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153 鎮魂歌

百五十三



 ペガサスで会場の隅に降り立つと同時、ミラは多くの有力者に囲まれた。そして、精霊王とはどういった繋がりがあるのかと、問い詰められる。どうやら先程まで、昼に行われた勝利宣言の話題で盛り上がっていたようだ。見れば、ジャックグレイブやエレオノーラ、セロ等も相当に囲まれ騒がれていた。


「なんと、精霊王の加護を! まるでかの英雄王フォーセシアのようではないか!」


「英雄の再来。素晴らしいわ。ねぇ、ミラさん。貴女さえよければ、わたくしに出資させていただけないかしら?」


「おっと、カティーナ嬢。抜け駆けはよろしくありませんね」


「その通り。交渉は平等に行われるべきかと」


 ミラが精霊王について簡潔に説明したところ、気付けば方々で舌戦が始まっていた。大陸に二人といないであろう精霊王の加護持ちであるミラ。そんな強力な人材を自陣に取り込もうという有力者達の静かな闘争が繰り広げられていく。

 そしてそれは次第に本人を置き去りにして進み、その瞬間ミラは最大限に神経を尖らせ、こっそり見つからないようにその場から退避した。



「大人気だったね、おじいちゃん」


「ふん。ぬかすでない。ああいう手合いは苦手と知っておるじゃろうに」


 パーティ会場の二階。そこには五十鈴連盟の者と精霊達が気ままに騒いでいた。一階のパーティ会場は、いわばキメラクローゼン討伐の英雄達を飾る対外向けの場。そして吹き抜けの先にある二階は、多くの立役者達と精霊達が勝利を祝い英気を養う身内だけの宴会場となっている。


「ところでお主は、ここにおってもよいのか? 下では随分とアリオトが忙しそうじゃったが」


 二階に逃げてくる際、ミラは最も賑わっている一角を目にしていた。その中心にいたのがアリオトだ。彼は五十鈴連盟ではなく、今回のキメラクローゼン討伐隊をとりまとめた団長として振舞っている。

 首相や国の重役陣、更に多くの有力者にも囲まれたアリオトは、多忙を極めている様子であった。


「ん? ああ、いいのいいの。これから先は、アリオトに任せるつもりだからね」


 グラスを傾けながら、さも当然といったように答えたカグラは、少しだけ目を細め五十鈴連盟の今後について語り始めた。

 まず当分の間、五十鈴連盟の裏部隊は、キメラクローゼンの残党狩りを主任務として動くそうだ。

 それと並行してキメラクローゼン消滅により発生する騒動の鎮圧を行う。それが組合だけに任せられる程度になったら軍備を縮小していき、最終的には解散。表の顔である慈善団体としての五十鈴連盟と併合する予定らしい。そしてアリオトに、その五十鈴連盟を任せると。

 更にもう一つ、アリオトにはセントポリーの真の支配者であった最高幹部達の役も担ってもらうとの事だ。

 今回の件。つまりキメラクローゼンこそが、匿名貴族を名乗る謎のセントポリー創始者であったという事実を隠し、善意の貴族として国を引き継ぐという。


「戦利品は国一つ、か。なんとも大事になったのぅ」


「最初は今の首相さんに任せようと思ってたんだけどね。試しに術でちょちょいっとそのあたりを突いてみたところ、どうも善意の貴族に対する信頼が尋常じゃなくてさ。『正体はキメラでしたー』なんて真実を伝えると、ちょっとどうにかなっちゃいそうな様子なのよ。だから一先ずうちらで成り代わって、信の置ける為政者が育つまで待とうって事になったの」


 ほとほと困ったといった様子でため息交じりにカグラが言う。そして更に、セントポリーの土地と基盤は精霊の力によって保たれているため、キメラクローゼン亡き今、そのライフラインが断たれた状態であるそうだ。なので数日もすれば各所で異常事態が発生するだろうという。

 今後は、その辺りの改変も秘密裏に行う必要がある。それが落ち着くまでは、五十鈴連盟に協力している精霊達が頑張ってくれるらしい。きっと精霊王が力を授けたのは、この事を見越してだろうという話だ。

 セントポリーはキメラクローゼンが造った国だが、そこに住む者達に罪はない。それが精霊達の答えだった。


「頭が上がらぬ思いじゃな」


「うん、本当にね」


 ミラ、そしてカグラも思わずといったように呟き、二階の会場で楽しげに談話している精霊達を見回す。人の事を人という塊で見ず、個人として捉えている精霊達。

 ちなみに本来、戦士クラスは精霊を認識する事は出来ない。だがそれは絶対ではなく、精霊側が認めた相手になら姿を見せる事が可能となっている。そして、五十鈴連盟に所属する戦士クラスの者達は、全員精霊を認識しているようだった。それだけでも、五十鈴連盟という組織の信頼が、分かるというものである。

 キメラクローゼンという存在に脅かされながらも良き隣人でいてくれる精霊達に、二人は心から感謝するのだった。




「という訳だから落ち着くまで待っててね、おじいちゃん」


「まあ、期限までに戻ってくるというのなら構わん」


 ちなみにカグラは、軍備縮小までの間は陣頭指揮をとり、その後、アリオトに全権を委任したあと、約束通りアルカイト王国に戻るつもりだという事だ。ミラとしては、戻るならそれでいいという考えで、今直ぐ帰れというつもりは元からなかった。

 とにもかくにも、これで一人確定である。


「しかし、ようやく一人じゃな……」


 先はまだまだ長そうだと呟きながら、ミラは改めて二階の会場を一望した。そこには精霊達の他にも見知らぬ顔ぶれが多く並んでいる。中には、五十鈴連盟の本拠地で見かけた事のある者の姿も、ちらほらあった。

 そんな会場を眺めながら、ミラはふと思い出す。


「そういえばカグラよ。サソリとヘビは、こちらに来てはおらぬのか?」


 ローズライン公国で、キメラクローゼンと協力関係にあったメルヴィル商会。その壊滅のために動いていた二人。何かと付き合いのあった二人だが、今この場にはいなかった。


「二人は、というより今ヒドゥンの全員はローズラインに集結してもらっているのよ。メルヴィル商会繋がりで、向こうも相当なキメラの温床になっていただろうから、今回の件でかなり動くはずよ」


 カグラはそう言ったあと、今度はローズライン公国の事について話し始めた。

 サソリとヘビからの報告によれば、越境法制官の圧倒的権力と引き連れた聖堂騎士の戦力を前にして諦めたのか、メルヴィル商会とその悪事に加担していた諸々の集団が芋蔓式に検挙されているらしい。サソリ達ヒドゥンは、そういった表の事を教会に任せ、逆らう者やこっそり逃走を図る者等を警戒し捕縛する役割を担っているという。


「でもまあ、今日はおめでたい日だからね。イーバテス商会でパーティ開いてくれたんだって。向こうの皆はローテーション組んで盛り上がっているみたいよ。さっきもサソリから「ヘビに飲ませ過ぎた。助けて」って連絡があったくらいにね。あの子、酔うとキス魔になるから」


「ほぅ、そうじゃったか。なんとも楽しそうじゃのぅ」


 次期大公の座を磐石にしたイーバテス商会の会長ウラシス・テレス・イーバテス。そのお祝いという意味も含まれているのだろう、キメラクローゼン倒滅祝いと銘打ったパーティは、国主催のここに負けず劣らずの盛大なものだそうだ。


(ふむ……キス魔か。ふむふむ……)


 共に戦ったサソリとヘビも楽しんでいると知ったミラは、サソリとヘビが百合百合しくなっているのかと妄想しながら、気兼ねなく山盛りの料理を堪能するのだった。



 パーティも穏やかに、されど賑やかに進み、誰もが一通り顔合わせを済ませた頃。有力者達のアピールから早々と二階に退避していたミラは、グラスを傾けつつ吹き抜けから一階を眺めていた。

 見ればところどころで、冒険者と有力者の契約が成立していたりする。

 ジャックグレイブとエレオノーラは断り続けているようで、セロもまた慣れた様子でやんわりと遠慮していた。アリオトはといえば、会場にいる全ての有力者と挨拶したようだ。今は少し疲れた顔で、首相と談話している。カグラが言うに、今後暫くセントポリーを統治していくために必要な情報を集めるのに、ここは最適な場だという事だ。


「一応、最終決定は私だけど、基本的に頭脳労働は全部アリオトに任せてあるからね」


 そう言って笑うカグラを見て、ミラはアリオトが過労死するのではと、少し本気で心配した。



 そうこうしてパーティも終盤に差し掛かった頃。ふと、庭に併設された野外会場から楽しげな声があがり始める。


「なんじゃなんじゃ?」


 その声に誘われるようにしてベランダに出たミラは、階下の野外会場を見下ろしてみる。するとそこは数多くの人で溢れており、そして誰もが上を、東の空を見上げていた。

 盛り上がる声に気付いたのだろう、二階の者達も何事かとベランダに出てくる中、ミラは華やかなパーティ会場から、夜空に視線を移す。そして同時に息を呑んだ。


「これは何とも……」


 ミラの呟きにつられるようにして幾人もが空を見上げ、同じように感嘆の声をもらす。

 夜空には、満天の星が輝いていた。だが、その輝きに負けず煌く光の川が、幾筋も東の空を流れていたのだ。


「渡り蛍か。大陸西の果てで見れるって事は、いよいよ本格的に暑くなってくるな」


 その声に振り向けば、そこにはジョッキを手に空を見るアーロンの姿があった。


「ほぅ、そういうものなのか」


「ああ、そういうものらしい。前に物知りな精霊の友人から聞いたんだが、渡り蛍ってのは高い山の雪ん中に卵を産むらしい。そして春に孵って成長し、夏が近づき雪が解けると、ああやって北に向かって一斉に飛び立つってな。つまり渡り蛍が見えたなら、雪が解けきるだけ山でも気温が上昇しているって訳だとよ」


 どこまでも続いているかのように遠く伸びる光の川を見上げながら、アーロンは最後に「全部、受け売りだがな」と言って、少しだけ寂しそうに笑った。

 ふと一階の野外会場から、一際大きな歓声が沸き起こった。どうやら誰かが、飛空船上で紹介されていた高名なギルドの団長を口説き落とし契約する事に成功したようだ。そのギルドはジャックグレイブやエレオノーラに負けず劣らずのようで、パーティ終盤にして一番の盛り上がりをみせる。ちなみに相手はアーク大陸に拠点を置く大物海洋商団のようだ。


「ところで、お主は二階にいてよいのか? お主ほどの腕前ならば引く手数多じゃろうに」


 大金星に続けとばかりに騒がしくなる会場を眺めながら、ミラはそうアーロンに問いかける。するとアーロンは小さく首を横に振り、ふっと会場内に目を向ける。


「ああ、今回の仕事を終えたら冒険者稼業を引退するつもりだったからな」


「なんと、そうじゃったのか……。わしから見た限り、まだまだ稼げそうな気もするがのぅ」


 今回の仕事。つまりキメラクローゼン倒滅を機に、アーロンは冒険者を引退するようだ。確かに年齢的には肉体が衰え始める頃だろう。だが、アーロンの実力を近くで見た事のあるミラは、それでもまだ続けられると感じていた。


「だからこそだ。動けるうちにやっておきたい事があってな」


 引退という事に対する哀愁など微塵もなく、それどころかアーロンはより一層、今後が楽しみだといわんばかりに笑ってみせる。

 やっておきたい事とは何か。そうミラが訊くと、アーロンは空を見上げ「また今度、会った時に話そう」と曖昧にはぐらかす。だがその声には、いずれまた逢う事になるだろうという確信が、薄っすらと隠れていた。




 時間も流れ盛大なパーティも終わり、賑やかなうちに解散していった有力者達。残るは五十鈴連盟の主要メンバーと、協力関係にあった冒険者達だ。


「皆、今まで本当にありがとう。今日のこの日、ようやく悲願を果たす事が出来ました。もう少しごたごたは続くけど、本日いっぱいで契約は満了とします。報酬はアリオトから受け取って下さい」


 パーティの最後、舞台に立ったカグラは短い挨拶のあと、そう感謝を述べてゆっくりと一礼した。そして、笑顔の中に涙を浮かべながら、そこにいる全員を見回して告げる。


「では、解散! 皆、元気でね!」


 晴れやかな声が響くと同時、盛大な拍手と喝采があがる。こうして喜びの中に僅かな寂しさを残しつつ、五十鈴連盟所属の冒険者達は解散となるのだった。

 残党狩りやらなにやらと、五十鈴連盟の仕事はまだ終わらないが、キメラクローゼンを壊滅させたこの日をもって冒険者達は任務完了という約束だったそうだ。


「何かあったら、いつでも声かけてくれよな」


「ウズメさんのためなら、いつでも飛んできます!」


 アリオトから報酬を受け取り、各自で、国が用意した宿に帰っていく。そんな彼等彼女等を見送りつつ、ミラはベランダから空を見上げる。

 あれから多少の時間が経ったからか、東の空に見えていた渡り蛍の光は随分と薄くなっていた。その分、星の光がまた賑やかで、見事な天の川が遠くに望める。


「ぬ? あれは……?」


 ぼんやりと星空を眺めていたミラは、ふと違和感を覚えて目を凝らす。

 そうしてよくよく見ると、そこには星粒に紛れるように揺れる光があった。しかもその光は、ゆっくりゆっくりと空へ上っていく。


「これまた、なんという事じゃ……」


 光を辿って更に空高くへ目を向けたミラは、そこに今まで見た事もないような光の大河がある事に気付いた。それは渡り蛍の光と違い、透き通るほどに淡く、まるでオーロラのように色を変え、水面のように揺らめいている。そして、とてつもなく広く長く、空の端から端まで伸びていた。


「おお、あっちにも。むむ、そっちからも。いったい、何なのじゃろうか?」


 改めて見回してみると、幾つもの光の粒が地上から空に向けて、まるで導かれるかのように昇っていくのが見えた。渡り蛍とは違い、どこか切ない光景にミラは困惑し空を睨む。と、その時であった。


『それは魂だ。そして、空を流れる光の川は、魂の還る場所『天ツ彼岸の社』という』


 ミラの中に直接、精霊王の声が響いてきたのである。


「なんと……。精霊王殿直々に答えが頂戴出来るとは、驚きじゃ」


『ミラ殿との繋がりが、より強くなったからだろう。かつての盟友フォーセシアとも、よくこうして話していたものだ』


「なるほどのぅ。この加護には、そのような効果も……」


 魂と、魂の還る場所。それが見えた事にも驚きだが、ミラはそれ以上に、精霊王との会話が普通に成り立っている事に驚きを隠せず、両腕に浮かびあがった紋様を見つめる。


『ミラ殿。よければ、そのまま見送ってやってはくれないか。その魂はほぼ全て、我が眷属のものだ。ミラ殿達の活躍によって、ようやく枷が外れ解放されたのだろう』


「分かった。わしでよければ、送らせてもらおう」


 キメラクローゼンの技術は、精霊の力だけでなくその魂までも封じ込めてしまうものであったという。悲しげな精霊王の頼みを快諾したミラは、ふと思い立って音の精霊レティシャを召喚した。


「レティシャよ。『遥かなる君へのレクイエム』を頼む」


「リクエスト、承りましたよぅ」


 気付けばセントポリーの街の至る所から魂が浮かび、天ツ彼岸の社へ向けて昇っていた。そんな夜空に、レティシャの奏でる鎮魂歌が解けていく。その安らかな歌声は、やがて夜の街と魂の全てを包み込み、そっと静かに響き渡る。

 夜遅くに響く歌声。されど音の精霊の成せる業か、それとも不憫な魂を憐れんでか、誰一人としてそれを非難する者はいなかった。

 ふわりと屋根に上ったミラは、魂達を見守り静かに祈る。

 そんなミラの目に、二つの魂が映った。それは東の空遠くで、どこまでも高い空を目指していく。もう二度と離れないように、仲睦まじく寄り添い合いながら。

さて、春になりましたね。自分の脳内と同じ季節です。

という事で、さっそくご飯のお話をしたいと思います。


一人鍋用の電気調理器を購入してから、ほぼ毎日一人鍋を楽しんでいたのですが、

ここ最近で、お気に入りの鍋スープの元がスーパーから消えました……。

とんこつ味噌の鍋キューブがぁぁぁ!

春でも、鍋食べる奴だっているんです……。

残りは二食分。次はどうしようかな。


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― 新着の感想 ―
[一言] あかん、コレは泣いたわ(`;ω;´)ブワッ
[気になる点] 二人の魂……復讐を果たしたあの人は愛した精霊と一緒に輪廻へと帰るのでしょうか…… 切ない様な美しいような……(´•ᴗ•̥`)ホロリ
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