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147 遅れちゃって、ごめんね

百四十七




 キメラクローゼンとの決着後、最深部にまで到達した制圧部隊にあとの事を任せ、ミラとカグラ、セロの三人は、一足早く地上に出ていた。そこは、キメラクローゼンの本拠地の上。大きな岩山の山頂だ。

 やはりというべきか、最深部を隈なく調査したところ、脱出用の出口が隠されていた。むしろなければ攻め入られた時に袋の鼠となるので、この存在はあのキメラクローゼンの方針からしたら当然である。


「そう、分かった。ご苦労様。ゆっくり休んで」


 各隊と連絡をとっていたカグラは、最後の隊の報告を受けたあとそう応え、通信を終えた。


「どうじゃった。どこも問題なかったか?」


「うん。負傷者は結構いるみたいだけど、死者は無し。私達の完全勝利ね!」


 報告を受けている時のカグラは不安を顔一杯に貼り付けていたが、今はもう、これでもかというほどの笑顔を浮かべていた。ミラ達は局地的な戦闘であったが、全体をみれば、今回の戦いはちょっとした戦争であったのだ。それだけの規模にもかかわらず死者が出なかったというのは、奇跡にも近い。

 ただ、その勘定にキメラクローゼンは含まれていない。カグラは口にしなかったが、相当の数に及ぶ事だろう。だが、そこまでしなければ、この完全勝利はなかったともいえる。この世界において、それが戦争の常識なのだから。

 時刻はそろそろ明け方といったところ。薄く白み始めた満天の星空の下、カグラは知ってか知らずか、その点には余り触れず、各隊からの報告結果を手短に話し始めた。

 まず、エメラ達と第一陣は、無事に制御基地を制圧したあと、その地下で捕らわれていた精霊百人余りを保護したそうだ。黒霧石を加工して作られた牢だったが、白銀滅鬼を手にしたエメラが随分と興奮した様子で破壊したらしい。

 精霊達は衰弱が酷いものの、命に別状はなし。今は、この戦いのために出張ってくれた五十鈴連盟側の精霊達が、精霊力を分け与えるなどして面倒をみているそうだ。

 そう、今回の戦いには精霊も参戦していた。キメラクローゼン側の対精霊武具を人が防ぎつつ、精霊が全力で援護するという構図である。ただの矢は精霊の風に弾かれ、ただの術は精霊魔法の前に歯が立たず、黒霧石の武器を手に取れば、人の兵がその前に立ちはだかる。

 死者が出なかったというのは、こういった事情も含めての戦果なのだ。


「ふむ、幾らか救う事が出来たか。頑張った甲斐があるというものよ」


「そうですね。私も、この世界に随分貢献出来たと実感しています」


 主目的は、精霊を害するキメラクローゼンという悪の撲滅だったが、その過程で犠牲になる寸前の精霊達を救えた。これは嬉しい報告だ。ミラは、ただただ小さく微笑み、セロはコートの襟に刺繍された緋色の鈴に触れたまま、どこか祈るように瞼を閉じた。


「そうそう、サソリ達もばっちりだってさ」


 続いてカグラが口にした報告は、サソリとヘビからのものだ。

 日付が変わると同時に始まった決戦。それはまた、メルヴィル商会を失墜させる作戦の始動も意味している。

 サソリとヘビは、越境法制官と教会の聖堂騎士達を連れて、メルヴィル商会の倉庫へ突入。法の名の下に強制調査開始。真夜中に突然やってきた越境法制官に慌てふためく者達を捕縛すると共に、黒霧石製の武具が保管されている事実を確認。

 証拠を押収したあと、そのままメルヴィル商会を包囲。寝ぼけ眼で状況を理解出来ていない状態の会長エルヴィス・メルヴィルを、世界の敵キメラクローゼンに加担したとして拘束。そして資材や資産の一時押収。

 メルヴィル商会の関係者には、出頭に加え逃亡の禁止命令が下され、関連の施設は全て封鎖。随時、調査が入っていく予定だという。

 揺るがぬ証拠に加え、後日行われるヨハンの証人喚問による証言で、メルヴィル商会は確実に解体となるだろうとの事だ。そして、その資財などは、全て国のものになるらしい。つまり、今回の件で次期公王の座を揺るぎないものとした、イーバテス商会のものに。


「いい気味よね」


 ほぼ確定となったメルヴィル商会の滅亡。カグラは、キメラクローゼンに加担した全ての者に対して冷たくそう言い放ち、そのあと小さく「ざまぁみろ」と呟いた。


「しかしまあ、これだけの大事になったとなれば、暫く国は荒れるじゃろうなぁ。大丈夫かのぅ」


 ローズライン公国の筆頭商会が世界の大罪人に協力していたという事実。この出来事は、確実に波乱を国へもたらすだろう。無関係の国民にも、何かしらの影響が出るはずだ。それを気にして、ミラはぽつりと呟いた。


「私達のギルドから少し人員を派遣する予定ですが、そこはもう、頑張ってもらうしかないでしょう。キメラが完全に根を下ろしてしまったら、今回以上に荒れる事になったはずです。必要な痛み、とでもいいましょうか。ただ、それを気にしていたら何も成せなくなりますからね。正義の味方なんて気取る必要はありません。医者のように振舞えばいいんですよ。ちょっと痛いけど、良くなるから我慢してください、とね」


 何度も経験してきたからか。何度もそういった場面を目にしてきたからか。セロは、少し寂しそうに、けれど実に堂々とした態度で、そう笑い飛ばしてみせた。自分達は、正義の味方などではないと。正義を押し付けるのではなく、ただ胸に秘めた信念を貫くだけ。その結果が人のためになれば、それこそが自分の幸福だと。

 それが長い年月を掛けて辿り着いた、セロの理想であった。


「まあ、そうじゃな。良い未来になる事を祈るか」


「……だね。頑張ってもらいましょう」


 そう言ってミラとカグラは、岩山の隙間から差し込む陽の光に目を細めながら、そっと微笑んだ。心なしか覗く朝日はこれまでとは違う色に輝き、誰の胸にも新しい一日の始まりを予感させる。


「……あ、催眠解くの忘れてた!」


 心機一転。そんな気持ちを夜明けに感じた時の事。唐突にカグラが声をあげた。何事かと問えば、どうやら本拠地侵入の時、催眠状態にした公務員達がそのままだという話だ。


「あー、そういえば札を貼り付けておったのぅ」


 本拠地に繋がる隠し通路への入り口は、とある国営の施設内にあった。となれば当然、警備員などもおり、また数人の夜勤も施設に残っていたのだ。

 ミラ達三人だけならば、見つからずに侵入出来る。しかし今回は、本拠地の完全制圧のための大部隊が、ミラ達の後から突入する手筈だった。なので穏便に事を運ぶため、侵入と同時にカグラは施設内にいる全ての人員を催眠状態にしていたのである。

 しかもそれは、九賢者であるカグラがかけた術だ。本人以外に、これを解ける者などいない。なのでこのままでは、朝出勤してきた施設の職員に催眠状態にされている夜勤が見つかり、一騒動起きる事になるだろう。と、そういう事態だった。


「って事で、急いで行ってくるね。二人はこのまま別働隊の方に合流しちゃって。このあとの事とか向こうに説明してあるから、ド派手にお願いね!」


 言うが早いか、ピー助に乗ったカグラは「あ、お手伝いありがとー!」と言い残し、セントポリーへ向けて飛び去っていった。


「なんとも、締まらん感じじゃな……」


「本当に。ですが、このくらいが丁度良いのかもしれません」


 精霊達を害する世界の敵キメラクローゼンを壊滅させるという、歴史に残るであろう偉業を成し遂げたはずだが、最後は随分と間の抜けた状況。「あ奴が絡むと、いつもこうじゃ」とミラが苦笑気味に呟けば、セロは「私は、こういうの好きですよ」と、微笑みながら答える。


「ところで、ミラさん」


 あっという間に見えなくなっていくカグラ。その姿を見送ったあとセロがふと声をかけた。


「ぬ? なんじゃ?」


 どこか懐かしさすら感じる状況に頬を緩ませながら振り返るミラ。


「今の発言は、九賢者のカグラさんと旧知の仲である、というように聞こえてしまいますよ」


 そんなミラに向けて、セロは微笑を湛えたまま忠告のような言葉を口にした。

 その意味するところは何か。僅かな間を置いた後、ミラはようやく自分の失言に気付き表情を一瞬で凍らせる。そして、恐る恐るといった様子でセロを見上げたミラは、更に少しして「もう、気付いている、という顔じゃのぅ……」と呟き、絶望交じりにうな垂れた。


「なんと言いますか、ミラさんほどの実力となると、それだけで相当絞れてしまいますからね。隠すつもりならもう少し気をつけた方がいいかと。ただ、見抜けるのは元プレイヤーだけでしょうし、その点に注意すれば問題ないと思いますよ」


 元プレイヤーは相手を調べる(・・・)事で、その者が同郷(・・)かどうか判別出来る。そして当然というべきか、見た目を変更出来る『化粧箱』の事も知っている。加えて九賢者は、プレイヤーの間で非常に有名な存在だ。確かにこれらを踏まえれば、ミラの正体に辿り着くのも不可能ではないだろう。


「うむ……。ご忠告痛み入る」


 見た目だけでなく性別まで変わる。それはいってみれば究極の変装だが、それが出来るのだと知られていれば、その効果は半減する。元が目立っていれば尚更だ。言われてみれば確かにと、改めて納得したミラは「して、いつから気付いておった……?」と不貞腐れ気味に問う。するとセロは、少しばかり申し訳なさそうな表情を浮かべて、「まあ、初めて出会った時に可能性はあるかなと」そう答えた。


「なんと……。つまりあの頃には、薄々感づいておったという事か。早いのぅ……。なんなら断言してくれれば良かったものを……」


 初めてセロと出会った時。その会話の中でセロはミラに対し、もしかしてダンブルフではないか、というような事を口にしていた。ミラは、その当時の事を薄っすらと思い出し苦笑する。


「確証は、ありませんでしたからね。それに隠している様子でしたし。なので、出来る事なら信頼を得て、直接本人の口から聞きたいと思いまして」


 隠し事を暴くのではなく、秘密を共有出来る友人になりたい。どうやら、それがセロの考え方のようだ。


「難儀な性格じゃのぅ」


 ミラは、そう言いながら笑うと、セロに真っ直ぐ向き直り、こほんと一つ咳払いをしてから堂々と胸を張る。


「賢者の弟子のミラとは仮の姿。何を隠そう九賢者のダンブルフとは、わしの事じゃー!」


 そう高らかに宣言したミラは、どことなくやけくそ気味にポーズを決めた。


「はい。教えてくださり、ありがとうございます。この事は、胸のうちに秘めておくと約束しましょう。ただ、普通に教えていただくだけでも良かった気もしますが……」


「こうでもせぬと、恥ずかしくてやってられぬわ……」


『化粧箱』を使い、ミラという美少女を生み出したダンブルフ。それを真面目な顔をして話すか、勢いで押し切るか。果たして、どちらが軽傷だったのだろう。それを知る者は、きっといないはずだ。



「さて、一先ずはカグラの言う通り、向こうと合流じゃな」


 ミラは改めるようにそう言ってから、周辺一帯に広がる岩山を見回す。そして暫くした後、端末でマップを呼び出し現在地点と目的地を確認した。


「あっちじゃな。では、行くとしようか」


 瞬時にペガサスを召喚したミラは、その背に跨りながら「お主はここじゃ」と後ろを指し示す。


「はい。よろしくお願いしますね」


 頷き答えたセロは、ペガサスにそっと手を触れてから、ミラの後ろに騎乗した。

 それからミラの合図と共にペガサスは翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がっていく。その姿はまるで、天馬を駆る王子と姫であったが、余りにも姫が堂々とし過ぎており、絵にするには相応しくない光景だった。



 岩山が並ぶ上空を飛び続ける事十数分。朝日の中、吹き付ける風は実に心地よい。もう少しで目的地が見えてくるだろう。そんな時、ミラは何て事のない違和感に気付く。


「ふと思ったのじゃが、カグラは何故(なにゆえ)、ピー助に乗っていったのかのぅ。一緒に乗っていけば今のように向かい風の影響で、ピー助の最高速は出せないじゃろうに。急ぐのならピー助に先行させてから、入れ替わった方が早いと思うのじゃがな」


 急いで戻る必要があったなら、ミラが言った通りの方法が最速だろう。大陸の中央から最西端の街まで六時間ほどで到着出来るピー助の最高速度は、時速三百キロメートル弱だ。現在地点からセントポリーまでなら十分もかからない。

 けれどカグラは、わざわざピー助に乗って行った。カグラがその効率の差に気付いていないはずがなく、ミラは、はてと首を傾げる。だがセロは一人得心した顔で、遠くまで続く空を見上げ、「きっと少しだけ一人になりたかったのでしょうね」と呟き応えたのだった。



 セントポリーが遠く微かに望める、岩山地帯の上空。ピー助の背に乗ったカグラは、制御基地制圧部隊の隊長ミザールと連絡をとっていた。


「ねぇ、ミザールさん。リーシャは、いた?」


 リーシャ。それは、カグラがこの世界に来た直後、状況が理解出来ずうろたえていた時に、優しく手を差し伸べてくれた風精霊の名前。そしてカグラが五十鈴連盟を結成する要因。

 キメラクローゼンからリーシャを救い出す事。それがカグラの最も大切な目的だった。


『いなかった。捕らわれていた精霊の皆にも聞いたのだが……残念ながら、知らないという事だ』


 制御基地の地下には、攫われた精霊達が捕らわれていた檻があった。もしかしたらリーシャがそこにいるかもしれない。だがミザールは、苦々しい口調で、その可能性を否定する。

 彼は、カグラの目的を知っていた。ゆえに、捕らわれていた精霊達を発見した時、真っ先にリーシャの事を尋ね、調べた。そしてミザールは、どうしようもない結末を知る事となる。


「そっか……。じゃあ、他の場所は? 精霊達が閉じ込められている他の場所は分かった?」


『いや……。基地にいた全てのキメラ共を絞り上げたが、ここ以外にはないそうだ。精霊を捕らえておける檻というのが随分と特殊な作りのようで、竜脈に近いここでなければ機能しないという事らしい』


 大自然の力を内包する精霊達を捕らえておける檻。特殊だからこそ、多く設置する事は出来ない。そのため捕らえた精霊は、全て制御基地の地下にある檻に送られる。捕らわれた精霊がここにいないという事は、つまりその者は既に……という事だ。


『だが、あれだ。もしかしたら途中で逃げ出して、いた、かもしれないぞ……。どこか、遠くで身を潜めている可能性も、な……』


 必死に励ましの言葉を口にするミザールだったが、その声は徐々に弱くなり、最後には小さな苦笑と共に掻き消えた。言ってて、それはないと後悔したからだ。

 今まで戦ってきたキメラクローゼンという存在は、捕らえた者に逃げられるなどという失態を一度もみせていない。それほどまでに彼らの手口は完璧だった。だからこそ最近まで、その尻尾を掴む事すら出来なかったのだ。だからこそ、励ますための言葉が、余計に絶望感を生じさせる。


「うん……そうだね。ありがとう、ミザールさん。じゃあ、ミラちゃんとセロさんがそっちに向かっているはずだから、次の作戦もよろしくね」


『ああ、盛大に登場してやろう』


 改めるように響く、明るいカグラの声。それは、誰が聞いても分かる程に白々しい強がりだったが、ミザールは精一杯努めて力強く答えた。


「遅れちゃって、ごめんね」


 連絡を終えたカグラは、朝日に浮き上がるセントポリーの街を眺め、小さく呟く。すると、それをきっかけにして、カグラの瞳に涙が溢れ、止めどなく頬を伝っていった。

 それは、後悔か、懺悔か。一晩だけ共にいた親友、リーシャとマルチカラーを想い、カグラは泣いた。頬を赤く染めて、まるで子供のように声をあげる。

 誰もいない空の上。悲哀に満ちたその声は、遠い空に、せつなく響き続けたのだった。

いやはや、バターって凄いですね。

お高いものですが、思い切って買いました!

そして一欠片を鍋に投入。

美味さが一段階、上がりましたよ!

バター美味しい……。ああ、バター美味しい。


もしかして二欠片入れると、もっと……?

いつか、入れてみちゃおう。

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[一言] 本編の内容と作者の近況報告の温度差で風邪ひきそう笑
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