155 依代少女
しつこくても宣伝を続けます!
もういくつ寝ると、五巻限定版の発売日。
運命の日。
百五十五
「天使……じゃと?」
セントポリーの首相官邸の庭先。そこに停泊する五十鈴連盟の精霊飛空船の一室で、ミラはそう驚きの声をあげた。
「予想外の答えね……」
隣でミラと同様の声をあげるのはカグラ。そして、そんな二人は驚愕に染まる目を、正面に座る人物に注いでいる。
「この度はご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
二人の正面で、そう謝罪の言葉を口にした少女。見た目よりずっと落ち着いた声で、清楚な雰囲気を漂わせるその者は、鬼姫と名乗る怨霊にとり憑かれていた少女本人であった。カグラに保護され精霊飛空船の治療室で眠っていた少女が、ようやく目を覚ましたのだ。
ミラとカグラは、早速とばかりに話を聞きに来た。そして、貴女は何者かという問いの答えが、『天使』であった。
「ねぇ、おじいちゃん。どう思う?」
「ふむ。状況からして、嘘は無いじゃろう。なにより調べた時の反応が、いつか見た天使と同じじゃからな」
少女を前に一旦距離をとったミラとカグラ。二人は、ひそひそとそう話しながら少女を注視する。そして視界に浮かんだ情報、詳細不明という結果に注目した。かつて三神国関連のクエストで、一度だけ会った天使と同じだと。
「やっぱり、そうよね。でも、なんでまた天使があんなところで怨霊に乗っ取られていたんだろう」
「これから聞けば分かるじゃろう」
そう言ってから二人はまた、天使が座るベッドの前に歩み寄る。すると天使は、ミラとカグラを見上げ「内緒話は、もうよいのですか?」と微笑んだ。
「ええ、お待たせしてごめんなさい」
「構いません。なんでもお聞き下さい。出来る限りお答えいたします」
幼さの残る姿ながら振る舞いは淑女の天使は、真剣味を帯びた目で二人を真っ直ぐ見つめる。そんな彼女にカグラがまず聞いた事は、なぜ天使が鬼姫の怨霊にとり憑かれていたのかについてだった。
「その事につきましては、全ての始まりからお話させていただきます」
天使は、そう前置きするように言うと、今より遥か昔の事、かつて鬼という種族がいたのだと語った。
少数の部族であったその者達は、共通してある能力を有していた。それは、植物や大地など、自然に宿る力を特殊なマナに変換する事。鬼族は、この変換したマナを利用して身を守り、戦い、時に糧とした。
まだ鬼達の数が少なかった頃は、多少森が枯れようが、自然の回復力でいくらでも補える程度。魔物や魔獣が今よりずっと多く、鬼達もまた生き残るために必死だったため、この頃の精霊は彼等の行いを黙認して再生に努めていた。
そんな鬼達がある日を境に、その数を爆発的に増やしていく。そのある日とは、人族の祖である古代人種との出会いだ。この者達は、種を越えて生殖するという稀有な能力を有していたのである。
こうして生まれた混血だが、その能力は純粋な鬼より落ちるものの、もとよりあった『極めて非常識』に強靭な身体が、ようやく『非常識』になった程度の差であったという。そしてその新たな世代は人鬼族と呼ばれ、繁殖力の強化により、瞬く間に数を増やしたという事だ。
だが、ここで問題が生じる。余りにも爆発的に増えたため教育が行き渡らず、思想に多くの違いが出始めたのだ。
人鬼族は、その思想の違いから複数の部族に別れ、そしてそれぞれがそれぞれの思想のもとに旅立っていった。
こうして世界各地に広がった人鬼族は、更に数を増やしていき、やがてどの種族より抜き出た存在となる。
この頃から人鬼族は部族ごとに、深鬼族、海鬼族、鉄鬼族などと呼び名を変えたそうだ。当時はこういった部族が五十ほどはあったらしく、一括して『鬼』と呼ばれる事が多かったという。
ただ当然というべきか、その者達もまた自然を力と糧にするため、戦火があがるたび、代償として多くの緑が大地から失われていった。
ここまで被害が出ては流石に看過出来なくなった精霊達。人鬼族の前に姿を現し、せめて他種族との争いに自然を消費するのを止めるようにと提案する。しかし、自分達こそが世界最強だと自負し野心に燃える鬼達は、それを却下。精霊達すら敵と見做し、結果、鬼族対精霊の争いが始まった。
そのあとの事は精霊王から聞いた通りであり、鬼達は激戦の末、精霊達に滅ぼされたのだ。
「問題は、鬼達の持つ力が突然に変異した事でした」
決戦の後、突如として精霊達に敗れ死した鬼達の骸に黒い霧が漂い始めたと天使は言う。暫くしてその黒い霧が精霊を蝕む呪いだと分かったが、当時のそれは今より遥かに強力であり、対処する術がなかったそうだ。だが、そのまま放置しては、周辺一帯の大地は穢れ忌み地として完全に死んでしまう。
それだけは避けねばいけないと、各種族と精霊達は様々な手段を模索した。しかしどの策も芳しくなく万策尽きた時に手を差し伸べたのが、天使である彼女だった。
彼女は完全密封型のカタコンベ、封鬼の棺に、呪いが消えるまで鬼達の骸を封じるという策を提案したそうだ。そして見張りと鬼達の慰めとして、天使は分け身をそれぞれの中に残し、封鬼の棺を地中深くに埋めたという。
センキの埋葬地が、正にその一つ。本来の意味は戦鬼であり、鬼の中でもとりわけ戦闘能力の高い戦鬼一族と、彼等に付き従った幾つかの氏族を一緒に埋葬した場所だそうだ。
「ふむ……。つまり人柱みたいなものじゃったという事か」
ミラは、ただそこに座っている天使の姿を見つめながら、何とも言えず苦笑する。精霊王の話によれば、この戦いがあったのは数万から数十万年前という遥か昔だ。つまりこの天使の分け身は、地下深くにそれだけの時間囚われていたという事。
「ちょっと、想像出来ないわね……」
悪魔の対極として語られる事の多い天使。この世界でもまたその名の通りの存在であり、ミラとカグラはゲーム時代に三神国関連で会った事がある。天使はその際、圧倒的存在感を放っていたものだ。
それが今、分け身だからか長い年月によるものか、目の前の天使は、それこそ見た目通りに弱弱しく感じられた。いったいそこにどれだけの歴史があったのだろうか。その途方も無さに言葉が見つからず、カグラはただ眉根を寄せる。
「私が望んだ事です。お気になさらないでください」
同情か憐れみか。そんな感情を抱いていたミラとカグラに微笑み、そう言った天使は、
「それよりも一つ、私にも解らない事があるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」
と、続けて口にする。そこには芯の通った意志がこもっており、可愛らしくも力強いその姿にミラとカグラは面食らった。
「えっと、はい。どうぞ」
少し見惚れたように天使を見つめたあと、カグラは素直に頷く。すると天使は「ありがとうございます」とお辞儀をしてから小さく首を傾げ言った。人はなぜ、封鬼の棺を見つけられたのかと。
「私のこの身がどうなろうとも、あの場所を探し当てる事は不可能だったはずなのです」
そう続けた天使は、更に詳しく封鬼の棺について話し始めた。
それは、天使達が持つ特別な力によって生み出された物質で作られていたという。ゆえに特殊な境界を発生させ、棺は半分、この世のものではなくなっていたそうだ。そのため人は干渉するどころか、認識する事も出来ない状態だった。
しかし実際はというと、棺は暴かれ、そこに封じていたものが現世に溢れ出してしまっている。しかもその際に、それまで安定していた数千の鬼の念が一つに集まり怨霊になったそうだ。現世と繋がりその気配が流入してきた事で、鎮まっていた恨みが一気に再燃したのだろうという。
そしてその怨霊は、一番近くにあった身体である天使に憑依する。長い間呪いに犯され続けていた天使に、最早抗えるだけの力は残っておらず、全てを支配されてしまったというのが、カグラが見たあの状態だったそうだ。
「全ての浄化を終えた時、封鬼の棺は再び現世に現れ自然と土に還る予定でした。ですがある時、浄化の途中で無理矢理にこちらへ引き寄せられたのです」
これまでは、どこか淡々とした様子で話していた天使だったが、棺の封印に余程自信があったのだろうか、悔しさを顔に浮かべ唇を尖らせた。そしてそのまま、封鬼の棺を開ける事が出来るのは、同じ天使か、その上の神、または神と同等の力を持つ精霊王くらいだと語り、けどそれはあり得ないと断言する。事情を知っている仲間や神が折角封じたものを開けるわけがなく、精霊王にとってそれは眷属を害する忌むべきもの。むしろ永遠に封じておきたいはずだ。
「私の封印に不備はなかったです。それなのに、どうして……」
天使はそう呟き、今度は落ち込んだような表情をみせた。ふと気付くと、天使に確かな感情が浮かんできていた。内容自体は実に重々しいものだが、自分の策は完璧だったと主張して不機嫌そうに頬を膨らませる天使は少し可愛らしく、同時にミラとカグラは得も言われぬやるせなさを感じた。
「もしかして……愛、とか?」
暫くの沈黙の後、カグラが唐突にそう言った。
「愛、ですか?」
天使がきょとんとした顔で首を傾げると、カグラはうっとりと目を潤ませてその手を握り、突如語り始める。世界のためにその身を犠牲にした天使の少女。そんな彼女を愛していた仲間がいたのだと。
彼は仕方がないと、彼女の犠牲に一度は納得した。しかし時を経るごとに想いはつのっていき、やがてそれは使命よりも重く心にのしかかり始める。
天使として、彼女を尊重して、使命を優先するか。それとも心に素直になり、愛すべき彼女の傍に寄り添うか。
「葛藤と後悔。悩みと懺悔。繰り返し繰り返し考えた末に、彼は愛を選んだのよ!」
愛する天使を闇の牢獄から救い出すために、天使の彼が棺を開けたのだとカグラは叫ぶ。どうやら、使命と愛、世界と個人の間で揺れるようなラブロマンスに憧れがあるようだ。当の天使はというと、なんともいえない表情のまま、きょとんとしていた。
「なんじゃその穴だらけの妄想は。そもそも、その彼という天使はどこにおる。愛しているというなら、なぜ傍におらん。怨霊を前に逃げ出したのか?」
そう言ってカグラの妄想を、ミラが容赦なく斬り捨てる。対してカグラは「彼は愛のために戦ったの。でも力及ばず」と続けたが「そのような悲劇がよかったのか?」というミラの言葉に「嫌です……」と答え、愛のためにという予想を撤回した。
「冗談はともかくじゃ。棺とやらを開けられるのは、本当にそれだけなのじゃろうか? 悪魔が関わっているという線はないのかのぅ。天使といえば悪魔じゃろう?」
天使の対極の存在としてよく語られる悪魔。今回の件の影響、各地での被害などは相当に甚大であり、悪魔が関わっているとしても不思議ではない。だが天使は、カグラが語った愛以上に不思議そうな顔をした。
「悪魔、ですか? いえ、それは有り得ません。あの呪いを解き放つ事がどれだけの悲劇を呼ぶか分かっているはずですから」
「なん、じゃと?」
「え、どういう事?」
人々を悲劇に突き落とす事こそが、悪魔の行動理由。そう理解していたミラとカグラは、天使が口にした言葉に驚く。
天使が認識とは正反対の事を言った。悲劇を呼ぶ事になるため、悪魔が棺を開けるわけがないと。むしろ、だからこそ悪魔の出番といっても過言ではないが、きっぱりとそれを否定した天使は、いたって真面目な様子である。心の底から、そう思っているという事が窺えるほどに。
『あの頃から棺の中にいたというなら、今を知らずとも無理はない。ミラ殿、我が語ろう。そこの天使とカグラ殿の手を握ってくれ』
ちぐはぐな認識の相違に混乱していた時、突如としてミラの頭に精霊王の声が響く。
「二人とも、ちと手を借りるぞ」
またも今回の話を覗き見していたようだが、ミラは精霊王の言葉を渡りに船と受け入れる。精霊王が教えてくれるというのなら、そこに断る理由など微塵もないだろう。
「え、なに?」
「はい。構いません」
言われたとおりに両者の手を取ったミラは、うろたえるカグラを無視して頭に響く声に耳を傾けた。そしてカグラも少しして理解したのか「これは凄いわね」と呟いたあと、大人しくなった。
こうして精霊王から伝えられた話は、三名を充分に驚かせるような内容だった。
精霊王曰く、今よりも遥か昔、悪魔は天使と共に、人々を良き未来に導く存在だったという。だが、ここ数万年の間に悪魔は邪悪に染まり、今のような存在に変貌してしまったらしい。
鬼族との闘争で禁忌を犯した事が原因で、精霊王は現世との繋がりが希薄になってしまっている。そのため、悪魔を変貌させた原因までは探れなかったそうだ。だが一つ確かな事は、天使が言う通り、かつての悪魔は必ずしも人の敵ではなかった。しかも天使とは協力関係にあったのだと、精霊王は語った。
「なんとも、驚きの事実じゃな……」
「まったく想像出来ないわね」
悪逆非道な悪魔の行為を何度も目にした事があるからか、ミラとカグラは、精霊王に聞かされた事実に驚き苦笑する。無理もない。それは今では人の間で忘れ去られた、語られる事のない遥か過去の事なのだから。
「そんな……。あの方々が……」
天使はといえば、ミラとカグラの反応とは反対に、悪魔が邪悪に染まったという事に嘆き悲しんでいた。彼女にとっての悪魔という存在は、当時のまま共に喜びを分かち合い、より良い世界に導く同志であったのだ。それが今では、真逆の事をしていると精霊王に聞かされた。天使が受けたその衝撃は計り知れないだろう。
『これが現状だ。天使……確かティリエル殿、だったな。彼女に代わり、ミラ殿が問うた先程の質問に我が答えよう。それは、間違いないだろうと』
深い悲しみに沈む天使、どうやらティリエルという名のようだ。そんな彼女を想ってか、精霊王は今回の一件に悪魔が関わっているだろうと肯定した。悪魔の力も天使と同じく現世より隔絶したもの。だからこそ封鬼の棺を認識する事は可能であると。
『しかし、棺の製作には我も関わっていたので分かるのだが。あの封を解除するには、封を施した我と三神の、いずれかの力が必要だ。しかし邪悪に堕ちた悪魔では、天使と違い神の力を一時的にでも得る事は不可能。我も、そのような事に力を貸した覚えはない。となれば、どのように封を解いたのか』
精霊王が言うには、今の悪魔が出来る事は棺を見つける事だけが精々であり、その封が決して破られる事はないそうだ。しかし、実際にはこの有様である。
「権利を無くした鍵を、悪魔はどうして手に入れられたか、って事よね。……そう、たとえば、天使を捕まえて開けさせるとか」
『それは難しいだろう。神の力が必要とは言ったが、棺の封を開けるために力を与える事はない。たとえ天使がどのような状態であってもな』
難しそうに眉をしかめ、悪魔が使いそうな手段を口にするカグラ。だが精霊王は、それを悉く否定した。神にとって天使は人質となり得ないのだと。
「じゃあ、棺を開けるじゃなくて、別な事に使うって言ったら? 悪魔を倒すためとか、何かを救うためだとかって感じで」
『その程度の虚偽を見抜けぬ神はいない。もしも裏切ったのなら尚更にだ。事情を知るからこそ、我と神は棺を開ける事に決して力を貸さぬ。ゆえに、悪魔がとった手段はそれ以外、という事になるだろう』
更に続けたカグラだが、またも精霊王がきっぱりと否定する。カグラは「むぅ……」と、不貞腐れたように唇を尖らせると、まるで催促でもするようにミラを睨む。
「ならば、そうじゃな……。力を奪うというのはどうじゃろうか? 古代環門で、あの男がしていたようにのぅ」
精霊王が住む精霊宮殿に繋がっている古代環門。最終的にはミラが防いだが、そこでキメラクローゼンの最高幹部の一人グレゴリウスが精霊王の力を強奪していた。そのようにして力を得たならどうかと、ミラは考えを搾り出す。
『不可能とは言い切れないであろうな。しかし、それを行うには相応の準備と、特別な場所が必要になる。中でも一番重要なのは場所だ。どれだけ準備を整えようとも、繋がりがなければどうにもならないのだからな』
ミラの言葉にそう答えた精霊王は、続けてその場所がどこであるかを話した。
それを聞いたミラとカグラは、その手段もまた不可能だったと苦笑する。なにせ、三神との繋がりがある特別な場所とは、三神国の首都にある王城の地下、神託の間だというのだから。
神託の間。そこはかつてプレイヤー間最強だった国アトランティスの誇る『名も無き四十八将軍』をたった三人で撃退した、三神国最強の戦力『三神将』が護っている、大陸一安全な場所なのだ。
名も無き四十八将軍は、一人一人が九賢者であるミラやカグラにも匹敵する戦力を持つ。それが文字通り、四十八人揃っても三人相手に敗走したというのは、プレイヤー達の間では実に有名な逸話だ。ゆえに、たとえ公爵一位の悪魔であろうと、いや、悪魔だからこそ神託の間に近づく事は不可能だとミラとカグラは思う。
ならば残るは、精霊王の力を狙うくらいだが、力を奪いに来た者等、先日の一件限りだと精霊王は自信満々に言い切った。なので結局、話はまた振り出しに戻るのだった。
とりあえず、次の鍋の季節までは肉じゃがで安定出来そうです。
鍋スープがなくなった時はどうしようかと焦りましたが、人生どうにかなるものですね。けせらせらですね。
そういえば先週くらいの事なんですが、とあるバラエティ番組で流れた挿入歌に一聞き惚れ? しまして、
番組名 放送日 挿入歌 で検索してみたんですよ。
随分と大雑把な検索だなと自分でも思ったんですが、
いやはや、意外と分かるものなんですね。ネットスゲーです。
ちなみに、明日への手紙 という曲でした。
なにやら20日にそれが収録されたアルバムが出るようなので買ってこようかなぁ……。