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113 精霊力の活用

百十三



 ねこばばした警備兵の持つ灯りが遠く倉庫の陰に消えていく。


「えっと、次は私が出すから。ね?」


 サソリは、震える手でポーチから二枚目の銀貨を取り出すミラの手を制し、そう優しく声をかけた。ミラは小さく頷いた。

 周囲を見回して警備兵の姿がない事を確認したサソリは、そそくさと街灯の下に銀貨を設置して戻る。

 あとは次の警備兵がくる前に、倉庫内の者をおびき出すだけだ。そして銀貨に引き寄せられたところで、その隙を突き内部に潜入する。銀貨の誘引効果は、先程見たとおり問題ないだろう。

 サソリは扉の前に立ち改めて周囲を探る。耳を済ませば、中から話し声らしき音が聞こえてくる。内容までは分からないが、随分と気楽な様子だ。


「ノック……するよ? するからね?」


 軽く拳を握って構えたサソリは、街灯の下を睨んだまま動かないミラに、そう声をかける。どうやらミラはまだ、立ち直りきれていないようだ。


「ミラちゃーん。おーい。ノックするよー」


 仕方がない。そう考えサソリはミラの肩を揺すり耳元で声をあげる。それでようやく気付いたのか、ミラはゆっくりと振り返り、不貞腐れた表情のままこくりと頷いた。

 警備兵が来る気配はない。サソリは瞬間的に隠蔽効果から外れ、扉をこんこんと二回叩く。

 するとその反応はすぐに出た。倉庫内から聞こえていた声がぴたりと止んだのだ。それを確かめたサソリは、更にもう一度、今度は少し大きく、そしてゆっくりと扉をノックする。


「誰だ? 誰かいるのか」


 窺うような警備兵の声が扉の奥から響いてくる。作戦第一段階は成功だ。そう確認したサソリは素早く隠蔽効果の範囲内に戻り、三人で扉の脇に待機する。


「お前見てこいよ」「めんどくせぇ。お前行けよ」などと、中にいる四人の警備兵が言い合いを始めた。

 その時、少し遠い倉庫の角に、ぼんやりとした光が浮かぶ。それは巡回兵が持つランタンの明かりで、次の見回りが来る合図でもあった。


(警備のくせに、やる気のない奴等じゃな!)


 侵入者であるミラ達にとって、やる気のない警備兵はむしろ好都合だろう。だが今回は、そのやる気のなさがあだとなった。再び銀貨を無駄にする状況が迫り、焦りを浮かべるミラ。

 そんな時だ。「お前が一番近いじゃねぇか」という言葉が決定打となり、ようやく中の警備兵が動き出す。その間にも巡回が刻一刻と進んでくる。もうじき角を曲がり、今いる通路に足を踏み入れるだろう。


「あれ、誰もいないぞ」


 その前に扉が開き、中から警備兵の男が顔を覗かせた。あとは街灯下の銀貨に気付き、その場を少し離れるだけである。しかし、巡回も着実に近づいてきていた。一枚目から考えて、どちらからも目立つ位置に銀貨はある。タイミング的にはギリギリだ。

 半分ほど開いた扉から顔を出した男は、不思議そうに辺りを見回す。その途中、扉の脇で待機するミラとサソリは、真っ直ぐ男と顔を合わせた。とはいえ、隠蔽効果は完璧で男は気付いた様子もない。


「お?」


 その直後だ。男は小さく声をあげ扉を大きく開き、小走りで街灯下に向かっていった。巡回より先に銀貨を見つけてくれたようだ。


「よし、今じゃ。行くぞ」


「うん!」


 その一瞬を見逃さず、ミラとサソリは素早く扉を抜けて、見事倉庫内への侵入を果たした。


「うわぁ。眩しい」


 倉庫の中。一面が石畳の床で、中央には四角い穴が空いており底に続く階段が見えた。外から見たとおり、倉庫というには余りにも何も無い。にも関わらず銀貨を拾いにいった一人を抜かし、室内にはあと三人の警備兵がいる。

 そして深夜でありながらも、石造りの壁に覆われたその空間は、まるで昼間のように明るかった。


「おい、どうしたんだ」


 ふと外から、そんな声が聞こえてくる。振り返り見てみれば、倉庫の警備兵に巡回の男が声をかけたところだった。

倉庫から出て来ているのが気になったのだろう。

 対して警備兵の男は、素直に銀貨が落ちていたと答えていた。それを聞いた巡回兵は、ズボンのポケットを探るような仕草をしてから、


「ああ、それは俺が落としたやつだ。拾ってくれてありがとよ」


 と言って、警備兵の男から半ば強引に銀貨を奪い取る。そして巡回兵は再び歩き出し、「もうけもうけ」と呟きながら去っていった。


「嘘をつくでない小童が! それは、わしのじゃろうに!」


「えっと、今のは私のだよね……」


 隠蔽効果があるのをいい事に巡回兵へ罵声を浴びせるミラ。その隣りでサソリは控えめに主張していた。

 そんな中、巡回兵の後ろ姿を警備兵の男が忌々しそうに睨んでいる。この道を巡回しているのだから、確かに落としていてもおかしくはないだろう。だが、警備兵の男は知っていた。先程の巡回兵はギャンブルで大損したばかりなので、銀貨どころか、百リフも持っていない事を。

 だが強くは出れない。巡回兵の男の方が先輩だからである。


「はぁ、ったく。誰もいなかったぞ。風か鳥の悪戯だったんじゃないか」


 警備兵の男は、あからさまに不機嫌な様子で舌打ちしながら、力任せに扉を閉めて鍵をかけた。


「まあ、そんな事もあるかね。にしても災難だったな」


 開いた扉から外でのやり取りを聞いていたようで、警備兵の一人が慰めの言葉を口にすると、他の二人もからかい半分に声をあげる。


「あのギャンブル馬鹿、とっとと身包み剥がされちまえばいいんだよ」


 不貞腐れ気味にそう言った男は、室内の角にある椅子にどかりと腰を下ろした。他三人の警備兵も、概ね同意のようで「まったくだな」と口にして各々の持ち場に戻っていく。

 室内の四隅に椅子が置いてある。警備兵達は座って本を読んだりと随分と暇なようで、それぞれがなにかしら時間を潰せるものを所持しているようだ。

 警備兵達は侵入にまったく気づいていない様子だ。それを満足げに見回したミラは、ふと部屋の中央、天井付近から吊り下げられている球体に目を留めた。見た目だけなら、それはただ淡く光るだけの球であった。


(あれには、光精霊の力が込められておるようじゃな)


 周囲には、影を落とさず光だけが満ちている。その光景に見覚えのあるミラは、光精霊の力であると確信して、その発生源である球体を見据えた。それと同時に、ふと思う。なぜここまではっきりと精霊の力を感じる事が出来たのかと。

 状態から判断すれば、確かに光精霊の力である。だがミラは球体を見た瞬間、まるでそれ自体がそうであると語りかけてきたかのような感覚を覚えていた。それは、直感のように曖昧なものだ。しかしミラの心には一切の疑いも浮かばず、真実であると頭が受容したのだ。

 それは、ミラにとって初めての感覚だった。五感ではない別の知覚が突然現れたような不思議な感覚。しかもその対象が精霊であるという事もまた自然と理解出来る。


(なんじゃろうか。精霊がより身近にはっきりと感じられるようじゃ。……もしやこれが、精霊王の加護の効果じゃろうか)


 ミラは直ぐにその原因を思い浮かべた。精霊王の加護だ。

 その加護が少し身体に馴染んできたのだろうか。時間で馴染むのか、何か要因があるのか、そこまではまだ分からなかったが、ミラはそう考え今は納得する事にした。


「サソリよ、そこの照明には光の精霊の力が封じられておるようじゃが、そのような照明具というのは一般に出回っておるのか?」


 ミラはふと球体を指差しそう尋ねる。精霊の力を宿したものというと、覚えがあるのは精霊武具だけであったのだ。だが時代が進んだ今、それだけとは限らないだろう。見た事がないだけで、他にあるかもしれない。

 サソリは、その問いに対して首を横に振って答えた。


「照明具に光の精霊? 精霊の力をそんな事に使うわけないよ」


 そう言ってサソリは、精霊力の一般利用を完全に否定する。戦いが身近なこの世界で、それは貴重な戦力なのだ。明らかに無駄遣いであると。


「ふーむ。そうか」


「あ、でも光の精霊とエルフの間に生まれた人を照明代わりに連れ回していた人がいるって話は、ウズメ様に聞いた事があるけど」


「そ、そうか……」


 サソリが続けて、ちょっとした逸話を付け加えると、ミラは何かを誤魔化すように言い淀みながら照明から視線を逸らした。

 五十鈴連盟の総帥ウズメ。その正体は九賢者の一人カグラであり、彼女が話したというその人物は、間違いなくミラ、もといダンブルフの事だろう。そして照明代わりに連れ回されていたというのは、賢者代行のクレオスだ。


(帰ったら少し優しくしてみるかのぅ……)


 他者から改めて聞かされ、結構雑な扱いであったと感じたミラは、今更ながらそう考えるのだった。


「この明るさが光精霊の力って事なら、ここはますます怪しいね。キメラとの繋がりが疑われるメルヴィル商会の倉庫で、精霊の力が封じられた道具が見つかる。もう真っ黒だね」


 苦笑するミラをよそに、サソリは獰猛な笑みを浮かべながら照明を見据えた。サソリ曰く、精霊の力は非常に強力であるため、普通ならば日用品に応用出来るものではないという。もし出来るとすれば、キメラクローゼンの持つ特殊な技術だけだとも。

 その事情を知るものが見れば、現場はメルヴィル商会とキメラクローゼンの関係を決定付ける証拠にもなりそうだ。


「関与については疑う余地がなさそうじゃな。しかも、早速当たりを引いたようじゃ」


「あ、ほんとだ。これ、入り口だよね」


 ミラは確信したように周囲を見回してから、中央の穴を覗き込み不敵に笑う。サソリもまたそれに続きひょっこりと顔を覗かせ、声を弾ませる。

 荷物の無い倉庫。その真ん中にある穴の底はむき出しの大地で、更に地下へと続く階段が設えられていた。

 センキの埋葬地は、地下に埋められたカタコンベだという。これまでの状況と情報をまとめてみれば、この階段こそがその入り口であるという確率は極めて高い。

 そう考えた二人は確信したように頷き合い足を踏み出した。



 直上に光精霊の照明があるからだろうか、数百メートルは下りた時点でも、石材で舗装された階段は明るく終点まで見通せた。見たところ、あと百メートルほどだ。


「まだ続くんだ……」


 ようやく階段を下りきると、今度は真っ直ぐなトンネルがずっと奥まで延びていた。明るくても先が見えないくらいに長く、サソリはため息交じりに呟く。

 そうして更に二十分ほど歩き続けたところ、ミラ達は真っ暗な壁の手前で立ち止まった。


「これって、どうなっているんだろう」


 それは異様な光景であった。一見すると黒い壁だが、トンネルはその先へと誘うようにまだ続いているのだ。

 サソリは眉根を寄せて闇を睨み、恐る恐るとそこに手を突っ込む。するとその手は、確かに黒い壁を通り抜けた。


「あの照明具の効果範囲が、丁度ここまでだった。とかかな?」


 引き抜いた手が黒く染まる事も無く、サソリは前方を見据えたまま思いついた事を口にする。ここまで光が届くのも驚きだが、光精霊の力を利用しようとも限界はあるだろうと。

 後方は光が溢れているにもかかわらず、前方には暗闇が満ちている。その境界線の手前に立ち、ミラは試しに無形術の明かりを生み出した。するとどうだろうか、前方の闇は払われ、輪郭が露になった。そして同時に、ミラ達は息を呑んだ。

 闇に覆われていた先は、黒だったのだ。歩いてきたトンネルは石材で補強され灰色であったが、そこから先は、地面も壁も天井も全てが黒なのだ。


「センキの埋葬地は、地下に埋められたカタコンベという話じゃったが。この先からがそうという事かのぅ」


「そう、みたいだね」


 黒いトンネルの奥には明らかに異質な気配が漂っていた。それを感じた二人はそう確信し、同時に薄っすら笑い合う。怪しければ怪しいほど、秘密に近づいている。そんな感じがしたからだ。


「となると、ここで光が途切れておるのは別の理由かもしれぬな」


 地面の境界線を見つめ、ミラはそう口にする。精霊の光が、たまたま限界範囲だったというより、そこにある何かに阻まれて途切れたとする方が自然だと考えたのだ。


「お二人とも。ちょっとよろしいですか」


 二人が闇の先を見つめる中、これまで黙していたワーズランベールが、そう声をかけた。


「ぬ、どうしたのじゃ?」


「申し訳ありませんが、どうやら私はこの先に立ち入る事は出来ないようです」


 ミラが振り返ると、ワーズランベールは悔しそうに眉間に皺を寄せそう言った。


「なんじゃと……」


 突然の言葉とワーズランベールの様子に、ミラはどうしようもない理由があるのだと悟る。そして現状をよく考慮した時、ミラはその原因に思い至り「なるほどのぅ」と得心がいったように呟いた。


「この先に、あの呪いが満ちているという事じゃな?」


「はい。長い間、隣り合っていた気配なので、間違いありません」


 ミラが口にした推察をワーズランベールが肯定する。光が途切れた原因は、呪いによって精霊の力が掻き消されていたからであると。それはつまり、ワーズランベールが立ち入れないだけでなく、どの精霊も召喚出来ないという事でもあった。


「え? そうなると、この先隠蔽効果が期待出来なくなるって事かな……?」


「そうなってしまいます」


「そっかー……」


 夜も遅い時間だが、中に誰もいないとは言い切れない。楽を出来るのはここまでかと、サソリは肩を落とす。むしろここからが隠密の腕前を発揮する見せ場なのだが、完全隠蔽の圧倒的性能を体感してしまったサソリは、短時間の内にその虜となってしまったようだ。


「まあ、仕方があるまい。では、帰りにまた頼むぞ」


 ミラはそう言ってワーズランベールを送還すると、さほど気にした様子もなく歩き出す。もし誰かがいるならば、《生体感知》で事前に見つける事が出来る。魔力感知に対しては、大きな装置が必要なので見れば分かるだろう。

 あとは光に注意するだけだ。ミラは無形術の明かりの光量を最低限にまで絞り、センキの埋葬地に踏み込んでいく。サソリもまた歩き出し、表情を引き締めて感覚を研ぎ澄ませ、ミラのあとに続くのだった。

先日、遂にクーラーを購入出来ました!

窓用のやつです!

電気代的にも出番がないのが一番ですが、今から使う日が楽しみです。

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