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13 賢者と王の会談

十三




 王城の三階、湖を良く見渡せる場所に王の執務室はある。

 今は中に、ミラとソロモンの二人きり。側近である騎士レイナードと術士ヨアヒムは扉前の廊下で待機中だ。



 世界中の歴史や技術、様々な文献が詰まった本棚に囲まれた執務室。ソロモンは革張りの椅子に深く背中を預ける。ミラは書類に埋もれそうになっているソファーの隅に腰を下ろすと、その部屋を軽く見回した。


「しっかしまぁ、散らかっとるのぅ」


「どうにも仕事が多過ぎて、片付けまで手が回らないんだ」


 相手は少女とはいえ、王という立場からは考えられない程くだけた話し方をするソロモン。そしてミラはもうすでに立場の違いを完全に忘れてしまっている。


「ふぅ、ようやく落ち着いて話せる」


「うむ、そうじゃな」


 そう言うと、二人とも居住まいを正し互いに視線を交し合う。


「まず一つ、はっきりとさせておきたい事があるんだけどいいかい?」


 ソロモンはミラをじっと見据えながら人差し指を立てる。


「ふむ、なんじゃ」


 ソファーに載った邪魔な書類を手当たり次第に足元へと移動させて座り心地の安定化を図るミラは、聞き耳だけを向けて答える。


「君……、ダンブルフじゃない?」


 その言葉と同時に、ミラは手にした書類を床にぶちまけると瞳を驚愕に染め、ソロモンへと視線を向ける。どうやってそれを当たり障り無く話そうかと考えている最中だったからだ。出来れば自身のイメージ、人間性にダメージの少ない方向で。それがまさか、不意打ち気味に相手から投げかけられるとは想定外過ぎる事だった。

 何かを探るような問答も無く、ソロモンのイタズラ心を秘めた表情は、もはや確信を得ている様ににこやかだ。


 そして、その表情はミラの知るソロモンと相違は無く、この目の前の少年は共に切磋琢磨した親友本人であると確信する。


 理由は分からないが話が早い。態々ここで誤魔化す必要も無い。イメージは度外視して、まずは現状の把握を第一とするべきだと結論付けたミラは、取り落とした書類を放置してソファーに深く腰掛け直す。


「よく分かったのぅ」


 短く、肯定するミラ。ソロモンはその言葉に、口端をニッと吊り上げると口元を押さえながらも大声で笑い出す。


「その格好、落差半端無いね!」


「かくかくしかじかで、色々と理由があるのじゃよ」


「にしても変わり過ぎだよ。まあ、らしいといえばらしいね。君らしいロリっ子だ」


「ほっとけい」


 拗ねたような表情を浮かべる少女ミラに、笑顔満面の少年ソロモン。一見すると、誰もが国の最上位術士と国の最高位の組み合わせとは思えない状況だろう。そんな中、廊下で待つ二人は扉の先からわずかに響いてきた、久しぶりに聞く王の笑い声に少しだけ安堵感を覚えていた。何年振りだろうかと。



「して、まず聞かせてくれぬか。この世界(・・・・)は何なのじゃ?」


 ミラは、もっとも単純で率直な問いを投げ掛ける。

 一通り笑い終えたソロモンは、姿勢を戻しながら頭の中で情報を整理すると、一言で告げる。


「それは分からない」


「分からないと? 三十年も過ごしておいて何も分からんと言うのか」


「そうだなあ。正確に言うと、ゲームではなく現実としてこの世界はあるけど、ここが僕達が生まれた地球のある宇宙のどこかか、それともまったく別の理から成り立つ宇宙の星の一つか、そのどちらでもなく理解の範疇外にある理の世界か。そこまではまだ判明していないって事」


「なるほどのぅ。だがまあ、やはり現実ではあるのじゃな?」


「それは間違いないかな。三十年もはっきりした意識のまま過ごして夢でしたなんて、どんな白昼夢、ってなっちゃうよ」


 ソロモンは肩を竦めながら本棚の一部、現実となった三十年間に起きた出来事についての資料がまとめられた辺りに視線を送り、その数の多さに「よくがんばった、僕」と自身に称賛を送る。


「まあ、わしからしたらまだ夢で割り切れる程度だがのぅ」


「昨日の今日ならそれも許されるだろうけど、残念現実」


 昨日の今日。ミラはその言葉で、ある意味もっとも気になった質問を思い出す。


「ところでソロモンよ。何ゆえ、わしがダンブルフ本人だと分かったのじゃ?」


 ミラは、ほとんどヒントは与えていないはずだと記憶している。あえていうならば塔鍵(マスターキー)だが、師から預かったという言い訳はそれ程苦しいものではない。事実、リタリアやマリアナはそれを見て納得している。そもそも三十年間不在だった者が唐突に現れる等、予想出来ないだろう。だが、ソロモンはずばり言い当てた。

 ミラは確信を得た理由があるはずだと、その答えを問う。


「んー、そうだなー。詳細に話せば長くなるんだけど簡単に言うと、うちの魔法騎士団から化け物レベルのダークナイトを扱う召喚術士のミラという少女に作戦を手伝ってもらったって報告を受けたんだけど、その直後にダンブルフの弟子だって言うミラという少女が塔に現れたって聞いてね」


「それだけで、分かったというのか」


「これは布石かな。この情報は昨日の夜に確認したフレンドリストで、今までオフラインだった君の名前がオンラインになったのを確認した直後に受けたものなんだ」


「フレンドリストじゃと?」


 もちろん、ミラが知らないわけがない。登録した仲間がゲーム中かどうかを確認できる一覧の事だ。

 ミラが疑問に思ったのは、そのフレンドリストがメニューのどこにあったかについてだ。その項目があればリストを開いてみようと思ったかもしれない、しかし今までそうは思わなかった。何故ならフレンドリストは、メニューから消えたシステム(・・・・)の項目に含まれていたからだ。

 けれど、ソロモンはそのフレンドリストでミラがオンラインになったのを確認したと言う。


「システムの項目が無くなっとるが、どうやって確認したというのじゃ?」


「ああ、そうか。昨日来たばかりならゲームだった頃の使い方しか知らないか」


 そう言ったソロモンは左腕の腕輪、メニューを開く位置に指先を乗せると、そのまま触れ続ける。すると、ソロモンにしか見えないがメニューとは別の画面が投影される。


「こうすればいいんだよ。やってみて」


 ミラは見たままにメニューを長押しすると今までとは違う画面が表示され、そこにある項目を確認する。


「ほほう……これは」


 並んだ項目は上から『フレンドリスト』『マップ』『スキル』『ギルド』とある。


「これは見た事の無い項目じゃな……」


 そう呟いたミラは、宙空に浮かぶマップという項目を選択してみるも、画面が真っ白になるだけで何の変化も起こらない。


「のうソロモン。マップとはなんじゃ。このような項目無かったと思うが」


 試しても分からなかったので訊くのが早いと質問すると、ソロモンは画面を閉じながらミラへと視線を向ける。


「マップは新しく追加された項目だね。アイテム欄の大事な物に地図を入れておくと、その項目から簡単に検索できるから便利だよ」


「ほう、そういう使い方か。それは便利じゃな」


 ミラは、その説明を受けて即座に新しい項目の利便性を理解する。

 それというのも、本来広大な世界を舞台としたゲームでは必須ともいえるマップ機能が、アーク・アース オンラインには無かったのだ。あるといえば、初期三国で販売されている大雑把な大陸図だけで、その程度ですら最も地図が必要な初級者には手が届かないほどの値段で売られている。後々、プレイヤー達が詳細な地図を製作するが、それでも地域毎に地図を取り出し広げなくては確認出来ない。もちろん自分の現在位置などマーキングもされない物だったのだ。


「そうでしょう。君も地図を持ってたら大事な物に移動しておいた方がいいよ」


 そう言われて、早速とばかりにアイテム欄を開いたミラだったが、地図は一つも持っていなかった。


「ああ、そうじゃ。全て飛び島に置いてあったのぅ」


「あーらら。それはまた災難だったね」


 飛び島とは、二千円の課金アイテムである浮遊大陸の事だ。ミラは、アイテム欄がごちゃごちゃになるからと、全て浮遊大陸の木の家に置いていた。ダンジョンなり迷宮なりフィールドなり、どこかへ行く際には大抵の場合、浮遊大陸で飛んでいくため移動時間中に必要な地図を引っ張り出すというやり方をしていたのだ。それが今ここで仇となる。


 ミラはそこで更に一つ思い出す。


「そういえば、課金管理の項目が見当たらぬが」


「課金管理なら消えちゃったみたいだね。それとメッセージボックスやシャットダウンにログアウトも」


 課金管理は、そのままの意味で課金アイテムについての全てを管理する項目だ。浮遊大陸への移動もこの項目から行う。それが消えたということは、浮遊大陸の利用が出来なくなった事を意味する。


「なん……じゃと……」


「僕も最初はがっくりしたよ。飛び島に聖剣全色置いてあったからね……。あ、今思い出しても結構くるな……」


 そうして暫くの間、二人は程よい光を放つランプ型照明の光に照らされながら、どことない空間を見つめ失われた品々の思い出を回想する。壁に落ちた影は、二人の心を映すように淡く頼りなげに揺らめいていた。






「だがまあ、それで早急にわしを呼びつけたという事じゃな」


「そういう事。タイミング良過ぎるんだもん。姿が変わるなんて、化粧箱使ったって事でしょ。ありえない話じゃないからね」


「そうじゃ。こんな事になるならば使わんかったのにのぅ……」


「そういえば、君はあんなに拘ったSS(スクリーンショット)撮って、格好良いポーズ集作ってたくらいだったから、余程あのおじいちゃんが気に入ってたと思ってたんだけど、何だって変更しちゃったんだい?」


「まあそれは……話せば長くなるのじゃが」


 そう言うとミラは、課金残高がもうすぐ期限切れとなるメールが届いた事から、化粧箱以外に五百円の物が無かった事まで話す。その続き、理想の女性像を作ろうと思いつき徹夜した事は、あくまで興味本位から化粧箱で選べるパーツを確認していたと誤魔化した。


「それでそんな風になっちゃったのか」


「うむ。決定した覚えはないんじゃが、途中で寝落ちしてしまってのぅ」


「へぇー。君が寝落ちなんて珍しいね。余程、熱中してたんだね」


「気付いたら完徹しておったわ」


 ここでミラは見事に口を滑らした事に気付く。長い付き合いのソロモンは、もうすでにミラの誤魔化した事に感づき始めていたのだ。それを証明するように、口端を吊り上げるソロモン。


「よっぽど本気で作ったんだね。そのミラちゃん」


「……わしの最高傑作じゃ……」


「うんうん、もう一度言うよ。君らしいロリっ子だ」


 時に、あのアイドルが好きだとか、このキャラクターが良いという話を語り明かした二人。互いに好みを理解しあっているからこそソロモンはミラの容姿があまりにも直球だったため簡単に見抜いたのだ。

 ミラは今までの()を挙げる趣味の暴露と違い、隅から隅までオーダーメイドの自身の姿を客観的にイメージする。そしてその姿は歩く性癖である事を自覚させられ、ソファーの背もたれにぐったりと身体を投げ出した。



「ソロモンよ。化粧箱を持ってはおらぬか」


 縋るような思いで、そう口にするミラ。それを聞いたソロモンは、思わせぶりにアイテム欄を開く。


「あるよ。ほら」


 そう言い取り出した和風の黒い箱は、まごう事無き『化粧箱』だ。漆塗りの艶やかさが冴え渡っている。


 一瞬、呆気に取られたようにその箱を見つめたミラは、唐突に立ち上がりソロモンに突撃する。


「譲ってくれー!」


「おわっと!」


 ミラとソロモンは椅子ごと倒れこむと、リボンに引っ掛けられた机の上の物が派手に音を立てて床に転がる。


「ソロモン様、如何なされました!」


 大きな音にいち早く反応したレイナードは遠慮なく扉を開くと、その予想を遥かに飛び越えた光景に絶句する。


 二人はもつれ合い、ミラが馬乗りになるようにソロモンに覆い被さり、ソロモンの化粧箱を持つ手を両手で捕らえている。一見するとミラが襲っているようにも見えたが、問題はソロモンの体勢だった。ミラの身体を支えるために突き出された手は、見事に柔らかな膨らみを掌握し、脚は少女の下半身を晒すようにスカート状になったローブの裾を捲り上げている。


「いや、何の問題も無い」


 平静を装いながらソロモンはそう告げるが、誰がどう見ても問題は大有りだった。


「そういう事か貴様、遂に本性を現したな!」


 当たり前の如く暴走を始めるレイナード。その頭を冷ますのは、少し遅れて部屋へと顔を覗かせたヨアヒムの仕事だ。


「まあまあ、レイナードさん。落ち着いて観察してみましょう。ほら、いいですか。一目見た限りではミラ様が押し倒したように見えますが、ソロモン様の手をよく御覧なさい。しっかりと揉んでおいでです」


「む、確かに……。だがしかし……っ」


 ヨアヒムは更に反論しようとするレイナードを手で制すると、その推理を披露する。


「これはつまり、椅子の上で仲良く(・・・)していたところでバランスを崩し今に至る。と、そういう事です!

 ソロモン様は女性に興味が無いのだとばかり思っていましたが、見た目相応が好みだったというわけですね。納得致しました。これでアルカイト王国も安泰ですね」


「だがな、ヨアヒム。あのような小娘となど、他が納得するのか?」


「ダンブルフ様のお弟子様ですよ。この上ない肩書きではないですか」


「むむ、確かに」


 そう勝手に決めつけ話を完結させようとしている二人に、ミラとソロモンは今自分たちがどういう状況になっているのか、やっと理解が追いつく。

 ミラは、ソロモンの顔が近く馬乗りになっているという状態。ソロモンは、その手にしたむにりと心地よい弾力のある柔らかな感触。これらと、レイナードのヨアヒムの言動に答えを導く。そして同時に見詰め合うと互いを蹴飛ばすように大きく距離を取った。


「待ていお主ら。どう考えても勘違いしておるぞ!」


「うむ、その通りだ。私はミラが転んだのに巻き込まれただけで、そのような理由ではない」


 大慌てで身を正すと二人は弁明を図る。だが、先程の状態を目にしたレイナードとヨアヒムに対しての説得力は皆無である。


「あ、ソロモン様。一応、良識の有る行動をお願いしておきますね」


「王国のため……。世継ぎのため……」


 ヨアヒムは余計な事を、レイナードは未来を思い描きながら静かに執務室を出ると、そっと扉を閉める。


「……後で緊急会議だ……」


「お主も大変じゃな」


「君も他人事じゃないでしょ」


「わしは、その化粧箱で元に戻れば問題ないじゃろう」


 誤解を解く方法を考えるよりも、早く元に戻った方が早い。ミラはソロモンの手にある化粧箱を指し示しながら言う。


「あー。それは無理。これが課金アイテムだって事忘れたの?」


「それは覚えておる。確かにもう課金は出来ぬし貴重な物だという事は承知じゃ。使わせてくれればお主のために誠心誠意尽力すると約束しよう。じゃから」


「課金アイテムのルール。他人には譲渡出来ない」


 そう言いながらソロモンは、化粧箱を持つ手をミラに差し出す。


「じゃがほれ。こうして受け取れば……っと、どうなっとるのじゃ」


 ミラはソロモンの手から化粧箱を受け取ろうとするが、その袖から指先だけを覗かせる手は三次元映像に翻弄される様に虚しく空を斬るだけだった。

ちょっと長い話し合いが続きます。

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[良い点] ジジイに戻れないようでよかった。ミラかわいいよミラ。
[良い点]  友人への性癖暴露と元に戻れない現実を突きつけられる…wミラさんのショックはいかほどw
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