111 静寂
百十一
ローズライン公国の首都アイリーン。その路地裏でミラは偶然にもサソリと出会う。そして秘密の話をするために場所を移すという事で案内されたところは、総石造りの重厚な宿であった。
街には、四つの大きな商店街がある。その中でもっとも賑わう通りに隣接した宿を、サソリとヘビは拠点としていた。だが見たところ、どうやらヘビはまだ帰ってきていないようだ。
三階奥の部屋でミラは、机を挟んでサソリと向かい合い、まず剣について調べた結果を話した。
キメラクローゼンの持っていた剣は、確かにグレゴールの手によるものだった事。そしてその剣は、彼の息子グレゴリウスの副隊長就任祝いとして贈られた。
グレゴリウスが副隊長を勤める部隊は、オズシュタイン皇国所属の考古調査団の護衛隊。
しかしその調査団は、ある遺跡の調査中、護衛隊と共に姿を消してしまったという。
「その遺跡の名は、センキの埋葬地というてのぅ。先程見た黒い霧を漂わせる欠片は、そこで盗掘されたものだそうじゃ」
そこまで説明したミラは、アイテムボックスからミックスベリーオレを二つ取り出し、一つを「お主も飲むか?」と言ってサソリに差し出す。
サソリは「いただきます」と答えそれを受け取り一口飲んで、ほっと一息つく。
「つまりミラちゃんは、センキの埋葬地の場所を調べに来た。って事かな?」
「そういう事じゃ。しかしまだ場所が分からなくてのぅ。あの欠片を店に売った盗掘者を見つけ出し、遺跡の場所を吐かせるつもりだったのじゃよ」
ミラはそう言ってから、ぐいっとミックスベリーオレを呷り、椅子に深く沈み込みながら窓の外に目を向ける。空は黒く、だがそこから望める商店街は、まだまだ絢爛に賑わっていった。
「そういう理由でミラちゃんがあの店にいたのかー」
遺跡の場所を探るため。ミラがこの街にいた理由に納得したサソリは「なら私に任せて」と、ふんぞり返り自信満々に微笑んだ。
ローズライン公国に潜入したサソリは、早速メルヴィル商会とキメラクローゼンの繋がりを証明出来そうなものを探し始めたそうだ。
そしてメルヴィル商会の周辺を調べているうちに、その警備の厳しさにまず気づいたという。次期国家代表筆頭という事もあり厳重なのは分かるが、サソリの目から見て、それは余りにも行き過ぎている様子に見えたらしい。
そんな中でも、特に警備兵の数が多く、常時厳戒態勢だった施設があった。調べてみたところ、その施設は貴重な商品の保管庫であるという。だが、その商品の搬入や搬出をする動きがまったくなかったらしい。
これは怪しいと睨み、どうしたものかと見張っていたところ、敷地内から出てきた警備兵の一人が、そのまま路地裏に入って行くのが見えたという。
それを尾行した結果、ミラと出会った店に辿り着いたそうだ。
そして店主に金を握らせ聞き出したところ、警備兵がその店で売却したものは、黒い霧を纏わせる欠片だったと判明した。その欠片が何かの手掛かりになるのではと考え、購入資金をヘビに借りに行って戻ってきたら、ミラがいた。そういう顛末だったらしい。
「なるほどのぅ……。その施設、どうにも臭うではないか」
キメラクローゼンと繋がりがあるというメルヴィル商会が管理する謎の施設。その施設の警備兵が路地裏にある灰色の店に売却したのは、センキの埋葬地の盗掘品とされる欠片。サソリの話を聞き終えたミラは、それらの情報を整理して、ふっとほくそ笑む。
「臭う臭う。ぷんぷんするよね」
サソリもまた、ミラから聞いた情報を合わせて、同じ結論に辿り着いたようだ。
「でも、さっき言った通り、警備の厳重さが尋常じゃないんだよね。時間があるなら施設に入るところまでは、どうにか出来るかもだけど。中の状態が分からないと……」
潜入工作に関していえば、五十鈴連盟の中でサソリに敵う者はいないだろう。だが、そんなサソリでも、メルヴィル商会が管理している謎の施設の警備状況は、不確定要素が多すぎ、二の足を踏んでしまうという。
サソリ曰く、施設の周囲は警備兵の巡回による目視と、ところどころに配備された魔力感知系の警戒装置という、二重の防衛網があるそうだ。
「目と、魔力か。それはなんとも……楽しそうじゃな!」
悩むサソリとは正反対に嬉しそうな反応を示したミラは、勢い良く立ち上がる。そして、
「早速巡ってきおった。これは絶好の機会じゃろう。試してみるしかないのぅ」
と言って、マッドな笑みを浮かべ、ロザリオの召喚陣を出現させた。
『目を、耳を、口を、閉じろ。望みしは澄み渡る凪。一切の波紋を排する。
安らぎは沈黙。孤独こそが伴侶。此の身は名も無き風に消える。
万物よ、静かなる水底に沈め』
【召喚術:サイレント】
術が発動すると同時、召喚陣は音も無く、ただの塵となって消滅する。
「あれ、召喚術だよね?」
それはまるで召喚術が不発したかのようだった。しかし、ミラの事だ。何かがどこかにいるのではないかと、サソリは室内を見回した。そして次の瞬間、ミラの姿がない事に気づく。
「あれ? ミラちゃんどこ!?」
突然の事に慌てたサソリは、室内を隅から隅まで探し回る。だが結局見つからず首を傾げ、「ミラちゃーん」と心許無げに呟いた。
そんなサソリの様子を見つめながら、ミラはしたり顔で口端を吊り上げる。
「こっちじゃよ」
ミラがそう声をかけると、サソリは振り返り、同時に「ふぇっ!?」と小さな悲鳴をあげた。誰もいなかったはずの背後に突然現れ、更に見知らぬ男がその隣りに立っていたからだ。
「静寂を司る精霊で、ワーズランベールと申します」
ワーズランベールは、尻尾をぴんと逆立てたまま硬直するサソリに向かって、にこやかな笑顔を浮かべ一礼する。
召喚術は失敗などしていなかった。ただ、どのような能力なのか見た方が早いだろうと考え、実演してみせたのだ。
それからミラは、簡単に静寂の精霊の能力を説明する。
契約したばかりなので、まだ多くは出来ない。だがもっとも特筆する能力である完全隠蔽は初期から使える。
完全隠蔽は、光や音、気配、そして魔力さえも隠す事が出来る。その範囲は、ワーズランベールを中心に半径三メートルまで。
隠蔽中は仲間にも見えなくなってしまうが、あらかじめワーズランベールに伝えておけば、特定の相手が認識出来るようにする事も可能。範囲内ならば会話も出来る。
「今もまだ隠蔽は持続中じゃ。だがお主がわし等を認識出来るようにしたのでな、こうして見て話せるようになったという訳じゃよ」
そう説明を締めくくったミラは傍の椅子に腰掛けて、コートの内ポケットから一枚の丸まった布を取り出し広げてみせる。それは丈の短い黒のレギンスだった。
「あっ。私のパンツ!」
それを見たサソリは、驚いたように声をあげてから、部屋の片隅へ顔を向けた。そこには二台のベッドが並んでいる。そしてその内の一つには、大きく口を開けた状態のカバンが置いてあった。
「あれれ……。ちゃんと閉めて床に置いておいたはずなのに」
サソリはベッドに走り寄り、カバンを見る。それは最低限の着替えを詰め込んだサソリのカバンだ。そして中を調べれば、確かに入れておいたはずのパンツが一枚なくなっていた。紛れもなく、怪しい笑みを浮かべたミラが手にしているレギンスである。
「これも実演の一つという事じゃ。わしがカバンを漁っている事に、気づかんかったじゃろう?」
ミラはパンツを丸めてサソリに放り投げつつ、得意げな笑みを浮かべる。静寂の精霊の能力は、存在を感知出来なくするだけではない。その行動もある程度隠蔽出来るのだ。だが、そのあたりはまだ契約したばかりだという事もあり、今はカバンを漁って下着を頂戴するような、動きの少ない事が精一杯だとミラは追加で説明する。
「すっごい! 全然気づかなかったよ!」
サソリは、ミラを探して室内全体を隈なく調べていた最中にそのミラがカバンを漁っていたと聞き、その尋常ではない隠蔽効果に舌を巻く。隠密行動が得意なサソリは、またそれを暴くのも得意であった。だが、全力で探していたにもかかわらず、同室で自身のカバンを開けていたミラを、まったく知覚出来なかったのだ。
これは、サソリ本人だけでなく、サソリを知る誰が聞いても驚く事であろう。
「そうじゃろう。これなら見つからずに謎の施設へ潜入出来ると思わぬか?」
ミラがとったレギンスを戻したサソリは、カバンの口を閉じたり開けたりしながら力強く頷く。
「うん、これなら行けるよ。私が保証する」
カバンを開けてパンツをとる。そう目立つような動作ではないが、普通は先程の状況で気づかれずに出来る事ではない。サソリは、静寂の精霊の能力ならば、あの厳重な警備網を掻い潜れると確信した。
「実演に使うのは、下着以外にもあったのではないでしょうか……」
初の仕事が下着泥棒。盛り上がるミラとサソリを遠巻きに見つめながら、ワーズランベールは苦笑気味にそう呟くのだった。
夜の商店街。光が溢れ未だに賑わうその上を、ミラとサソリ、そしてワーズランベールは誰に気づかれる事もなく、屋根から屋根に飛び移っていく。
サソリの案内で商店街から路地裏、飲食店街と駆け抜けていき、徐々に街外れに近づいていった。
と、その途中である。色町めいた雰囲気の道を進んでいると、サソリがふと立ち止まり前方を睨みつけた。
何かあったのか。そうミラが聞こうとした時だ。
「ばーか! あほー! のーきん! はげー!」
サソリは突然、前方から歩いてくるいかつい冒険者に向かってそう罵声を浴びせ始めた。その声は沈黙の力によって男には聞こえていない。だがサソリはそれでいいといった様子で悪口を言い続ける。
「あー、気持ちいい! 凄い力だね!」
冒険者の男は何も気づかず傍を通り過ぎていき、サソリはその後姿をからかうようにおどけてみせた。
「何をやっておるのじゃ。まったく」
苦笑しながらそう言ったミラは「早く行くぞ」と先を促す。
「あいつね、昨日しつこく誘ってきたの。あと何度も身体を触ろうともしてきて、すっごくうざ気持ち悪かった!」
どうやら先程のいかつい冒険者は、女の敵らしい。そしてその時の事を思い出したのか、サソリは唇を尖らせ悠然と歩いていく男の背中をぎろりと睨む。
「くらえ! つるつるハゲあたまー!」
足元に転がる小石を拾い上げたサソリは、男に向けてそれを勢いよく投げつけた。その瞬間、ワーズランベールが「あっ」と声をあげる。
サソリの手から放たれた小石は、それはもう吸い込まれていくかのように、見事いかつい冒険者の後頭部に命中した。
当たった直後、男が鋭く振り返る。だがその目は、ワーズランベールの隠蔽下にある自分を捉えられない。そう考えていたサソリは、にししとほくそ笑む。
「随分と熱烈なアプローチじゃないか。まったく素直じゃない子猫ちゃんだ」
粘りつくような笑みを浮かべた男は、ゆっくりとサソリに向かって真っ直ぐ歩き始めた。
「え? え? なんで?」
想定外の反応に慌てふためくサソリ。対して完全にサソリを認識した男は、何を考えているのか手に取るように分かるほどの色ボケした表情で駆け出す。
「可愛がってあげるよ、子猫ちゃん!」
「こっちくんなばかー!」
サソリは悲鳴をあげながら全力で逃げ出す。それは天秤の城塞でみせたような立体機動も駆使して、サソリの身体能力の全てを発揮した全力全開の逃走である。
しかし男も負けてはいない。見かけによらず俊敏で、人ごみの中を最短距離で猛進していく。一進一退の攻防だ。
「何をやっておるのじゃ。まったく……バカ者が」
色町に消えていく二人の姿を見送りつつ、ミラはため息混じりにそう呟くのだった。
それから十数分後。きょろきょろと周囲を警戒しながら疲労困憊なサソリが屋根の上から戻ってくる。そして再び完全隠蔽の庇護下に入ったサソリは、開口一番に「なんでー!?」と叫び、ミラに泣きついた。
「それはじゃのぅ」
ミラはそう前置きしてから、原因について口にする。
その原因とは、サソリがとった攻撃行動にあった。移動するだけ、話すだけ、そして大声で悪口を言う程度ならば問題はない。だが、隠蔽効果の範囲外の対象に向けて、直接的な行動をとった場合。つまり接触する事や、サソリがしたような投擲などなど、対象がはっきりと知覚出来た時に隠蔽は無効となる。
「という事じゃよ。余計な事をするから、そうなるのじゃ」
「先に……教えて」
ミラの解説を聞き終えたサソリは、悲壮に満ちた表情で、がっくりとうな垂れた。
「本番前に、伝える予定じゃったが、まさか先走るとは思わなかったのでな」
謎の施設からが本番で、今は隠蔽の能力がどれほどのものかを体感する実演会のようなものだ。そこではしゃいでしまったサソリ。ほとんどは自業自得だろう。
その後、全力逃走で体力を消耗したサソリが回復するのを待ってから、ミラ達は謎の施設に向けて再び夜の街を駆け抜けていくのだった。
最近、趣味の漫画をちまちま読める時間が出来てきました。
しかし、本屋巡りをして買った文庫の方がまだ手付かず。




