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130 尋問の適任者

百三十



 時間は夕飯時の真っ只中。数十の飲食店がテナントとして入る食道楽三昧の食堂フロアは、当然のように混雑していた。

 大陸中の料理を網羅しているというそこには、料理だけでなく酒類をメインとする食堂、いわば飲み屋も存在する。

 キメラクローゼン関係者の捕虜二人をどうするか相談するためセントポリーに戻ったミラは、腹を空かせた客達で溢れかえる食堂フロアで、その飲み屋を探し回っていた。


(おお、ここは居酒屋っぽいのぅ)


 ガラスのショーウインドウに展示された食品サンプル。無数に並ぶ酒の銘柄。どこか有名な大衆居酒屋のような趣がある外観から、そう判断したミラは、早速とばかりに暖簾をくぐる。


「いらっしゃいませー。何名様でしょうかー!」


 実に威勢良く店員がミラを迎えると、奥から木霊のように店員達の「いらっしゃいませー!」という声が次々にあがる。

 本当に覚えのある居酒屋のようだ。そんな印象を受けながら、客として訪れたわけではないミラは、


「ああ、すまぬ。ちと知り合いを探しておってな。店内を見て回ってもよいじゃろうか?」


 と、若干恐縮しながら口にする。


「はい、どうぞご自由にお回りください」


 対して店員は明るい笑顔でそう言うと、入って手前側がテーブル席、奥がお座敷席になっている事や、全席を確認し易い順路まで教えてくれた。

 ミラは丁寧な対応に礼を返し、教えられた通りの順路を辿って店内を確認していく。

 その間にも元気な挨拶が、方々からあがる。そしてそれに負けず劣らず、客達の賑やかな声もそこにはいっぱいに溢れてた。

 居酒屋、宴会、よろこんで、の単語で連想出来そうな雰囲気の店である。


「おらんかったようじゃ。邪魔をしたのぅ」


 店内を一回りしたミラは、入り口の店員にそう一言告げてから店をあとにした。

 すると背後から「またお越しくださいませ!」と、変わらず威勢の良い声が響いてくる。

 それを受けて、ミラは少し気分良く次の店を探し始めるのだった。



 次にミラが訪れた店は、賑やか、というより喧騒に満ちていた。

 いったい何時から飲んでいるのだろう、相当に出来上がっている男共がたむろしている。

 からまれては面倒だ。ミラは店の者に人を探しているという旨を伝え、遠巻きに店内を確認する。

 そこは、冒険者、酒場、酔っ払い、の単語で真っ先に思い浮かぶような光景だった。

 良く見れば店の端に舞台のようなものがあり、そこで冒険者らしきいかつい男二人が、素手の殴り合いをしていた。どうやら、喧嘩するならあちらでどうぞ、というのがこの店の方針のようだ。

 店の者曰く、聖術士のスタッフ完備で回復薬入りの酒などもあるため、意外と安全で見世物にもなり、実入りがいいという事だった。

 メニューを見ると確かに、ヒーリング・○○という名の結構割高な酒がある。酒と混ぜるため特別に調合した専用の回復薬を利用しているそうだ。

 いかにも冒険者相手らしい運営形態に感心しながら苦笑したミラは、探し人が居ないと分かると足早にその場をあとにした。



 三軒目にミラが訪れた店は、間接照明で統一された、淡く落ち着いた雰囲気のバーだった。

 ミラは先程と同じように人を探していると告げ、店内を眺める。

 一人でグラスを傾ける者。男女二人で寄り添う者。そっと女性に声をかける者。また、それを待つ者。喧騒とは無縁ながら、そこでは静かなやりとりが繰り広げられている。

 大人、カクテル、「あちらのお客様からです」という言葉で想像出来そうな、大人びたバーであった。

 途中ミラも幾人かに声をかけられたが、人を探しているからと言い、やんわりと断っていた。ただ、その中に女性もいたという事がミラを驚かせ、同時にフリッカはそう特殊なものでもないのではという、間違った印象を植え付けられてもいたりした。

 どうやらここは、一夜の出会いを求めて男女が集う、そんな店のようだ。案の定というべきか、やはりこの店に探し人の姿はなかった。

 いかにも肉食系といったがたいの良い女戦士が、ミラに向かって手を振る。フリッカやアルカイト城の侍女達を想起させるその笑顔に、引き攣った笑顔で挨拶を返したミラは、素早く店を飛び出し次へと向かうのだった。


 次に見つけた四軒目は料理が全て串揚げで、和風な内装が特徴の店だった。

 お座敷、居酒屋、路地裏、という単語でイメージ出来そうな、隠れた名店といった風情だ。とはいえ客の数は多く、隠れてはいないが。

 ミラは慣れたように人を探している事を店員に告げて、店の中を見て回る。

 厨房から揚げ物をする音が響いてくる。ちらりと客席に目を向ければ、串かつといった肉類が視界に入った。誰かが分厚く切られた串揚げ肉にかぶりつけば、さくりと心地よい音が零れてくる。

 エビやイカ、貝などの海産物もまた豊富で、流石と言うべきか、メニューは串揚げだけでも百種類は超えていた。中には、ケーキやアイスといった変り種まで取り揃えられているようだ。

 このまま席に座りたい。そんな感情に必死で抗いながら、ミラは涙を呑んで串揚げから顔を逸らした。


「おお、ここにおったか!」


 そうして通算四件目の店内を半分ほど回ったところで、ミラはようやく目的の人物を見つける。


「ん? なんだ、ミラの嬢ちゃんじゃないか。その口ぶりからすると俺を探していたのか?」


 店の奥、そこのテーブル席には、ジョッキを片手に山盛りの串揚げを喰らうアーロンの姿があった。


「うむ、ちと色々と話したい事があってのぅ」


「……そうか。んじゃあ部屋に戻るとしよう」


 周囲に目配せをしながらミラが言うと、その意図を察したアーロンは頷き答え、ジョッキに残るビールを一気に飲み干した。

 席を立つアーロン。山盛りの串揚げを見つめるミラ。

 アーロンは近くの店員に残りの串揚げを包むように頼むと、追加で酒を一瓶購入してから店をあとにする。そして宿泊している部屋に向かった。

 ミラは満面の笑みを浮かべて、そのあとについていくのだった。



 食道楽三昧の五階。部屋に戻ったミラは串揚げを堪能しながら、アーロンに現状を話して聞かせた。

 細かいところは省略して説明するミラ。センキの埋葬地とメルヴィル商会の関係、ヨハンという錬金術師、黒霧石に関する資料と、それを本部に届けるための通信。

 待ち時間に見つけた裏オークションの会場。郊外で捕まえたキメラクローゼンのアイザックと、異物狩りの男。

 そしてアイザックから得られた、セントポリーという国の実情についての全てをだ。


「なるほどな。なんとなく国が関係しているとは思っていたが、まさか国そのものがキメラだったとは……」


 心当たりはあったのだろう、アーロンは驚きながらも神妙な面持ちでそう呟き、セントポリー側での調査状況を口にした。

 とはいえ、本格的にセロ達との共同捜査が始まってまだ一日と少しだ。流石に、そう大きな情報はない。

 ただ一つ、住民も用途を知らない国営の施設が、幾つかあるらしい。という事だった。


「念のため、その場所を探していたんだが、ミラの嬢ちゃんの話を聞いたあとになると、むしろ本命に思えてくるな。しかも、そうなればこの国の発展速度にも納得がいくってもんだ」


 元は人の住めぬ荒野で断崖絶壁だった場所を、たった二十年で他国に劣らぬ首都として発展させた。それは大国の国家予算をゆうに超える資金と世界中の技術の粋を集めれば、不可能とは言い切れない。更に、この世界には物理を超越する()という力がある。使い手次第では、相当に融通も利くだろう。


「うむ、確かに。あの壮大な光景が精霊達の力による賜物だったとすれば、納得もいくのぅ」


 だが国の重役が全てキメラクローゼンで構成されているとなれば、話は別だ。莫大な金や、優秀な術士などは必要ない。精霊の力を操る技術さえあれば、全て事足りるのだから。

 ミラは階段状に整地された見事な断崖を脳裏に思い浮かべた。そしてそれが、無情にも奪われていった精霊の力だと思うと、何とも言えぬ感情にそっと目を伏せる。

 とはいえまだ話の裏を取ったわけではなく、そうと決まってはいない。


「さて、それでその情報を吐いた役員と暗殺者をどうするか、だったな」


 しかしアーロンは、それこそが真実だろうと確信した様子で、その目に闘志を宿らせていた。


「うむ、どこに運べばよいじゃろうか」


 国や組合の施設では確実に暗殺されるだろう。なので今は、ローズラインのイーバテス商会に借りている隠し部屋が一番だろうかと、ミラは続けて提案する。そして護送に関する、召喚術の目立ちようなどの懸念も一緒に付け加えた。


「そういう事なら、五十鈴連盟の支部が一番だろうな。いざという時のために、監禁部屋も用意されているはずだ」


「ほぅ、そうなのか? 随分とこぢんまりとした平屋じゃったが」


 五十鈴連盟の支部。南の郊外にあった、見た目は小さな平屋のような建物だ。深い地下室はあったものの、監禁部屋などという厳重そうな場所は見当たらなかったと、ミラは思い返す。


「ああ、表向きはだいたいそうなってるようだ。俺は使った事がないが、通信装置は地下にあっただろ? 話によると、その更に奥に監禁部屋が隠してあるって事だ」


「なんと、まったく気付かんかったわい」


 改めて通信室を思い浮かべたミラは、驚くと同時、実に都合のいい場所にいい部屋があったなと喜ぶ。


「ウズメの嬢ちゃん特製の結界だかで隠してあるようだからな。気付かないのも当然だ」


「結界か。なるほどのぅ」


 アーロンの言葉は、敬意というよりも、どこか崇敬の念が込められていた。余程、とてつもない何かを目の当たりにしたのだろうか。そう考えながらも、ミラは心底納得する。

 幾つかの術種には、結界という分類の術がある。その中で、最も多彩で規模と効果が大きいのが、陰陽術による結界なのだ。蛇足だが、湖の底に五十鈴連盟の本拠地を構えていられるのも、この結界の力によるものであった。


「そうと決まれば、行動は迅速にだ。俺は支部にいって、捕虜の受け入れ準備をしておく。ミラの嬢ちゃんは、その二人を誰にも見られないように、その、静寂の力ってやつでもって連れてきてくれ」


 アーロンはそう口早に言うと立ち上がり、酔い覚ましのためかグラスに水を注いで一気に呷った。そして頬を張り気合を入れ直す。


「うむ、分かった。国の重役を背負っておったとなれば、流石に目立つからのぅ」


 犯罪を犯した者を捕らえ連行するという光景は、この世界において、そこまで珍しくはない。だが、それが国の重役となれば別だ。更にキメラクローゼンの件も合わせて考えれば、その移送は決して誰にも見られてはいけないものだった。

 当然その事を理解しているミラは、完全隠蔽の使用も考慮に入れながらキリリと表情を引き締め、串揚げを数本手にして立ち上がる。腹が減っては戦が出来ぬのだから。



 日が暮れても街灯に明るく照らされ、昼のように賑わうセントポリーの街。数多くの精霊が犠牲となった事で生み出された、その景色。知ってしまえば、それを綺麗などと思う事が出来ず、ペガサスに乗ったミラは、ただ黙祷するかのように瞼を閉じた。

 キメラクローゼンの誰かが二人を探している事も考え、ミラは幾らか手前に降り立ち、周囲を警戒しながら捕虜の二人を留め置いた地点に戻る。


「どうじゃ、問題はなかったか?」


 素早く光学迷彩の効果範囲に潜り込んだミラがそう言うと、ワーズランベールは、怪しい人物が一人来たが気付かれる事はなかったと答えた。そして、「どこへ運ぶか決まりましたか?」と、言葉を続ける。


「うむ、やはり相談はしてみるものじゃな。絶好の場所があったわい」


 そう満足げに口にしたミラは、早速とばかりに白騎士へ命じ、捕虜の二人をまとめて担がせる。黒騎士よりは幾分ましだが、移送と言うより、やはり誘拐といった色が濃く見えた。

 とはいえそれは、見られればの話だ。ミラとワーズランベール、そしてアイザックと異物狩りの男を担いだ白騎士は、光学迷彩で完全に姿を消したまま、夜の岩山を疾走してセントポリーの街に向かう。

 そうして約一時間と少し、ミラは大きく道を迂回しつつ街の外周から直接、五十鈴連盟の支部がある南地区に足を踏み入れていた。

 そこは街の中心部とは正反対に、酷く静まり返っていた。かといって人がいないわけでもなく、残業終わりらしい作業員や、見回りの警備員がぽつぽつと散見する。

 街灯は少なく闇が目立ち、それゆえに足音もまた一際響く。ミラとワーズランベールは、まだ誤魔化せるはずだ。しかし白騎士の重厚な足音は、その闇の中では異様に悪目立ちする事だろう。


「あと五百メートルほどか。ワーズランベールや。完全隠蔽の残り時間は、あとどれだけじゃろう?」


 国の重役が姿を消したその日、南地区で正体不明の足音を聞いた、何かを担いだ不審な人物を見たなどという、少しでも怪しまれそうな噂を一切立てぬよう、ミラは残り時間の少ない完全隠蔽の使用を決意する。


「そうですね……、あと五分持てばいい方でしょうか」


「ふむ、それならば充分じゃな」


 残り時間にはまだ余裕がある。そう判断したミラは早速完全隠蔽の発動を指示して、五十鈴連盟の支部までを一気に駆けた。

 そして、五百メートルを一分もかからず走り抜けた代償は、全て捕虜の二人が被る事となる。無造作に肩に担がれたまま激しく揺さぶられれば、その影響は言わずもがなだろう。



 五十鈴連盟のセントポリー支部前。ミラは完全隠蔽の効果から抜けて、その扉を叩く。

 鍵を回す音が小さく鳴り、捕虜の受け入れ準備のため先に来ていたアーロンが顔を覗かせた。


「本当に見えないな。というより、気配すら分からん」


 窺うように周囲に目配せしたあと、ミラの背後に目を向けたアーロンは、そこに居るのであろう捕虜の二人と精霊の存在をまったく感じられない事に舌を巻く。そして「本当にいるのか?」と、もっともな疑問を口にする。


「凄いじゃろう? 足音が目立つのでな。全力を出してもらっておるのじゃよ」


 ミラは、自慢げな笑みを浮かべながら支部に入り、全員が入室した事を確認して扉を閉めた。そして「もう良いぞ」と言い、完全隠蔽を解除させる。


「おお! こいつはすごいな」


 突如、ワーズランベールと白騎士、そしてその肩に担がれ青い顔をした二人の男が目の前に出現した。

 経験によって磨かれた勘もその存在を捉えられず、気配どころか違和感すらもなかった事にアーロンは驚愕する。


「ミラの嬢ちゃんには、何度驚かされたか分からないな」


 想像を超えたその力を目の当たりにしたアーロンは、心底驚いたように声をあげ、同時に子供っぽく笑った。

 壮年期を過ぎても未だ現役のアーロン。上位陣に名を連ねられるだけの実力を持ちながら、まだ上を目指すその意思は、理解すら及ばない力を前にしてより燃え上がったようだ。


「そのつもりは、ないのじゃがのぅ」


 ミラは、どこか惚けるようにそう言って肩を竦めてみせた。



 支部の隠し扉を抜けて地下の通信室に下りる。

 グレーで統一された内装に黒の通信機。一度来た事のあるその室内の奥。そこには見覚えの無い鉄の扉があった。

 案内するように先を行くアーロンが、その奥に向かう。どうやらそこが秘密の監禁部屋のようだ。


「そういや、特急便が到着していたぞ」


 鉄の扉に手をかけたアーロンは、ふと振り返り通信室の隅を目で指し示す。そこへ目を向ければ、実に覚えのある姿と名前をした朱い鳥が佇んでいた。


「おお、なるほどのぅ。これは早いわけじゃな」


 その鳥、体長は一メートルほどだろうか。全身を覆うのは鮮やかな朱色の羽。煌びやかな金色の尾羽が、そこからすらりと伸びている。そして顔周りは透き通るような青で、鳥ながら凛々しい面構えをしていた。

 その名は、ピー助。陰陽術の九賢者カグラが使役する上位の式神であり、飛行速度はゆうに時速二百キロメートルを超える、朱雀のピー助だ。

 見れば首から紐で箱を提げており、そこには可愛らしい猫のマークと、特急便という文字が描かれていた。

 それらを目にしたミラは確かに特急便だと納得する。


「先に、こちらの方を片付けておくとしようか」


 所在なげに佇むピー助の姿に、これ以上待たせるのもなんだと考えたミラは、そう呟き先に届け物をしてしまうという旨をアーロンに告げる。


「ああ、分かった」


 頷き答えたアーロンに捕虜の二人を預けたミラは、白騎士へアーロンの指示に従うようにと命じた。すると白騎士はミラの傍を離れ、命令通りアーロンに付き従うように控える。


「なんだろうな、騎士団の小隊長にでもなった気分だ」


 たった一体だけの白い隊員を見つめてそう言ったアーロンは、どことなくご機嫌な様子で白騎士を伴い奥の部屋に消えていった。



「さて、ピー助や。こいつを頼んだぞ」


 ヨハンから受け取った書類の他、ミラは採取した黒霧石もサンプルとして、ピー助が首から提げた箱に同梱する。そして箱の表に『危険物在中 精霊の近くでの開封厳禁』と、でっかく注意書きをした。


(そうじゃ。折角じゃからな)


 必要なものは全て詰めて、あとは送り出すだけ。そこまで作業を終えたミラは、この数時間で劇的な進展があった事を伝えようと考え、通信機に手を伸ばす。


「わしじゃー」


 受話器を取れば、直ぐに向こうへ繋がる。しかと学習したミラは余計な事を口にせず、そう一言だけ発する。


「ああ、おじいちゃんやっと来た! もう、遅い!」


 通信室にウズメことカグラの声が響く。同時にミラは、ぎょっとした表情でピー助に目を向けた。


「一時間も待ってたんだから!」


 通信室全体に聞こえる声。そう、その声は受話器からではなく、ピー助の口から発せられていたのだ。


「これはなんとも、たまげたのぅ」


 ピー助がカグラの声で話す。そして先程佇んでいた時の様子とはまるで違い、少し滑稽にも見える動作で、生き生きと人間らしく動いている。

 カグラの動きを真似ているのか、ピー助は、腰(?)に手を当てるように翼の先を当て、ミラを睨んでいた。


「なんじゃ、どうなっておるのじゃ?」


 式神のピー助が主であるカグラの声を発し、似た動きをする。それはまったく見覚えの無い事であり、ミラは即座にそれが新技能だと悟った。

 受話器を置いてピー助の正面にしゃがみ込んだミラは、実に楽しげな様子でそんなピー助を引っつかみ、上下左右にひっくり返しては、興味津々で観察する。


「あ、ちょっと、乱暴にしないで。目が回るぅー」


 ピー助は、そう悲鳴のような声をあげて、ミラの腕の中で目を回しぐったりするのだった。



 新技能、新開発。ミラ(ダンブルフ)が、そういった事に目が無いのを思い出したカグラ(今はピー助)は、どうにか拘束から抜け出すと、爛々とした目で情報開示を求めるミラに、ため息交じりで説明を始めた。

 その技能とは、《意識同調》というそうだ。マナで生み出した従者限定で自分の意識を憑依させる技能であり、主に視覚と聴覚を共有するもので、慣れればある程度動きも同調出来るようになるらしい。

 ただ、同調中であっても、本体である術者自身の感覚が遮断されるわけではないという。ゆえに、先程ミラがしたように同調相手が激しく揺さぶられると、自身の感覚と、激しく動く感覚が交じり合い、酷く酔うのだという事だ。


「マナで生み出した従者というのならば、もしや武具精霊などでも使えるのか!?」


 じっくりと説明を聞いたミラは、次の瞬間、興奮気味に声をあげピー助に迫った。


「えっと。多分、死霊術にも流用出来たから、武具精霊でも出来るかもしれないね」


 またひっくり返されては堪らないと、ピー助は距離をとりながらそう口にする。

 式神は、その全てが術者のマナによって形作られている。つまりどの式神にも同調可能というわけだ。対して召喚術のヴァルキリーやアイゼンファルド、ワーズランベール等は、マナで門を作るだけであり身体を形作るわけではない。

 しかし武具精霊、つまり人の手で作り出されたものに宿る人工精霊の召喚は、式神と同じく全てがマナで構築される。そしてこの事は、賢者ダンブルフが解明した召喚術の基礎となる知識でもあった。

 簡単にいえば、人工精霊はソフトウェアだけの存在であり、ハードはマナで作る必要があるという事だ。ただ、どうして人工精霊がこうも違うのかというのは、まだ研究途中の段階である。


「ふむ、そうかそうか。では──」


「──それはまた今度。それよりおじいちゃん! 何か話があるから通信してきたんでしょ? まずはそっち」


 予想済みだったのだろう、ミラの言葉を遮るようにピー助が言う。

 新技能、《意識同調》に関心の全てを持っていかれたミラだったが、『教えてくれ』と最後まで口に出来ず、もどかしそうに唇を尖らせる。だが、捕虜二人の件を伝えることも確かに重要だ。そう思い至ったミラは血の涙を呑んで今直ぐの情報入手を諦め、進展について語るのだった。



 ミラは裏オークションに関する事から、長衣の男が言った七日後の作戦決行、そして捕虜としたアイザックが吐露したセントポリーという国の実態について話し、


「と、いうわけでのぅ。これからもう一人、暗殺者らしき奴から、色々と聞き出すところじゃ」


 最後にそう言って締め括った。


「おじいちゃん、でかした!」


 じっと聞いていたピー助は、終わると同時にそう威勢よく声をあげる。そして随分とご機嫌な様子で、ばしばしとミラの肩を叩き喜びを露にした。


「まあ、わしにかかれば造作も無い事じゃ。して、連絡だけのつもりじゃったが、見て聞けて話せるのならば、このまま連れて行った方が早そうかのぅ」


 聞き出した結果を改めて報告するより、意識同調したカグラを立ち合わせた方が早そうだとミラは考える。


「尋問なら私に任せて。直ぐそっちいくから!」


 しかしカグラもといピー助はそんな事を言い残すと、まるで魂が抜けたかのように動きを止めた。


「直ぐに行く? どういう意味じゃ? 今ここにいたじゃろうが」


 佇むピー助に向かいそう言ったミラは、なにやら先程と違い反応が無い様子に首を傾げる。

 もしや《意識同調》を切ったのだろうか。別に立ち会うならそのままで良かったのでは。そう考えながらミラは、全く反応がないピー助を確かめるように抱き上げ揺すってみたり、耳元(?)に呼びかけてみたりする。


「おーい、どうしたんじゃー。返事せーい」


 激しく揺さぶろうが高く掲げひっくり返そうがピー助は反応せず、ミラは、やはり同調を切っているのだと判断する。そして最後に言っていた『直ぐにそっちいく』という言葉の意味を考える。

 と、その時だった。ミラが手にしたままのピー助が不意に輝き始め、次の瞬間、その姿が消えて代わりにカグラ本人が現れたのだ。


「な!?」


「え?」


 ミラの頭上に突如出現したカグラ。しかもピー助と同じような状態、つまり頭を下にしてである。

 その結果は言わずもがな。ミラに人一人を支える筋力はなく、カグラはそのまま真っ逆さまに落下した。当然、その下にいたミラも無事では済まず、二人はぶつかり、崩れるようにもつれ倒れ込んだ。


「いっ……たーい。何で床が上にあるのよ……」


「なんじゃ、まったく。どうなっておる……」


 床に倒れたミラとカグラ。それは正に偶然が生み出した状態だった。

 説明せずに同調を切ったカグラ、見た目の大きさにそぐわず軽量なピー助、それを逆さまにして持ち上げていたミラ。これらが合わさった結果、まるでマンガのようなドキドキイベント、通称ラッキースケベが生じたのである。ただ一つ異なる点があるとすれば、それはどちらも少女(?)であるという事だろうか。


「おーい、ミラの嬢ちゃん。大きな音がしたが、どう、し……た?」


 派手に倒れた二人。その音と震動が伝わったのか、確認に来たアーロンは顔を覗かせると同時、その光景を前に絶句する。

 床を背にするミラ、そのミラに覆い被さるカグラ。互いに上下は逆で、いわば見せ付けあう体勢で絡み合っていたのだ。

 赤と白。一見すると、巫女装束に似た服装のカグラ。だが、そこには盛大なアレンジが加えられ、更に猫と肉球の模様がふんだんにあしらわれた千早を羽織っていた。そして当然の如く、清楚な緋袴は膝丈のスカートに互換されている。魔法少女風に分類されてもおかしくない、そんな衣装だった。


「あら、アーロンさん? こんばんは」


 若干頭をぶつけたのだろう、ミラの股の間から顔を出したカグラは、額を押さえながら若干朦朧とした顔でアーロンに振り向く。


「挨拶などあとにせぬか……」


 その股下にあり尻を強かに打ち付けたミラは、カグラのスカートの中から顔を覗かせつつ、早くどけと蠢いた。


「あーっと……その、なんだ。……なんだってウズメの嬢ちゃんがここにいるんだ?」


 アーロンは僅かな間黙考すると、二人の状態に関しては完全に目を瞑り、カグラこと五十鈴連盟の総帥ウズメが何故この場にいるのかという点にのみ言及した。



「と、いう訳で尋問しに来たのよ」


「そういう事らしいわい。わしはそれに巻き込まれて、ああなったという事じゃな。いい迷惑じゃ」


 何事もなかったかのように立ち直ったミラとウズメ。ウズメは捕虜の二人を直接尋問するため、特別な陰陽術を使用してピー助と居場所を交換したのだと説明する。次いでミラが、そのピー助を持ち上げていたので突如入れ替わったウズメに圧し掛かられたのだと続けた。


「そんな術があるとは、流石はウズメの嬢ちゃんだな。なら話は早い、準備は完了しているので尋問を始めてくれ」


 言い訳については聞き流し、そう言ったアーロンは、早速とばかりに振り返り促すようにして鉄の扉の奥へ戻っていった。


「にしても、おじいちゃん。あのパンツは派手過ぎだと思うんだけど」


「お主こそ、猫のバックプリントなんぞ一体今いくつのつもりじゃ」


 アーロンがいなくなったところで、二人はそう言い睨み合う。だが、それは長く続かなかった。「変態」と一言ウズメが口にすればもう何も言い返せず、ミラは愕然と頭を垂れ敗北を認めるしかなかったからだ。

コミックが溢れすぎて、もうどこにどれがあるやら分からなくなってきました。

かつては、最新刊を購入したら、一巻前を読み直してから最新刊、なんて読み方をしていましたが……。

もう、あの頃には戻れなさそうです。


ただ、あの頃に戻りたいかと問われれば、戻りたくはないと答えます。

だって……ねぇ?


あ、最近、夕飯用として定番化していた大袋入りウィンナーが、スーパーから消えました……。美味しくてコスパも良かったので重宝していたのですが、なんか色合いを良くする、なんとか塩とかいうのを使っていないものしか扱わないなんて告知されていました。

お高いものだけが残った状態!

さて……新しいご飯のお供を見出さなくては……。

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[良い点] ミラちゃん可愛い!早く動いてる姿を見たい! [気になる点] 後書きでもっと詳しく作者さんを知りたいです笑 [一言] 数日前に人気のランキングから気になって見始めました。 異世界もので、ハッ…
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