。早く設定終わらせろよ」


「いや、だけどな。その、なんだ……」


「なんなんだよさっきから」


 ミラの視線の先、装置の最終調整を行っている研究者と技術者は、自分たちを興味深げに見つめている少女の愛らしい姿を目にする。


「確か、ダンブルフ様の弟子の……」


「ああ、ミラちゃんだ」


「いやいや、ちゃん付けは失礼だろ」


「でも、どう見てもミラちゃんだろ。他に何て言えばいいんだよ」


「……ミラ様。とか?」


「ミラ様……それはそれでアリだな」


 ニヤリと笑みを浮かべる研究者。同じようにアリだなと思った技術者は、首を縦に振り肯定を示す。

 実にくだらない事を話している二人だったが、その作業ペースは逆に早くなっていた。ミラに見られていた事で、張り切った結果だ。




「準備完了しました。いつでもいけます」


 技術者の中で、一人だけ帽子の色が赤い者がそう告げる。彼はこの現場の主任であり、今回実験する大砲の本体を設計した者でもある。


 視線を再び大砲に戻したミラは、これから試射でも始まるのだろう事は予想出来た。しかし、見た目からしても只の大砲では無い。通常の砲弾を打ち出す大砲は、まだゲームだった時代にもあった。鍛冶スキルから発展させてプレイヤーが作り出し、各国で使われていた一般的な兵器だ。

 しかしそれは、見上げる程大きくもなく、無数に繋げられた計器など必要ない物だ。


(さてさて、何を見せてくれるのじゃろうな)


 ミラは楽しそうに顎を手で撫でながら、事の成り行きを待つ。


 研究者達は、大砲に繋がれた計器の前で待機しており、貴族たちは壁際に並びこの実験の結果を見守っている。


「実験開始!」


「実験、開始します!」


 ソロモンがそう高らかに告げると、主任が復唱し大砲の主機関を起動させる。

 室内には、甲高いモーター音が響き計器の針が震えだす。貴族たちは息を呑み、レイナードとヨアヒムはもしもに備えてミラ達三人の前に立ち警戒して大砲に注目する。


「第一段階まで後、五…………四…………三…………」


 カウントダウンと共に響く音はより高くなり、時折放電のような音が混じる。


「二…………一…………臨界確認!」


「発射!」


 ソロモンの声を聞き、主任がレバーを押し込む。同時に、空を切り裂く轟音が雷を纏った閃光と共に撃ち出される。その破壊の奔流は前方の装置の上に展開された光の幕に直撃すると、空間を揺さぶる程の振動と衝撃を撒き散らし、刹那遅れて爆音が轟いた。


 その場に居る者たちは、光の幕を発生させた装置を吹き飛ばす程の破壊力を目にして、暫く放心したように大砲の威力に魅入る。


 かつてあった大砲とは威力が段違いで、ミラはその新型大砲の勇姿に瞳を輝かせている。


「すごいのぅ、すごいのぅ」


 ルミナリアはそんなミラの両肩に手を置くと、屈むようにして顔を横に近づけ、


「これが、お前が居ない三十年で進化した新生産系技能。魔導工学(・・・・)から生まれた新兵器、アコードキャノンだ」


 そう言い、十分な力を示した大砲アコードキャノンを満足そうに見上げた。


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