122 倉庫街からの脱出
百二十二
監禁されていたヨハンの妻アンジェリークと、娘アンネを倉庫街で発見したミラ達。
今は手分けして、生活で必要になるだろうものを手早くまとめている最中だ。ただ、非常に薄暗い中での作業なので、脛以外もそこここにぶつけたミラは、涙目で作業の監督役に移行していた。
最後に、サソリとアンジェリークの手でまとめられた荷物をミラがアイテムボックスに収納していく。
「ミラちゃんの腕輪、凄くいっぱい入るんだね。私のはもう満杯で余裕なんかないよ」
それなりの量になった荷物が、瞬く間に消えていく様を見ながら、サソリが羨ましそうに呟いた。一般的には、アイテムボックスが使える操者の腕輪は、組合から上位の冒険者に貸し出される貴重品である。
「ならランクを上げたらよいじゃろう。お主の実力ならBランクやAランクなど簡単じゃろうに」
サソリの実力は、ただの上位冒険者よりずっと上である。そしてアイテムボックス機能が付いた操者の腕輪は、ランクが上がれば上がるほど、容量の大きなものを借りられるようになるのだ。サソリならば直ぐにでも上のランクに上がれるだろう。ミラは、そう思った。
「時間があれば、そうしたいけどねぇ。今は任務が忙しすぎて、ランクを上げる時間なんかないよ」
話によると、通常Gランクから始まる冒険者稼業は、依頼の難度と達成数、それと達成率によって昇格が決定するそうだ。難度によって昇格に必要な点数が上下するものの、余程の規格外でなければCランクからBランクになるまでに、最低でも三年は必要らしい。
優秀だが規格外という程の力はなく、五十鈴連盟の任務で各地を飛び回っているサソリには、そんな時間はないという。
愚痴でもこぼすかのよう口にしたサソリは、一つため息を零す。
「大変じゃのぅ。ならば、わしがウズメに伝えておいてやろうではないか。任務が忙しくて不便しておると」
最後のカバンを収納しながらミラは、イタズラっぽく笑ってみせる。するとサソリは真に迫る表情で「聞かなかった事にしてくださいっ」と、必死な様子でミラに縋りついた。
そうこうして、実に身軽な引越し準備が整った。
「では行くぞ。隠せる範囲はそれほど広くはないのでな、離れ過ぎぬようにのぅ」
再び、完全隠蔽の効果を発動してから、ミラは注意を促して外に出る。
ぽつりぽつりと灯る頼りない街灯に照らされた倉庫街の中、正面には、どことなく気だるそうに歩く巡回兵がいた。その腰に下げた明かりが目に入り、アンジェリークは驚いて声をあげる。
「大丈夫じゃよ。範囲は広くないが、その効果は抜群じゃからな」
慌てたように口を閉じ顔を伏せるアンジェリークに、ミラは優しく声をかけた。ミラが言うように、巡回兵はまったく気付かずに通り過ぎていく。完全隠蔽の効果は聞いていたが、実際にその様子を目の当たりにしたアンジェリークは、驚きを越えて、ただ呆然と巡回兵の後ろ姿を見つめた。
それからミラ達は、道を覚えているサソリを先頭にして倉庫街を進んでいく。娘のアンネはといえば、ワーズランベールの背でぐっすり眠っていた。起こして驚かさないようにとサソリが弱めの睡眠薬を嗅がせてあるので、朝までは起きないだろう。
「すごいですね……」
何人目かの巡回兵を見送りながら、アンジェリークが呟く。そんな言葉にサソリは「もう、反則だよね」と返し苦笑いを浮かべる。
「そうじゃろう、これが召喚術の実力じゃよ!」
すこぶる得意になったミラは、決め顔でそう言った。
「静寂の精霊という名は初めて聞きましたが、流石は精霊様です」
ふんぞり返るミラに優しく微笑みかけたアンジェリークは、ただ純粋にそう口にしながら、まるで父のようにアンネを背負うワーズランベールを見つめる。
召喚術という点を受け流されたミラは、その言葉に少し不貞腐れる。そして当のワーズランベールはといえば、彼もまた知名度の低さを再認識させられうな垂れていた。
ミラとワーズランベールの姿を目にして、どこか天然っぽいアンジェリークの発言に苦笑するサソリは、自分は巻き込まれまいと、ただひたすら前を向いて先導する事に集中するのだった。
出口まであと少しとなり、最後の直線を進んでいると、正面に無数の光が集まっているのが目に入った。
「なにあれ?」
出入り口の門のあたりだろうか、どうにも騒がしい様子を目にしてサソリが声をあげる。まだ遠くて、その詳細は分からないが、更に近づいたところで正体が判明した。
それは巡回兵達だ。五名ほどが持ち場を離れ、そこに集まっているようである。
と、その時だ。巡回兵の集団が動き出し、真っ直ぐとミラ達のいる方へと進んできた。
「なんの騒ぎか分からないけど、少し離れよう」
サソリがそう言うと、ミラ達は道のずっと端の方に身を寄せて、集団が通り過ぎるのを待つ。
(ぬ、あの者は……?)
集団の先頭。巡回兵を引き連れる者を視認したミラは、反射的にその顔を注視して情報を読み取った。
その者の名は、『アイザック・マイヤー』。ローブを身に纏った黒い長髪の魔術士であり、鷹のように鋭い目付きをした美青年であった。ゆえにミラは、どことなくいけ好かないという理由で顔を顰める。
「もしかして、気付かれた?」
「分からぬ。しかし、急いだ方が良さそうじゃな」
深夜でありながら不穏な動きを見せる集団。それを見送ったミラ達はペースを上げて、メルヴィル商会が管理する倉庫街を脱出する。そして路地裏に紛れ込んでから残り時間の少ない完全隠蔽を解き光学迷彩に切り替えて、ヨハンの待つ屋敷へと向かうのだった。
アンジェリークの事も考慮しながら夜道を進む事、数十分。屋敷の門の前に到着したミラ達は、開けっ放しの門をくぐり足音に注意しながら敷地内に踏み込んでいく。
「ねぇ、ミラちゃん」
単一の隠蔽効果によって目では見えなくなっているが、音は誤魔化せない。だが周囲の違和感に気付いたサソリは、窺うように声を発した。
「うむ、お主も気づいたか。見張りが消えておる」
ミラもまた不可解な状況に気付き、そう口にする。どれだけ《生体感知》で周囲を探っても、来た時にはいた見張りの反応がないのだ。更に進み屋敷の前に着いても、反応どころか、影も形も見当たらなかった。
どうにも様子がおかしい。ヨハンを監視していたはずの、見張りの姿がないのだ。
用心しながら扉を開き、ミラ達は屋敷の中に踏み込む。エントランスは初めに来た時と変わらず、どこか不気味な暗闇に沈んでいる。
「これは、どういう事じゃ。ヨハンの気配まで消えておるぞ」
ミラは《生体感知》に集中し、屋敷のどこにも生命が存在しない事を確認した。そして眉根を寄せて顎先を指でなぞり考える。
「そういえば、取引の書類を用意しておくと言っておったな」
「うん、そう言ってたね。もしかして、こことは違うところに保管しているのかも。私達が早く来すぎちゃったとか?」
ふと思い出したようにミラが言うと、サソリもまたその可能性に気付く。
書類を保管してある離れのような場所がどこかにあるのだろう。ヨハンはそこへ書類を取りに行き、見張り達もその役目通りについていった。そう考えれば、別に不思議な事ではない。
「あの、主人は取引の書類を用意するといったのですか?」
導き出した理由に納得していたミラとサソリに、ふとアンジェリークが声をかけた。
「うん、メルヴィル商会との取引に関する書類をね。私達が奥さんと娘さんの救出に成功した時の報酬として受け取る事になっていたの」
「そうでしたか。えっと、取引に関する書類なら、地下にある書庫に保管していると思いますよ。特別な術具の棚がありますので、書類関係は全てそこに収めていましたから」
サソリが説明すると、アンジェリークは少しだけ思案顔で俯いたあと、そう言ってエントランスの端に顔を向けた。暗くて良くは見えないが、そこの奥には地下に下りるための階段があるらしい。
書類を外へ取りにいったのではないとすれば、ヨハンは地下にいるのだろうか。相当に厚い壁で隔てられているのなら《生体感知》の精度も下がるので、反応がないのも頷ける。だが、そうなると今度は見張りが消えた理由に説明がつかなくなってしまう。
「見にいってみるとしようかのぅ」
考えるのは確認してからでいいだろう。そう思ったミラは暗闇の中サソリの尻尾を握り締めた。案内を任せるためである。
「ミラちゃん、尻尾はやめてー」
悶えるように声をあげたサソリは素早くミラの手を掻っ攫い、階段のあるエントランス脇に向かって歩き出す。アンジェリークは、ワーズランベールの手を借りてあとに続いた。
幸いな事に階段には小さな明かりが灯っていた。足元を薄っすら照らす程度ではあるが、踏み外す心配はなさそうだ。
「やはり、ヨハンは地下にいったのじゃろうか」
見れば壁に照明用らしきスイッチがある。ヨハンが階段を下りるために点けたのだろうか。だが地下からは、《生体感知》による反応がなく、ミラは「にしては妙じゃしのぅ」と呟き、訝しむように階下を睨む。
「形跡はあるけど、誰かがいるって感じはしないよね」
五感を研ぎ澄ませ気配を探るサソリもまた、ミラと同じような推察を口にする。下りていったのは間違いないだろうが、そこにはもう誰もいないだろうと。
取引の書類を取りに行っただけならば、その書類を携えミラ達を待っているはずである。だが、そうではなかった。とすると、まだ書類をまとめている最中と考えられるが、屋敷にその気配は皆無だ。
ヨハンが妻と娘の無事を確認せずに一人で脱出する事はありえないだろう。ならば、なにか不測の事態に見舞われた恐れが強い。そう結論に至ったミラとサソリは、慎重な足取りで階段を下りていった。
地下室の扉の奥、石壁に囲まれた一室。そこは天井に吊るされた照明に頼りなく照らされ、酷く荒れ果てていた。多くの棚は倒れ、そこに収められていたであろう書類が床一面に散らばっている。しかし、踏み荒らされたというような形跡はほとんどなかった。
「なにかが、あったようじゃな……」
どう見ても、片付けが苦手という言葉では片付けられない状況を前にして、ミラは苦々しい思いを噛み締めるように表情を歪める。地下室は、明らかに作為的に散らかされている様子だったのだ。
「ミラちゃん。これ見て」
地下室に入るなり即座に鑑識を始めていたサソリは部屋の隅に屈みこんだまま、書類の下に埋もれた血痕を指し示す。
「ふむ。まだ、新しいのぅ」
サソリの頭上から顔を覗かせたミラは、その状態を目にして呟く。床に点在する血の痕はまだ乾ききっておらず、見れば取り払った書類にも染みていたのだ。
これがいったい誰の血だろうかという点だが、すぐに浮かぶのは、やはりヨハンの血であろう。この屋敷には、ヨハンしかいなかったのだから。
しかし問題は、なぜこんな事になっているのかである。
このタイミングでヨハンが襲われたとなれば、それはつまり反逆に気付いたからだと思われる。取引の書類を取りにきたところで、誰かに襲われたのだろう。そしてそれは、外にいた見張りの誰かであると予想出来た。
だが、どうして気付かれたのかが、また問題であった。話を持ち込んだミラ達は、行きも帰りも完全隠蔽を利用している。その反則級の力によって、万が一にも悟られるという事はないはずだ。
それでありながら今現在ヨハンの姿はなく、地下室の床には彼のものと思われる血の痕が残っていた。
「もしかして、それは、夫の、ですか?」
ミラ達が血痕を調べていたところ、恐怖ともとれる表情を顔に浮かべて、アンジェリークがゆっくりと歩み寄る。そして、床の書類にこびり付いた血の赤を目にして崩れ落ちた。
「大丈夫じゃ。目立つだけで、見た限り出血量は大した事ではない。それと、お主の夫ヨハンが持つ技術は実に重要なものじゃ。決して命を取られる事はないじゃろう」
ミラはアンジェリークの肩を力強く掴み顔を上げさせると、真っ直ぐ視線を交わしたままそう言葉を口にする。
「ミラちゃんの言う通りだよ。アンジェリークさんとアンネちゃんのように、また私達が必ず助け出すから」
サソリは安心させるように目一杯微笑んでみせる。そこには慰めだけでない、確かな自信もまた込められていた。
「ありがとうございます。私に出来る事ならなんでもしますので、どうか、よろしくお願いします」
自分より明らかに年下であろう二人に励まされたアンジェリークは、強がるように微笑んで、深く頭を下げるのだった。
先日、またいつものようにストリートビューで旅行していたんですよ。
そんな時、ふと未来が見えたんです。
何年後になるかは分かりませんが、いつかストリートビューに、
夜景モードが来ると!!!!
高感度カメラとかいうのを使えばきっと出来るはず。
タノシミデス。
そういえば、DDON始まりましたね。
一人だと20レベルくらいからハードになってきました。