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157 英雄

という事で、限定版に続き通常版も発売となりました!

よろしくおねがいします!

百五十七



 セントポリーから飛び立ち、アルカイト王国に帰る途中。ミラが快適なワゴンの中で久しぶりにのんびりしていたところ、ふいに備え付けの通信装置が鳴りだした。


「はいはいっと……、なんじゃー?」


『ああ。やっと出た』


 気だるそうに立ち上がったミラが押入れを開けて受話器を耳に当てると、安心した、というより待ちわびたというようなソロモンの声が受話器から聞こえてくる。


『もしかして寝てた? まだお昼なのに』


「半分ほどのぅ。お主なら、もう情報は得ておるじゃろう? その事後処理やらで、わしもここ最近忙しかったのじゃよ」


 言いながらミラは押入れの布団に突っ伏し、全力で脱力する。傍から見たその姿は実にだらしなく、微妙にずり上がったワンピースの裾からは、見事に尻が覗くほどに。


『うんうん、聞いた聞いた。大活躍だったみたいじゃない。しかも精霊王を喚んだんだって? いいよいいよ。凄く箔がついたね』


「正確には勝手に出てきただけじゃがな。お主のせいで、とんださらし者じゃったわ」


 飛空船からの勝利宣言。有名な冒険者達の最後にミラが紹介されたのは、ソロモンの発案であった。いつかミラが九賢者を襲名するための布石としての一手だ。ミラはまだ、その事を根に持っているらしい。


『まあまあ、巡り巡って君のためになるはずだからさ。今後もその調子で、よろしくね』


 本当にそう思い行動しているのだろう、ソロモンの声に悪意はなく、嬉しそうな色がふんだんに混じっていた。そうなるとミラも何も言い返せず「はいはい」と、短く答えるだけだ。


「して、話はそれだけではないのじゃろう。何用じゃ? ようやく解放され帰路についておったところで、このけたたましい呼び鈴じゃったからのぅ。まったく」


『それはごめんねー。ただ最後に一つだけ頼まれてくれない? イーバテス商会で書類を貰ってくるだけっていう簡単なお仕事だからさ。話はもう通してあって、顔出せばすぐに受け取れるようにしてあるから』


 ミラが不貞腐れたように言うものの、ソロモンにまったく悪びれた様子はない。それどころかソロモンは、既にミラが取りにいく事になっているのだと話す。もう、行かないとは言えない状況だ。


「書類のぅ……」


 ミラはどこかもったいぶるように、そう呟く。面倒ではあるものの、この時点でミラに断る気は無い。それでも即答しないのは、二人の間でこそ通じる様式美のようなものだ。


『国交協定を結ぶ大切な認証なんだ。お願い。君の大好きなご馳走を沢山用意しておくから』


「……ふむ。その言葉、忘れるでないぞ」


『もちろんだよ。ありがとう、待ってるよー』


 ソロモンがそう言ったあと、ぷつりと通信が切れた。

 ある意味予定通り、ご褒美の約束を取り交わす事に成功した。ソロモンは、ミラの好物を熟知している。王という身分であるソロモンが、今度はどれだけのご馳走を用意してくれるのだろうと期待しながら、ミラは受話器を置いた。


「さて、言われた通り向かうとするかのぅ!」


 押入れからのそりと身を引き出したミラは、周囲の景色を望みながら、早速ガルーダにローズライン公国へ向かうようにと指示を出す。

 ゆっくりと進路が変わっていく中、ミラは遠くに聳える山脈を見据え、あの辺りだったろうか? と、キメラクローゼンの本拠地の場所を思い浮かべるのだった。




 ローズライン公国にあるイーバテス商会の本店。大きな店舗のその裏には、これまた広大な敷地が広がっており、会長の屋敷を中心として多くの建物が立ち並んでいる。商会に関する全ての部署と施設、店員達の住まいも有するそこは、上空からみると小さな町そのものだ。

 ガルーダによって運ばれているミラを乗せたワゴンは、その小さな町の直上から、屋敷前の広場に直接降り立った。


「ミラ様でございますね。お待ちしておりました。こちらへ。会長がお待ちです」


 ミラの大層な登場に関しても、話は通してあったのだろう。周囲の耳目は集めたものの騒ぎになるような事はなく、ミラはワゴンから降りたところで、身なりのいいメイドに迎えられる。


「うむ」


 短く返事をしたミラは、案内されるままに屋敷へ足を踏み入れた。絢爛豪華ではなく、そっと飾られた内装はよく洗練されており、住まうものの気品を感じさせるものだ。

 そうして通されたのは、そんな屋敷の三階奥。メイドがミラの到着を告げると、中から快活そうな男の声が返ってくる。

 メイドの手により扉は開かれ、ミラは促されるようにそこへ足を踏み入れた。


「初めまして、ミラ殿。ここの会長をしている、ウラシス・テレス・イーバテスという。今後とも、よしなに頼む」


 それは突然の事だった。会長のウラシスはミラが部屋に入るなり立ち上がって、その右手を強引に握ると、友好の挨拶としたのだ。


「ああ、うむ。こちらこそ、よろしく頼む」


 やり手の商人とは、こういうものなのだろうか。眼光鋭いその視線に、ミラはどことなく無理矢理そう言わされた。

 ウラシスは、屋敷の雰囲気とは打って変わって、とても豪気な性格のようだ。壮年をとっくに過ぎたであろうはずの身体は、衰えが見えぬほど引き締まっており、平均的な身長でありながら、それ以上に大きく見える。ローズライン公国の次期大公ウラシスは、そんな男だった。


「まさか今話題になっている後継者が、盟友と繋がりのある者だったとは。いやぁ、これは幸運だった。お会い出来て光栄だ」


 心からの言葉なのだろう、ウラシスは心底嬉しそうに笑ってから少しだけ名残惜しそうに手を離した。彼の言う盟友とはソロモンの事だろう。だがそれ以外の意味が分からず、ミラは首を傾げる。


「今話題? 後継者? なんじゃそれは?」


「おや、話題の当人はその事に気づきにくいというのは、本当だったか。私は少しでも噂が立てば直ぐに気付くのだがなぁ」


 ミラが聞き返したところ、ウラシスは不思議だといわんばかりの思案顔で、そう呟いた。商人の彼にとって噂というのは、場合によって利益を大きく左右する要素になる。だからこそ過敏に反応するため、そのあたりの疎さには理解がないようだ。


「して、どのような話題なんじゃ?」


「そこまで気になると言うなら、話そうではないか」


 どこか大げさに答えたウラシスは、本棚から一冊の本を取り出して語り始めた。かつての英雄王、フォーセシアの事を。

 遥か過去。魔物達の王が現れた時代に、一人の少女もまた現れた。彼女の名はフォーセシア。精霊王の加護をその身に宿し、精霊達の力を借りて勇猛果敢に戦うその者は、人々の間で、大層敬われていたという。

 時代は下って終盤。数々の武勲をたてたフォーセシアは、最終的に精霊王の力そのものを宿し魔物の王を倒した。結果、永遠に語り継がれる英雄となった。


「噂によれば、ミラ殿は精霊王から加護を受けているそうではないか。そして、召喚術というのは精霊も召喚出来るのだろう? 更に今回、キメラクローゼンという悪を打ち倒し武勲をたてた。それらが合わさって今、巷では英雄王フォーセシアの後継者が現れたと話題になっている。というわけだ」


 若干、興奮した様子のウラシスは、そう説明を終えると、手にした本の最後のページを開き傍の机に置いた。そこには精霊王らしき姿と美しい女騎士、フォーセシアが大きな挿絵として描かれていた。特に挿絵のフォーセシアは女性的な魅力に溢れた姿であり、そこだけを抜き取ると、ちんまりしたミラが後継者というにはいささか無理があるような気にもなるが、ウラシスはその点を気にするような男ではないようだ。


「ここ最近、見られている事が多いと思うたら、そんな理由じゃったか……」


 突発的な飛空船上での挨拶。それから数日の後、やけに注目されている事に気付いたミラ。しかしそれは多少目立ったからであり、一過性のものだと考えていた。しかし、ウラシスの話によると、裏ではそれ以上の事態になっていたようだ。

 ミラは、その理由に納得しながらも、面倒だと苦笑した。



「おっと、そういえばあれの受け渡しだったな。いや、すまない。つい年甲斐も無くはしゃいでしまった」


 ウラシスは思い出したように踵を返し、机の上に置かれていた賞状ほどの大きさがある封書を手にする。そして再びミラに振り向くと、実に真面目な顔でそれを差し出した。


「いや、構わぬ構わぬ」


 ちょっとしたお使いで来ただけのミラは、自然と気楽に封書を受け取る。


(ふむ。これがソロモンの言っていた書類か。しかし随分とごてごてした封書じゃな)


 見れば、印の押された蝋で念入りに封がされていた。しかも中央と左右の三箇所で、それぞれ印の形も違う。更に表にはローズライン公国国章の金箔印刷だ。


「確かに受け取った。ではな」


 封書を一瞥したミラは、かなり仰々しいなと思いながらも、そのままそれをアイテムボックスに突っ込んだ。そしてソロモンの頼み事は果たしたと、早々に退散しようとした時である。


「あっと、すまないミラ殿。ここにサインを頼めるか?」


 机の引き出しから素早く正方形の白い板を取り出したウラシスは、少し慌てた様子でミラの前に回りこみ、ペンを添えてそれを差し出す。


「おお、そうか。そうじゃな。すまんすまん」


 ソロモンが関わっているという事は、なんだかんだで重要な書類なのだろう。ならば、受け取りのサインも必要だ。ペンを取ったミラは、「受け取りましたよっと」そう呟きながら、白い板の真ん中にサインをした。


「もう一つ。拇印も頼む」


 サインを確認したウラシスは、インクの染み込んだ綿を差し出しつつ、そう続けた。


「うむ、このあたりじゃろうか?」


 素直に頷いたミラは、親指にインクをつけてサインの隣を指し示す。そしてウラシスが頷くのを確認してから、しっかりと拇印を押した。


「これで、よいか?」


「ああ、問題ない。引き止めてすまなかった」


 ミラのサインが書き込まれ、小さな拇印が押された白い板。ウラシスはミラに指を拭くための布を渡してから、その板を少し興奮気味に見つめたあと、真面目な表情で頷き答える。


「では、書類はわしが必ず届けよう」


 そう改めるように口にしたミラ。ウラシスはミラが指を拭いた布を受け取りながら「よろしく頼む」とその手をまた握り、力強く頷いた。



 こうして短い時間の間に書類の受け渡しは完了した。ちょっとしたお使いを済ませたミラは、城でのご馳走を楽しみに思い浮かべつつ退室する。

 その後の会長室での事。ミラのサインと拇印が入った白い板と指を拭った布を、いそいそと額縁に収めるウラシスの姿があった。


「英雄王の継承者。彼女はきっと大物になるぞ。いやぁ、これは良い物が手に入った。今日は祝杯だな!」


 会長室の更に奥の部屋に入っていったウラシスは、大きな棚の前に立ち、子供のような笑顔で手にした額縁を抱きしめる。

 見ると正面のその棚には、高名な冒険者や、有名な将軍のサインが所狭しと並んでいた。


「そして今日は手を洗わない!」


 棚のど真ん中にミラのサインを飾ったウラシスは、右手に残るミラの手の感触を思い返し、そう決意する。その目は冗談ではなく、研ぎ澄まされた鋭い意志がしかと篭っていた。

 英雄に憧れ、また英雄らしくありたいと願うウラシス・テレス・イーバテス。実直で正義感に溢れ、悪には決して屈しないという揺るぎない信念を心に宿す彼は、ソロモンの御眼鏡にかなうだけの人格者である。

 だが、その憧れは行き過ぎる事も多々あり、商会の誰かしらが無茶な任務を押し付けられたりするのだが、今回は噂の本人が来たという事で、その誰かしらは知らずの内に難を逃れたのだった。




 ソロモンのお使いを済ませたミラは、会長の屋敷から出たあと、ガルーダを召喚してそのままワゴンに乗り込んでいた。そして、いざ飛び立とうとした時である。


「──……ラさー……。ミラ……ーん。ミーラーさーん!」


 そう遠くから、ミラの名を呼ぶ声が響いてきたのだ。


「何事じゃ?」


 そう呟きワゴンを降りたミラが目にしたものは、肩にカバンを下げ大きな包みを背負い、鬼気迫る顔で駆けて来る男の姿だった。


「あ奴は確か……」


 その勢いに思わずワゴンに戻ったミラだったが、今一度顔を覗かせてみたところ、その男は前に会った事のある者だと分かる。


「ああ……。ふぅ……。良かった。間に合った……ようです、ね……」


 服も髪も息も乱し駆けて来たその男は、イーバテス商会の会長ウラシスの孫、レノスであった。


「ふぅ……。お久しぶりです。といっても、まだ一週間とちょっとくらいですけど」


 レノスは息も絶え絶えな状態ながら、そう言って笑みを浮かべてみせる。


「あの時は、サソリ達ともども世話になった。して、何か用じゃろうか?」


「えっと、ですね。完全に私事で恐縮なのですが……」


 ミラが問いかけると、レノスは申し訳なさそうに答えながらも、無性に興奮した様子で背負っていた包みを広げ始めた。

 レノスが背負ってきたのは、一抱えほどの大きさの画板だった。絵などを描くための、あの画板である。だがその画板には何も描かれておらず真っ白で、ミラはこんなものを持ってきてどうするつもりなのだろうかと首を傾げた。

 すると、そんなミラに対してレノスは画板を差し出した。そして一言「サイン下さい!」と叫び深く頭を下げたのだ。


「……あ、ああ。そういう事じゃな」


 レノスの言葉に一瞬呆けたミラだったが、そういえばと、前にサソリから聞いた事を思い出した。レノスは、英雄譚といった類のものが大好きなのだという事を。

 現在、セントポリーだけでなくローズラインでも、キメラクローゼンという悪の組織の壊滅は、一番熱い話題となっている。そんな話題の中心人物の一人として、ミラの事もよく挙げられていた。ミラが思う以上に、巷では有名なのだ。

 しかも先程ウラシスから聞いたところによると、ミラは英雄王の継承者などと噂されているという事だ。これだけの大物を、英雄譚好きのレノスが見逃すはずもない。


「随分とでかいが、どこに書けばよい?」


 サインを求められる事に対して、それほどやぶさかではなかったミラは、素直にペンを受け取った。そして「ここにお願いします」と、喜色満面に画板の中央を指差すレノスに頷き答え、気持ち格好つけてペンを走らせる。


「ありがとうございます! 大切にします!」


 斜に構えた『ミラ』という文字が中央に書かれた白い画板。興奮しながら礼を言ったレノスは、それを大切そうに包んでから、続けて肩に下げたカバンを開けた。


「あの、写真もよろしいでしょうか!?」


 レノスがカバンから取り出したのは、頭ほどの大きさがあるカメラであった。レノスの目は、アイドルやスターに会った時のような色に染まっており、まだまだ興奮冷めやらぬ様子でミラに懇願する。


「写真か……。ふむ。まあいいじゃろう」


 憧れと羨望の眼差しを一身に受けて気を良くしたミラは、ワゴンとガルーダをバックにすかしたポーズを決めてみせる。


「ありがとうございます! ミラさん、最高に決まってます!」


 即座にカメラを構えたレノスは調子のいい言葉を乱舞させ、時に際どい角度からもミラの姿をカメラに収めていく。そんな彼の言葉に、ますます気を良くしたミラは、大物ぶって「今回は特別じゃからな」などとほざいていた。

 こうしてミラの無駄に決めたポーズの写真は、無駄に鮮明な画質でレノスのコレクションに加わるのだった。

次回、ようやく帰国です。


そういえば、先日お話したCD買えました。

ツタヤさんにありましたー。駅の中にある結構大きめな店舗だったのが幸いしたのだと思います。

同時に、アニメ専門店の方でライブブルーレイも買いました!

CDやらなにやら、思えば結構買っています。でもCDショップが消えている事に今まで気付かなかったのは、全てがアニメ専門店で揃っていたからだったのですね。

マンガにCDブルーレイ。いやはや、お世話になっております。


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― 新着の感想 ―
[一言] 祖父孫揃って英雄マニア だが、孫の方がストレートな分だけ得してるのがなんとも まあ、ミラの性格だとそうなるよなぁ
[一言] ……ミラ写真集はいくらかね?言い値で買おう
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