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167 古代地下都市攻略開始

百六十七



 通行証を使い結界を抜け、長い長いトンネルを緩やかに下っていった先には、遥か彼方にまで巨大な都市が広がっていた。

 暗過ぎず、かといって明るいとは言いがたい空間。古代地下都市一層目は、広大な岩窟を丸ごと改築したような場所であった。

 ところどころに天然の岩柱が聳え、大きな岩山は、そのまま中を削られ居住可能な状態に加工されている。そんな岩山が幾つもある中、城と見紛いそうなほどに大きな石造りの建物が、そこかしこに建てられており、幾つもの通路や橋で繋がっていた。

 朽ちたり崩れたりしながらも、照明は未だに仄かな灯りをともし、そんな街を照らし続けている。

 天井は、それほど高くなく、大きな建物は大半がそこにまで届いている。そのため中空は、通路と橋で複雑に入り組んでおり、少し先になるともう見えない。

 住む者のいなくなった建造物、入り組む回廊と地の底を走る大通り。その全ては今、魔物の住処と化しており、ここにはそんな光景が数十キロメートルと続いていた。


(やはりここは素晴らしいのぅ。まさに、ダンジョンという雰囲気じゃな)


 ミラは目に映る光景を改めて見回しながら、その圧倒的スケールを前にして、かつてこのダンジョンに付けられていた異名を思い出す。元祖ダンジョンRPGと謳われる、コンピュータゲームの名を。

 古代地下都市。それはダンジョンの王道にして最終形ともいえるほどに広大で、ここだけでも一つのゲームになるのではといわれるほどに複雑なダンジョンだった。

 そんなダンジョンに悠々と踏み出していくミラ。

 巨大な橋を渡り、その途中にたむろしていた魔物を蹴散らし進むと、ミラは幾つにも分岐した道の前で立ち止まる。

 要塞のように大きな建物に続く道、上方を通る別の橋に繋がる階段、途中で崩れ落ちている橋の先、一層目の底に下りるための通路。古代地下都市には、こういった分岐路が無数にあり、その広大さとも相まって非常に迷いやすい。

 けれどミラにとっては、通い慣れた庭のような場所であった。


「真っ直ぐ行って右が、一つ目のカギじゃったな」


 記憶を確かめるように呟いたミラは、そのまま崩れ落ちた橋の先に向けて歩き出す。そして、《空闊歩》で宙を駆けて向こう側へ飛び移った。

 古代地下都市は、階層毎にランクが分けられていた通り、出現する魔物の幅が広く、ゲーム時代の頃も非常に人気のある狩場となっていた。ミラもかつては、ここで相当鍛えており、今でも必要最低限の地理は覚えている。だからこそ、最短ルートで下層に向かう事が出来た。


「まずは、一つ目じゃな」


 橋を渡り終えたミラは、その近くにあった塔に立ち入り、群れる魔物等を鎧袖一触で始末してから、塔の最上階にある水晶球に手をかざす。するとミラの手の平に記号のような小さな文字が浮かぶ。

 この文字を五つ集める事で、二層目に下りるための階段がある大神殿最奥までの扉を開く事が出来るようになるのだ。

 ミラは塔を下りて、次の水晶球がある場所へ向かう。通路を進み、階段を上り、建物の内部を抜けて、時折道と道の間を飛び越える。ところどころで魔物を倒しながら、実に堅実で効率的な攻略ルートを辿ったミラは、一時間ほどで五つの文字を集め終えた。

 ペガサスに乗ればもっと効率よく集められた事だろう。しかしミラがそうしなかったのは、古代地下都市の一層目に独自のルールが設定されているからであった。

 かつての防犯設備の名残なのだろうか、一定以上の時間宙にいた者は、大神殿に入る資格を丸一日失うのだ。

 当時、ミラがダンブルフだった頃。《空闊歩》で直線距離を駆け抜けて文字を集めた時、その悉くが無効になっており、二層目に進む事が出来なかった。などという経験をしていた。

 ミラは後日知った事だが、無効になるかどうかは、足が地面に着いていない累計時間で判断されているという。これについては、水晶球の設置された塔にある資料室の『大神殿の手引き』という本に書かれていた事だ。

 そんな苦い経験をした反動か、意地でも《空闊歩》を使ってやると、まず累計時間を把握したミラは、その範囲に収まるように使う場所を見極めて、最短ルートを導き出していた。広大な古代地下都市ながら、カギのある場所は集中しているのが幸いしてか、そのルートは今でもまだミラの脳裏に焼きついていたようだ。




「はて、誰かと待ち合わせじゃろうか」


 とても年季の入った石畳が敷き詰められた敷地の中央。正面には、古ぼけた大神殿。そこから少し離れた場所には、思い思いに座り込んでいる男性や女性の姿があった。

 誰もが身軽な装いで、冒険者グループかと思えば、そうでもない雰囲気だ。何をしているのだろうとミラが見つめたところ、その者達は手を振って応えた。

 ますます分からない。とりあえず手を振り返したミラは、大神殿に向き直り手の平に浮かぶ五つの文字に視線を落とした。


「しかし、ここも懐かしいのぅ」


 最後に訪れたのは、体感で一年ほど前だろうか。あの時は随分と仲間に迷惑をかけたものだと苦笑しつつ、ミラは大神殿の扉に手をかざす。すると手の平の文字が一つ光って、大きな扉が開き始めた。そしてミラが内部に足を踏み入れると同時、扉が閉まっていく。

 ミラは入ってすぐにある大聖堂を真っ直ぐ進んだ。

 いったいここには、どれほどの歴史があるのだろうか。古びたステンドグラスや崩れ落ちた神像が、ところどころに転がっていた。

 足元に散らばるそれらを上手く避けて、ミラは大聖堂の奥にある扉の前に立つ。そして再び手をかざすと、更に文字が一つ光り扉が開く。

 その先は、白い石畳の長い廊下だった。魔物の姿はなく、白い灯りだけが点々と続いている。

 その廊下を進み、途中の扉で手をかざす事三回。五つ目の扉を開けた時、手の平の文字が全て輝くと同時、それらが全て消え去った。

 すると目の前には、結界装置。ミラは最後に組合発行の通行証で結界を解除すると、その先の石壁で囲われた大広間に出る。

 そこには、二層目で出現する魔物のグループが存在した。ここで苦戦するなら引き返せとでもいうような組み合わせと配置であるが、当然と言うべきか、ミラにとってその魔物達の連携はとるに足らず、ダークナイト一体で全て片が付く。

 こうしてミラは、順調に二層目へ到着したのだった。




 古代地下都市の二層目。その光景は一層目とさほど変わらないものの、広さは約半分となっている。このダンジョンは下りるほどに難度は上がるが、面積は狭くなっていく造りなのだ。それでも一層目が異常なほどに広いため、最下層に至っても大国の首都ほどの面積を誇るというのだから、尋常でない事に変わりはない。

 ただ一つ変わりがあるとすれば、一層目にあった滞空制限がないところだろうか。その分、二層目では大神殿周辺での戦闘行為に対して制限が存在する。これに違反すると丸一日、大神殿の扉を開けられなくなるのだ。


「では、頼むぞ。ペガサスや」


 滞空制限がなければ、こっちのものだとばかりにペガサスを召喚したミラは、やる気満々に嘶くペガサスの背に跨り、三層目へのカギとなる文字を入手するために飛び立つ。

 ペガサスの圧倒的機動力のお陰で、一層目に比べ、その移動効率は著しく高い。しかし、だからこそというべきか、二層目の文字集めには新規に順番というものが定められていた。しかも文字を入手出来る塔が今度は二層目全体に広がっており、それを北から始め、五亡星を描くように巡っていかなければいけないのだ。

 それでも、ペガサスの有用性は大きかった。ミラは入り組む橋などの隙間を縫うようにして、それらの塔を巡っていく。飛行手段がない頃に比べ、とても順調に進んでいた。


「さて、あと一つか。しかしまったく、面倒な仕掛けじゃのぅ……」


 四つ目の塔で文字を入手したミラは、ペガサスの背にぴょんと飛び乗りながらぼやく。

 二層目に到着してから早六時間。途中で軽い食事休憩などを挟んだりもしたが、その時間はほぼ移動で費やされていた。

 飛んで移動しているとはいえ、その分目立ち、鳥系などの空を飛ぶ魔物によく襲われる。それらの全ては、邪魔をするなとばかりにペガサスが放つ雷で撃ち落されていったので、大した時間はかかっていないが、問題は二層目の造りだった。


「さて、次は南西の方角じゃ。頼むぞ」


 ミラがそう言うと、ペガサスは小さく嘶き応え、再び宙に舞い上がる。そして指示通りに、きっかりと南西を目指して飛んでいく。

 ただ一層目以上に橋や回廊などが複雑に入り組んでいるため、余り速度が出せないのだ。ペガサスにとって速度を出したまま避けるのは簡単だが、その際に騎乗しているミラが振り落とされてしまうからである。実際、この層の攻略を始めてから十分と少々で、ミラは見事に宙を舞っていた。

 なので、今のペガサスは安全運転で飛行中だ。けれどその分、ミラと一緒にいられる時間が長くなるからかペガサスはとても上機嫌な様子で、軽やかに宙を駆けていた。




「二層目の攻略で、今日は終わりそうじゃな」


 現在時刻を確認すると、もう少しで夜の七時。文字を集め終わり、大神殿に着く頃には、九時近くになっている事だろう。

 とはいえ、二層目を徒歩で攻略しようとすれば、一週間はかかってしまうのだから、空を行けるミラは相当楽な方である。

 余談だが、一層目や二層目には、この文字集めの代行をしている者がいた。ミラと同じように独自の最短ルートを見出した者や、空を飛べる手段を持つ者だ。

 高ランクの冒険者グループにとっては大した見返りのない一層目や二層目。食料などを考えれば、滞在時間は有限であり、そんな場所で手間と時間をかけてなどいられない。

 そこで代行の出番というわけだ。これが上手くはまっているようで、充分に商売として成立している。なお、一層目の神殿前でミラに手を振っていた者達こそが、この代行だった。


「ふむ。これで最後か。流石に腹が減ってきたのぅ」


 そうこうして到着した最後の塔で、五番目の文字を入手したミラは、待ってましたとばかりに襲ってきた魔物を軽くあしらいながら塔の頂上に出る。そして、その天辺から薄暗い都市を見渡して、その広大さに改めて感心する。


(かつては、ここに大勢の人が住んでいたわけじゃよな。ダンジョンとしてもとんでもない場所じゃが、都市としてもとんでもない場所じゃのぅ)


 どのような者達が住んでいたのか、どのような生活を送っていたのか、そして何故に地上ではなく地下に、これほどの都市を造ったのか。ミラが知る、歴史設定好きの友人でも解き明かせていなかった、古代地下都市の歴史。

 ペガサスの背に乗り流れ行く景色を眺めながら、ミラは、古代地下都市の謎もどこかに眠っているのだろうかと思いを馳せる。そして、興奮気味に歴史を語る友人の気持ちを、少しだけ理解した気になるのだった。




 夜の九時を過ぎた頃。予定通りミラは、二層目の中央にある大神殿前に到着した。一層目と同じように、何人かの扉開け代行業者が神殿付近に点在している。ペガサスに乗って宙から降り立ったからか、商売敵かと思われたようでミラに向けられる視線は鋭い。


(なんでじゃろうか。睨まれておる……)


 まったくそのつもりもなく、心当たりもないミラは、その日の宿とするべく大神殿の扉を開き、逃げるように飛び込んでいった。

 やはり、屋根があると落ち着くものである。ミラと同じような考えの者達も多いようで、扉を抜けた先の大聖堂には、複数の冒険者グループが思い思いに寛いでいた。

 扉が開いたから反応しただけであろうが、一斉に向けられた冒険者達の視線に怯んだミラ。ここでもまた逃げるように大聖堂から横の通路に進んでいった。

 古くはあるものの、大神殿というだけあって造りは堅牢で、なにより大きい。その分、休憩所として使えそうな小部屋も沢山ある。ただ、扉は朽ち果てているため、防犯性は皆無だが。

 ミラは真っ暗な廊下を無形術の光で照らしながら、使えそうな小部屋を吟味する。その途中、暗い小部屋で愛を囁き合っていた二人の邪魔をしてしまったが、どうにか適当な一室を見つけ落ち着く事が出来た。

 敷物代わりに特製寝袋を置き、その上に寝転がったミラは、寝袋に付属する虫除けのスイッチを入れる。その途端、うぞうぞと虫達が這い出し逃げるように部屋から出て行った。流石はディノワール商会製、効果覿面だ。


(百合かぁ、百合はよいものじゃのぅ……)


 虫達には目もくれず、ミラは何かを思い出しては口元を歪める。部屋の中央に設置した無形術の光が照らし出すミラは、とても煩悩に満ちた微笑を浮かべていた。




「さて、いよいよお楽しみの時間じゃな!」


 長時間ペガサスに騎乗していたからか相当股にきていたミラは、暫く休憩した後、とても楽しげにアイテムボックスから道具を取り出し始めた。

 出てきたのは各種食材と、初めての使用となる冒険者御用達の調理セットだ。どこか憧れすらあった、冒険者らしい事。野営で調理。ミラは今までで一番冒険者らしい事をしていると、少々興奮気味である。

 今夜の献立は、ミラ特製野菜スープ。調理セットを巧みに……とはいかず、覚束ないながらも、ミラは危なげなく野菜を切り分けていく。

 ニンジンにキャベツ、タマネギに茸。そして主役の牛肉。形は不揃いで、火の通りもまたまちまちになってしまうが、そんな事などお構いなく、これこそ冒険者だとばかりに鍋へ放り込む。そして無形術で生み出した水を注ぎ、その鍋を小型コンロの上に置いた。

 小型コンロのつまみを捻り火を点ける。あとは、味見をしながら調味料を加えていき、全体に火が通れば完成だ。


「ふーむ、良い匂いがしてきたのぅ」


 煮え立つ鍋に調味料を適時投入していきながら、ミラは変化していく香りに心躍らせる。更に匙で一口分を掬い取り、その味を確認して「塩を少々じゃな」などと、それっぽく呟きほくそ笑む。

 その後も、こまめに鍋をかき回し、味見をする事数回。遂に、ミラになって初めての料理が出来上がった。

 ミラは熱々の野菜スープを木の匙で掬い、息を吹きつけ冷ましてから口に含む。そして、そっと咀嚼し飲み込むと、実に満足げな笑みを浮かべる。


「うむ! わしの調理センスも、なかなかではないか」


 とろとろになった野菜と、柔らかくなるまで煮込まれた牛肉。味付けは最も基本的な塩味だが、ミネラル豊富な天然塩を使用しているので、想像以上に複雑な旨味を引き出している。更にミラは、そこへ胡椒とバターを加えた。それがより深い味わいとなり、初めてにしては充分に堪能出来る味を生み出したのだ。

 とはいえ全体でみれば中の下程度の野菜スープだ。しかし、シチュエーションこそ最大の調味料であるとでもいうべきか、ミラにとっては思い出深い夕食となった。




 食後、調理セットを片付けたミラは、続けて一枚の袋を取り出した。これもまた、ディノワール商会で購入した冒険者御用達アイテムの一つ、水だけで簡単魔動式洗濯袋、である。

 手早く服を脱ぎ下着姿になったミラは、その下着もさっさと脱ぎ捨てて、服と一緒に洗濯袋へ放り込んだ。そして無形術で水を注ぎ、スイッチを入れる。ちなみに動力源である魔動筒は既にセット済みだ。

 洗濯袋の中から、じゃぶじゃぶと音がする。果たしてどういう仕組みになっているのか。どこにどのように置いても、しっかり洗ってくれる優れものだ。

 替えの下着を身に着けたミラは、小部屋の入り口付近に見張り役のホーリーナイトを召喚した後、何とも心地よく感じる水の音を耳にしながら寝袋の上に寝転がる。そして、ルミナリアから貰った技能大全を読み始めた。中には直ぐに習得出来そうな条件のものもあり、ここぞとばかりに習得する。こうしてミラは、ダンジョンの中とは思えないほどゆったりとした時間を過ごすのだった。

 余談であるが、水を生み出す無形術というのは、その効果の割りに他の中級レベルの術に相当するほどにマナを消費する。

 ミラは当然のように使用していたが、それは魔力特化で鍛え、様々な加護や技能を習得し、マナの最大値と回復速度で消費を埋められるだけの地力があってこそだ。この点からミラの野営は他の冒険者達と大きく違うものであり、もしも大聖堂で同じ事をしていたなら、その能力ゆえに多くのグループから勧誘の嵐となっていた事だろう。

今年の初めくらいに、一人鍋セットを買うのが年内の目標だと言っていましたが

それは、年の初めくらいに達成してしまいましたので

次なるアイテムを新たに目標として掲げたいと思います。


それは、ホットプレート!


お好み焼きとか、ホットケーキとか色々作るのです。

コンロでも出来ますが、うちのコンロは少々ごちゃっとしていて面倒なのです。

なのでホットプレートがあれば、大好物のお好み焼きが今までよりずっとお手軽に!


一人鍋にホットプレート。もう無敵です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 洗濯袋に無形術で水を入れてるけど、水精霊を呼ぶほどでもないからかな? それとも新しい術を試してみたかった?
[一言] 地を駆けるタイプの魔獣に乗ってても無効にされるのかな。 そうなると、チャリはダメで蹴り板なら良し?
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