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12 ソロモン王

十二



 ミラを乗せた馬車は徐々に速度を緩めていくと、堂々と聳える門の前で停止する。

 高原から見下ろした時には首都を丸ごと囲む円としか見えなかった城壁は、近くから見上げるとその威圧感は国防に注力するアルカイト王国の意思を見事に体現していた。

 ミラは馬車の窓から身を乗り出して、それを仰ぎ見ては「でっかくなっとるのぅ」と、記憶の中にある三十年前の城壁との違いに心躍らせる。


 首都の方は、どれだけ変わっているのだろうか。

 色々な思案を振り切ったミラは、今はそういった世界の変化を楽しむ事に決めている。


 千里馬車が停まった門はアルカイト王国の正門ではなく、王城まで一直線に続く馬車通路へ繋がる専用の門だ。

 門番である衛士とガレットがいくつかの言葉を交わすと、鈍く重厚な音を響かせながら大きな門が開いていく。


 衛士が手を振り上げて合図を送ると、門の頭頂部にあるベルが空高く打ち鳴らされた。すると、それに呼応して遠くからベルが輪唱するかの様に響き渡り、遠くまで千里馬車の到着を告げる。

 馬車通路と交差した計五ヵ所の横断道を一時的に遮断するため、各所から衛士が出てくると黒と黄色の棒を持ち通行者を止め始める。千里馬車といえば国に関わる重要な案件に関わる際に使われる特別なもの。そのための相応な厳戒態勢が整えられていく。


「これはまた、随分な出迎えじゃな」


 馬車の窓から身を乗り出し、開ききった門の向こうに伸びる一本の通路に等間隔で衛士が並んでいる様を見ると、ミラは事の大きさに気重そうに呟く。


 馬車はゆっくりと走り出し徐々にその速度を上げていくと、ものの数秒で最高速に達し、街の景色が目まぐるしく後方へと流れる。


 けたたましく疾走していく千里馬車を物珍しそうな目で見送る街の住人達は、御者役を務めるガレットの姿を目に留めると、どれだけの重大事なのだろうと脳裏を過ぎる。しかし、それと同時に窓からちらりと見えるリボンまみれの少女の姿に目を奪われると、一瞬で遠ざかるその後姿に興味の全てを連れ去られた。




 徐々に窓から覗く景色に高級感が漂い始めると、ミラはその中でも頭一つ飛びぬけた建物を見つける。


(近くで見ると、これ程じゃったか)


 それは五行機構の一つ、アルカイト学園。高い壁に仕切られた敷地の中央に、大きく宮殿のような校舎が堂々と鎮座するその姿に、まずは五行機構巡りをしようと観光スケジュールを決めたミラだった。





 馬車に揺られること更に暫く、通り過ぎる景色が緩やかに速度を落としていくと、王城前の城門で停車する。


「ようやっと着いたか」


 ミラは、座りっぱなしで凝り固まった身体を解す様に伸びをして、飲み終わったアップルオレの空き瓶を、こっそりと足元の隅に寄せる。


「お疲れ様です。ミラ様」


 ガレットは馬車の戸を開き一礼すると、エスコートするように手を差し伸べる。


「ご苦労じゃった」


 ミラはそう言うと「無用じゃ」と続け、ガレットの手をそっと払い一足で地に飛び降りる。見上げた王城は記憶と相違は無く、ここだけは変わっていないなと安心半分期待外れ半分の気持ちで視線を下げて絶句する。


 ゆっくりと開いていく門の奥には、馬車通路よりも更に盛大な出迎えが待っていたからだ。


 城門から王城までの通路の両脇には、剣を眼前に掲げた騎士が微動だにせず並び、その後ろには槍を手にした騎士が整列している。更に兵士が等間隔で国旗をなびかせる。


「何とも大げさ……じゃのぅ」


「ソロモン王様が、それだけミラ様の来訪を喜ばれているという事です」


「あやつか……」


「ダンブルフ様といえば、国の英雄ですからね。そのお弟子様を迎えるとなれば、このくらいは当たり前ですよ」


「ふむ、そういうもんなのかのぉ」


「そういうものなのです。ではミラ様、行きましょう」


 二人が馬車から離れると、城付きの飼育員が千里馬車を厩舎へと運んでいく。


 ミラがガレットにエスコートされるように門を越えると同時に、太鼓の音が激しく鼓膜を揺らす。騎士達が剣を斜め前方に突き上げ国章が刻まれた盾を前面に構える。その間から二列目に並ぶ騎士が槍を斜に掲げて、通路に城門から城へと続くアーチを作り出した。


「随分な歓迎ぶりじゃな……」


「何だか、私も少し気持ちが良いです」


 ミラに対する盛大な歓迎の中、一案内役であるガレットが楽しそうに笑顔を向ける。


「まったく、お主という奴は」


 その屈託の無い性格に表情を綻ばせたミラは、ガレットの人間性に好感を持つと、このような部下を持つソロモンを心の中で賞賛する。



 二人は、鼓笛隊の小気味良い音に後押しされながら仰々しいアーチを抜けると、そのまま城内へと入る。入り口には二人の衛兵が控えており「王の間まで案内致します」と一礼。ミラは、目立つのがそれ程好きではなかったので、これで少しは静かになると安堵しながら後に続く。


 衛兵が王の間の扉を開くと、上品な花の香りが漂う。床には絨毯が敷かれており、ミラから見て手前から黒、青、緑、赤、白と等間隔で色分けされている。

 王の間に居たのは五人。その場でもっとも目立つ正面の数段上がった玉座には一人の少年が腰掛けていた。

 金色の双眸に少し被る薄緑の髪には無数の宝石があしらわれた冠が載っている。一見すると場違いにも感じるが、豪華な衣装を身に纏い玉座に収まった少年は、その姿からは想像も出来ない程に堂に入っており、国を治めてきた三十年間の実績をその身で示す。

 やんちゃそうな表情を浮かべミラを見つめる、この少年こそがアルカイト王国の国王でありダンブルフの友人、ソロモン王その人だった。


 ミラの記憶にも相違は無く、姿形は最後に見た時と同じままで、若干衣装が前よりも豪華に見えた程度だ。


 ソロモン王の前方、段差の下で控えるように佇むのは、只者ではない雰囲気を纏った騎士と、黒い色合いのローブを纏いフードで顔を隠した術士。二人はミラを目に留めると、術士はその余りにも可愛らしい少女の姿に、笑顔を浮かべる。しかし騎士の方は、英雄ダンブルフの弟子が、只の小娘だと見るや否や落胆の溜息を吐いた。


 ガレットは一歩前に出ると跪き、


「エルダーダンブルフ様の弟子、ミラ様をお連れ致しました」


 と言い、一礼する。


「道中ご苦労様です。下がっていいですよ」


 威風堂々と玉座の隣に立ち、一言告げる男の名はスレイマン。端正な顔立ちに金髪を靡かせるエルフ族だ。


 ガレットは「失礼します」と脇の方へと移動する。


「初めましてミラさん。私はスレイマン。ソロモン王様の補佐官です」


「ミラじゃ」


 視線だけを動かしスレイマンを捉えると、ミラは簡潔に答える。ガレットは王の御前であるこの場に至っても、相変わらずのミラの姿に盛大に慌てる。


 だが、そんなガレットの気持ちなど知る由も無いミラは、腕を組み顎に手を当ててソロモンを調べた(・・・)


 しかし、ソロモンを注視するミラの視界には何の情報も浮かばない。代わりにと見つめたスレイマンは、フルネームやステータスが確認できる。


(これは、どういう事じゃ……)


「早速ですがまずは、貴女が真にダンブルフ様の弟子であるか確認させて頂きたいのですが、よろしいですか?」


 二人の違いに考え込んだミラの意識をスレイマンの言葉が呼び戻す。


「ああ、構わんぞ」


 ミラは、アイテム欄から塔鍵(マスターキー)を取り出すと「これじゃ」と、それを手にしたままスレイマンへ歩み寄る。


 しかし、その瞬間。居てもたっても居られなくなった騎士が突如として飛び出し抜剣すると、


「それ以上近づくな! 貴様、不敬にも程がある!」


 そう怒声と共にミラの前へ剣先を向けたのだ。


 アルカイト王国近衛騎士団の団長を務める騎士レイナード。彼は謁見の直前にソロモン王より、相手が多少の礼を弁えなくても、気にするなと言い付けられていた。ゆえに、跪かなかった事や言葉遣いには、煮えたぎる思いを押し込めて耐えた。しかし、あろう事か許しも無く王に近づこうとしたため、遂に沸点を突破したのだ。


 ミラは知らなかったが、王に近づいても良い距離というものがある。階級等によりその距離は決められており、客人は特例を除き絨毯の黒から前に出てはいけない決まりだ。


「なんじゃ、近づかねば渡せぬであろう」


「隣に控えた衛兵に渡せばいいのだ!」


 かつては肩を並べていたソロモンとダンブルフ。ミラにしてみれば友に会いに来ただけであり、ちょっと話が出来ればいいと、その事しか頭には無かったので、国の最高位と謁見するという事の重大性は完全に欠落していた。


(面倒じゃのぅ)


 ミラは当時と同じような気持ちで話していたが、騎士の怒気が混じった表情に今は状況が違う事を思い出す。こういった公の場所での作法を露程も知らないミラは、困ったように剣先を指で抓むと、塔鍵を騎士に差し出す。


「そうじゃったか。すまんのぅ。まあ良い折角じゃ、これを届けてくれぬか」


「貴様……どこまでっ……。まずは下がれ!」


 激昂した騎士は手にした剣に力を込める。だがしかし、只の少女に抓まれただけのはずの剣は微動だにせず、レイナードは驚愕をその顔に浮かべる。


「レイナード、それを持ってこい」


 玉座から少年の声が短くそう告げる。


「しかしソロモン様。この者、余りにも目に余ります!」


「初めに言っておいただろう。それも範疇だ。それとも、お前はこれ以上私を待たせるつもりか」


 ソロモンに見据えられたレイナードが萎縮する様子から、知らないとはいえ可哀想な事をしたかなと思ったミラだったが、塔鍵を奪い取るように受け取った態度に、まあいいかと思い直す。

 ミラは抓んでいた剣先を放すと、レイナードはじろりと睨みつけるようにそのローブから少しだけ覗いた白く細い腕を見つめ、怪しい術でも使われたのだと結論付けると、より一層ミラに対する警戒を濃くする。


 そんな中、ガレットは一先ず場が収まったのを見て、どうにか荒事にならずに済んだ事に内心胸を撫で下ろす。



 ミラが元の立ち位置まで戻る間に、レイナードから塔鍵を受け取ったソロモンは、間違いなくそれが召喚術の塔の物だと確認する。


「確かに、これはダンブルフの物に違いない。師から弟子へ受け渡されたというのならば疑う余地は無いな」


 そう言ったソロモンは、控える衛兵に塔鍵を渡すとミラへと届けさせる。


 ミラは塔鍵を受け取りアイテムボックスにしまうと、未だに睨みつけてくるレイナードの視線から逃れる様に、視線を漂わせる。


「確認も取れた、場を換えるとしよう。ダンブルフの弟子よ、三十年間不在だった師について色々と話を聞かせて欲しい。いいか?」


「うむ、構わぬ」


 渡りに船とばかりに即答するミラ。


「では、私の執務室がいいな。ここよりも落ち着いて話が出来る。残りの皆はパレード隊の宴会に加わってくるといい」


 ソロモンがそう言うと、再びレイナードが一歩踏み出す。同時にミラの表情に、苦笑が浮かぶ。


「ソロモン様。いくらダンブルフ様の弟子とて、そのような得体の知れぬ者と二人きりとなるのは危険でございます。どうか私めをご同席させて頂きたく存じます!」


 レイナードはミラを一瞥すると、ソロモンに深く礼の姿勢を取り進言する。


(話が進まんのぅ)


 ミラは、確かに自分は得体が知れないかもと思いながらも、レイナードの忠義ぶりに、やれやれと首を振った。


「レイナード、お前は私がこのような小娘に劣るとでも言いたいのか」


 ソロモンは只ならぬ気迫を纏いレイナードに言葉を発した。ソロモン王は、少年の姿とて伊達に三十年間国を治めて来た訳ではない。政治だけではなく、何より武勇が国の行く末を左右する世界。その世界で一国の王として君臨し続けたソロモンの実力は推して知るべしだろう。


「い、いえ。滅相もございません! 只この者、怪しげな術を使います故、万が一に備え」


 レイナードの言う怪しげな術、これにはミラはまったく心当たりが無い。それもそのはずで、レイナードが術と勘違いしているだけだ。体格に勝る自分が、華奢な少女に力で負けるわけが無いという前提での勝手な結論。実際は、ミラの装備補正による力の増強が原因だが、ミラ自身にもレイナードは何をもって怪しげな術と言っているのか分からないため、弁明のしようも無い。


「ミラ、という名だったな。私に害を成す気があるのか?」


「そんな事をして何になる。わしは、お主と話をしに来ただけじゃよ」


「だそうだ。私も話したい事が多くある。聞き分けてくれないか、レイナード」


「しかし、万が一にでもソロモン様の身に何かあっては、私は……」


 拳を握り締めるレイナード。だが、そんな一進一退のやりとりを遮ったのは、今まで沈黙を保っていた術士だった。


「ではこうしたら如何でしょう。僕とレイナードさんは執務室前の廊下で待機。何かあったら駆け込めばいいんです。ミラ様でなく、たとえダンブルフ様であろうと、僕達が立ち入るまでの短時間で、ソロモン様をどうにか出来るわけがないでしょう?」


「む、うむむ……そうだが」


「ではそういう事で。僕も本当は宴会に加わりたかったのですが、レイナードさんが余りにもあれなので、しょうがなく付き合ってあげるんです。僕とレイナードさん。これで十分だと思いませんか」


 そう提案した術士は、笑顔を浮かべながらレイナードの肩に手を乗せる。


「それは良い案だ。すまぬなヨアヒム。また近いうちに宴会を開くとしよう」


 ソロモンは一呼吸置いて、立ち上がる。


「いえいえ、それには及びません。レイナードさんに奢って貰いますから」


「ぬぐぅっ……」


 何も言い返せずに表情を歪めるレイナード。


「では行こうか」


 ソロモンがそう言うと、三人は後に続くように執務室のある廊下へと歩き出す。  


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