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162 賑やかな晩餐

コミカライズについて、ちょっとした情報がありましたので活動報告の方に書かせていただきました!

百六十二



「ほれ、持って行くがよい」


「ありがとうございます。流石はミラ様です」


 学園の話からの続きで、クレオスがそろそろ魔封爆石の在庫が尽きそうだと報告したところ、ならば補充しようという事で、手早く練成を終えたミラ。学園で使う程度のものなら作るのも簡単で、クレオスが用意した材料は、ものの十分程度で百個近い魔封爆石となっていた。

 クレオスは、受け取った魔封爆石を大切そうに袋に詰めたあと、テーブルに広げられた練成板を、いそいそと片付ける。すると、それを見計らったように、マリアナが黒い板のようなものを運んできて、空いたテーブルの上に置いた。


(ぬぬ? これはなんじゃろうか? ……いや、どこかで)


 なにやらその板の表面には穴が開いており、底の方には魔法陣が刻まれている。見慣れないものだが、どうも見覚えがあったミラは、それを睨みながら、はてどこであろうと記憶を辿る。

 そんな中、再びキッチンから往復してきたマリアナが、黒い板の上に大きな土鍋を載せた。

 瞬間、ミラの意識は一つの記憶に集束する。いつか、冒険者御用達の専門店を見て回っていた時、同じものがあったと。


(これは確か、自由自在に火力が調整出来るという、万能調理プレートではないか! しかも特別な術式を組み込む事で実現した、従来品より省エネで軽量というハイグレードクラスな一品! 確か、店頭価格で八十万はしていたはずじゃ。あの時諦めたものが、まさかここにあるとは……)


 やけに説明的な事を頭の中に浮かべつつ、驚きを露わにするミラ。

 万能調理プレート。それは、まともに料理をしないミラでも憧れる高級品だ。どうやら今日は、それを使っての鍋料理がメインのようである。他にも、ミラの好きなから揚げやらなにやらがテーブルに並ぶ。しかも、それらの料理が載せられた器もまた、料理が冷めなくなるという特別な代物であり、ミラは続けて驚いた。

 そうこうしている内にも、下ごしらえの済んだ食材が次々と運ばれてくる。

 三人で、この量を食べきれるのだろうか。そんな事を思いつつも、ミラがワクワクしながら料理を眺めていた時の事だ。


「む。客じゃろうか?」


 ふと、扉をノックする音が部屋に響いたのである。

 ミラが顔を上げると同時、「出てきます」と、マリアナが素早く応対に向かった。その瞬間、行儀悪くもミラは、から揚げの一つをさっと抓み、口に放り込む。


「んまい!」


 母の目を盗んで摘み食いをする子供そのものなミラの姿に、練成板を片付け戻って来たクレオスは、それはもうとても温かな目で微笑み、苦笑した。


「おかえりなさい、ミラさん。帰ってきたって聞いたから、飛んできちゃった」


「お久しぶりですわ。ミラ様」


 マリアナが案内してきた客人は、ルミナリアとその補佐官のリタリアだった。当時、ミラがダンブルフだと知って、ショックを受けていたリタリアであったが、どうやらその事はもう乗り越えたらしい。今のミラを見ても普段通りの表情のままである。


「うむ、ただいま。して、何か用事か?」


「いえ、特に用事というようなものではないの」


 すたすたと歩み寄ったルミナリアは、そのままミラの隣に腰を下ろした。

 ルミナリアは、ソロモン経由でミラが帰国した事を聞きつけたので、ただ会いに来ただけと答える。リタリアは、その付き添いらしい。だが、「これがダンブルフ様の」などと呟き、リタリアは部屋の片隅にかけてあった大き目のローブを見つめている。乗り越えた結果、ダンブルフに対する想いは揺らぐ事無く継続したままのようだ。


「まあ、これから夕飯なのね。お鍋? いいわねぇ」


 見れば分かる状態だが、ルミナリアは改めるようにテーブルを見回して、どこかわざとらしい口調で言ってみせる。

 その態度からミラは、夕飯を一緒にするため、このタイミングでルミナリアは来たのだろうと気付く。というより、ルミナリアのいつもの手だ。なので予定調和とばかりに「まだなら、お主等もどうじゃ?」と、二人を誘う。


「素敵なお誘いね。喜んで」


「ご一緒させていただきますわ」


 ルミナリア達もまた、そのつもりだといったように頷き答える。そしてルミナリアが「これも、入れましょう」と、魚介を中心に、アイテムボックスから取り出した。それはどれも高級なものばかりで、ミラは途端に目を輝かせる。


「お手伝いいたしますわ、マリアナさん」


「ありがとうございます。では、お鍋をもう一つ用意しましょう」


 ルミナリアが持ち込んだ食材で、魚介鍋の下ごしらえを始める補佐官の二人。付き合いが長いからか二人の息はぴったりで、瞬く間に準備が整っていく。

 クレオスは賢者が二人も揃っているからか少々落ち着かないらしく、率先して準備の輪に加わっていった。



 こうして追加分の鍋の準備が進む中、久しぶりに顔を合わせたミラとルミナリアは、早速楽しげな談笑に興じていた。


「おお、そうじゃった。そういえば、頼まれていたものがようやっと手に入ったぞ」


 聖剣サンクティアを召喚して、自慢げに語っていた途中、ミラは思い出したように、アイテムボックスから紅蓮王の剣を取り出してみせる。

 ルミナリアの持つ技能大全を貰うために必要な最後のアイテムだ。

 それはキメラクローゼンの本拠地の倉庫から、五十鈴連盟が押収してきた内の一つであった。天使ティリエルとの会談後、運び込まれていく押収品の中にそれを見つけたミラは、カグラに理由を話し、今度技能大全を見せるという事を条件に貰い受けてきたのだ。


「おお、遂にきたか! よくやった!」


 賢者という地位にいるだけの事はあり、ルミナリアもまた類に漏れず、魔術に関する事となると度が過ぎて熱心になる気質だった。ひったくるようにして、ミラから紅蓮王の剣を受け取ったルミナリアは、キラキラと輝くような目で剣を見つめた後、「確かに!」と、満足げに頷いた。


「ところであの時渡した、世界樹の欠片はどうなった? 炭に出来たか? 出来たのなら、これでコンプリートじゃろう? さぁ、ほれ。約束のブツをよこさぬか」


 ルミナリアが確認すると同時、今度はミラが迫っていく。約束を完遂した今、技能大全はもう自分のものであると。


「ああ、出来た出来た。もったいないもったいない言われたけどな。無事、炭に出来たさ」


 片手でミラを制しながら、技能大全を取り出したルミナリアは、「ほれ、これが例のブツだ」と口にする。


「一応、大切にしろよ」


 更にそう忠告を付け加え、ルミナリアはそれをミラの前に差し出した。

 技能大全には、悪事に関するような技能までも網羅されているため、一般には出回っていない。しかもそれを手にするには、著者からの信頼も重要になる。そのためプレイヤーの製作物の中でも、特に値段のつけられない代物なのだ。


「もちろんじゃとも!」


 三十年の進化が、そこには詰まっている。ミラは、当然だとばかりに答え、いよいよと笑みを零しながら、それを受け取った。


「ようやっと、この手に……」


 技能大全を抱きしめて、感無量とばかりに天を仰いだミラは、改まるように表紙を見つめ、そっとページを開く。

 その時である。またも、誰かの来訪を告げるノックの音が響いたのだ。


「ぬぅ……今度は誰じゃ?」


 先程と同じように対応するマリアナの背を見つめながら、ミラは一度、技能大全を閉じて大事そうに抱き直す。


「さぁ、誰だろうな」


 そう応えたルミナリアだが、興味はほとんどないようで、今は部屋の隅にしゃがみ込み、魔法陣の描かれた紙の上に、紅蓮王の剣と世界樹の炭を並べている。

 その最中、ソファーの隅で丸くなっていたルナは、ミラが抱える技能大全を睨み、敵愾心を燃やしていた。クレオスは、さほど気にした様子もなく、用意した食器の数を数えている。


「ミラさんが来ていると聞いたのだけど、随分と賑やかね」


 来訪者は、死霊術の賢者代行であるアマラッテだった。ゴスロリの化身といっても過言ではない見事な衣装に身を包んだ彼女は、そこにいる面々を見回してそう口にする。


「うむ、これから皆で夕飯でのぅ。折角じゃからな、お主も一緒にどうじゃ?」


「この季節にお鍋なんて、面白いわね。ご一緒させていただくわ」


 テーブルの上にちらりと視線を向け、小さく笑みを浮かべながら答えたアマラッテは、次の瞬間、その目を真っ直ぐミラに移した。


「それより、ミラさん。その服は、もしかしなくても新作ね?」


 瞬く間に駆け寄ってきたアマラッテは、それこそ押し倒すような勢いで、ミラの服を見つめ、そして触れる。


「これは素晴らしい刺繍ね。こちらのレースも見事な仕上がり。まあ、裏にまでこんな加工がされているなんて──」


 アマラッテは、ミラの身体に張り付くようにして、その服の細部まで見回していく。更には、襟元の内側の仕上がりも確認しては、「見えない部分のコントラストにも、配慮しているのね」と、深く感心したように呟いていた。

 どうやら、リリィ達が作り上げた渾身の新作は、愛好家の目から見ても隙のない完璧な仕上がりのようだ。


(読む事が出来ぬ……)


 対象が服であるからか、それとも内面の違いからか。フリッカのようなタイプと違い、どうにもアマラッテを無理に引き剥がすのに抵抗を感じたミラは、なされるがままの状態で、手元の技能大全に視線を落とす。

 しかし、ゴスロリ少女に付きまとわれるのも悪くない。そんな下心を僅かに覗かせていた。

 と、その時だ。不意にミラ達の背後で、炎が生じた。


「その様子じゃと、上手くいったようじゃな」


 一瞬だけ感じた熱気に振り向いたミラは、炎の発生源であろうルミナリアを見るなり、そう言った。


「ええ、ばっちりだったわ」


 実に良い笑顔でそう答えたルミナリアは、


「ただ、ここで見せられるものではないのが残念ね。何もかも灰になってしまいますから」と、今度は自慢げに微笑む。

 触媒を対応する魔法陣の刻まれた紙と共に、初級の魔術《火炎》で燃やす。これが魔術習得の方法であり、どうやらルミナリアは、早速それを実行したようだ。しかも、その態度から、相当な威力の術だと思われた。


「ほほぅ。相当な自信のようじゃな。しかし、わしが新たに会得した召喚術もなかなかじゃぞ。この力に気付いた時には、既に敵は地に伏せておるじゃろうからな」


 自信満々なルミナリアに触発されたのか、ミラもまたどこぞの大物の如く構え、自慢げに語る。けれど、アマラッテにスカートを捲りあげられているその姿は、どうにも締まらないものがあった。

 不敵な笑みを浮かべたまま睨み合う、ミラとルミナリア。なんでこんな雰囲気にと慌てるクレオス。気にする素振りもなく食材の下ごしらえを続けるリタリア。今度はソファーに掛けてあったコートに食いつくアマラッテ。今だとばかりにミラの膝上へ飛び乗るルナ。

 そんな中でマリアナが、大きな鍋をえっちらおっちらと運んできた。

 途端に出汁と海鮮の香りが広がり、誰の表情も瞬間に綻ぶ。


「残りの食材もお運びいたしますので、席についていてください」


 万能調理プレートに鍋を置いたマリアナは、そう言ってキッチンに戻っていった。


「これはまた、美味そうに煮えておるのぅ。魚介鍋というのもアリじゃな」


「でしょう? 貴女は放っておくと肉ばかりなんだから、今日はきっちり食べるのよ?」


「何を言う。バランス良く食べておるぞ」


「どうでしょうねぇ」


 マリアナに言われたとおり、きっちりと席に着いたミラとルミナリアは、ことことと揺らぐ鍋を前にして、仲良さそうに言い合う。

 先程までの気配はどこへやら。あっという間に和んだ雰囲気に安堵したクレオスは、安心して椅子に腰掛けた。あの程度の自慢合戦など、二人にとってはいつもの事であるのだ。

 それから少しして、追加投入分の食材もテーブルに出揃い、全員が席に着くと豪勢で賑やかな夏の鍋パーティが始まる。

 ミラは皆で食べる鍋の味とその楽しさに、技能大全の事すら忘れ、今という時を噛み締めたのだった。

紅蓮王の剣。ちょっと唐突な登場になりましたが、あれなんです。理由があるのです。

書いたんですよ、このあたりの話を。運び込まれる数々のお宝。

それを目撃して興奮するミラ。

報酬代わりに好きなの持っていっていいよと言うカグラ。

漁るミラ。

そこで、紅蓮王の剣を見つけ貰ってくる、という話を!

でも、どうやら


夢だったようです


現実と夢の区別がつかなくなるとは、自分の脳はそろそろ危険域に……。

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[一言] 高飛車なご令嬢は好みですわ! (ルナかわ)
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