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134 決戦前夜

百三十四



 決戦に向けて、緻密な作戦を練った翌日の朝。アーロンとエメラ達からなる別働隊の面々は、制御基地があるという小さな村に向けて早くに出立した。

 この別働隊には、白虎の式神ガウ太が同行する。カグラが独自に開発した連絡用の術で相互に情報をやり取りするためだ。

 尚、このガウ太は、先日まで遠くで活動していた別の隊と共に居た。それを今回、いよいよ決戦を前にして呼び戻し、連絡要員として各隊に配置したという事だ。既に制御基地攻略の第一陣である部隊にはニョロ蔵が充てられているらしい。


「それにしても、あのエカルラートカリヨンのマスターが元プレイヤーだったとはねぇ。まあ、納得っていえば納得だけど」


 カグラはセロの全身を隈なく見つめながら、どこかしみじみと呟く。

 元プレイヤーは総じて実力者が多いというのが、ある意味この世界では常識である。当然そうでない事もあるが、目立った力を持っている程、元プレイヤーである可能性が高いのだ。


「私は驚きましたよ。まさか環境保護団体の五十鈴連盟がキメラクローゼンへの対抗組織で、その創設者があの九賢者の一人、カグラさんだったのですから」


 カグラを見つめ返したセロは更に、ゲーム時代に傭兵として九賢者『超常のフローネ』の部隊に加わった際、カグラを見た事があると続けた。そしてミラの次に会えた元プレイヤーもまた凄い大物だったと、嬉しそうに笑う。

 セロは一目見てウズメがカグラである事に気付いていたようだ。有名人で容姿も変わっていないため、見知った者がいてもおかしくはない。加えて九賢者ダンブルフの弟子だと名乗っているミラと共に現れたという事が、よりその事を決定付けたと言ってもいいだろう。

 突入部隊であるミラとカグラ、そしてセロは、そんな談笑を交わしつつ、街から少し離れた岩石地帯で魔物と戦っていた。決戦時に上手く立ち回れるように、それぞれの実力を把握するためである。


「そこの二人、しかと見ておれ!」


 乗ってきたペガサスをそのままけしかけたり、ダークナイトとホーリーナイトを無数に召喚しては先陣切って召喚術の威光を示していたミラは、気楽な様子で会話する二人に堪らず振り返り怒声をあげる。


「見てる見てる。ちゃんと見てるからー」


 ひらひらと手を振って応えるカグラ。そもそも九賢者仲間であるカグラにしてみれば、ミラの実力は見るまでもなく重々把握している。連携や立ち回りといった点も、既に構築済みである。なので今回の主な目的は、セロにも把握してもらう事と、セロを見極める事である。

 そのセロはといえば、カグラと違い会話しながらも良く見ていたようで、ダークナイトとホーリーナイトの連携について実に見事だったとミラを称賛する言葉を口にした。

 そんな言葉に気を良くしたミラは、「こいつは新技じゃ!」と調子よく声をあげ、襲ってくる岩の鎧を纏った猪のような魔物を部分召喚の塔盾で防ぎ、同じく部分召喚の黒剣で八つ裂きにしてみせた。

 瞬く間に現れ振り下ろされた六本の剣。不意打ちも可能で威力も充分なその性能にセロは舌を巻く。


「うんうん、サソリとの模擬戦で使ってたやつだよね。これだけ同時に発動出来たんだ。感心感心」


 部分召喚はゲームが現実となり、システムの制限がなくなったため可能になった召喚の新たな技術である。これについてはカグラも認めているようだが、やはり互いに手の内を知り尽くした仲間だからか驚きようは薄い。ミラならば当然。そういった信頼が先に来るからだ。

 とはいえミラとしては、消化不良な気分であった。なので最後に『目立つため召喚を控えている皇竜がいる。いざとなれば山ごと吹き飛ばして本拠地を露にしてやる』というような事を不貞腐れ気味に口にして、術の披露を締めくくった。


「じゃあ、次は私の番かな」


 唇を尖らせながら戻るミラと入れ替わるように、式符を一枚懐から取り出しカグラが一歩前に出る。その向かいには、新たな魔物が三体ほど迫ってくるところだった。

 ミラが葬った岩猪よりは小さいが、同じく岩を纏ったような肌で速度は倍ほどもあろうかというトカゲ型の魔物だ。

 瞬く間に距離を詰めてくる魔物達。対するカグラは、小さく何かを呟き式符を放つ。『御霊乗せ』という陰陽術士の特殊な技能によって式符は自在に宙を舞い、そのまま魔物達へと飛んでいく。そして直前で弾けた、その瞬間の事だ。広範囲の大地が大きく陥没して、三体の魔物が数十メートル下に落ちていった。それは、ほんの一瞬で起こしたとは思えない規模と速度の地殻変動であり、九賢者という存在がどれ程のものか分かる良い見本となった。

 しかし、それだけで終わらないのが九賢者である。対策の対策も想定して二重三重と手を打つのが当然である。

 高所から叩きつけられたにも関わらず負傷はないようで、魔物は即座に体勢を整え走り出していた。カグラは、そこに向け二枚目の式符を放つ。

 それは陥没した大地に吸い込まれていった。そして今度もまた異常ともいえる変化が起こる。砂と岩ばかりの大地から緑が湧き出し、陥没地帯を瞬く間に埋め尽くしたのだ。


「九賢者の方ともなると、これだけ違ってくるのですね」


 陰陽術士の頂点。その術は正に桁違いであった。これまで何もなかった目の前に、今は樹海が広がっているのだから。セロは、感心したような、だが楽しげな表情でその光景を見つめていた。

 陰陽術の一つに、木々を生み出す【木之一式・樹木林】という術がある。これは術者の意思で何かと融通が利くため、フィールド制御の代表ともいえる術だ。

 通常、この術は逃走の補助や遠隔攻撃に対する遮蔽物、または機動力の高い仲間を生かすためなど、補助として使われる事が多い。

 しかし他にも、とっておきの使用方法があった。


「あとは、まあ火をつけるだけだけど。流石にこの規模でやったら目立っちゃうよね」


 火をつける。つまりは森林火災を発生させるというものだ。

 木火相乗。陰陽術で生み出された木は、同じ陰陽術で発生させた火によって自然のものより良く燃えるという特性がある。幅数百メートル、深さ数十メートルの陥没した大地限定で広がる樹海に九賢者のカグラが火をつけたらどうなるか。それこそ正に、火を見るより明らかであろう。


「まあ、このくらいが普通って事で。私は以上かな」


 数日後に決戦を控え、余り目立つ真似はしたくない。カグラがそう考えたため、火が放たれる事はなかった。ただ代わりに森が意思をもったように蠢き始めると、彷徨う三体の魔物を飲み込むように倒壊していく。

 それから数分の後、魔物の骸だけを残し、緑が生い茂っていたそこは何もかもが元の岩石地帯に戻っていた。

 カグラの腕前はまったく衰えてはいなかった。それを確認したミラは、ただ「まぁまぁじゃな」と口にする。

 次に技を見せる予定のセロはといえば、苦笑いを浮かべ「参りましたね」と呟きながらも、実に優雅に剣を抜き放ち、正面を見据え腰を落とす。

 そこへ岩のような鎧を纏った猿型の魔物の群れが、無数の岩石を軽々と乗り越えて姿を現していた。付近一帯に出現する魔物の中でもトップクラスの強敵、鎧猿である。その体長はどれも二メートルを超えており、中でも一番貫禄のあるものは四メートルに届くかという程の巨体だった。

 鎧猿の群れはミラ達を前にすると同時、敵意をむき出しにして一斉に雄叫びを轟かせる。それは威嚇や警告などという類のものではなく、鎧猿は我先にと襲い掛かってきた。

 岩石地帯を悠々と跳ね回り、足場の悪さなど意にも介さない様子の鎧猿は、瞬く間にミラ達へ迫る。

 と、次の瞬間であった。ゆらりとセロの姿がずれると同時、一匹の鎧猿が悲鳴をあげたのだ。見れば、その胸元に大きな傷が刻まれており、血が溢れ出していた。

 その傍には手にした剣に血を滴らせたセロの姿がある。

 相当な速さだ。ミラとカグラは感心したようにその姿を見つめる。そんな中、胸の傷を気にした様子もなく、鎧猿が怒りの声をあげセロに向かって腕を振り下ろした。

 だがその時、既にセロの姿はそこにはなく、腕は虚しく空を切る。

 その数瞬後、次から次に魔物達の悲鳴が繰り返し響いた。気付けば全ての魔物達が胸に大きな傷を負っている。だがそのどれもが致命傷には届いていないようで、鎧猿は痛みを与えたセロを忌々しそうに睨みつけていた。

 敵陣の真っ只中。敵意を一身に集めるセロは、それでいて剣の血を振り払うとそのまま鞘に収めてしまった。負傷はあるものの鎧猿は全て健在で、まだまだ戦闘は継続中だ。しかし、セロはといえばミラ達がいる方へ向けて、もう終わったとばかりに歩き出す。

 一番の巨体を持つ鎧猿が、戦いの最中に背を向けたセロに襲い掛かろうとした、その直後。全ての鎧猿が盛大に胸から血を吹き出し、悉く絶命したのである。


「どうでしょうか。足手まといにならない程度の自信はあるのですが」


 謙遜気味に苦笑しながら戻ったセロは、窺うようにそう口にした。


「充分過ぎるほどじゃな」 


「うん、まったく不足無し。頼もしい限りだね」


 闘気を練り上げ様々な力を発現させる戦士クラスの『発露』という技術。それらを組み合わせ技とした『闘術』。人の数だけ『闘術』があるといってもいいほど、その組み合わせは多岐に渡る。ゆえに判断基準も曖昧だが、セロの技は間違いなく剣撃の極致といっても過言ではないものであり、ミラとカグラは見事な技の冴えに感心し称賛を送った。


「お二方にそう言っていただけると、なんだか嬉しいですね。自信が持てそうですよ」


 長年に渡り研ぎ澄ませてきた剣技。その技の限界を計る物差しが周りになかったセロは、九賢者という誰もが知る最強の基準に褒められた事を素直に喜んだ。

 こうして戦力に一切の問題はないとの確認が終わり、三人はその日の残り時間を、『白銀滅鬼』の使い勝手向上の修練に当てて過ごすのだった。



 次の日の昼頃。決戦に向けて入念に準備をしていたところに、ピー助を通してサソリ達からの連絡が入る。

 その内容は、黒霧石を使用した大量の武具をメルヴィル商会の倉庫で発見したというものだ。加えて、証拠の押収のための強制調査が出来るように整えたと。

 サソリの報告によると、なんでもイーバテス商会の協力によって三神教会の越境法制官を味方につけたという話だった。

 この越境法制官というのは、三神国の一つ、アリスファリウス聖国の名の下に大陸全土の戒律を守護する事を任された、いわば教会所属の国際捜査官である。

 現在の予定は、決戦開始と共にサソリとヘビが越境法制官を連れてメルヴィル商会の施設を強制調査するというものだ。

 これによりメルヴィル商会は、キメラクローゼン本拠地襲撃の知らせを受けても黒霧石製の武具の発見につく対応に追われ、襲撃に対する策を講じる余裕など無くなる事だろう。

 メルヴィル商会の未来は既に閉ざされたといっても過言ではない状況だ。


「念のため決行日の前日までには、直ぐに動ける準備をしておいてね。あと、少しでもおかしな動きがあったら連絡する事」


 カグラはそう指示を出して連絡を終える。


「これで、繋がりのあった商会の方はどうにかなりそうだね」


 まだ決したわけではないので油断は出来ないが、そこは部下であるサソリとヘビに対する信頼からか、カグラは確信を持ってそう口にした。



 更にその日の夜の事。今度は別働隊のアーロン達から連絡が入る。ただ、こちらはそれほど芳しくない報告だった。

 先んじて現地入りし一通り見回ったところ、制御基地があるという小さな村は、本当に見た目はただの村だそうだ。

 基地を護る戦闘員とされる村人達は、完全に村人のような態度で部外者に対応をしている様子らしい。畑で採れた野菜なども、良心的な価格で販売しているという事だ。

 だが、村が制御基地を護るための要塞だという事を前提に置いて村人達を観察してみると、確かに監獄の看守のような警戒する気配を感じたという。

 更にフリッカが、異常なほど至るところに精霊の気配があったと報告に付け足す。そして一番気配の濃い地下に必ず何かあると断言した。

 こうして村の様子を探っていたアーロン達だったが、やはり警戒が厳重で思うように調査は捗らず、村については以上だという。


『村と、その周辺を見回ってみたが、隠れているのかまだ来ていないのか、姿は確認出来なかった』


 続いてアーロンは、もう一つの懸念、空の民の男についてそう報告する。どうやら彼とは接触は出来なかったようだ。そのため、いつどこで戦いが始まるか分からない。それどころか来ているかどうかも不明で、陽動の当てにするには頼りない、とアーロンは言う。

 なので話し合いの結果、いつでも始められるように構えておきながら、最悪いないものとして扱い、当日には予定通り作戦決行と決まった。



 次に連絡を寄こしたのは、五十鈴連盟第一陣と本拠地制圧部隊を率いる、部隊長コンゴウとミザールだ。精霊の手を借りての高速移動だが、数百人規模なだけに現場到着はあと半日はかかりそうだという事だった。

 とはいえ、一陣と制圧部隊は最悪当日にさえ間に合えばどうにかなる。カグラはアーロン達との合流地点と、本拠地への入り口がある施設の場所、イレギュラーな空の民の男、実際に確認した村の状況や地形などを考慮して修正した作戦を伝えた。

 各員と連絡を終えたカグラは、緑のリボンを取り出して、じっと見つめる。それはかつて、ゲームが現実となり途方に暮れていたところで励ましてくれた、風の精霊リーシャにお礼として渡そうと用意したものであった。


「もうすぐだから。もうすぐ……」


 カグラはまるで祈るようにリボンを握ると、薄っすら浮かぶ涙を振り払い夜空を見上げる。地上より遠く離れた星々は、虚しいほどに綺麗だったが、あの日リーシャ達と見た星空には遠く及ばず、カグラはそっと瞳を閉じるのだった。

運動不足だなと感じていた今日この頃。

家で出来そうな簡単な運動をしようと思い立ち、スクワットをしてみました。


10回で足がプルプル震えだしました。

もっと運動をしなければまずいと実感。

まずは、20回くらい余裕になるまで頑張ろう……。


次話から決戦です!

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