表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/647

142 真の軍勢

本日は活動報告で、ちょっとしたお知らせがあります!

百四十二



 戦闘中という事もあり再会の挨拶を手短に終えたミラは、さっそくとばかりに七姉妹へ指示を出す。その内容は、軍勢を率いて敵を掃討しろというものだった。

 ヴァルキリー姉妹は、かつてダンブルフの命により部隊長の技能を修得していた。その技能の効果は、自軍、つまりミラが召喚した軍勢に対しても有効であるのだ。


「任務、拝命致します。我等姉妹、この戦場において主様に勝利を捧げると誓いましょう」


 深く礼の姿勢をとると七姉妹は即座に散開し、あっという間にダークナイトの軍勢を七つの部隊に束ねあげる。そして周囲に迫る数千の魔導人形達との戦端を開いていった。


「いつもながら、見事な手際じゃのぅ」


 やはり流石というべきか。ヴァルキリー姉妹に率いられた軍勢は、ミラが一人で操っていた時より緻密な連携を取り、そのポテンシャルを遺憾なく発揮する。

 大将のミラに七人の隊長、そして千体の騎士。これこそが、『軍勢』の真の姿であるのだ。

 包囲網を押し留め、ミラの忠告通り精霊爆弾の兆候が見えたら、その個体を即座に姉妹が弾き飛ばす。統率がより強固になった軍勢は正に精鋭部隊の如く、グレゴリウスの兵達を次々に撃破していった。


「さて、向こうは任せ、わし等は大将戦といこうではないか」


 主の意を察したかのように、アルフィナの隊がグレゴリウスとの間にあった魔導人形達を分断していく。ミラは開いた道を進みながら、そうグレゴリウスに声をかけた。


「自軍優勢でありながら一騎打ちの申し込みか? 酔狂な娘だな」


 数ではまだグレゴリウスが勝る。しかし、ヴァルキリー姉妹に率いられた軍勢の猛攻は凄まじく、本当に勝っているのはどちらなのかは、傍から見ても明らかであった。


「だが、好都合だ。のってやろう」


 グレゴリウスはそう言うと後方に控えていた魔導人形を下がらせて、静かに黒杖を構える。


「ただ、あの時の決着を付けたいだけじゃよ。なんとも消化不良でのぅ」


 古代環門での一戦。見事に逃げられた事を、どうやらミラは根に持っていたようだ。


「なんだそれは。精霊王の力を持ち帰れず、武具の大半を失った俺への当て付けか?」


 重要任務の失敗に加え、武具など数々の損害を合わせた結果を踏まえ客観的にみれば、グレゴリウスの敗北だろう。しかし、それを痛み分けだとしたミラを、グレゴリウスは呆れ半分、怒り半分で睨みつけた。

 対してミラは堂々とその目を睨み返し不敵に笑いながら、白い長杖を構えてみせる。


「どちらが立っていて、どちらが倒れているか。それが勝負の決着というものじゃろう」


「顔に似合わず、随分と豪気な考え方だな。まあ、嫌いではない」


 そう言葉を交わした直後、ミラとグレゴリウスは同時に動いた。

 二人の間を遮断するように、岩の壁が唐突に聳え立つ。グレゴリウスの死霊術、《石壁》だ。しかしそれは僅かに遅く、《縮地》で駆け抜けたミラを阻むには至らない。

 瞬く間に、グレゴリウスの正面にまで迫ったミラ。だが間髪入れず発動した第二の《石壁》がグレゴリウスの姿を隠した。


「ぬ!?」


 次の瞬間、その気配に気付いたミラは、ほぼ反射的に上へと跳躍する。直後であった。最初に出現した石壁が猛烈な速度でミラの足元を通り抜け、前方の石壁に衝突し弾けたのだ。


「これを避けるのか」


 グレゴリウスは上方を睨み呟くと、またも術を発動し、幾つもの石壁を作り出す。

 飛んできた石壁。それは新たな術なのか、何か別のからくりがあるのか。ミラは初めて見る攻撃をよく観察するため、《空闊歩》で距離を取る。

 グレゴリウスが黒杖を掲げる。すると乱立していた石壁がふわりと浮かび、ミラに向けて勢い良く飛来した。


「おお、これはなんとも!」


 流石のミラとて、身体自体は少女そのもの。直撃を受ければ、相当な痛手となる。しかし、そこはやはり術士最強の九賢者と呼ばれていた存在。ミラは、無数に飛び交う石壁の軌道を見切り、白い長杖で叩き落す。周囲を囲むように石壁が殺到すれば、部分召喚の塔盾で防ぎ、そして最後には仙術とダークナイトの黒剣で全てを砕いてみせた。


「空中で、ここまで動けるとは……」


 グレゴリウスは、ミラの動きに、術の発動タイミング、そして一度攻勢に出た時の爆発力に舌を巻く。


「見たところ、今のがその杖の力じゃな? 確か資料に書いてあったのぅ。マナの支配、という特性があると」


 粉々になった石壁の欠片と共に降り立ったミラは、グレゴリウスが手にする黒杖を見据えそう口にした。すると、グレゴリウスは明らかな反応を顔に浮かべる。

 マナの支配。それは、錬金術師のヨハンから預かった、黒霧石の加工品について書かれた資料に記載されていた特性の一つだ。

 その効果は、形を得て顕在化したマナを操作する。つまり、発動した術ならば、敵味方問わず支配し意のままに操れるというものだ。更に言うならば、その力は正に術士殺しであるという事。敵に放った術が操られ、自身に降り注ぐのだから。

 しかし、一部に効果がないものもある。それは、召喚術と陰陽術の式神だった。

 召喚術は、マナによって精霊を具現化する、またはマナによって門を作り、そこから喚び出す術である。マナで作られているとはいえ本質は精霊であるため操れず、門は少々特殊な現象であり干渉するのは不可能。喚び出されたものも確たる存在であるので、これもまた支配は出来ない。

 陰陽術の式神も召喚と似たようなもので、それぞれに意思と存在があるため効果は及ばないのだ。


「なぜ、特性の事を知っている?」


「単純な話じゃ。聞いたのじゃよ、専門家にのぅ」


 どこか忌々しそうな口調でグレゴリウスが問うと、ミラはにやりと口端を吊り上げ笑う。


「……そうか。いつどこで接触したのかは分からないが、あの錬金術師の行動は、やはりお前達の仕業だったか。そして実験場を襲撃したのも」


 最高幹部というだけあって、グレゴリウスは一連の出来事を把握しているようだ。更に深く隠した場所から、助け出された事も。

 実験場。そこが攫われたヨハンが監禁されていた場所であった。黒霧石製の武具の効果を確かめるために利用されていた場所である。


「だが、分かったところで容易く攻略出来ると思うなよ!」


 グレゴリウスはそう叫ぶと死霊術を発動し、一度に十体のゴーレムを生み出した。それを見てミラは、「ほぅ」と感心したように声を上げる。

 ゴーレムの同時生成。五体出来れば上級の仲間入りであり、十体ともなると、銀の連塔でもかなりの上位に入れるほどであった。


「なんとも、惜しい人材じゃのぅ」


 少なくともグレゴリウスは、精霊武具などなくとも死霊術だけでエリート達と並び立てるだけの実力があるという事だ。

 かといって一番重要なのは、術を世界のために役立てる心があるかどうかだ。ミラは、グレゴリウスの瞳に宿る濁りを見据え、心から残念だと呟いた。



 身の丈二メートルはあるだろうゴーレムは、非常に重鈍そうな姿をしていた。足は短く、手も短い。しかし、その胴は巨岩の如きで、防御に徹するなら相当な耐久性を発揮する事だろう。

 だが、その利用法はひたすら攻勢だった。

 グレゴリウスが杖を振るうと、ゴーレムの一体が浮かび上がり、まるで砲弾のように発射されたのだ。

 直後、周辺一帯に、鈍く激しい衝突音が鳴り響く。ゴーレムの大質量に加え、その速度もまた相当なものである。即座に塔盾を構え護りに入ったホーリーナイトの体勢を崩すだけの威力がゴーレムにはあった。


「吹き飛べ!」


 グレゴリウスの攻撃は、それだけで終わらない。更に四体のゴーレムがミラに向けて飛び掛ると、間髪入れずグレゴリウスはマナを集中させて、次なる死霊術を起動する。


【追葬術:赤色活火(せきしょくかっか)


 ホーリナイトに殺到したゴーレム達が、突如高温を発し赤く染まっていく。そして僅かの後、その胴から溶岩が噴出した。それはまるで噴火そのものであり、炎と爆音、そして衝撃波が一帯に吹き荒び、ホーリーナイトと周辺を瞬く間に埋め尽くす。その熱は凄まじく、再生不可能な状態にまで損傷を負ったホーリーナイトは、溶かされるように溶岩の中に沈んでいった。

 その光景は、まるで地獄の口が突然開いたかのようだ。飲み込まれればひとたまりもない、死の入り口。丁度その只中にあったホーリーナイトは抵抗する間もなく消滅した。

 しかし、いたはずのもう一人。ミラの姿が、そこにはない。


「くそっ、どこにいった!?」


 黒杖とゴーレムを使った今の攻撃は、グレゴリウスにとって必殺技ともいうべきものだった。これまで多くの手練れを跡形も無く葬ってきた技だ。

 だが、グレゴリウスは焦っていた。それは、ミラという少女の実力を信じているから、とでもいうべきか。抵抗無く溶岩に飲まれたとは、到底考えられなかったからだ。

 苦痛に歪む顔を見なければ、その心の臓に剣を突き立てねば、勝利はありえないとグレゴリウスは確信しているのである。

 だからこそ、その姿を探した。当然、安否を気遣ってではない。次に何をしてくるか予想もつかないからだ。



(追葬術の効果が高い重量級ゴーレムを無理矢理に飛ばし、鈍さを補うか。なんとも愉快な戦術じゃな)


 待機する残り五体のゴーレム。その背後にミラはいた。防御に注力したホーリーナイトが崩され、続けて押し寄せるゴーレム達の巨体。即、赤く染まった視界。

 己の召喚術に関して熟知しているミラは、ホーリーナイトでは持ち堪えられないだろう事を察し、護りではなく回避を選んでいた。そして吹き荒れる爆風の中、《縮地》でその場を退き、降り注ぐ炎をくぐり抜けゴーレムの背後に潜り込んだのだ。

 周囲を警戒しているグレゴリウス。その姿をゴーレムの隙間から覗き見たミラは、その手を徐にゴーレムの背に添えた。


【仙術・天:錬衝】


 ミラの手にマナが集束した刹那、幾重もの衝撃波となってゴーレムの巨体を吹き飛ばす。それは、術の衝撃によって途中で亀裂が入り、砕けると勢いそのまま礫となってグレゴリウスに襲い掛かった。


「そこか!」


 強烈な破砕音を耳にしてグレゴリウスが振り向く。しかし瓦礫の群はもう目と鼻の先にまで迫っていた。回避も、《石壁》も間に合わないだろう距離だ。


「くっ」


 グレゴリウスは、苦悶の声を漏らしながらも即座に腕を翳し守勢をとる。

 その姿を横目に、ミラは二体目、三体目と、さっきの仕返しとばかりに次々にゴーレムを吹き飛ばしていく。するとそれは、まるで瓦礫の津波となりグレゴリウスに殺到した。


「鎧でなくとも、相当に頑丈じゃのぅ」


「ふん……。程度は劣るが、駄目にされたあの鎧の前に利用していたものだ。この程度なら造作も無い」


 瓦礫の嵐に見舞われながらも、その全てに耐え切ったグレゴリウスは、対峙するミラに向けて、にやりと口端を吊り上げる。

 グレゴリウスが纏う精霊武具のローブ。それは布製でありながら、そこらの金属鎧では足元にも及ばぬほどの強度があった。加えて、衝撃すら吸収してしまうようで、かなりの質量が衝突したにもかかわらず、グレゴリウスは一歩も動いてはいない。全ての瓦礫はローブに衝突すると、途端に勢いすら失い地面に転がっていったのだ。

 見た目は軽くなったものの、変わらずの鉄壁さを見せ付けるグレゴリウス。だからといって、ミラが引く事はありえない。ミラは白い長杖を脇に構えながらグレゴリウスを見据え、一瞬を窺う。

 グレゴリウスも、ただ真っ直ぐとミラだけを見つめ黒杖を握り締めた。そして、唐突にその腕を振り上げる。すると途端に周囲の瓦礫が浮き上がり、その全てがミラに向けて矢のように飛来した。


(砕けて瓦礫となったあとでも、操作は出来るという事か)


 密度の濃い石の雨が、容赦なくミラに降り注ぐ。しかしその全てを、瞬時に召喚されたホーリーナイトが受け止めていた。

 それでもまだ、グレゴリウスの攻撃は止まらない。巨大なゴーレム十体分の瓦礫である。その量は相当であり、更に黒杖による操作で恐るべき加速まで与えられたそれは、一つ一つが必殺にも近い威力を秘めた弾丸となっていた。

 しかも落ちては浮かび、砕けても浮かび、瓦礫は塵になるまでそれを繰り返し降り続ける。これには、流石のホーリーナイトも耐え切れず、徐々に削られ押され始めた。

 と、それは瓦礫に紛れるようにして飛来し、傷ついたホーリーナイトに衝突する。新たに生み出されたゴーレムであった。強烈な衝突音が響くと同時、不意にホーリーナイトが宙に浮かぶ。黒杖で操られたゴーレムに捕まえられたのだ。

 盾を引き剥がされたミラに瓦礫が殺到し、更に別のゴーレムまでもが飛んでくる。

 それでもミラは一切焦る事無く、対処してみせた。

 それは数秒の攻防。間髪入れずに再度召喚されたホーリーナイトは、降り注ぐ瓦礫を塔盾で防ぎつつ、力強く跳躍した。そして大きく剣を振りかぶり、ゴーレムを粉砕したのだ。



 凄まじい迫力と轟音。その存在感に思わず目を奪われたグレゴリウスは、ふとした悪寒に背筋を震わせ、咄嗟に視線を下げた。


「この一撃は、防ぎきれるかのぅ?」


 中空で、派手に暴れたホーリーナイトの足元、その陰に紛れて一気に駆け抜けたミラは、グレゴリウスの正面にまで迫っていた。


「くそっ」


 油断したとばかりに、舌打ちしたグレゴリウスは、咄嗟に《石壁》でその進行を阻む。しかし今度は止める事叶わず、ミラが触れただけで壁はあっという間に崩れ去った。

 崩れ落ちる壁の向こう。ミラは、白い長杖を見せ付けるように振りかざし挑発的な微笑を浮かべる。

 グレゴリウスは、考える。鉄壁の鎧の特性を即座に見抜き、攻略したミラの事。精霊武具の性能があっても、その直撃を受けるのは危険。しかし目前にまで迫った今、回避は不可能だ。

 かといって他に防ぐ手段は無く、咄嗟に黒杖で応戦するグレゴリウス。

 その瞬間、彼は悟った。それは全てを謀られ、そうするように仕向けられていたのだと。



 ミラの白い長杖と、グレゴリウスの黒杖がぶつかり交差する。刹那、金属が折れたかのような、硬質で甲高い音が響いた。


「まさか……。『鬼骨黒器』が……」


 グレゴリウスが手にしていた、黒杖。それが今、折れると途端に黒い塵となって霧散していく。驚愕に目を見開くグレゴリウス。対してミラは「効果覿面じゃのぅ」と、こちらもまた驚いた様子で呟いていた。


「先程、キコツなんとかと言うておったな。その特殊な能力を持つ武器があると知っておきながら、対策を用意していない訳がなかろう」


 まるで自分の手柄だとばかりに胸を張り、自慢げに語るミラ。だが、グレゴリウスはその言葉を聞いてか、それとも聞き流してか、懐中時計にちらりと目をやると、途端にその表情を喜色に染めた。

 二人の周囲では、ヴァルキリー姉妹に率いられた軍勢と魔導人形達が未だ戦闘を繰り広げている。しかし、それも既に後半戦。幾らか数を減らしたものの、まだ健在な軍勢。対する魔導人形は既に半数以下にまで減少していた。

 目の端でそれを確認したグレゴリウス。すると彼は次の瞬間、その言葉を口にした。


『負けず、退かず、その身を矛に、勝利を刻め!』


 初めて聞く言葉の羅列。ミラは、知らない術の詠唱かと身構える。しかしそれは、詠唱などではなかった。

 それは、魔導人形に向けた命令であり、パスワードだったのだ。

 グレゴリウスが、それを発した直後、魔導人形達が一斉に動作を止めた。そして次の瞬間、閃光と熱、それに伴う衝撃波に、辺り一面が塗り潰される。


「なんと、音声認証か!」


 内蔵した精霊爆弾による個別の自爆が、ヴァルキリー姉妹の迅速な判断によって封じられた今。その処理が間に合わない数で自爆すればいい。

 その効果は確かであり、僅かな時間も経たず、ミラの軍勢の大半が滅びの光に飲み込まれていった。

 実に単純で強力な戦術だが、それは即ち魔導人形達の全滅も意味する。それでも、グレゴリウスは自爆という手段を決行した。

 その意図は何か。

 一番単純な答えは、全滅する前に少しでもミラの戦力を削ぐためである。始めは四倍あった数が、気付けば拮抗していた。つまり、個の戦力にそれだけの差があるという事。

 全滅も時間の問題ならば、諸共という強行手段だ。

 しかしミラは、そう思わなかった。グレゴリウスが事あるごとに確認していた時計。それを見たあとの様子。そして今、このタイミングでの一斉自爆。もはや、自ずと答えが導ける。

 そう、グレゴリウスが待っていた時が来たのだと。


「主様。不穏な気配が近づいています」


 一体何が起こるというのか。アルフィナ達は、素早くミラの下に集まり周囲を警戒し始める。

 ミラは一斉自爆について、前もって予想し説明していた。そのお陰か姉妹は全員、寸でのところで退避する事に成功したようだ。それでも精霊の力を利用した精霊爆弾の威力である、若干アルフィナ達を保護する召喚の防護が傷ついていた。


「様子から見て、次に出てくるのが奴の切り札じゃろう。油断するでないぞ」


「切り札ですか。畏まりました」


 周囲に注意を向けながら、ミラはアルフィナ達の防護を回復する。アルフィナは頷くと、即座に妹達へ指示を出し、警戒用の円陣を組んで全方位からの攻撃に備えた。

 ふと、足音が響く。振り向けばグレゴリウスが細身のゴーレムに乗り、奥へ駆けて行くところだった。するとその先。グレゴリウスが向かう、更に奥。そこにあった鉄の床を突き破るようにして、それは唐突に現れた。

 遠目からでも、それが何か直ぐに分かる。幅も高さも二十メートルを超えるだろうそれは、巨大な金属製の箱であった。しかし、ただの箱ではない。酷く頑丈そうな鉄格子がはめられた、巨大な檻だったのだ。

 その檻が、突如爆風とともに吹き飛んだ。


「奴等の思わせぶりな態度も、納得じゃな……」


 何事かと目を凝らしたミラが目にしたものは、怪物ともいえる異形の姿だった。


「どうだ、感じるだろう。この圧倒的な力の脈動を!」


 異形の存在の傍ら。遠いそこに立つグレゴリウスは、勝ち誇るように大声を張り上げる。だが確かに、その怪物を戦力として加えるというなら、その自信も頷けるものだった。


「なるほどのぅ。キメラクローゼンという名の通り、という事じゃな」


 檻の中にいたのだろうそれは、正に怪物キマイラと呼んでも間違いではない姿をしていた。

 しかし、物語にあるキマイラ、そして魔物としてこの世界に生息しているキマイラとは、何かが根本から違っている。

 獅子の頭に山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾。これが有名なキマイラの特徴だが、目の前に現れたそれは、全く別の特徴を持つ。

 岩で出来た獅子の頭、草木が生い茂る胴体、炎蛇の如く蠢く尻尾、そして風を纏う骨の翼。足の先には雷光が纏わりつき、口元からは白く凍てつく吐息が漏れる。


「この力の波動……。精霊でしょうか?」


 その怪物を目にしてアルフィナが呟き、姉妹も僅かにざわめく。


「無理矢理一つに繋いだのじゃろうな。あの中に、恐ろしい数の精霊が閉じ込められておるようじゃ」


 精霊王の加護による効果か、ミラもまた同じ波動をその怪物から感じていた。異形過ぎるその姿。しかし、その中心には覚えのある気配が渦巻いている。

 そう、そこに宿る力の全ては精霊の力であった。

 異質なもの同士の合成、由来の異なるもの同士を組み合わせる事。概ね、そのような意味合いを持つキメラという言葉。その語源となったキマイラ。属性種類関係なく、精霊を一つに継ぎ接ぎしたその怪物は、正にそれを体現する存在であった。


「これぞ我等の集大成。お前達がどれだけ強かろうが、大自然の力を内包したこの精霊キメラを相手にして、人如きが敵うはずも無い!」


 なおもグレゴリウスが声を張り上げ、自慢げに語る。彼の言う通り、様々な属性や現象を司り、また支配する精霊の力は、それこそ自然そのものといっても過言ではない。そんな力を無数に秘めた精霊キメラは、もはや天災と同義の存在といえるだろう。


「これとまともにやり合うのは、流石に御免じゃのぅ」


「はい。明らかに分が悪いと判断します」


 威嚇するようにミラ達を睨みつける精霊キメラ。ミラは、それを見据えながら苦笑を浮かべる。そしてアルフィナは一歩前に踏み込み、ミラを護るようにして剣を構えた。

 長い研鑽の末、精霊にすら勝る力を得ているミラだったが、これだけの濃度を内包した怪物と正面から戦うのは無謀だと悟る。人の身を凌駕する実力があろうと、やはり人の身では天災に抗いきれないものであると。

 ゆえにミラは、一つの解に至った。目には目を。天災には災厄を。かつて自然災害と同質に見做され恐怖されていた、その種族。人の身を遥かに超えた力で相手すればいいだけだと。


「さあ、蹂躙しろ!」


 グレゴリウスの声が響くと、あらゆる天災をその身に宿した怪物が、荒れ狂う唸りをあげて飛び出した。



「これより、詠唱に入る。暫し任せたぞ」


 その巨体に似合わず、風の如き俊敏さをもって迫る怪物。言うが早いか大きく飛び退いたミラは、即座に四つの召喚陣を展開する。


「畏まりました。この一線、必ず死守いたします」


 ミラが下がると同時、ヴァルキリー姉妹はその場で各々武器を構え、天災と化した怪物と相対した。

 瞬間、地鳴りと豪雷が轟き、爆炎と旋風が逆巻く。余りにも膨大な精霊の力は、理不尽なまでの暴虐となり、アルフィナ達に降り注ぐ。

 光の剣をもって、その牙を受け止めるアルフィナ。更に、雷の爪を、風の翼を、炎の尾を、姉妹たちがその身を挺してでも押し止める。

 僅かな均衡。しかし、それは間もなく崩れ去る。天地を引き裂かんばかりに幾条もの雷光が閃き、直後、耳をつんざくほどの轟音が一瞬を支配した。

 遥か天空。神の住まう地にもっとも近い場所で、日々修練に励むヴァルキリー姉妹。彼女等も人を超えた存在であるが、それでもまだ、神の怒りとも比喩されるそれには抗いきれず、一人二人と弾き飛ばされる。

 しかしアルフィナだけは、まだ精霊キメラを真っ直ぐと見据えたまま、力強く剣を振るっていた。


「やはり鈍っていますね、貴女達。かつて主様と共に戦った敵には、もっと強大なものもいたでしょう!」


 精霊キメラが繰り出す牙と爪による猛攻を受け、時に流しながら、アルフィナが叫ぶ。妹達が散らばされ防戦一方となっていたが、アルフィナが放つ気迫は、それを感じさせないだけの凄まじい勢いがあった。

 そして、それを証明するかのように、アルフィナの剣は見事怪物の牙を砕いてみせる。


「ちょっと足がもつれただけです!」


「ちょっと音でびっくりしただけだから!」


 相対する敵は、自然そのもの。もはや本能的恐怖すら秘めた怪物である。しかしアルフィナの叱咤が効いたのか、妹達は口々に言い訳めいた事を呟きながら立ち上がり、それまでとは違う気配を纏い始めた。それはある意味、アルフィナの言葉を証明するかのような変化。ようやく鈍っていた感覚が、かつてに立ち戻ったかのようであった。

 直後、再び怪物が暴虐の風となる。

 二度目の衝突。吹き荒れる嵐、轟く雷鳴、踊り狂う業火。アルフィナ達姉妹は、自然の脅威の全てを内包したその一撃を、今度は見事耐え切った。


(良く持ち堪えたのぅ。充分じゃ)


 アルフィナ達の頼もしい背中を見つめ、猛り渦巻く暴虐の余波をその全身で感じながら、ミラは詠唱の最後の言葉を口にする。


『いざ、天空に舞い上がれ。愛しき我が子よ』



 大きな光の輪となった魔法陣が一際光を放つと、遂にそれは姿を現した。翼を広げれば、精霊キメラをも上回る巨体。神々しく煌く銀の鱗。そして全てを圧倒する絶対者の気配を宿す、金の竜眼。

 皇竜、それはかつて世界中に恐れられた竜の血統。いずれは全ての竜の王となる種族。世界に現存する内の数少ない一体であるアイゼンファルドが、この時、この瞬間に降臨したのだ。

 それは、本能すら凌駕する圧倒的な畏怖を纏う。精霊キメラという怪物もそれを目にすると、これまでの勢いを失い途端に後退して、警戒するようにアイゼンファルドを睨みつけた。


「ばかな……。そんな、ばかな……」


 巨大な魔法陣から出現した、巨大な竜の姿。それは誰がどう見ても、召喚術によって喚び出されたのだと分かる。

 分かるからこそ、グレゴリウスは驚愕し、戦慄した。

 グレゴリウスは、皇竜の姿を知らない。しかしそれでも、相対した瞬間に理解していた。それは、破滅を齎すものだと。

 そして、術士としての実力が違い過ぎると悟った。元より、差がある事には気付いていたグレゴリウス。だがそれは、精霊武具などを含め、様々な武装を活用すれば補える差だと考えていたのだ。

 しかし、現実は残酷だと思い知らされる。それほどまでに、その存在は圧倒的だった。


「いや、まだだ。まだ終わりではない。互角……そう、互角になっただけだ!」


 警戒するも呑まれた気配はなく、威嚇までしてみせる精霊キメラ。確かに召喚された竜は化け物だが、こちらもまた怪物であるのだ。

 その頼もしい姿を見上げたグレゴリウスは、心折れる寸前で踏み止まり、自分に言い聞かせるように声をあげる。

 そして自身を奮い立たせながら、精霊キメラに敵の殲滅を命じた。

少し遅れてしまいましたが、これはあれです。

大人の事情というやつです!

タイミングを見計らっていたのです!


という事でして前書きにも書いた通り、活動報告に、ちょっとお知らせを書きました。

どうか、見てやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 圧倒的な精霊キメラなら、最早敵無し!…といった状況でのアイゼンファルド登場。最強の切り札をも軽く越えられたらもう…あぁミラ様~。悶えてしまいます~
[一言] 久々の出番ですね。 後で思いっきり甘えるといいよ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ