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15 天災のルミナリア

十五




「して、探すのはよいが、どこにおるか分かっとるのか? 手掛かりでもなければ、あ奴らは捕まらんじゃろう」


「まあ確かにそうなんだけど、一人だけ予想が付きやすいのが居るよね」


 ミラの言う通り、九賢者は一癖も二癖もある者の集まりみたいなもので、地に足の着かない変わり者ばかりだった。

 探すと言っても、そんな放浪者をどう探せばいいのかと頭を抱えるミラだったが、ソロモンの言葉に一人の人物が脳裏を過ぎる。


「ソウルハウルじゃな」


「うん。やっぱりまずは彼からだよね」


 『巨壁のソウルハウル』死霊術の塔のエルダーで、病的なまでの不死っ娘愛好家だ。

 二人が真っ先に思いついた場所は、プレイヤーの間で地下墓地と呼ばれるダンジョン『古代神殿ネブラポリス』だった。

 かつて皆で冒険していた頃、ソウルハウルが「パラダイス」とアンデッドの湧き続ける神殿で幸せそうに呟いていた。ほぼ全ての不死系モンスターが集まるそのダンジョンは、正に彼にとっての聖地だ。


 オンライン状態だが塔には居ない。ならばソウルハウルの居る場所として、調べる価値は十分にあるだろう。


「地下墓地となると、少し遠いのぅ。飛び島が使えればよかったのじゃが」


「そこら辺は、こっちでバックアップするよ。といっても一応極秘任務だがら、千里馬車や住両馬車とかは出せないけど」


「千里馬車? 住両馬車? なんじゃそれは」


「ああ、千里馬車は君が乗ってきた馬車だよ。中々速かったでしょう。術式装具で馬の負担を徹底的に減らしているからね。うちの国で最速の馬車なんだ」


 得意げにそう言ったソロモンは、胸を反らしにこやかに笑顔を浮かべる。


「確かに速かったのぅ。飛び島程ではないが」


「あんなチートアイテムと一緒にしないでほしいな。今だから分かるよ。あれは反則だった」


 簡単に比べると、千里馬車は時速二十五キロメートル。それに対し浮遊大陸は時速五百キロメートルとなる。この世界に合わせた技術から言えば、千里馬車でも十分に速いといえる部類だ。故に、浮遊大陸を移動手段として使うとなるとソロモンの言葉通り反則といえるだろう。


「住両馬車は速度では千里に劣るけど、馬車内の居住空間に力を入れた一品だよ。簡単に言うとキャンピングカーの馬車バージョンかな」


「ほう、それはいいのぅ」


 ミラは、緩やかに走る馬車の中でベッドに寝転がりアップルオレを呷りながら、長閑に流れる景色を眺めている自分を思い描く。


「是非、住両馬車に乗ってみたいものじゃな」


「まあいつか乗せてあげるよ」


「なんじゃ、ケチじゃのぅ。地下墓地まで送ってってくれてもいいじゃろうに」


「そうしてあげたいのは山々だけど、さっき言った通り極秘任務だからね。千里馬車や住両馬車は、特別製なんだ。国家に関わる事とか、王族の送迎とか、そんな風に使うものだから。多分、行く先々ですごい目立つ事になるよ」


「……それは勘弁じゃな」


「でしょ。まあ普通な感じの良い馬車を用意しておくよ」


 ソロモンは言いながらファイルを本棚に戻す。すると、唐突に表が騒がしくなる。それからレイナードの懇願するような制止の声を振り切り、一人の女性が執務室の扉を壊れそうな程激しく開いた。


 ミラとソロモンの視線を一手に掻っ攫ったその人物は青と白のローブを纏い、非常に映えるボディラインと整った目鼻立ちから、誰もが目を奪われるであろう程の美女だった。

 その美女は燃える様な真紅の長髪を手でかきあげ、憚る事無く主張する胸を揺らしながら、髪に負けないほど赤い瞳でソロモンを一瞥すると、もう一人の少女に視線を注いだ。


「いきなりどうしたのだ。約束の時間にはまだ早いと思うが」


 ソロモンは、先程とは打って変わり威厳を漂わせるように口調を整えて、やってきた美女を見据える。美女はその言葉を耳にすると同時に、勢い良く扉を閉める。

 扉に顔を打ち付けたレイナードは苦悶の表情で大きくよろめき薄っすら涙目だ。そんなレイナードの肩に手を当てて、ヨアヒムは「あの方に何を言っても無駄ですからお気になさらず」と慰めの言葉を掛けた。


「ダンブルフの弟子という子が来ているという話を耳にしたのですが、一目見ようと謁見の間に行ってみると誰もいないじゃないですか。そこで近くの衛兵を絞り上げたところ執務室へ移動したと言っていたもので」


「なるほどね。まあどちらにしろ、後で君の所に連れて行こうと思っていたんだ」


 そう答えたソロモンは、ミラの側まで歩み寄る。


「この娘が、そのダンブルフの弟子。ミラだよ」


 そう紹介されたミラは、席を立つでもなく挨拶をするでもなく、扉の前に立つ女性を見つめ、その相変わらずな姿に苦笑するとソファーに背中を預ける。


「そう。この子が。それはそうと、ソロモン王様。その口調はよろしいの?」


 美女が指摘した口調というのは、今より昔に王としての威厳を出すために矯正した偉そうな話し方ではなく、友と話す時の話し方になっているという事だ。二人きりではなく、誰かが居る場合にはそれ相応の態度にするべきだと二人で決めた事でもある。


「ああ、問題ないよ。だってこれダンブルフ本人だもん。だから君も普通に話すといいよ。長い月日が経つけど、今でも君のその口調には慣れないしね」


 イタズラっぽさ満面な笑顔を浮かべるソロモン。


「な……ななな……」


「あー、久しいなルミナリア。となるのじゃろうな。わしからしてみれば昨日の今日じゃが」


 ミラは片手を上げてそう言う。


 ルミナリア。九賢者の一人で、現在居場所が判明している只一人のエルダーだ。


「そっか。ダンブルフね。お前もやっとここに来たか……」


 ルミナリアは、探るようにミラの全身を視界に納めると、その完璧ともいえる愛らしい姿に、かつてダンブルフと話し合った好みのタイプについての話を思い出す。そして、堰を切ったように抱腹絶倒するルミナリア。閉められた扉からほんの僅かに漏れてくる笑い声に、表に居たレイナードは耳を塞ぎ、ヨアヒムと頷き合う。

 ルミナリアは時折人が変わる。これは城内で囁かれている噂であり、ある意味真実であった。


 一通り笑い転げ終わり再びミラの姿を視界に入れたルミナリアは、にやりと怪しい表情を浮かべる。


「お前もやっと、この素晴らしさに気付いたって事だよな。いいだろう女の身体は。もう弄り倒したのか?」


 開口一番、実に下品な言葉を紡ぐルミナリアの口だが、その口端を上げ笑みを作る艶っぽい唇は、それすら魅力の一部にしてしまう色気があった。


「お主と一緒にするでない。これは云わば事故じゃ。わしの意思ではない」


「の割には、秀逸な出来栄えじゃないか。事故というには些か無理があるように思うがなぁ」


「…………うぬぅ。話せば長くなるのじゃが」



 ミラは、課金切れのメールから、今に至るまでの経緯を簡潔に説明する事にした。




「僕の持ってる化粧箱も、君と同じ理由だね。ただ使ってないだけだけど」


 ソロモンは、先程ミラに見せて落胆させた原因の化粧箱を持っている理由を話す。ミラと同じく、課金切れのメールが来て勿体無かったので化粧箱を購入したと。


「それならオレも同じだな」


 そう言うとルミナリアはアイテム欄から化粧箱を取り出すと、掌の上で遊ばせる。それを恨めしそうに睨みながら、ミラは不貞腐れたようにソファーに寝転がる。


「何故わしは持ってないのじゃろう」


「使っちゃったからでしょ」


 ミラは、なんて事無いソロモンの言葉に心を鋭く抉られると「うぐぅ」と唸りながらソファーに仰向けになり、両手両脚を投げ出す。


「でもまあ、よかったじゃんか。ネタキャラじゃなくってよ。理想の女性像だっけ? 一目見た瞬間にお前の事を思い出せるくらいだったから、お前的には不幸中の幸いってところだろ。オレにしてみれば、この世界が現実になったという事がもう幸いだったがな。この世界は最高だぞ。初日はずっと弄り倒していたしな」


 綺麗な顔で実に清清しい笑顔を浮かべるルミナリア。内容さえ考慮しなければ、過半数の男が心を奪われるだろう。


 ミラは、そんな相変わらずのルミナリアを冷めた目で見ながら、一つ浮上してきた疑問を掬い取る。


「そういえば今思ったのじゃが、ソロモンは三十年、ルミナリアは二十年じゃったか。それだけの月日が経っているというのに、歳を取った様には見えんのじゃが?」


 一見したミラにしてみれば、違和感は無いのも当然だ。昨日の今日の事なのだから。だがしかし、この二人は違う。ミラとは別の時間の流れを過ごして来ているのだ。ルミナリアは大目に見たとしても、ソロモンはそうはいかない。少年の姿をした三十過ぎの人間などありえないだろう。


「そういえば、もう当たり前すぎて話していなかったね」


「そこが、この世界が最高たる所以の一つだな」


 ソロモンは手をポンと打った。ルミナリアは、自分を抱くようにしながらクネクネと身体を捩じらせる。


「分かりやすく言うと、どうやらこの世界での僕たち元プレイヤー(・・・・・)は、一般人とは違うみたいなんだ」


「一般と違う……とな?」


「うん。まずは調べる(・・・)についてだけど、君はもう僕やルミナリアの事は調べてみたかい?」


 そう言われて、謁見の時ソロモンを調べよう(・・・・)としたが、情報が何も提示されなかった事を思い出す。そして今度は、気持ち悪く蠢くルミナリアを注視する。

 しかし、視界には何の情報も浮かんでは来ない。


「二人とも、何も表示されんのぅ。スレイマンやグライアは見えたのじゃが」


 それを聞いたソロモンは、少年っぽく笑うと、大の字になったミラの足元あたりにちょこんと座る。


「元プレイヤーは調べる事が出来ないみたいなんだ。それが一つ目の違い。ちなみに、初めて君を見た時に調べてみたけど何も分からなかったから、君は元プレイヤーだって事が分かったんだ。オンラインと同時にダンブルフの弟子を名乗る、ダンブルフ好みのロリっ子。もう僕以外でも確信持てる状況証拠だよね」


 ソロモンはドロワーズまで露出したミラの足を覆うように、スカート状になったローブの裾を整えながら、そう説明する。


「つまり、判断材料に使えるという事じゃな」


「そゆ事。これから探す皆の姿が変わって無いとも言い切れないからね。最低でもプレイヤーかどうかは分かるよ」


「しかし、あ奴等のあの性格ならば、見た目以外でも判断が出来そうじゃな」


「確かに。このルミナリアが別人になっても見分けられる自信はあるね」


「そうじゃな。このような変態、早々おらんからのぅ」


 二人は、含むように笑い合う。変態と言われたルミナリアは、そんな二人をじと目で睨んだが、突如表情を一変させる。


「それはつまり……、姿が変わろうと見分ける事が出来る程、オレ達は仲良しって事だな!」


 斜め上の回答を出したルミナリアは、ボディプレスの如くソファーにダイブする。ソロモンは素早く退避ししたが、思いっきり脱力していたミラは小さく焦りの声を上げると、そのまま重力を味方に付けたルミナリアに容赦無く抱擁された。


「友よー!」


「おい、やめんかバカナリア! やめっ……どこをさわっとるのじゃ!」


 ルミナリアの蠢く手は、相手をミラに代えるとその肢体を吟味するかのように這い回る。


「よいではないか、よいで …… ぐほぉぅっ!」


 悪代官宛らにミラを手篭めにしていたルミナリアは、鈍い炸裂音と共に腹の底から湧き出たような悲鳴を伴い宙を舞うと、そのまま勢い良く天井にぶつかってから、べしゃりと床に落下した。


 ソファーに仰向けになったままのミラは、突き上げるように右手を天井に向けている。セカンドクラスである仙術士のスキル【仙術・天 衝波】を零距離でルミナリアに打ち込んだのだ。


「セクハラも命がけだね」


 ソロモンは淡々とした様子で声を掛けると、ルミナリアはゆっくりと起き上がり「だが、それがいい」とサムズアップして答える。


 ミラは、着崩れたローブを整えながら起き上がり、そんなルミナリアを一瞥すると「次やったら魔眼込みじゃ」と釘を刺す。ルミナリアがその言葉を聞くと、前方に怪しく構えた両手は行き場を無くし彷徨った末、床に散らばった書類を集め始める。


「殊勝な事じゃな」


「いやもう、ほら、オレって綺麗好きじゃん」


「それじゃあ、こっちもついでにお願いするよ」


 ここぞとばかりに、ソロモンは散らかった書類のある机を指し示す。ルミナリアは、それに無言で頷いた。


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