148 騒がしい合流
追加情報!
先日、お伝えした五巻の限定版についてですが、いよいよ予約が開始されたようです。
詳しくは、活動報告に記しておきたいと思います!
百四十八
エメラや五十鈴連盟のコンゴウ達がいる場所は、空の上からでもはっきりと確認出来た。それもそのはず、その地点だけが、黒い焦げ跡で埋め尽くされているのだから。
「なんとも酷い有様じゃのぅ……」
「今回は、戦争に近いものでしたからね……」
そこには焼け落ちた家屋の他にも、キメラクローゼンの兵と思しき数多くの遺体が転がっていた。見たところ遺体の処理も始まっているようであり、終わった直後は今よりも凄惨な状況だったのだろうと容易に想像出来た。
罪を憎んで人を憎まず。気休め程度にしかならないと思いながらも、ミラとセロは眼下に広がる光景を前に黙祷する。
それから二人は、焼け落ちた村から少し離れた位置にある簡素な野営地に向かう。片側は治療所となっており、負傷者が大勢詰め掛けている。それは今回の激戦が垣間見える光景であったが、負傷者も含めそこにいる誰の顔にも光が宿っていた。
長年に渡る戦いの終結。その喜びは、途中で助っ人として加わったミラには到底分からないが、それでも皆の表情から感じる事は出来るものだった。
「お疲れ様、とでも言うべきじゃろうか」
そう小さく呟いたミラは、ペガサスに指示を出して、空いている場所に着陸させた。そして、ペガサスを労い送還したあと、治療所とは反対側で祝勝会の如く盛り上がる方に足を向ける。
その途中の事だ。
「みーつーけーたー! ミラちゅぁーん!」
突如として五十鈴連盟の兵を掻き分けてきたフリッカに捕まったミラ。そんな様子にセロは「いつも、すみません」と口にするだけで手を出す事もなく、ただ苦笑する。
その直後、一陣の風が吹き抜けると同時に解放されたミラは、呆然とそれを目で追った。その視線の先には、疾走するエメラと逃走するフリッカの姿があった。
とうとうフリッカは、ミラを堪能しながらも紙一重で手刀打ちを回避するという領域にまで到達したようだ。しかも、大きく曲線を描くように駆けるフリッカは、いつの間にか再びミラに迫り抱きついて「ああ、汗の香りが……」と鼻息荒く呟いたあと、またもエメラの一撃を避けて離脱していった。
「……のぅ、身体能力が随分と上がっておらぬか?」
ミラが苦笑交じりで振り向けば、セロは微笑を湛えたまま「ミラさんのお陰です」と嬉しそうに答える。ミラを少しでも長く抱きしめるためか、どうやらフリッカの身体能力がここ最近、飛躍的に向上しているのだという事だ。
とはいえ、それはまだ発展途上。再接近を試みるも、とうとうエメラに取り押さえられたフリッカを見つめながら、ミラは「どうしょうもない奴じゃのぅ」と楽しげに笑った。
周囲は、突然始まり決着した追いかけっこに、やんややんやと盛り上がっている。そしてルールは理解したとばかりに、いかつい男二人が名乗りをあげた。
捕まるまでに、何回ミラに抱きつく事が出来るか。そんな悪夢のようなゲームが、今始まる。
疾走する男二人。早速とばかりに賭け事を始める者達。何故こうなったと半笑いのエメラ。「私のミラちゃんがー!」と叫ぶフリッカ。踵を返すミラ。
「この酔っ払い共がー!」
そう叫びながら、ミラは迫り来る男男した男から全力で逃走する。酒の力か、勝利の力か、随分とたがが外れた五十鈴連盟の面子を一望したミラは、それでも茶番に付き合ってやるかと微笑んだ。
それから暫く、適当なところで抜けたミラは、その足で重役連中が揃う場所に顔を出した。このあとの事について聞くためだ。
先程までいた場所ほどではないが、そこも中々な盛り上がりをみせていた。違いがあるとすれば、そこにいる皆が皆、一目で只者ではないと分かる程の雰囲気を纏わせているところだろう。
見回してみたところ、今作戦に参加した上級冒険者と、五十鈴連盟の幹部勢がほとんど揃っているようだった。
「おお、ミラの嬢ちゃん。なんか、でっかい奴倒したんだって? 大活躍だな!」
その中の一人、別働隊として動いていたアーロンが、ミラの姿を見つけるなり声をあげた。どうやら本拠地攻略についての話も、大まかには伝わっているようだ。すると、その周囲の者達の顔もまた、同時にミラへ向けられる。
探るような、それでいて羨望も交じる視線の中、僅かに怯みながらもミラは、ここぞとばかりに笑う。
「うむ、わしの召喚術にかかれば、造作もない事じゃよ!」
笑い、そして堂々とふんぞり返るミラ。実力も確かな上級冒険者の前での、召喚術アピールだ。
「一仕事終えたあとだってのに、いつも通りだな。ほれ、ミラの嬢ちゃんも食え食え。飲め飲め。このあともう一仕事待っているからな」
そんなミラを軽く、いつも通り、で笑い飛ばしたアーロンは、押し付けるようにテーブルの上の串焼きとグラスをミラに渡してから、もう一つのグラスを手にとる。そして「小さな英雄に乾杯だ」と言ってグラスを鳴らし、一気に呷った。
「まったく。こんな朝早くから出来上がりおって」
見れば、周りの者達も、思い思いの言葉を口にして「乾杯」と騒ぐ。小隊長として今作戦に参加していた者達は気取るような事もなく、隊員と同じくこの日の勝利に一際喜んでいるようだ。
日が昇ってからまだそう経ってはいない時間。酔っ払いがひしめく中で、ミラもまたグラスを傾け、程よい刺激に上機嫌だった。
それからミラは、遅れてやってきたセロと共に、アーロンからこの後の作戦について説明を受けた。
その内容は、五十鈴連盟の重役、名のある冒険者と共に精霊飛空船でセントポリー上空に乗り付ける。というものだった。
そして大いに目立ち注目を集めたところで、五十鈴連盟については伏せたまま、あくまで有志達による連合軍として、キメラクローゼンの首領と最高幹部討伐の旨を発表するのだそうだ。
今は酒で盛大に酔っ払ってはいるが、アーロンを含め、五十鈴連盟に協力している冒険者には、誰もが耳にした事のあるという者が多いらしい。そのため説得力や話題性が向上するのだとか。つまり、キメラクローゼン討伐のニュースは、確かな情報としてセントポリーから大陸中に流れる訳だ。
その結果どうなるかというと、まず反応は大きく二つに分かれるだろうとアーロンは言う。ちなみに、キメラクローゼンという存在すら知らなかった者達は抜かしての二つだ。
まず一つ目。それは、世界の敵キメラクローゼン討伐の情報に喜ぶ者達だ。
キメラクローゼンは、人類の良き隣人である精霊を害する不届き者である。世界の大半の人々は精霊を愛しており、キメラクローゼンは憎き仇だ。
特に、古くからある国、グリムダート、アリスファリウス、オズシュタインの三神国は精霊との関係も深く、今回の件で大いに沸き立つと予想出来るらしい。
場合によっては勲章の授与式やパレードなどが開かれるかもしれないとアーロンは笑う。
そして、もう一つ見られるであろう反応。それは、キメラクローゼン討伐の情報に慄く者達だ。
キメラクローゼンがもたらす莫大な恩恵を受けていた人々は、今回の件で大いに慌てふためくだろうという。
その影響はというと、キメラクローゼンが討伐された事により、これまで得られていた利益が完全に零となる点が挙げられる。だがこれは、ある意味些細な事だ。
彼等にとって一番重要なのは、共犯者であったという逃れられない事実だ。多少の揉め事は、全てキメラクローゼンの闇の部隊が解決していた。しかし、大本が潰された今、もう護ってくれる者はいないのである。
「今、五十鈴連盟所属の間者の多くが、セントポリーに集まっている。まずは、総本山の大掃除ってところだな」
キメラクローゼンの恩恵に与っていた者、また、その関係者にとって、今回の事は上を下への大騒ぎとなるだろう。そうなれば、事実を確かめようと動いたり、誰かと連絡をとったりなど、様々な行動を起こすと思われる。
街の隅々にまで散らばった五十鈴連盟の間者が、それを監視して、逐一報告。セントポリーに蔓延るキメラクローゼンの残党を一掃するというのが、派手に宣伝する大きな目的の一つだという事だ。
更には、そうやって捕らえた者達から情報を引き出していき、やがては大陸全土の関係者を白日の下に晒すのだとか。時間はかかるだろうが、五十鈴連盟はそれも見越して活動しているそうだ。
「とまあ、そういう訳でな。まずはこれでもかってくらい派手に登場しないとだ。ミラの嬢ちゃんなら、いいのがあるって聞いたが、どうだ?」
大型飛空船で上空に現れ、名のある冒険者達が多く顔を揃え、派手な召喚術で更に戦力を演出する。
大陸全土にまで広がった巨悪も、これだけの面子を相手にしては敵わないだろう。そう誰にも思わせる激烈な印象があればあるほど、キメラクローゼンの関係者は慌て、早い段階で行動を起こすはず。とは、ベレロフォン隊の参謀、アリオトの談だ。
「ウズメ様から、伺っております。ミラ様には、なるべく派手なものを召喚してもらうようにと。いかがでしょうか?」
ふらりと現れたアリオトは、さりげなく説明を引き継いだ後、そう言ってミラに期待の目を向ける。
「ふむ……そうじゃな。ならばやはり──」
「あ、一つウズメ様よりミラ様に言伝がありまして、『アイゼンファルドはダメ』との事です」
「なん……じゃと……」
一番強くて鮮烈なインパクトも併せ持ち、なによりカッコイイ。だからこそアイゼンファルドは需要を全て満たしていると確信していたミラは、その言伝に愕然とする。
「どういう事じゃ……。アイゼンファルドこそ適任じゃというに!」
恨みがましい目でアリオトを睨んだミラは、自慢の息子が、なぜ晴れ舞台に出れないのかと、教育ママの如き勢いで食って掛かる。
「いえ、ウズメ様にそう伝えろと言われただけでして……」
完全に八つ当たりであった。アリオト本人は理由を聞いていないらしく、至極困惑した様子で「その、アイゼンファルドとは、どういった召喚術なのでしょうか?」と、ミラに迫られながらもどうにか続けた。
それを受けたミラは、またも堂々と胸を張り答える。
「アイゼンファルドとは、わしの一番の息子である、皇竜じゃ!」
これ以上の適任はいないだろうと、確信めいた表情を浮かべるミラ。しかし、アリオトはおろか、アーロンもまた、何かに納得したかのように苦笑し「ああ……」と口にした。
「ミラさん、ミラさん」
どうにも反応が芳しくない。自慢の息子を馬鹿にしているのかと、眉間に皺を寄せるミラに、ふとセロが声をかける。そして耳元で、こっそりと理由を告げた。
セロ曰く、世間一般の認識で皇竜は災厄の化身であり、皇竜を連れていくという事は、いつでも発射可能な核弾頭をぶら下げていく事と同義であるというのだ。
ダンブルフを筆頭に、高名な召喚術士が活躍していた時代ならまだしも、今は皇竜が身に纏う圧倒的な畏怖に免疫がある者は少なく、最悪の場合、戦勝報告の前に、街が大混乱に陥るかもしれないという話だ。
「なんという事じゃ……」
ミラは、息子が置かれた立場を不憫に思い嘆き、もっと優しくしてやろうと心に誓うのだった。
その後、不貞腐れたように料理を食い散らかしたミラは、脇に併設されていた天幕で仮眠をとる。寝ていたところを叩き起こされての決戦だったためか、完全に気が緩んだ途端、眠気に襲われたのだ。
とはいえ、ここにいる大半の者達も同じ状況ではあるのだが、やはり悲願が叶った喜びに勝るものはないのだろう、仮眠用の天幕には誰もいなかった。
「まったく、酔うのは勝利だけにせぬか」
ミラは外の賑わいに苦笑しながら呟くと、そのまま瞼を閉じて、うとうとと眠りに落ちていった。
「ミラちゃん、そろそろ出発するよー」
夢現に声が響き、優しく触れた手がミラの身体をそっと揺する。
それを二度三度と繰り返されたところで、ミラはようやく、その瞼を開いた。
「ぬぅ……もう朝か……」
「昼だよ、ミラちゃん。寝ぼけてる?」
「いや……、今思い出したところじゃ……」
ぼんやりとした顔で目を擦り、ふと見上げてみれば、そこには優しく微笑むエメラの姿があった。そしてその奥の仮設ベッドには、両手両足を縛られ蓑虫の如くのたうつフリッカの姿も。
どうやら、ミラに夜這いをかけようとしたところで御用となったらしい。
「それじゃあ先に行ってるね。飛空船で待ってるよ」
ミラが目覚めた事を確認したエメラは、そう言ってからフリッカを担ぎ上げ、天幕を出ていった。
「ふむ……四時間ほど眠れたか」
現在時刻は正午。眠る前に聞こえていた騒がしい声はもうなく、代わりにきびきびとした指示の声が遠く聞こえる。
立ち上がったミラは、そのまま天幕を出て、同時に眩しい陽の光に目を細めた。
「なんとも、統率の取れた兵達じゃな」
見回してみるとそこには四時間前に見た、赤ら顔で肩を組み酒を片手に歌い踊っていた者達の姿はなく、熟練の軍隊を思わせる見事な動きで撤収作業を進める者達の姿があった。
仮設の天幕は瞬く間に解体され、数の多いテーブルやら調理器具なども次々と片付けられていく。
随分な変わりようだと感心しながら、ミラは少し離れた場所に停められていた飛空船に向けて歩き出す。
どうやら飛空船は着いたばかりのようで、積荷が次々と降ろされていくところだった。だがミラは、そこにふと違和感を覚える。
「のう、これはいったい何を運んできたのじゃ?」
飛空船の横で待機しているアーロンを見つけたミラは、直ぐに駆け寄りそう訊いた。貨物室から幾つもの馬車が出て来ているが、なぜかそこには何も積まれていなかったのだ。
「お、ようやく起きてきたか」
振り向いたアーロンは開口一番にそう言うと、見ての通り飛空船は、馬車を運んできたのだと答えた。
アーロンの話によると、今回の戦いに参加した者達の大半は、このまま周辺各国に散らばって、キメラクローゼンの残党狩りを担当するのだという。馬車はその足代わりであり、そこに何も積まれていないのは、制御基地のあった村に貯えられていた大量の食糧が当てに出来るからだという事だ。
「まだまだやる事はあるという訳か。大変じゃのぅ」
キメラクローゼンという巨大な組織は壊滅した。しかし五十鈴連盟の戦いは、残党を狩り尽くすまで終わらないようだ。これからまた何年かかる事か。しみじみと呟いたミラだったが、それを聞いていた男の一人が答える。
「今まで終わりが見えなかった分、これからはずっと楽ってもんよ。次の作戦で手掛かりも沢山手に入るだろうからな」
男の言う通り、既に一番厳しい戦いは終わった。残るは、強大な親を失った子だけである。しかも、この後ミラ達が行う討伐宣言の余波で、巣穴から出てきた残党が幾つも狩られるはずだ。その結果、更なる情報がもたらされ、キメラクローゼンの潜伏場所は悉く暴かれていくだろう。
逃げて隠れる事を徹底していたキメラクローゼンがその優位性を失えば、あとはもう時間の問題といえた。
「手負いの獣は、存外しぶといものじゃからな。気をつけるのじゃよ」
「ああ、分かっているよ。ありがとう」
余裕はあるが油断はしない。ミラの忠告に頷き答えた男は、馬車の一つに手をかけて仲間のいる場所へと誘導していった。
「まあ、心配する事はない。残党の追跡部隊には、精霊達も協力するようだからな」
「なんと、それは心強いのぅ」
「それもこれもミラの嬢ちゃんと、あの二人のお陰だ。白い武器の量産型が軌道に乗ったとかで、各員に支給が始まっているんだ。だからこそ、精霊も戦力として隊に加える事が出来るようになったって事だな」
「なるほどのぅ。役立てたようでなによりじゃな」
精霊にとって、鬼の呪いが秘められた黒霧石製の武具は、抗う事すら出来ない天敵であった。しかし今、それを完全に無力化する手段を五十鈴連盟は手に入れた。それによって精霊も戦闘に加わる事が可能となり、そのパワーバランスは最早覆せぬほど五十鈴連盟に傾いているのである。
つまりは本当に男の言う通り、ずっと楽な戦いとなるわけだ。
ミラは、次々に旅立っていく馬車を見送りながら、満足げに笑った。
そうか。もう行かなくていいのか。
という事で、約八ヵ月に及ぶ歯医者通いが終わりました。
その際に、記念? として歯ブラシを貰ったんですが、これがとても使いやすい!
流石は、歯医者で貰える歯ブラシです。
ポイントは、とてもブラシ部分が小さいところなんですね。細かく、磨けます。
美味しく食べるには、歯が大事!