152 親子
百五十二
セントポリー主催の、キメラクローゼン討伐記念祝勝会夜の部は、それはもう実に豪華であった。セントポリーで最も大きい宿泊施設のパーティホールと庭を貸切にした会場に、食材もコックも一流の料理が所狭しと並んでいるのだ。そして参加人数も二百人は超え、その内の半数はセントポリーの街の有力者達だった。
キメラクローゼンとの繋がりについてはまったく知らない国の重役連中や、冒険者総合組合の組合長ゲイツとデボラ。セントポリー商業組合に海洋組合、医療組合の組合長等も出席している。他にも大きな商会の会長などといった経済界の大物や、船大工の頭領、討伐作戦には参加していなかった有名ギルドの団長といった著名人等もまた、そこに顔を揃えていた。
と、そんな著名人達の中に、キメラクローゼン最高幹部の一人、グレゴリウスの父である鍛冶師グレゴールの姿もあった。会場は悪の組織キメラクローゼン討伐で盛り上がっているが、やはり状況が状況だからだろうか、グレゴールの表情は優れない。
「ちと、よいじゃろうか」
仏頂面のまま会場の隅で酒を呷り続ける彼に、ミラは声をそうかけた。するとどこか不機嫌そうに、というより落ち込んだ様子でミラの姿をちらりと確認してから、グレゴールは「あの時の娘か」とだけ口にして、またグラスを傾ける。
「少し抜け出すぞ」
不貞腐れたようにも見えるグレゴール。その姿を目にしたミラは、ほぼ反射的にその腕を掴み、返事を聞くよりも早く、無理矢理に会場から連れ出した。
「なんだ? こんな爺を口説くつもりか?」
パーティホールから地続きの庭に出て、更にその隅。グレゴールは夜空の下でもまた盛り上がる祝勝会の様子を遠く眺めながら、今度は寂しそうに笑う。
「ふむ、まだ冗談を言えるだけの気概は残っておるようじゃな。ならば問題あるまい」
そう言ってミラは、その場でペガサスを召喚する。そしてその背にひらりと跨り、グレゴールに早く乗れと急かす。するとようやくグレゴールは、どういう事かと、疑問の表情を浮かべた。
「会わぬままには、別れられぬじゃろう」
ミラはグレゴールを見据え、ただ静かにそう言った。
それから暫く、ペガサスの姿が人目を集め始めた頃。グレゴールは「連れてってくれ」と口にして、意を決したようにペガサスの背に飛び乗った。若干、ペガサスが嫌そうな表情を見せるも、あとでたっぷり遊んでやるからとミラが約束したところ、それはもう大はしゃぎで翼を広げた。
「ミラちゃん。あと、グレゴールさん? どうしたの?」
宙にふわりと浮かんだ時、二人を見かけたエメラが駆け寄ってきた。ちょっと酔いが回っているのか、少し赤ら顔だ。
「ちと、会わせてこようと思うてな」
そう言ってミラは、遠くに視線を向ける。どうやらそれでエメラも気付いたのか、小さく頷いて「いってらっしゃい」と優しく微笑んだ。
ペガサスが翼を羽ばたかせ夜空に舞い上がる。何の余興だと更に盛り上がる会場をあとにして、ミラ達は五十鈴連盟の支部に向かって飛んでいった。
「親父殿……か」
「この、馬鹿息子が……」
五十鈴連盟セントポリー支部の地下。数十年ぶりにもなる再会を果たした親子は、そう一言だけ口にしたあと、どちらもばつが悪そうに目を伏せる。
「なるほどなるほど、お前さんの父であるか。ならばきっと理解出来るであろう。我々の目指す理想が。さぁ、解き放つように説得してくだされ!」
「なんだなんだ。旦那だけずりぃな。俺も頼むぜ」
五十鈴連盟謹製の拘束具で能力も自由も完全に封じられている最高幹部達。だが、調書をとるために口は自由なままで、勝手に騒ぎ始める。
(時間がかかりそうじゃのぅ)
グレゴールとグレゴリウスの間には、多くの溝、わだかまりが出来てしまっているのだろう。それを埋める時間が必要だと感じたミラは、余計な言葉を挟んで邪魔にならないようにと、最高幹部二人を麻痺の魔眼で即刻黙らせた。
隅にいたアイザックとジャマルは、その直後、決して無用な言葉を口にしませんと宣誓し、自主的に部屋の隅へ転がっていく。ならばよしと、アイザック達を見逃したミラは、マティの手を借り黙らせた二人を部屋の隅に寄せる。この時マティは、仙術で強引に転がす容赦のないミラに震えていた。
こうして整えられた場で、向かい合った親子。それから暫くの間は沈黙だけが流れたが、やがてグレゴールがぽつりぽつりと語りだす。
なぜ精霊を害するような事をしたのか。なぜ、そんな者達の仲間になったのか。そういった事には一切触れず、グレゴールは今手がける仕事の状況やグレゴリウスの幼馴染、そして親戚の事など。それこそ、里帰りした息子に聞かせるような話をただただ口にする。
キメラクローゼンの罪は重い。きっと、これが今生の別れになるだろうと覚悟して。
ミラは、マティと一緒に扉の傍に座り込み、二人の様子をじっと見守る。突然のミラの来訪に驚いていたマティも、二人の関係、そして状況を理解したようだ。何も言わず懐からマンガ本を取り出し、ページを捲り始める。
地下室に、一人の声だけが響く。懇々と語るグレゴールの言葉を、ただ何も言わずにグレゴリウスは聞いていた。命乞いも反論も自己の正当化もせず、静かに聞き続けていた。
「じゃあな、馬鹿息子」
一方通行の長い会話の最後にグレゴールはそう口にして、グレゴリウスに背を向ける。
「もう、よいのか?」
ミラは立ち上がりながら、グレゴールに問いかけた。するとグレゴールは「ああ、充分だ」と、そのいかつい顔を少しだけ綻ばせる。その表情は晴れ晴れとまではいかないものの、それでも何かに決着はついたのだろう、悲しみの中にも父性が満ちていた。
「長生きしろよ」
ミラ達が去って地下室の扉が施錠された時、静まり返った地下室に囁くような声が溶ける。今にも消え入りそうな小さな声だったが、そこには願いにも似た感情が確かにあった。
親子の絆というのは不思議なものだ。アイザックとジャマルは、そんな事を考えながら、忘れかけていた子供の頃の記憶を思い出すのだった。
直ぐにパーティ会場に戻るという気分にもなれず、五十鈴連盟セントポリー支部の居住スペースで一先ず寛ぐミラとグレゴール。
一人は五十鈴連盟の総帥と肩を並べ、キメラクローゼンの本拠地を落とした猛者。もう一人は、この街で知らぬ者などいない超一流の鍛冶職人。マティはこの時、来客用に高級な茶葉を用意していなかった事を大いに後悔していた。
「粗茶ですが……」と、マティは申し訳なさそうに不揃いのカップをテーブルに置く。そしてミラとグレゴールが「わざわざすまぬのぅ」「おお、すまん。話しすぎて、喉が乾いていたところだ」などと言葉にしていた時、マティは来客用のカップも用意しておけば良かったと、二度目の後悔に苛まれていた。
「急にすまんかったな。お節介かとも思うたが、わしの気が収まらんかった」
「あんなんでも息子だ……。ミラさん。あんたには感謝の言葉しかない」
マティが気にするほど二人はお茶の味にうるさくなく、ほどほど喉を潤わせ、そう言葉を交わす。
ミラにとってこの親子の対面は、完全に主観の感情からのものであった。パーティでグレゴールの顔を見た瞬間にミラは感じたのだ。どんな形、結末であれ、せめて一度だけでも会わせてやりたいと。
グレゴールはミラが訪れたあの日まで、息子は死んだものだと思っていた。そして同時に、キメラクローゼンという悪の組織に加担しているとも知る。
その時の感情は、言葉に出来ないほど複雑だっただろう。
「それと、息子が迷惑をかけてすまなかった。止めてくれて、ありがとう」
それでもグレゴールは、ミラにそう述べた。ずっと考え続けて出た答えは、感謝であったのだ。
そんなグレゴールの気持ちを受け取ったミラは言葉にする事なく、ただ静かに頷き答える。そして、お茶を一口啜りながら仄かに微笑んだ。
「ところで、さっきから気になっていたんだが、ここはやけに植木鉢が多いな。しかも珍しいものばかりだ。少し見てもいいか?」
落ち着いて少しした時、ふとグレゴールが生活感溢れる部屋を見回してそう口にする。その言葉通り、確かに改めて見ると、さりげなくあちらこちらに植木鉢が置かれていた。
「どうぞどうぞ、いくらでもご覧ください!」
慌てたように立ち上がったマティは、いそいそと植木鉢をテーブルの上に運び始める。そして「グレゴールさんは植物とかお好きなんですか?」と、実に良い笑顔で問いかけた。五十鈴連盟の支部長になる前は、植物学者だったマティ。その研究テーマは荒野を森にするというもの。
しかし、それ以前に植物自体が好きな彼女は同好の士を見つけたとばかりに、それはもう嬉しそうに植木鉢を持ってくる。
「ああ……いや、好きという訳ではなくてな。剣を鍛造する時に使う灰の質ってのが、元となる植物で大きな違いが出てな。配合やら何やらを調べているうちに、まあ詳しくなったってところだ」
あくまでも植物についての知識は仕事の一環で覚えた事。グレゴールがそう説明すると、植木鉢を手に、にこやかだったマティの表情が悲しみに沈む。
「灰に……ですか」
灰。鍛冶師にとってそれは、植物を燃やして得る素材の一つ。グレゴールは拘る余り、それも自作していた。つまり、それだけ多くの植物を燃やしてきたという事だ。
「まあ、その、なんだ。植物っていうのは奥が深いものだな。マナが生育に関係するものは特に」
グレゴールは何かを誤魔化すよう口早に言うと、テーブルに並ぶ植物に視線を向ける。そこにある植物はグレゴールが口にした、マナが生育に関係するものばかりだ。
「そうなんです! 霊核種はどれもこれも不思議で神秘的で謎ばかりで、すっごく深いんです!」
その事が功を奏したのか、マティは再び笑顔をみせる。しかし、それが引き金となってしまったのか、その直後から次々とディープな内容が飛び出し始めた。
止まらぬ話の中でミラは、霊核種というのが、マナが育成に関係する植物の総称だと知る。同時にいつぞや天上廃都に向かう時出会った植物学者の一人、ギルベルトの事を思い出していた。そして直感する。この話は長くなると。
「という訳でして、霊核種こそが荒野を緑溢れる大地に生まれ変わらせる一番の可能性だと思うんです!」
約一時間弱語り続けたマティは、そう話を締めくくった。マナで育つ霊核種によって、まずは荒野を緑で覆う。その根は硬く乾いた大地を貫き、深くまで水が染み込むように土壌を改善。そうして時間をかけて、通常の植物が生育出来る環境を整えていく。それがマティの考えた荒野再生計画だそうだ。
少々げんなりした表情で、その話を聞かされていたミラ。だがグレゴールはといえば「緑溢れる大陸西部か」などと呟き、興味をひかれた様子だ。
「ですが、これまで試した霊核種では荒野の土壌を改善出来るほどの力がないんです……。もっと大きくて強力で……樹木系の霊核種の種でも手に入れば私の研究も飛躍的に進みそうなんですが」
マティは、二人の反応などお構い無しに言葉を続ける。それによるとどうやら最近は研究が停滞気味のようで、その表情は実に悔しそうであった。
「樹木の種……とな?」
ミラは、マティの何気ない一言を聞いて、ふといつかの出来事を思い出す。祈り子の森の中心で御神木に宿る神、緑陰柴翁之命から木の実を受け取った事をだ。
「マティよ。前に御神木に宿る神から木の実を貰ったのじゃが、これはその研究に使えぬか?」
言いながらアイテムボックスの隅に押し込んでいた木の実を取り出したミラは、それをテーブルに置いてみせた。
「御神木のですか!?」
直後、叫びにも似た声をあげて、マティはテーブルの上の木の実を食い入るように凝視する。そして次には興奮したようにミラへ迫る。
「御神木ともなれば、最上級の霊核種です! 中でも特に長い年月を経て霊核種に変異した叩き上げの御神木なら私の研究との相性最強です! これはどちらの御神木でしょう!?」
「あーっと、祈り子の森の──」
「──緑陰柴翁之命様ですか! 確かかつては桜の木だったと伝承にあります。完璧です! 霊核種に変異した御神木にはマナを栄養素に、栄養素をマナに変換するという特性がありますから! そして土壌の改善はもちろん、後々芽吹く植物達にとって御神木は主になりますので、遠い未来には秩序に満ちた素晴らしい森が広がる事になるでしょう! いえ、きっとなります!」
マティは随分と感情の篭った表情で、壮大な夢を語る。そして「精霊達の住処としても最適です」と、付け加えるように言った。
(森の秩序というのはよく分からぬが、御神木にそのような特性があったとはのぅ。初耳じゃな)
ミラはそんな事を考えながらも、結構気軽に手渡された木の実が秘めた可能性に驚く。そして同時に、これは自分よりマティの方が役立てられそうだと考えた。
「まあ、そういう事なら試してみるとよい。わしには必要のないものじゃからな」
と、ミラがそう口にした直後の事だ。マティは今にも泣き出しそうな顔で、それでも実に期待に満ちた目を輝かせ「本当にいいんですか!?」と更にミラへ迫る。
「これ、神子の実なんていったら最低でも五十億リフは下らない代物ですよ!? 本当に、本当にいただいてしまってもいいんですか!?」
どこか祈るように言葉を続けたマティは、神々しい何かを拝むように跪いて、ミラに最後のお伺いを立てる。
マティの救世主でも見るような視線を受けながら、ミラはその言葉に絶句した。
五十億リフ。それはまだゲームだった時代、一番貯えていた頃の財産をも超える莫大な金額だったからだ。それだけの金があれば、どれほど贅沢が出来るだろうか。
高級な宿に泊まり放題、美味しいものも食べ放題。冒険者用品だって好きなだけ買い漁れるだろう。
「う、うむ。構わぬ。有意義に使うと約束するならばのぅ」
「はい、約束します! きっとこの荒野を緑で溢れさせてみせます!」
マティは涙を流しながらも、力強く答えた。そしてミラの手から恭しく木の実を頂戴して、今一度深々と頭を下げた。
五十億という金額に魅せられたミラだったが、賢者としての矜持か、ただ単に言い出す勇気がなかったからか、返せとは言わずに譲渡する選択肢を選んだ。
とはいえミラに後悔の念は無く、大事に大事に木の実をしまうマティの姿を見つめながら「まったく、いい笑顔じゃのぅ」と呟き笑った。
「ミラさん、あんたはとんでもなく太っ腹だな」
マティから最大級の見送りを受けながら、五十鈴連盟の支部をあとにしたところで、グレゴールが尊敬すら交じった声でそう言った。対してミラは、少し苦笑しつつ「なに、金に換えられぬ価値もあると知っておるだけじゃ」と、未練はないとばかりに笑う。
それからミラがペガサスを召喚してその背に跨ったところで、グレゴールがふと口にする。先に帰っていてくれと。
「少し、ゆっくりと街を歩きたい気分でな。一時間ほどしたら会場に戻る」
更に続けてそう言ったグレゴールは、のしのしと街の中心部に向けて歩き出す。遠ざかっていくグレゴールの背中には僅かな寂しさが滲んでいたが、直前に見せた顔には、これまで見た事もないような微笑みが浮かんでいた。不安定というよりは、気持ちに整理がついていないように見える。
一人になりたい気分なのだろう。そう判断したミラは「分かった」とだけ返事をして、一足先にパーティ会場へ帰るのだった。
ダークソウル3エンジョイ中。
でもちゃんと続きも書いていますので、糞団子は投げないでください。
近接戦が苦手な下手くそなので、騎士系の相手は全て遠距離攻撃からの逃亡でちまちま倒していますが、それでも楽しんでいます。
以下、ご飯のお話。
ダークソウルエンジョイ初日のお昼は、悩んだ結果、おにぎり二個とからあげ三個にしました!
そして夜は、一緒にスーパーで買って来たからあげ弁当!
調理する間も惜しいなんてゲームはずっとなかったので、たまにはいいよね!