131 判明
百三十一
五十鈴連盟の総帥ウズメの突然な登場により、大いにうろたえる支部長のマティ。そんな彼女を置き去りにして行われたウズメの尋問は、実に見事なものだった。
それは、ウズメが独自に開発したという特殊な陰陽術で対象を催眠状態にするという方法だ。
当然というべきかウズメこと、陰陽術士の頂点である九賢者カグラの術に逆らえるはずもなく、二人は何もかもを洗いざらい吐いたのだ。
その情報は、国家機密や国の裏といった暗部にまで及び、アーロンとマティだけでなく、ミラとウズメも驚かせた。
ちなみにアイザックからは、ミラが聞き出した以上の情報は得られなかった。つまりは、既に全部白状していたという事だ。あえていうならば、裏が取れたといったところだろうか。随分と正直に話していたものである。
そして異物狩りの男。彼の名はジャマル。弓を使っていたがクラスは降魔術士だった。術によって生成した毒で暗殺を行うという事だ。しかもこちらは相当中枢に近かったようで、有力な情報を幾つも知っていた。国家機密や暗部といった点は、全てこの男から聞き出した情報だ。
その中でもやはり、キメラクローゼンの本拠地の場所が分かったのは最高のお手柄だろう。
その事によるウズメの喜びようは半端ではなく、まるで大好きな猫を可愛がるが如くミラを抱きしめ、最大限の愛情表現をする始末であった。
だが残念な事にジャマルは殺し専門だそうで、ヨハンが監禁されている場所どころかヨハンという人物の事すら知らず、その点についての情報は得られなかった。
「しかしまた、攻め辛いところに作ったものじゃな……」
「空から探して見つからなかったから予想はしてたけどね。あーあ。これじゃあ空爆は出来そうにないなぁ」
仕切り直すようにそう言った二人。特にウズメは、強行手段が取れそうにないと随分物騒な事を口にしていた。それほど、許せない相手なのだろう。
こうして本丸は判明したが、二人が言うように問題はその場所である。セントポリーの東に位置する大きな岩山の地下深くにあるというのだ。そこは幾ら九賢者といっても、容易に突破出来るものではない。
加えて表に入り口というものがないそうで、本拠地と各地に点在する関連施設を繋ぐ専用の通路が、唯一の道だという事だ。
しかしその通路への入り口は全て隠されているらしく、一部の者のみが把握しているだけという話である。ただ、通路は基本的に一本道なので迷う事はないらしい。
と、そんな入り口の隠された施設の一つが、アイザックと長衣の男が戦った岩山の付近にあったという。その施設自体は知るメンバーも多いそうだが、最奥に隠し通路があるという事は、ジャマル他数名だけが把握するところのようだ。
しかしジャマルが言うには、彼が知る三ヵ所の入り口は既に封鎖されているだろうとの事だった。
流石は警戒心の強いキメラクローゼンとでも言うべきか、本拠地に入る事が許された重役でも、百近くはある隠し通路のうち最大で三ヵ所までしか知らされていないそうだ。今回のように入り口を知る者が敵の手に落ちた時、迅速に封鎖するためだろう。
参考にとばかりに、残りの二ヵ所を聞いてみたところ、どうやら離れた荒野に一つと、セントポリー国務庁の施設にあるという事だ。
そして、そのどちらも今は封鎖されていると思われるが、それは中々に有益な情報でもあった。
「国務庁の施設か。それならこの街に数多くある。となれば、一つだけとは限らないな」
まだこの街に来て数日だが主な施設は既に把握していたようで、そう口にしたアーロンはどこか確信めいた笑みを浮かべていた。
キメラクローゼンの手により作られたセントポリーという国。その国務庁が関係する施設に入り口があるという事は、他の国政に関する施設にもある可能性は非常に高い。
訊けば男は、教えられていないが間違いなくあるだろうと答えたので、これは実に有力な手掛かりとなった。
入り口さえ見つけられれば、そのまま正攻法で本拠地に乗り込める。
「あとは、その入り口をどうやって見つけるかじゃな」
「そうだねぇ。一番手っ取り早いのは、私とミラちゃんでこの国の重役を拉致する事だけど」
入り口は特別な術具によって隠されているらしく、場所が分からなければ探り当てるのは困難だという話だ。ならばもっとも確実な方法は、重役から迅速に場所を聞き出し、封鎖する間も与えず一気に突入するという手だ。
「ふむ。確かに悪くないのぅ」
そう言って肯定の意を示すミラ。ワーズランベールによる光学迷彩だけでも充分に隠密性を高められ、様々な事態にも対処出来るミラの召喚術。そして一切の抵抗を許さず全ての情報を引き出すウズメの陰陽術。
加えてセントポリー貿易国の重役がキメラクローゼンの幹部と知れた今、対象の特定も容易だ。国政に関わるならば、所在不明という訳にはいかないからである。場所を特定するだけならば、そう難しい事でもないはずだ。
とはいえ国家に関わる人物なのだから当然その分、警備も厳重だと思われる。しかし、国家最高戦力の術士二人に狙われたとあってはもう同情の余地すら生まれる程、その警備は無きに等しいものと成り果てるだろう。
要するに、ウズメが提案する策は随分と過激だが、二人が手を組めば比較的容易に実現可能な超強硬策だという事だ。
「まったく、とんでもねぇ事をさらりと言うよな、お二人さんは」
普通ならば無謀だと言うところである。しかし不思議なもので、ミラとウズメがそれを口にすれば成功する未来しか見えず、アーロンはただそう言って苦笑するだけだった。
「いや、それは無駄だろう」
するとそこでアイザックが、そう口を挟む。
「確かに俺は、セントポリーの重役は全てがキメラクローゼンの幹部だとは言った。だがそれは、この街にいる重役連中の事じゃない」
更に続けたアイザックは、どこか得意げに重役達の内情を語り始めた。
その内容は、正にキメラクローゼンらしいといえるものだった。
まず、セントポリー国民や他国などに知られている、首相や各大臣達は、全員が代理人であるらしい。その裏にキメラクローゼンの重役達がおり、代理人を通し国を動かしているようで、本人達は一度も表に姿を現した事はないらしい。なので本当の支配者であるキメラクローゼン幹部の顔を知る者はいないという。
つまりは、首相室にいる首相を見事拉致出来たとしても、それは代理人であり、隠し通路の場所どころか指示を出しているのがキメラクローゼンである事も知らないそうだ。
更に代理人達には、大陸の流通をより活性化させるため、ある国の貴族が協力し運営している、と説明しているらしい。なので、本拠地に潜んだまま姿を現さないキメラクローゼンの幹部達を、不毛な荒野を開拓する先人として英雄視している節があるという。そのため彼等を懐柔し、指示を出している者達を聞き出そうとしても無駄だそうな。更には真実を話したところで、聞く耳持たないだろうと。
「まあ全部上司から聞いた話だが、そういう訳で無駄だと言ったんだ。俺のように幾人かは街にいるかもしれないが、良くて俺と同じ中級幹部。隠し通路なんて知らないと思うぞ」
更なる国家機密をあっさりと吐露したアイザックは、どこかご褒美を待つ犬の如き目でミラとウズメを見る。
ウズメはそんなアイザックの額に式符を貼り付けた。そして呪文のような言葉を口にしたが、特に目立った変化は起こらない。
「ふーん、嘘じゃないようね。ミラちゃんに話した事といい今回の事といい、偽りなく話すなんてキメラの癖に随分と殊勝な心がけだこと」
どうやら真偽を確かめるための術だったようだ。催眠による効果は質問に答えるだけであり、今回はアイザックが自発的に話したため確かめる必要があったそうだ。その結果、アイザックは嘘をついていないと証明されたが、冷たくそう言ったウズメは、「まあ、許さないけど」と、容赦の無い一言を加えた。
ウズメの術は本音も見極められるらしく、アイザックの言葉の裏に情報提供による減刑を期待している節があったためだ。
そしてアイザックはといえば、完全に見破られていると察し、ただただ苦笑していた。
「まあ、あれじゃ。わしも少しは口添えしてやるのでな、一つ答えてはくれぬか」
本拠地について概ね聞き出したあとそう言って、ミラは気になっていた事、長衣の男が聞いていた人物と場所についての詳細を問うた。
天秤の城塞で出会った時、精霊信仰の村の神官だからこそキメラクローゼンを許せなかったのだろうと、ミラはそう認識していた。だが先程見た限り、長衣の男の目的が少し違うように感じたのだ。キメラクローゼンに対する彼の憎しみは、その人物に集約しているのではないかと。
不貞腐れていたアイザックは、この問いに喜んで答えた。口添えするというミラの言葉が効いたのだろう。しかもそれにより、思いがけず有力な情報が得られた。
まず、男の名はゼル・シェダル。彼は精霊について異常なほど精通しているそうで、その知識とキメラクローゼンが集めた膨大な精霊力を利用し、兵器を含めた様々な術具を開発している天才だという事だ。
そして場所についてだが、一見小さな村だが、そこにはゼル・シェダルの大工房があるらしい。大抵は、そこに引き篭もり何かを作っているのだとか。
と、ここまでがアイザックの知るゼル・シェダルという男の全てである。
しかし、それだけでは終わらなかった。口添えというミラの言葉を期待した男がもう一人いたのだ。
そう、有力な情報はジャマルが知る、ゼル・シェダルのもう一つの役目についての事であった。
「精霊力の調律装置。それが、あの男最大の功績だ」
ジャマルは、ウズメとアーロンに冷たい目を向けられながらも、それを口にした。
精霊力の調律。この開発によってゼル・シェダルは最高幹部という地位を手に入れたそうだ。そして、キメラクローゼンを劇的に進化させた要因だという。
この装置の機能は多岐にわたるが、その中の一つに本拠地の様々な機能を正常に維持するというものがあるそうだ。
そしてこの装置の所在だが、ある理由から本拠地ではなくゼル・シェダルの大工房、正確にはその地下にある制御基地に設置されているという。理由は、地脈がどうこうと聞いた事があるだけで、詳しくは分からないそうだ。
しかし一つだけ確かな事は、ここを叩く事で本拠地の防衛に関する機能は完全に停止するため、侵入が容易になる点だと男は言う。
むしろここを抑えなければ、精霊兵器による反撃は熾烈を極め、本拠地に辿り着いたとしても、途中で撤退か全滅を余儀なくされるだろうという事だった。
つまるところ、本拠地を落とすつもりなら、この制御基地の攻略は不可欠だという話だ。
「ふむ、なるほどのぅ……。思った以上に重要な場所じゃな。万全を期すならば、あの男に任せきりにせず人員を送った方が良さそうじゃのぅ」
直接見たからこそ、長衣の男が相当な実力である事は見当がつく。しかし、それだけ重要な基地となれば当然警備も厳重であり実力者も揃っているはずだ。
志半ばに長衣の男が力尽きる事もある。復讐のために戦った末の結果なら、そういう運命だったのだとして祈るくらいはするが、必ず基地を落とす必要が出てきた今、そのままという訳にはいかなくなった。日を改めるとなると、警戒度が増す恐れがあるからだ。
「それとだ。さっきそいつが小さな村だと言っていたが、それは表向きの話でな。正確には村のように偽装された要塞だ。そこにある施設、そして村人は全て制御基地を護るための戦闘員になっている。迂闊に近づかない方がいいぞ」
ジャマルは最後にそう付け加え、これ以上は知らないと口を閉じた。
「他にも何か、言っておきたい事はない?」
そう言ってウズメはアイザックとジャマルをじろりと睨みつける。それはまるで、遺言はないかと訊いているような、無慈悲な声だった。
「あー、なんだ。何を話せばいい? 裏取引に関わる者達の名前とかか? どんな情報が必要なんだ? 言ってくれ、聞かれりゃ何でも答える」
「そうだな。質問をまとめてくれれば助かる」
アイザックとジャマルは改まるように言った。素直な態度は当然、減刑を狙ってだろう。とはいえウズメの術にかかれば、素直であろうとなかろうと同じである。だがウズメ曰く、更に関連情報を引き出す際には、やはり自発的な方がやり易いらしい。融通が利くという事だ。
「ならば、答えてもらおうか。本拠地の常駐戦力は、どの程度だ?」
そんな二人に向かって、アーロンはそう訊いた。あらかじめ相手の戦力が分かるというのは、戦いに勝利するための非常に重要な要素である。
その問いに、アイザックは渋い表情で首を横に振り答える。本拠地の場所どころか入り口も知らなかったのだ。仕方が無いだろう。
対してジャマルは、本拠地によく出入りしていたそうで、内部構造に至るまで知っていた。しかし彼の口から告げられた答えは、アーロンを困惑させる。
正確には分からないというのだ。首領と最高幹部の合わせて五人以外、本拠地で常駐戦力らしき戦闘要員を一度も見た事がないと。ただ、戦闘用に改修したストルワートドールが配置されているだけらしい。
「ストルワートドール……。確かマナで動くっていう不気味な人形だったな」
「ああ、そうだ。様々な武具で武装させたそいつらが大きな広間に並んでいた。見た限り千、二千は軽く超えるはずだが、動いているところを見た事が無い。だから、それがどの程度の戦力になるかは分からない。ただ、武装が全て精霊武具だったな。中級の魔物程度は超えてくるだろう」
ストルワートドールといえば、国によって国境警備や魔物討伐などに利用されるだけの能力を有している。それが、二千以上は配備されているという事だ。その全てが動き出せば、相当な戦力になると予想出来た。
「数は二千以上に精霊武具か……。こりゃあ厄介だな」
一対一ならば、決して負けない自信がアーロンにはあった。しかし一度に数十にでも囲まれれば、絶対とは言い切れない。アーロンは苦笑を浮かべながら、ミラとウズメにふと目を向ける。そして、まったく動じた様子のない二人の姿に、実に頼もしい限りだと笑う。
と、そこで更にジャマルが口を開き、
「ああ、それともう一つ。技術屋に聞いた事だが、この人形は独自に判断し行動するってものらしい。つまりさっき言った制御基地を停止させても動けるってわけだ。と、まあ、俺が知っているのはこんなところだな」
と、最後にそう付け加えるようにして話を締め括った。
彼が語った内容は、ウズメが額に貼り付けた式符が反応していない事から、嘘ではないと分かる。つまり本拠地を攻めるなら、その人形達との戦いは避けられないだろうという事だ。
早速その攻略法を考察し始めるアーロン。
(ふむ、人形が二千体か。となれば手加減する必要もなさそうじゃな。これは好都合じゃのぅ)
対してミラは、むしろ安堵したような様子だ。
たとえキメラクローゼンのメンバーとはいえ、多くの人間を殺傷する事に抵抗はある。だが本拠地の兵力は、無人兵器だというではないか。下手に人がいるより、実に制圧し易い状況と思われた。
ウズメはといえば、終始一貫して表情に変化はない。ただただ、ジャマルの言葉を静かに聞くだけだ。
ちなみにアイザックに至っては、「へぇー。そうだったのか」と、どこか他人事のように呟いていた。
こうして粗方の情報を聞き出したミラ達は、捕虜のアイザックとジャマルを支部長のマティに任せ、五十鈴連盟セントポリー支部をあとにする。そして三人は、情報共有のためセロ達が待つ宿に赴いた。
夜も遅い時間。報告会議の開始時間まであと数分の頃。主立ったメンバーが揃うセロの部屋に、急いで戻って来たミラ達が合流する。
「もう揃っているみたいだな。なら丁度いい。開始前に一つ紹介しておく」
部屋に入り早々、アーロンは促すようにして、あとから入ってきた人物に視線を向ける。そこにいるのは、膝丈スカートの巫女装束風衣装の上に猫模様の千早を羽織ったウズメだった。彼女も報告会議にゲスト参加するようだ。
「初めまして、エカルラートカリヨンの皆さん。私は、ウズメ。五十鈴連盟の創始者、のようなものです」
ウズメは全員の視線が集まる中、静かに、しかし堂々とした態度でそう口にする。更に続けてゆっくり一礼してから、「この度は、ご協力、心から感謝いたします」と謝辞を述べた。
同時にエメラ達から僅かに驚きの声があがる。五十鈴連盟のトップが報告会議にふらりと現れたのだ。当然の反応といえるだろう。
「私はエカルラートカリヨンの団長、セロと申します。こちらこそ、お目にかかれて光栄です。それにキメラクローゼンの件は、人類全ての問題。協力は当然の事ですよ」
ウズメの挨拶に平然とそう返したのは、エカルラートカリヨンの団長セロ。それと同時に落ち着きを取り戻したエメラ達も、その言葉に偽りはないとばかりに揃って頷いた。
こうして双方のトップが挨拶を交わしたのち、エメラ達がそれぞれ自己紹介を始める。それも済むと、いよいよ会議の始まりだ。
「ではまず、わしから報告させてもらおう」
報告会議の一番手を引き受けたミラは、センキの埋葬地を調べてくるとローズラインに飛び立ってから、この席に着くまでの間の出来事について語った。
センキの埋葬地はメルヴィル商会の施設内にあった事、そして黒霧石や、それを加工出来る錬金術師のヨハン、妻と娘の誘拐に救出などを掻い摘んで説明する。
そして最後にセントポリーに戻ってからの事、岩山での一件に加え、捕らえた捕虜の一人アイザックの素性とセントポリーという国の実情を話し、報告を終えた。
「そんな……。嘘でしょ」
「おいおい、まじかよ」
エメラとアスバルが、そう声をあげる。今いる国が、キメラクローゼンの作った国だと言われれば、その反応も仕方が無い。他の面々も総じて驚きを隠せないようだが、心当たり、というより何か不審な点を感じていたのだろう、どことなく納得したというような表情だ。
「なるほどなぁ。どうにも不正に手を染める役人が多いと思ったら、そんな裏があったのか」
呆れたようにそう言って笑うのは、ゼフだった。セントポリーに蔓延る闇取引などを探っていた彼は、その方々で国務に関わる者達を目にしていた。賄賂や横流しなど、特にアイザックと同じ、中程度の官僚に多く見られたという。
「精霊の気配が濃いので、精霊に愛された土地なのだと思っていましたが。まさかそのような事だとは……」
続いてフリッカが残念そうに呟く。
人類の良き隣人である精霊達は、時折人の住む地に祝福を与える事があった。それは土地に精霊の力が染み込んでいるような状態であり、豊作をはじめ様々な恩恵をもたらすものだ。かの三神国もまた精霊に祝福された地であり、フリッカは、それに似たような気配をセントポリーに感じていたのである。
精霊が見える、という事は術士の基本であり、精霊の力がどこまで見えるか、という事は術士の実力で変わる。しかしフリッカは、そのどちらでもない感覚、精霊の気配を鮮明に感じるという能力があった。それにより、セントポリーは三神国に比べ、精霊の気配にむらがあると気付いたのだ。そして今回の情報で、その違和感の正体が判明した。
セントポリーの実情は正反対だったと。祝福などではなく、キメラクローゼンによって縛り付けられたものだったと。
フリッカは、どこか裏切られたような気持ちを抱きながらも得心がいったという顔で、拳を強く握り締めた。
「国営の施設付近にメルヴィル商会の施設が多いので気になっていましたが、これで腑に落ちましたね」
セロはいち早く国の施設に目を付け、周辺を探っていた。
そしてセントポリーとキメラクローゼン、メルヴィル商会の全てがミラの報告により繋がった事で、何か確信を得たようだ。
セントポリーでは防犯上の理由から、国営の施設近辺は特別な許可がなければ、建築どころか立ち入る事すら許されていない。その許可を得るための審査も相当厳しいものだそうだが、注意して調べてみると、メルヴィル商会の施設が多かったという。
これまでと今回の情報を統合すれば、その理由にも頷けるというものだ。
こうしてミラが語った情報はセロ達が調べた結果とも一致した。この事で、より鮮明に敵の正体が浮かび上がった。
「まず一つ。私に隠し事は出来ません」
ミラに続き、今度はウズメが口を開く。そして初めに陰陽術の力を語る所から始まった。催眠の術をかけた対象は、訊かれた事に対し決して嘘をつけなくなると。
その前提を踏まえて、ウズメは捕虜二人から聞き出した残りの情報を話す。
今表に出ているセントポリーの重役は全て代理人であり強硬策は使えない。そして肝心の幹部だが、ほぼ本拠地から出てこないらしく、白日の下に晒すには直接乗り込まなければいけない。
本拠地に繋がる入り口は複数あるようだが、その全てが秘匿されているようで、まずはそれを知る者を見つけ出す必要がある。更に、その入り口を見つけても、侵入に気付かれれば途中で道を封鎖されてしまう恐れがある。
「ここまで来たんだから、ゆっくり確実に攻めたいところなんだけどね……」
一通り説明したウズメは、最後にそう呟いてミラへ視線を送った。それに頷き答えたミラは、言葉を引き継ぐようにして現状を口にする。
「先程わしが話した空の民の男についてじゃが、奴が七日後、本拠地の様々な機能を制御しているという基地に乗り込む予定となっておる。これが成功すれば、煩わしい防衛設備を無効化出来るそうじゃ。しかしまぁ、この男じゃが少々訳ありでのぅ。敵は同じじゃが目的が違うようで足並みは揃えられぬ。ゆえにわしらが合わせる。そのため、あと七日、現在時刻からして実質六日でこの入り口を見つけねばならぬのじゃよ」
そこまで言って困ったものだと苦笑を浮かべたミラは、「どうにも、憎んでいる者がそこにいるらしくてのぅ、説得は無理そうじゃった」と付け加えて話を締めた。
「六日ですか……」
この数十年、決して表には出てこなかったキメラクローゼンの本拠地に関する情報。その入り口を、あと六日で見つけ出さねばならない。そうでなければ空の民の男が成功しようが失敗しようが、制御基地の防衛網や本拠地の警戒が増強されるだろう。場合によっては完全閉鎖となり、手も足も出せないなどという事にもなりかねない。
なので、決行日は変えられないのだ。
だが、そのような状況でありながら、そう呟いたセロは少し考え込んだあと、無理と言わずに何とかなるだろうと告げた。聞けばどうやら、今回ミラ達がもたらした情報によって入り口の心当たりが幾つか浮かんだそうだ。
ミラとウズメの報告が終わると、今度はアーロンが本拠地の常駐戦力、ストルワートドールが持つ最低限の戦闘能力と注意点について解説する。通常ストルワートドールは警戒警備などに充てられるため、真っ当な者が戦う事のない相手だ。なので何かの試合などで戦う際、意外と翻弄される実力者が多いらしい。
もしかしたら本拠地以外にも、入り口があるような重要な場所に隠されているかもしれない。という事で、念のための解説だった。
「うへぇ……痛みを知らない兵士か。すっげぇやりにくそう」
戦闘では魔物の急所を狙う事が主だったゼフにとって、弱点らしい弱点のないストルワートドールは、さぞ戦い難い相手なのだろう、実に面倒だといわんばかりの表情を浮かべていた。
それからエメラ達それぞれの報告と、今後についての話し合いが行われた。
アーロンとセロ達は、総出でキメラクローゼンの入り口がありそうな心当たりを虱潰しにしていく事に決まる。
ミラは、セントポリーの事をアーロン達に一任して一度ヨハンの救出に戻るという流れになった。
そしてウズメは、一度五十鈴連盟本部に帰り、ミラから受け取った資料を基にして対策を講じる準備をするという。まずはここにいる人数分だけでも黒霧石対策を用意しておくと。
「しかし、わしがいうのもなんじゃが、間に合うかのぅ? 一通り資料には目を通して見たのじゃが、専門的な事ばかりでちんぷんかんぷんじゃったが」
黒霧石は、これまで世界に出た事のない新素材である。幾ら資料があるとはいえ、一から知識を読み解いていかねばならない状態だ。たったの六日で対抗策を用意出来るまで研究が進められるのだろうかと、ミラは懸念を口にする。
だがウズメはといえば、そんなミラの言葉を受けると自信満々な笑みを湛え、
「その点は、問題ないと思うよ。うちには色々な分野の専門家も優秀なのが揃っているからね。資料の解明に一日、それを考慮した武具の製作にも、ここにいる人数分程度なら二日もあれば充分かな」
と言って力強く胸を張ってみせた。
「ほう、それはすごいのぅ」
新素材に関する資料をたった一日で解明出来る。そうウズメに言わせるような者が五十鈴連盟にはいるらしい。しかも、それを応用した武具の作製まで出来てしまうような専門家までいるようだ。ミラは、その人脈に舌を巻き心底感心したように声をあげる。
「そうでしょー! なんてったって錬金術に関しては、マグヌス流錬金術の始祖にして歴代随一と謳われるアルバティヌスさんがいるからね。彼、すごいんだから」
かつて共に戦ったミラに仲間を褒められたのが嬉しいようで、ウズメは一層笑みを深めていく。
するとその時。ウズメの言葉に過敏な反応をみせた者がいた。
「マグヌス流のアルバティヌスって、本当にあのアルバティヌスですか!?」
それはフリッカだった。彼女は酷く驚いた様子でウズメに迫る。ミラ以外に迫るなど非常に珍しい光景だが、それもそのはず。マグヌス流錬金術の始祖アルバティヌスといえば、その界隈では知らぬ者などいないという程に有名な人物だからだ。しかも吸血鬼の一族のため途方もなく長命で、伝説となり千年を経ても尚存命という、生ける伝説であった。
その分、偏屈にも磨きがかかっている彼を陣営に引き込むというというのは、並大抵の事ではないというのもまた有名な話である。
「うん、隠居しているところを見つけ出してお願いしたの。快く承諾してくれたよ」
だがウズメは事も無げにそう言うと、「これとか、彼に作ってもらったんだ」と口にして、胸元からペンダントを取り出してみせた。見る角度によっては黒も含め極彩色に輝くそれは、アルバティヌスが生成法を確立した中の、もっとも代表的で希少な魔法物質『エーテナノライト』で作られているものだった。
「おおー、レアものじゃのぅ!」
ひょっこりと顔を覗かせペンダントを一目見たミラは、瞬間、少しだけ羨ましそうに声をあげる。錬金術という点には疎いが、希少度が非常に高い素材として、エーテナノライトの事は知っていたからだ。特に、ミラが持つ生産技能、精錬と究極的に相性が良いと。
「いいでしょー」
ウズメは見せびらかすようにミラの前にペンダントをちらつかせる。ミラはといえば、揺れるペンダントを睨みながら、ぐぬぬと口を尖らせた。
同時、いつもの調子に戻ったフリッカに狙われるミラ。寸でのところで取り押さえるエメラ。
その様子を呆れたように眺めるアーロン達。ペンダント一つで十億リフは下らないだろうそれが、どれほどとんでもない物か知らないのはミラと当人であるウズメだけのようだ。
セロはといえば、そんな希少品をさらりと取り出せるようなウズメの背後に見える組織の巨大さに改めて感心する。そして目的、財力、人材がしっかり揃っている五十鈴連盟ならばキメラクローゼンを打倒出来るだろうと、確かな可能性をそこに見出すのだった。
「そういう訳で素材作りは問題ないはずよ。あとは……、どの形にするかだよね。えっと、アーロンさんは斧、ミラちゃんは……長杖でいいよね。じゃあ他の皆の得意な武器を教えてもらっていいかな?」
どこからともなく取り出したメモを手に、ウズメがそう口にする。黒霧石製の武具に対抗するための装備は、各人に合わせて用意するそうだ。未知の素材を数日で使いこなせるのだろうかという不安はあるものの、当たり前のようにウズメが言うのだから、そこにもまたとんでもない職人がいるのだろう。アーロンは特に気にした様子もなく頷き、ミラもまあそれでいいかと了承した。
それからエメラが剣、アスバルが鎚、ゼフが短剣、フリッカは短杖、セロは長剣だと答える。
「うん、分かった。じゃあ一先ずそれで作ってもらうね」
それぞれの武器種をメモに書き記したウズメは、最後に身長だけを訊いてメモを閉じた。
「さて、それじゃあ私は一旦戻るね。何かあったらピー助に言って」
用事は済んだとばかりにそう言ったウズメは、次の瞬間光に包まれる。そしてあっという間に朱雀のピー助に変わっていた。いや、この場合は代わっていたが正解だろう。
「あれ!? ウズメさんが鳥になっちゃった!?」
その光景に驚きの声をあげるエメラ。確かに、分かっていなければそう見える。なのでミラは説明足らずなウズメの代わりに、彼女は式神と術者の場所を入れ替える術を使ったのだと解説した。
そして今は、遠く離れた五十鈴連盟の本拠地に帰っているだろうと。
「説明ありがとう! そういう事なので、また近いうちに入れ替わってそちらへ行きますね。それまでピー助はミラちゃんに預けておくので、何かあったら言って下さい」
ミラが説明を終えた直後、ピー助がウズメの声でそう話し出す。それに大層驚いた様子のエメラ達だったが、距離に関係なく場所を入れ替えられるというとんでもない術を見たあとだからか、その事実はすんなりと受け入れられたようだ。
対してミラはといえば、勝手にピー助を押し付けられて仏頂面であった。
「じゃあ、また今度ー」
驚きも冷めやらぬ中、お気楽なウズメの声が響き、突然ピー助が輝く。すると今度は、みるみる小さくなっていき、数秒後には掌に収まる程度の大きさになった。見た目は、少しまん丸とした朱い雀だ。
「おお、小さくなりおったぞ」
小さくなったピー助は一生懸命といった様子で羽ばたき飛び立つと、見事ミラの頭の上に着地した。
「ああ、可愛い!」
真っ先にそう声をあげたのはフリッカだ。ぽっちゃり丸いピー助は実に愛くるしくエメラ達も同意するところだが、フリッカの真意はそこではない。ミラの可愛さが、ピー助によって一際引き出されているという点であった。
美少女と小動物というのは、やはり鉄板の組み合わせなのである。
そうこうしたあと、会議内容は細部の調整に入る。
セロがキメラクローゼン本拠地の入り口がありそうな場所や施設の心当たりを羅列する。そしてそれらを、どのように調べ判断すればいいかという点を話し合った。
その際ミラは、メルヴィル商会の倉庫街にあった魔力感知器について説明して、もしかしたら入り口の付近に設置されているかもしれないと忠告する。それと同時、重要施設であるという目印に出来る可能性もあると。
そうこうして時刻が深夜に差し掛かった頃。誰がどこを探るかという分担も決まり、一同解散という流れになった。
各々立ち上がる中、ミラは大きく欠伸をしながら、「一風呂浴びてから寝るとしようかのぅ」などと言ったものだからフリッカが食いつき、エメラを巻き込んでの入浴タイムとなる。
姦しく浴場に向かうミラ達。それを見送った男勢もまた、触発されたように肩を並べ、仲良くそのあとに続くのだった。
奇跡です!
先日書いた、ウィンナーですが、
なんと、また取り扱いが始まったのです!
よく見ると、どうやら 無塩せき とかいうウィンナーのみ扱うらしく、先日まではなかったのですが、今日買い出しにいったところ、ありました!
いつも買っていたウィンナーの無塩せきverが!
ご飯のお供候補としてカゴに入れていた六個入り百円のコロッケを速攻売り場に戻し、ウィンナーをカゴにドーンです。
いやぁ、見た時は奮えました。そしてテンション最高潮です。
……ただその結果、昼食用の焼きそばを買い忘れ、一週間どうしようかと今から不安です……。
追伸
色々とご飯のお供を教えてくださった方々、ありがとうございます。
そのうち試してみたいと思います!
まずは、南蛮味噌からいってみようかな……。