164 三環都市グランリングス
新章突入!
百六十四
アース大陸の中心部。四季の森を抱くようにして、東西南北に走る四つの山脈。季節は既に夏だというのに、山頂付近はまだ雪で覆われており、遠くまで続く深緑に力強く白い線を引いていた。
その一つ。標高五千メートルは優に超える東の山脈の上空を、ミラを乗せガルーダに運ばれるワゴンが悠々と飛び越えていく。
「なんとも、寒そうじゃのぅ」
窓から外を眺めつつ、ミラはぽつり呟く。
眼下は雪に覆われた山肌が続いている。だが上空五千メートル以上でありながら、ワゴンの中は快適であった。それもそのはず。ミラ専用に特注されたワゴンは、高高度にあっても内部環境を保てる設計であるのだから。
ミラは、まるで自室で寛いでいるかのような様子で、窓一面に広がる雄大な絶景を見晴らし、ちょっとした優越感に浸る。
「あの辺り、じゃったかのぅ」
少しだけ身を乗り出したミラは、西の方に視線を向けた。
山脈に囲まれた盆地に広がる四季の森には、九賢者の一人であるカグラが組織した五十鈴連盟の本拠地がおかれている。
人類の良き隣人である精霊達に仇なす存在、キメラクローゼンに対抗して作られた五十鈴連盟。最大であり最終の敵キメラクローゼンを討伐した現在、表の顔である自然保護活動に力を入れているという話だ。
(駅街でも、既にキメラ討伐の噂は広がっておった。まだまだ忙しくなるじゃろうな。ご苦労さんな事じゃのぅ)
裏の顔であった対キメラクローゼンの武装集団は、各地に散って残党狩りの最中だ。噂が広がれば広がるほど、彼等も忙しくなるだろう。
四季の森がある彼方を見据えながら、彼等の健闘を祈りつつ、ミラは駅街で購入してきた駅弁の蓋を開く。
途端に食欲をそそる香りが、ワゴンの中に広がった。
「ほぅ、素晴らしい彩りじゃな」
大きく息を吸い込んだミラは、まず目と鼻で弁当を楽しむ。それが駅弁に対する礼儀だと、通りすがりの駅弁マスターに教わったのだ。
夏の夜御膳。それが今回ミラが入手した弁当の名だった。夏が旬の食材をふんだんに使用したという、一見よくある弁当だが、重要なのはその調理人。かつて宮廷で腕を振るったという経歴を持つ、ブラウン料理長が手がけているのだ。現役を引退した後、ブラウン料理長が駅街に出店した小さな弁当屋。夏の夜御膳は、そこでしか買えないのである。
「上品ながらも、がつんと腹に来る深い味わい。見事な弁当じゃ」
流石は宮廷料理長、庶民向けの食材が持つポテンシャルを最大限に引き出している一品だと、ミラは弁当の出来栄えに満足する。
ちなみに立ち寄った駅街では、一二を争う人気だそうで、三十分並んでようやく買えた弁当だった。店員の話によると、四季毎に名称と内容が変わるそうで、ミラは、是非、シーズン制覇してみたいと完食後に思う。
(まあ、愛の篭った愛妻弁当には及ばぬがな)
マリアナから受け取った殿堂入りの愛妻弁当は、既に食べ尽くした後。誰にでもなく惚気ながら、空き箱を片付けたミラは、遥か後ろに見える山脈から、前方に広がる草原と林に視線を移す。
「さて、とっとと見つかると良いのじゃがのぅ」
目的は九賢者の一人、ソウルハウルを見つける事。向かう先は、古代地下都市の廃墟を管理する組合がある街、グランリングス。三神国グリムダートの北西に位置する歴史の古い大都市だ。
アルカイト王国を出立してから、四日目の昼。幾つもの村や町を飛び越えていった先に、とうとう目的地が見えてきた。
相変わらず、遠くまで広がる草原と林。その奥の小高い丘の向こう側に、長い歴史を確かに感じさせる大きな都市が堂々と広がっていた。
「やはり、見事なまでにファンタジーじゃのぅ……」
グランリングス。そこは、三つの輪を三角状に並べたような形状から、三環都市などという呼ばれ方をしていた。
更に空を進んでいくと、より鮮明に街の様子が見えてくる。一つの輪の敷地内には、多くの高い煙突が目立っていた。生産関係が多く集まる区画だ。他の二つには、そこまで大きな差はない。商業区や住宅区がほどよいバランスで並んでいる。
そして、三つの輪に囲まれた中心地に、周辺地域を治める公爵家の宮殿が堂々と鎮座していた。古くとも色褪せぬ、見事に威厳のある宮殿だ。
しかし、それよりも注目するのは、都市の上空であった。
式神や、召喚、死霊術で操られた巨鳥の骸、などなど。改めて見ると、ミラの他にも空の旅人が結構いるのだ。
三環都市グランリングス。その地下深くに広がるダンジョンの古代都市は、新米から熟練まで幅広く稼ぐ事が出来るので、冒険者達にとっては夢のような場所だった。内部が更にランク毎に分けられているという珍しいダンジョンでもあり、修行にもうってつけである。
そのため、これまでミラが立ち寄ったどの街よりも冒険者の数が多く、空を駆るだけの実力者も相当数集まっているというわけだ。極めて数が少ないはずの召喚術士まで、目に出来るほどに。
「おお、ヒッポグリフに乗っておるという事は、同類か! そうじゃよ、いるところにはいるのじゃよ!」
グランリングスの上空にまで到達したミラは、窓の外に見える術士達を見回して、そこに召喚術士がいる事を大いに喜び、嬉しそうにはしゃぐ。
いるところにはいる。召喚術士だけでなく、空の足を持つ者も、この街では珍しくないようだ。眼下を見ると、着陸用のスペースまで用意されていた。
安全に着地出来る場所を探すのが面倒だったミラは、これは好都合だと、ガルーダに指示を出して、そのスペースにワゴンを降ろさせる。
ただ、ミラは気付いていない。ワゴンなどという上等なものに乗っていたのが自分だけであり、相当目立っていた事に。
ミラは街に着陸した後、ガルーダを送還すると、続けて灰色の熊、ガーディアンアッシュを召喚した。そしてそのまま、アッシュにワゴンを牽かせ近くの大通りに出る。
(なんとも、心擽られる光景じゃのぅ)
大通りは、綺麗に整えられた石畳だった。しかも、大型の馬車も楽々すれ違えるだけの広さがある。行き交う人々の数も種族も多く、馬車の姿もまた所々に見えた。
両側に聳える建造物は、全て石と木と煉瓦で造られており、御者台から見渡す光景は、ファンタジー好きなら誰もが憧れるであろう光彩に溢れていた。
現実になると、こうまで受ける印象が違うのか。ゲーム時代の事をなんとなしに考えながら、ミラは早速、ソウルハウルの目撃情報を聞き込むために、組合を目指す。
組合は随分と複雑な道の先の奥まった所にあったが、ミラは無事に辿り着く事が出来た。その理由は、案内用の看板が所々に掲げられていたからであり、通りすがりの警備兵に教えてもらえたからだ。
グランリングスの組合は、戦士と術士の両方が一緒に入っているようで、その建物は周囲に比べて、一回りも二回りも大きかった。しかも、石と煉瓦という造りは変わらないが、正面には見事な装飾が施された門があった。更に遠くまで続く壁には繊細な彫刻がなされていて、それが敷地をぐるりと囲っている。
流石というべきか、その広大さに見合うだけの数の冒険者達が、門を出入りしていた。
(こうしてはおれぬな)
これまで見てきた組合の建物とは少々趣が違う。その点をじっくりと観察していたミラは、思い出したようにワゴンを進ませ大きな門をくぐっていく。
門の先、正面に見える組合の本館は、その佇まいや風格から、公爵級貴族の本屋敷といっても過言ではないほどに立派な所だった。しかも周囲の庭はきちんと整備され、実に見事な駐車場となっており、傍らには煉瓦造りの厩舎も見える。
どうやら、組合に馬車を預けておけるようだ。傍に立てかけられていた看板には『車一日三千リフ、馬一日二千リフ』と書かれていた。
「このワゴンを預けたいのじゃが」
その看板を目にしたミラは、駐車場に乗り入れ、そこにいた制服姿の男に声をかける。すると男は「はい、ありがとうございます」と丁寧に応対した。
それからミラは、係員の男に駐車場の説明を受ける。料金は預けた時間ではなく、深夜0時で一日という計算になる事。延滞は十日までで、それを越えると処分してしまうが、預ける際にあらかじめ相談してくれれば融通が利く事。洗車サービスは追加料金であり、屋根のある駐車場は上級冒険者専用になっている、などなど。
粗方の説明を聞き終えたミラは、冒険者証を提示して屋根付き駐車場にワゴンを預け、番号の書かれた預り証を受け取った。ちなみに洗車サービスは無用で、延滞の相談済みだ。
「では、ご武運をお祈りしております」
そんな係員の言葉に送り出されるようにして、ミラは駐車場を後にすると、そのまま組合に足を踏み入れた。
「セントポリーよりもでっかいのぅ」
建物の大きさから予想は出来ていた事だが、組合のロビーは驚くほど広大であった。幅にして二百メートルはあるだろうそこは、入って左が術士組合、右が戦士組合のようだ。そこにいる顔ぶれを見ただけで直ぐに分かるほど、ロビーは人でごった返している。
「ちょいと尋ねたいのじゃが、よいじゃろうか?」
ミラは空いた受付に、ひょっこりと顔を覗かせた。するとそこにいた職員の女性は「はい、何でもお聞き下さい」と、優しくミラに微笑む。
「今、知り合いを探しておるのじゃが、ここ最近、古代都市の白の間にまでいくという者はおらんかったじゃろうか?」
神命光輝の聖杯作製に必要な、白亜のオーブの欠片。その白亜のオーブというのが、白の間というところにある。むしろ、白の間にはそれしかないともいえ、もしも行く者がいたならば、それは十中八九ソウルハウルで間違いないはずだ。
しかし、ミラの質問に職員は、そのような人物に覚えはないと答えた。
「白の間といえば最下層の更に奥、ガーディアンが護る古代都市の最深部となりますので、そもそも誰も近づく事すら出来ない場所です。そのような無茶をする方がいたとしたら、覚えているはずです」
職員の女性は、そうきっぱりと言い切った。彼女の言う通り、古代都市の最深部を護るガーディアンは、それまでの道中で戦う事になる魔物等とは別格だった。九賢者といえど、一人では厳しいだろうほどにである。
「ふむ、そうか。では、つり目で陰気臭く、無駄にカッコつけで、いかにもこう中二的な……なんというのじゃろうな、一時期子供が憧れる格好良い衣装を誰憚る事無く着こなした風な奴は、来なかったじゃろうか?」
一つ目の質問は空振りだったが、ミラは諦める事無く、ぱっと見て感じるであろうソウルハウルの印象を簡潔にまとめ、質問を続けた。
「つり目で陰気……カッコつけで、子供が憧れる格好いい衣装ですか……。すみません、覚えがありませんね」
少し考え込んだ職員だったが、この組合は人が多く集まる場所なので、細かい人相までは流石に覚えていないそうだ。
「むぅ。まあ、確かにそうじゃのぅ……」
これだけ人が多ければ見かける者も多いだろうが、これだけ多い人の中から見かけた者を探し出すのもまた難しいだろう。しかも、ソウルハウルがここに来ているかどうかすら、まだ不明なのだ。誰も知らないなんていう事もあり得た。
どうしたものかと考えるミラ。するとそんな中、職員が思い出したとでもいった様子で「あっ」と声をあげる。
「白の間ではありませんが、その直前、最下層までの許可証が欲しいという方が、先週に一人おりました」
「なんと! それは本当か!?」
思わぬ職員の言葉に、ミラは身を乗り出すようにして顔を上げた。
最深部である白の間に行くには、当然最下層まで下りなくてはいけない。そのためには最下層に行くための許可証が必要となり、これを求めたというのなら、その人物がソウルハウルである可能性が出てきたというわけだ。
訊き方が悪かった。最初から最下層と訊いていれば、絞り込めただろうと、ミラは反省する。
「あの方は、陰気くさいというよりは、マスクで顔がほとんど隠れていたので、怪しいという感じでしたね。これだけ冒険者がいる中でも、最下層まで下りるという方は多くありませんので、鮮明に記憶しております」
「おお、きっとそやつじゃ!」
マスクで怪しい自分演出。実に覚えのある印象に、その男がソウルハウルで間違いないと、ミラは直感する。
流石は九賢者。これだけ冒険者で溢れる街でも、なんだかんだで目立っているようだ。
「して、今そ奴がどこにいるか、分からぬじゃろうか!?」
ミラは期待を込めて問う。人物の特徴に、白の間に一番近い最下層までの許可証を求めたとなれば、相当な確率でソウルハウル本人だろうと思われるからだ。
「申し訳ありませんが、正確には存じません。ですが、古代都市は広いので、まだ攻略途中なのではないでしょうか」
「ふむ。確かにそれはありえるのぅ」
都市というだけあって、その面積は実に広大で、しかも白の間を含めて全八階層だ。そして普通に攻略するとしたら、一ヵ月はかかるという大規模なダンジョンだった。ミラは、数週間かかりっきりで攻略した時の事を思い出しながら、可能性は充分にあると予測する。
「では、わしにも最下層までの通行証を頼む」
ソウルハウルらしき者がここを訪れたのは、一週間前の事だという。なので今から全力で追いかければ、途中で捕まえられるかもしれない。そう考えたミラは、華麗に冒険者証を取り出して、職員に差し出す。しかし、ミラは一つ忘れていた。
「申し訳ありません。Cランクでは、五層目までの許可証しかお渡し出来ないのですが……」
そう、ミラの冒険者ランクはCのままなのである。自信満々だったミラに、少し哀れみのこもった目を向ける職員。
職員の話によると、古代都市の一層目から最下層である七層目まで、順にランクが上がっていくという。つまり最下層の許可証を手に入れるにはAランクが必要になる。ここにきて、まさかの壁だった。
(ぬぅ……。ここでもAランクの壁が。こうなれば勲章でも見せて無理矢理……。いや、ソロモンの立場ですらCが限界という事じゃから、勲章も同じかもしれぬ。となれば、またどこぞのAランク冒険者でも捕まえて……)
かつて天上廃都や、天秤の城塞に赴いた時のように、Aランク冒険者に便乗する形で最下層に行こうか。そんな事を考えていた時の事である。
「あ、少々お待ちください」
何かの装置にミラの冒険者証を差し込んだ職員が、そう口にした。
はて、なんだろうか。ミラはカタカタと何かを操作する職員を見つめながら、言われた通りに大人しく待つ。
「やっぱり。お待たせしました。素晴らしいご活躍をされたようですね。Aランクまでの昇格許可が下りていますよ」
どこか驚いた様子で、そう口にした職員は、それでも自分の事のように嬉しそうな表情で、ミラに振り向いた。
「なんと! 実に好都合じゃが、何かやったかのぅ……」
都合の良い展開に喜ぶミラであったが、冒険者として素晴らしい活躍をした覚えのないミラは、むしろ都合が良すぎて若干疑心暗鬼になる。しかしそれも、職員が告げた言葉で見事に晴れた。
昇格許可は、セントポリーでの活動実績を加味した結果だというのだ。つまり、キメラクローゼン討伐がポイントとして加算されていたというわけである。
「おお、なるほどのぅ。あれが評価されておったのか」
実は、五十鈴連盟と組合の間で交わされた契約に、キメラクローゼンの一件に協力していた冒険者達の評価に加点するという項目があった。長い間、拘束してしまった冒険者達への評価に対する五十鈴連盟の配慮である。加えて組合側としても、これだけの事を成したのだから、正式な依頼でなかったにしても、評価しないわけにもいかなかったのだろう。その結果、ミラにも加点されていたのだ。
キメラクローゼン壊滅の件は、最近で一番の大ニュースであり、その連合軍に所属していたというなら、昇格するのも頷けると職員は言う。
ただ、一度に二ランクというのは、数例しかないほどに珍しい事で、大層驚いた様子だ。
「ですので、昇格の手続きを済ませれば、最下層への許可証が発行出来ます。ただ、二ランク昇格となりますと本部への連絡など、手続きに時間が必要になりますので、今からですと、更新は明日の昼頃までかかってしまいますが」
どうやら手続きには、確認作業の他、Aランク認定登録に必要な許可などを本部にとる必要があるらしい。それには一日はかかるそうだが、一度は駄目だと思った許可証が、一日待てば手に入るというのだから、答えは決まっている。
「よろしく頼む!」
Aランクへの昇格手続きを頼んだミラは、また明日の今くらいに顔を出すと言って、受付を後にした。
先週、E3がありましたね。そして色んなゲームの情報が出てきましたね。
そんな数あるゲームの中でも、自分は今
Bloodstained
が、もう楽しみで仕方がありません。
月下の夜想曲をめちゃくちゃやりこんだのもいい思い出です。
大時計の前でサブウエポンの時計を使うとか
スイッチを小悪魔に押させるとか
マップを完全に埋めるために、裏悪魔城では水の中に突っ込んでから変身するだとか
ヴァルマンウェが超強いとか
デュプリケーター買うためにジュエルソードで頑張るとか
どくろの指輪の性能に驚いたりとか
ネットで攻略情報を調べられなかった当時、全て自力で解き明かしたものです……。今思っても、よくやったなと……。
そんな神ゲーの後継といっても過言ではない Bloodstained!(読み方とか分からない)
全てのゲームの中で一番発売日が待ち遠しいです!