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109 考古調査隊の行方

百九



 キメラクローゼンの幹部が手にしていた剣を手掛かりに、名匠グレゴールの元を訪れたミラ。

 結果、剣の持ち主は、グレゴールの息子グレゴリウスだと判明する。そして死霊術士だという共通点からしても、ミラが出会った幹部は、そのグレゴリウス本人でほぼ間違いないと推察出来た。

 キメラクローゼンの幹部に関わる情報を得られたのは、今回が初めての事である。

 グレゴールの隠し工房をあとにしたミラとエメラは、報告のため一度セントポリーに帰還した。



 午後一時。情報収集のため街中を走り回っていた関係者達が、セロの部屋に集まっていく。

 一番乗りだったミラとエメラはメンバーが集まるまでの間、セロの部屋に昼食を準備していた。とはいえ料理をするわけではない。宿内のレストラン街で十人分ほどの軽食を適当に見繕い部屋に持ち帰っただけだ。

 そうこうしているうちに全員が集合し、昼食を兼ねた報告会議が始まった。

 報告の一番手はアーロン。冒険者仲間や組合の職員に、犯罪に絡んでいそうな怪しい施設はないかと、随分アバウトな聞き込みをしたそうだ。とはいえ、キメラクローゼンの本拠地を探しているなどと正直に聞けば、それが噂となり敵に知られ警戒される事となるだろう。ゆえに、ぼかしたのだ。

 そして、この質問には、もう一つの意味がある。そもそも長年表に現れる事のなかった組織の本拠地が、聞き込みだけで易々と見つかるはずはない。なので適当に回った程度で判明する怪しい施設を、関係無しとして調査から除外するための質問だった。


「午後からは、予定通り港を調べてみる。俺からは以上だ」


 そう口早に報告を終えたアーロンは、ここぞとばかりにテーブルへ手を伸ばし、肉厚のバーガーを掴み頬張る。そして口元についたソースを気にする事無く「あー、うめぇ」と声を上げた。

 実は報告の間、食事に手をつけていた者は居なかった。唯一ミラが、キャラメルオレを飲んでいたくらいだ。

 だがどういう事か、そんなアーロンの行動をきっかけにして一つのルールが生まれた。それは報告を終えた者から食事を摂ってもよいという、どうにも無意味で不可思議な心理からきたものだ。

 それから皆は競争するかのように、そしてなにやら楽しげに調査結果を報告していく。

 アスバルとフリッカは街の周囲の荒野に怪しい所はないか見て回り、ゼフは人の流れを調べたようだ。

 だが今のところ、有力な情報はなさそうであった。

 そうこうしてミラ達の番がやってくる。種類豊富な昼食にありついた面々を一度見回してから、ミラはグレゴールから得られた情報を話し始めた。

 剣の持ち主であるキメラクローゼンの幹部は、グレゴールの息子でほぼ間違いない。そしてその息子は、オズシュタインの考古調査団の護衛副隊長だったが、結成から数年後に調査団もろとも行方不明になっていると。


「調査していた遺跡というのが、どうにもひっかかるのでな。わしは午後から、この遺跡について調べてみる予定じゃ」


 聞いた話を簡潔にまとめたミラは、そう言って報告を締め括り、フライドチキンに手を伸ばす。


「その遺跡ってさ、『センキの埋葬地』じゃねぇかな」


 ミラがフライドチキンに噛り付くと同時、ゼフはフライドポテトを抓みながら、そう口にした。


「もしや、知っておるのか?」


 キャラメルオレでチキンを流し込んだミラは、ゼフを見つめて期待するように身を乗り出す。


「まあ、考古学は男のロマンだからな」


 そう言ってポテトを口に放り込むと、ゼフはテーブルの上で両手を組んで、少年のような微笑みを浮かべ語り始めた。

 オズシュタインのある大陸西部は荒野が五割を占める土地だが、その荒野には実に多くの遺跡が埋もれているらしい。そして考古調査団は、それらの遺跡を発掘し調査するために組織された、考古学会の精鋭集団だったという。

 その活躍は目覚しく、たった数年で十の遺跡を発見したそうだ。

 だが結成から六年後の夏。ローズライン公国の領地にあった十ヵ所目の遺跡の調査中に、調査団と護衛隊が一夜にして忽然と姿を消すという事件が発生した。その時、調査していた遺跡の名が『センキの埋葬地』である。


「んで、そうなった原因は不明で、学会じゃあ神隠しだのなんだのって騒がれてるようだけど、オレは俄然、陰謀説を推すね。きっと古代のすげぇ兵器とかが見つかって、それを隠すために消されたんじゃないかねって。実際、調査隊のものらしい血痕が残っていたっていうしさ」


 ロマンを語り終えたゼフは、フライドポテトを何本か抓んで、ゆったりと椅子の背もたれに身を預ける。すると今度は、エメラが勢い良く身を乗り出した。


「もしかして、それって古代の魔剣!?」


 そう言って騒ぎ始めるエメラ。古代兵器という男のロマンも、エメラにかかれば全て兵器の如く強い剣に変換されてしまうようだ。


「そういう説もあるってだけだって。一番有力視されているのはトラップによる全滅説で、ローズライン公国もその確率が高いって公式に発表してるからなぁ」


「そんなぁ……」


 トラップ説。つまり調査団はセンキの埋葬地に仕掛けられた罠によって全滅したというものだ。それを聞いたエメラは、しょんぼりと肩を竦めてうな垂れる。


「ここでローズライン公国が出てくるか。なにやらきな臭いのぅ」


 ミラはそう言って、顎先を指でなぞる。次期大公最有力候補であり、キメラクローゼンとの繋がりがあると思われるメルヴィル商会があるのもまたローズライン公国である。その国が公式に発表したトラップによる全滅説。だがミラは、全滅したとされる調査団の護衛副隊長、キメラクローゼンの幹部となっていたグレゴリウスに会っている。


「そうなんだよ。オレもミラちゃんの話聞いた時は、正直興奮したさ。あの調査団の一人が生きている、ならもしかして、ってさ」


 ゼフはまるで夢を語るような表情で、興奮気味に身を乗り出した。そして、センキの埋葬地が今どのような状況なのかを熱く語り出す。

 様々な憶測の飛び交う当地は、ローズライン公国の名の下で厳重に封鎖されているようだ。その理由は盗掘防止のほか、トラップがあるため第二の事故が起きないようにというものである。

 だがゼフの趣味仲間曰く、埋葬地を巡回する警備兵がやけに多く、まるでそれ以上のなにかを隠しているようだったそうだ。


「わしが調べてみるとしよう」


 センキの埋葬地には何か秘密があると思われる。むしろ、これだけの情報が一つの場所に集まっているのだ、調べない手は無い。そう判断したミラは、当然といった様子で名乗りを上げた。


「そうだな。飛んでいけるミラの嬢ちゃんなら適任か」


 残った軽食を適度に抓んでいたアーロンは、そうミラの案を支持する。

 ローズライン公国は隣国とはいえ、陸路なら片道で丸二日はかかる距離がある。だが空路を選択出来るミラならば、半日で充分だろう。

 捜索が長引けば長引くほど、敵に察知される危険も増す。早いに越した事はないのだ。


「確かに飛んでいけりゃあ早いけどさ。問題は潜入だよなぁ。ミラちゃんてさ、凄く目立つじゃん」


 言いながらゼフはミラへちらりと視線を向ける。その目に映るのは子供らしい愛嬌と、不思議な大人の色気を兼ね備えた一人の少女だ。光を紡いだように煌く長い銀髪を靡かせるその姿は天使と言っても過分なく、ゆえに人ごみでも良く映えるのである。

 最近気にしなくなったミラだが、未だにそのあたりは健在だった。


「その点は心配無用じゃ。とっておきがあるのでな」


 ゼフに向かい自信満々に答えるミラ。潜入に関するとっておき。習得したばかりのそれを早く試してみたいと機会を窺っていたミラは、とても楽しそうな様子で胸を張り、にやりと笑みを浮かべてみせた。


「全然大丈夫そうだな」


 そんなミラの姿に、そもそも心配は必要なかったと笑うアスバル。ゼフもまた「どこまで万能なんだろうな」と、どこか呆れ気味に笑う。


「ああ、ミラちゃんのドヤ顔かわゆす!」


 そんな中、平常運転のフリッカは、平然と言ってのけるミラを見つめたまま存分に悶絶する。そしてセロが、「何度も、すみません」と苦笑した。


「ところで、そのセンキの埋葬地ってどこにあるのかな? どこにも載ってないんだけど」


 皆があれこれとやり取りしている間、ローズライン周辺の地図を確認していたエメラは、眉根を寄せたままゼフを睨む。どうやらまだ古代の魔剣説を諦めていないようだ。


「あーっと……。場所的にはローズラインの北西って話だけどさ、地上からは入れないようなんだ」


 ゼフはそう言ってから、センキの埋葬地は入り口のないカタコンベなのだと説明した。巨大な建造物を完全に密閉して、地下に埋めたようなものなのだと。

 そこに行くには、調査隊が掘ったトンネルから地下に潜っていく必要があるらしい。そして、そのトンネル前の要所要所に警備兵が配置されているそうだ。ただ一つの入り口には隠れる場所も無い。隠密に特化した者でも潜入は不可能だろうとは、趣味仲間の談だそうだ。


「ふむ、そうなのか。して、そのトンネルはどこにあるのじゃろう」


 概要を聞き終えたミラは、唯一の入り口であるトンネルの場所を問う。


「それがさぁ。あいつ教えてくれねぇの」


 するとゼフは、椅子の背にもたれかかり天井を仰ぎ不貞腐れる。どうやら入り口の場所までは知らないようだ。とはいえ、センキの埋葬地はローズライン公国が管理しているという事なので、そこで調べれば詳細も掴めるだろう。


「まあ、現地で探るとするかのぅ」


「ああ、それがいいだろう。心強いのがいるしな」


 特に問題はないとばかりにミラがいうと、アーロンもまた同意し頷いた。ローズラインには既に仲間が先着している。サソリとヘビだ。その二人と合流すれば、きっとそれほど労せず入り口を見つけられるだろう。


「という事で、わしは午後からローズラインに向かう。皆にはキメラの拠点調査を任せきりになってしまうが、よろしく頼む」


 居住まいを正したミラは、最後にそう言って話を締める。エカルラートカリヨンの面々は当然のように頷き了承し、任せてくれと力強く答えるのだった。

 それから会議は細部を詰めていくように進み、買って来た十人分の食事が全て平らげられてから間もなく解散となった。



 それぞれのメンバーが街中に散らばっていったあと、ミラは組合のビルの四階にある物販コーナーに立ち寄っていた。セントポリーとローズライン周辺の地図を購入するためである。

 一階から階段で上がってきたミラは、冒険者達で賑わうそこを一望しながら、ある場所を思い出していた。それは、駅ビルである。食道楽三昧と同じように、冒険者総合組合の四階には、冒険に関連しそうな商品を扱う店が、数多くひしめいていたのだ。


(よもや、このような状態になっておったとはのぅ……)


 それを目にする前までは、組合直営の店か何かだろうと思っていたミラ。だが実際に訪れてみれば、そこには様々な専門店がテナントとして入っていた。それこそ、四階だけで冒険の準備が整ってしまうのではないかという程にだ。

 活気溢れる光景に心躍らせ、さっくりと当初の目的を忘れたミラは、早速とばかりに近くの店に突撃していった。


(ふーむ。どこかで聞いた名じゃのぅ)


 一軒目でありながら、四階のフロアの四割の面積を占めるその店舗の看板を睨んだミラは、はてと首を傾げる。そして十数秒ほど頭を捻り、ようやくある日の出会いを思い出す。

 初めて大陸鉄道に乗った日、駅のホームで話しかけてきた男、セドリック・ディノワールの事を。

 目の前のその店の名は、『ディノワール商会セントポリー支店』。冒険者用の製品を主に取り扱う、有名店だった。


(ほほー。ここがそうか。なかなか面白そうではないか)


 白い壁に板張りの床。そこには整然と棚が並び、多種多様な商品が陳列されている。店内をざっと見回したミラは楽しそうに微笑むと、全ての棚を巡るつもりで、店の端の方から順に確認し始めた。

 業界一の業績を誇るディノワール商会は、実に多くの用途にちなんだ商品を扱っている。

 野営の際、周囲に張り巡らせておけば、魔物の接近を感知し知らせてくれる警報機。暗闇を明るく照らす魔動式ランタン。本体が発熱するという、火のいらないフライパン。かと思えば小型の魔動式軽量コンロ。簡単に燻製が作れる組み立てキット。虫除け薬や、臭抗薬といった定番商品などなど。冒険者を取り巻く環境が三十年で恐ろしいほど便利な進化を遂げていたと分かる。

 それらを目にしたミラは、堪らず買い物カゴを手にとって、本格的に買い物を始めるのだった。



(ほぅ、魔動筒というのはこれの事じゃな)


 会計カウンターの近くにあった棚に青い色をした筒状の、それこそ見た目は正に単三の乾電池といった商品が沢山並んでいた。その棚の上の目立つところには、『魔動筒 一個3000リフ』という文字と、『なんと一個で中級魔動石二個分!』というあおり文句が書いてあった。店内で扱う魔動式という商品を使う際に必要な動力源が、この魔動筒なのだ。


(三千リフか。となると……)


 値段を確認したミラは、そのまま踵を返し先程通った棚の前に戻り、そこにあった商品の説明文を今一度見直した。

 そこに書かれていたのは、『魔動式浄水器』についての詳細である。川、海、池、湖、果ては小水までも濾過して飲み水にする事が出来るという、ディノワール商会一押しの商品だという。使用するためには魔動筒か魔動石が必要であり、魔動筒一つで百リットルまで浄水可能だと書かれていた。


(つまり、百リットルで三千リフという事じゃな。となると、一リットルで三十リフという事か。ふむ、一押しというだけはあるのぅ)


 水源さえあれば、その水質に関わらず安心安全な飲み水が安価で確保出来る。冒険に必須でありながら、水というのは重くて嵩張る。魔動式浄水器はその問題を大きく解消する代物なのだ。売れないはずがない。事実、ミラが説明文を読んでいる間にも冒険者が来て三つは買っていた。


(これは、必要じゃな)


 そう即断したミラは、緑色の魔動式浄水器を手に取りカゴに入れる。そして再び会計カウンター近くに戻ると、魔動筒も三個、カゴに放り込んだ。

 それからも、まだまだ店内を巡り続けたミラは、当然『臭抗薬』などを含め合計十万リフほどの商品をカゴに収め、会計待ちの列に並んでいた。


「いらっしゃいませ」


 数分して、ミラの番が来る。カウンターにカゴを置き清算を待っていたミラは、ふとある事を思い出す。そしてポーチを漁り可愛らしいカード入れを取り出したミラは、セドリック・ディノワールの名刺と共に入れておいた一枚のカードを店員に提示する。


「優待券があるのじゃが、使えるかのぅ」


 それはセドリックから貰った優待券だ。店員は「お預かりします」と言ってそれを受け取り裏面に目を通してから一瞬だけ目を見開き、何かの装置に優待券をかざす。


(使えぬのかのぅ……)


 そうミラが不安を抱き始めた時だ。


「確認させていただきました。ではこちら、合計金額から二割引きにさせていただきます」


 店員はそう言ってから、商品の集計を再開する。どうやら、問題なく使えるようだ。

 そうして会計も終わり八万リフほど支払ったミラは、お釣りと共に戻って来た優待券を見つめほくそ笑む。優待券は何度でも使えるようだ。

 これは良い貰い物をした。今後、要りようになったらディノワール商会を利用するのが得そうだ。そう、セドリックの思惑にまんまと嵌ったミラは、意気揚々と組合ビルをあとにした。


 それから数分後、慌てたように舞い戻ったミラは、物販コーナーの書店で当初の予定通りに地図を購入するのだった。

牛乳を買って、ミロを買い忘れるという失態。

代わりにカルピスを牛乳で割っています。

イチゴ味とメロン味がオススメ。



さて、おかげさまで三巻が発売となりました。

活動報告にも書きましたが、巻末のアンケートにお答えいただけると、特典SSがご覧になれます。

一部を活動報告の方に掲載していますので、見てやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冷たい牛乳に各種かき氷シロップが良かった。 ハワイアンはイマイチ、抹茶goot。 業務用きな粉(と砂糖)も粉っぽさが無ければ中々。
[気になる点] カルピス 、ミルクわりっておいしいんですか? どんな感じなのでしょうか?
[気になる点] 25話では「臭抗薬」となっていたものがこの話(110話)では「抗臭薬」になっています
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