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106 姦しい

百六



 組合のビルの屋上から飛び下りて軽やかに着地したミラは、何食わぬ顔で冒険者達の中に紛れ込んだ。

 組合のビル前。そこにある大通りには、一仕事終えた冒険者達が行き交っている。見上げてみれば星の瞬く夜空が遠く、ビルの明かりは近くで輝いていた。どうにも近代的な建造物でありながら、そこに殺到する人々はファンタジーを象徴するかのような格好だ。一見すると違和感を覚えるものの、眺めていると楽しくなってくる、そんな空間である。

 何かが空から降ってきたとざわめく観衆を尻目に、ミラはこっそりと組合の入り口を抜けていった。

 一階のホールは広く無数の長椅子も置いてあるので、待ち合わせの場としても利用出来そうだ。そして入り口の正面には大階段があり、その脇に案内板と案内係りが控えている。

 どこの組合も区役所などを髣髴とさせる造りであったが、ビルだからだろうか見回してみればここの組合は内装までもがそれらしく整えられていた。

 そんな中で長椅子に座り大人しく雑談に興じている冒険者達に、どこか微笑ましさを感じながら、ミラは案内板の前に歩いていく。


(ほぅ、見た目どおり随分と広いのぅ)


 案内板によると二階が戦士組合、三階が術士組合の窓口、そして四階が物販で五階は治療院になっているようだ。特に物販と治療院は鎮魂都市カラナックで見た組合よりも圧倒的に広かった。

 とはいえ確かに利用者の数を見れば、このくらいは必要だろう。振り返りホールを見回して、そう考えたミラは大階段に向けて踏み出す。直後、ふとその足を止める。

 探し人であるグレゴールは、剣の職人だ。ならば同じ冒険者でも、戦士組合の方が知っている者が多いかもしれない。そう思いついたミラは再び歩を進めて、二階に上っていった。

 戦士組合は、その名に反してと言うべきか、随分と華やかだった。

 無精ひげで大きな斧を担いだ、いかにも戦士然とした男達で溢れ返っていると勝手に思い込んでいたミラは、思わず「おお」と声を上げて組合内を見回す。戦士クラスの冒険者が四、五十人はいるものの、ミラが想像していたような人物は、その中の二、三人程度である。

 黄色い声援を集めそうな騎士や、寡黙そうな剣士、軽装の短剣使いに、まさかの魔法少女風の戦士。などなど、煌びやかな印象すらあった。そして血気盛んな者達が騒がしくしているともミラは思っていたが、一階のホールよりもずっと静かだ。内装も相まって、正に区役所のような雰囲気すら感じられた。

 まあ所詮は思い込みかと考え直したミラは、改めてグレゴールを知っていそうな人物、加えて剣を打ってもらった事のありそうな、凄腕の冒険者を探して周囲へ視線を巡らせる。この時ミラは気づいていなかった。ミラが顔を出す前までは、かなり騒がしかった事に。

 ちらほら男達と目が合う。


(ふむ、やはり戦士組合に術士がいるのは珍しいのじゃろうか)


 だから仕方がない。注目される事にそこそこ免疫の出来ていたミラはそう考えて、注目を気にせず強そうな剣士はいないかと更に奥に向かって歩き出した、その時だ。


「あれ、ミラちゃん?」


 ふと背後から、そう声をかけられた。そしてミラはといえば、その声に聞き覚えがあった。


「おお、やはりお主か」


 振り返ってみればミラの記憶していた通りの人物である、エメラがそこにいた。かつてソウルハウルの痕跡を求めて古代神殿ネブラポリスに赴いた時に同行した、お人よしの冒険者の一人。そして暫く前に、長老の森から帰る途中の街ハンターズビレッジで再会した、エカルラートカリヨンの副団長だ。


「やっぱりミラちゃんだった。後姿でもすぐに分かったよ」


「わしも、声でお主だと分かったぞ」


 嬉しそうに駆け寄るエメラに、ミラもまた笑顔で返す。


「ところで、戦士組合にいるなんてどうしたの?」


 一先ず壁際に寄りながら、エメラがそう口にする。術士は当然術士組合でなければ依頼を受ける事が出来ず、基本的に戦士組合に来る必要はないからだ。あるとすれば依頼の受領や報告以外であり、きょろきょろとしていたミラの様子がエメラは気になったようだ。


「ふむ、そうじゃのぅ。実はじゃな」


 剣士であり、話し易い知り合いでもあるエメラ。ミラは最初に聞いてみるのには丁度良いと思い、その理由を話して聞かせた。

 グレゴールという職人を訪ねたが不在で、あちらこちらを探したが見つからなかった。剣を打つ職人なので戦士組合ならば知っている者が誰かいるのではないか。そう考えたのだと。


「という事でのぅ。何か知らぬか?」


 説明し終わったあと、ミラは最後にそう付け足す。するとエメラは次第に表情を綻ばせていき、「知ってるよ!」と言って、


「何を隠そう、私はグレゴールさんのところから帰ってきたばかりだからね!」


 と、どこか得意顔で続けた。

 詳しく話を聞いてみると、どうやらグレゴールが久しぶりに受けた一品物の依頼主は、エメラの事だったようだ。あの時の悪魔の素材で炎の属性剣を打ってもらうらしい。

 そのために最近エメラは、グレゴールの隠れ家で一日中剣を振らされているとの事である。使い手の癖や重心のバランス、そして剣技をしっかりと把握するためだという。

 グレゴールの打つ剣は、使い手の能力を最大限に発揮出来るように計算され作り出される。そのためにはとても重要な作業だそうだ。 


「というと、グレゴールの居場所を知っておるというわけじゃな。それがどこか教えてはくれぬか!?」


 聞き込みを始め、たった一人目で当たりを引いたようである。ミラは、ここぞとばかりにエメラに迫った。


「えっと、確かに知ってるけど。なんで術士のミラちゃんが剣の職人を探しているの?」


 かつて出会った頃、武器は使わないとミラが豪語していた事を覚えていたエメラは、ただ好奇心のままにそう問い返す。


「ちょいとその者に見て欲しいものがあるのじゃよ。そう時間はかからぬはずじゃ」


 簡単な用事なので、エメラの剣を打つ邪魔はしない。ミラはそういう意味合いを込めて、尚も迫る。


「そっか。うん、分かった。案内する。でも明日でいいかな? 別れる時グレゴールさんが、これから一気に設計を突き詰めるって言ってたの。直ぐに戻って邪魔しちゃうのもなんだから」


 グレゴールに見て欲しいもの。それが何なのか興味を持ちつつエメラは快諾する。というより、そもそもエメラはミラの頼みを断る気など微塵もなかった。自分の好きな分野にミラが興味を持ったのだろうかと、少しだけ期待したくらいだ。


「うむ、それで構わぬ」


 どの道もう夜なので、これから押しかけるのも失礼だろう。重々承知しているミラは、そう言って頷いた。


「じゃあ明日。えっとどこで会うのがいいかな。ミラちゃんはどこの宿に泊まる予定?」


「確か、食道楽三昧とかいうところじゃった。その名の通り、食堂が凄いところじゃ」


「そこ、私達と同じだ! えっと、ちょっと待ってて。一緒に帰ろ!」


 どうやらエメラも同じ宿に宿泊しているらしい。ミラの両肩に手を置き、ここにいてと言ってからエメラは組合の受付に突撃していった。


「ごめん、お待たせ」


 戦士組合にいる冒険者達をミラは、興味深く見回していた。暫くしてエメラが手続きを終えてそこに戻ってくると、二人はそのまま連れ立って組合をあとにする。



 二人が宿泊している宿『食道楽三昧』は、組合からそれほど遠くない場所にある。その立地条件と、その日の気分で好きな食事が出来るという点で、特に冒険者達に人気のある宿だそうだ。


「にしても、このような遠く離れた地で会うとは驚きじゃのぅ」


 エメラ達の人間性を気に入っているミラは、嬉しそうにそう言った。

 大陸の最西端にあるセントポリーの街。夜になっても商業地区は明るく、街灯や看板が夜空を照らす。特に今の時間は戻って来たばかりの冒険者が多い。商人や、純粋に買い物を楽しむ人達で溢れる昼とはまた違う賑わいを見せていた。むしろ、賑やかというより騒がしいと言った方が近い様子である。

 二人はそんな夜道の端を、人ごみを避けて進んでいく。


「ミラちゃんとは、強い縁があるのかもしれないね!」


 エメラもまた嬉しそうにそう答える。その声にはどこか、そうであったらいいなというような思いも込められていた。

 それから二人は、長老の森の傍にあったハンターズビレッジで再会したあとの話で盛り上がる。

 ミラは初めて乗った大陸鉄道について、特にファーストクラスの乗り心地などを得意げに語る。エメラはエコノミークラスに数回、プレミアムクラスに一回乗った事があるだけだといい、羨ましそうにミラの話を聞いた。

 ミラの話が終わると、今度はエメラがハンターズビレッジで別れたあとについて話し始める。

 エメラ達は、そのまま行商隊の護衛としてオズシュタインまで同行し、そのあと更に西へ進み、数日前にセントポリーに到着したのだという。そしてエメラは、所属ギルドであるエカルラートカリヨンの団長セロに中継ぎをしてもらい、グレゴールに剣を打ってもらえる事になったのだと熱く語る。刀剣類の事に関しては人一倍の執心を持つエメラは、同じく召喚術の事に執心するミラが時折見せる怪光を、その瞳に宿していた。



 楽しく語らいながら歩いていくと、やがて二人は宿泊している宿に到着する。冒険者に人気があるというその宿の玄関前には、大きく『食道楽三昧』と書かれた看板が掲げられており、明るくライトアップされていた。

 ミラの感覚からすれば普通のビルといった風貌の宿だが、この世界では珍しい形式の建造物だ。


「あ」


 そんなビルの玄関前で立ち止まったエメラが反射的に構えをとった。どうしたのだろうかと、ミラがエメラの視線の先を確認すれば、そこにはエメラと同じギルドメンバーであるフリッカとゼフがいた。丁度帰ってきたばかりの様子であるその二人もまた、古代神殿ネブラポリスに赴いた時に一緒だった仲間だ。


「おお!」


 エメラに気づいたゼフは、ほぼ同時にミラにも気づき屈託の無い笑顔を浮かべて手を振り小走りで駆け出す。その直後だ。


「ミラちゅわんだー!」


 奇声と共にゼフを吹き飛ばし、ハートに染まった瞳のフリッカが突撃して来る。色に駆られたその姿、そしてその勢いは、もはや術士などではなく猛獣そのものだった。

 これまでにも数回、ミラはフリッカに襲われた事がある。だが、それはその都度エメラが処理していた。なので今回もまた、エメラがどうにかしてくれるだろう。そう考えていたミラであったが、次の瞬間に戦慄する。

 万全の体勢で待ち構え、絶妙なタイミングで放たれたエメラの手刀打ちを脳天に受ける直前、フリッカは頭を傾げ打点をずらして直撃を免れたのだ。

 その見事な反射と判断力、そして執念を前にエメラの追撃が僅かに遅れた。その瞬間。


「はー! この匂い。ミラちゅわんの匂いー!」


 フリッカは、エメラの脇をすり抜けミラを両手で抱きしめて、その胸に顔を埋め深呼吸を繰り返した。


「早くなんとかせい!」


 フリッカの手がミラの全身を巡り始め、加えて周囲からは無数の好奇の視線が注がれる。そんな中ミラがエメラに向かって叫ぶと、今度は寸分違わぬ一撃がフリッカの脳天に打ち落とされた。



「えっと……ごめんね」


 場所を食道楽三昧の玄関ロビーに移したミラ達。エメラは近くのロビーソファーにフリッカを放ってから、面目なさそうにそう言った。

 エメラの話によると、フリッカがこれだけ……一途に執着する事は初めてなのだという。どうやらミラへの想いが冷める事無く、日々募っていっているようだと。

 そして、その想いの力こそが初撃を見切った原因だろうと、エメラは苦笑気味に推察しつつ、ミラの胸元に染みたフリッカの涎を拭っていた。


「まあ、良い……」


 ミラは、これさえなければと考えながら、ゾンビの如くむくりと起き上がったフリッカをため息交じりで見つめるのだった。 


「にしても、久しぶり。こんな大陸の端っこで会うとかすっげぇ偶然だよな」


「うむ、久しぶりじゃな。元気そうで……なによりじゃ」


 どこか軽い相変わらずな様子のゼフに、気持ちを切り替えたミラは、フリッカの視線を受け流しつつ答える。

 そんな、ちょっとした騒動を経てから、改めて四人は再会を喜び合った。たっぷりとミラ分を補給出来たからか、フリッカは見違えるほど大人しい。だがそれは衝動に駆られないだけで、ミラを見つめるフリッカの目には、未だに炎が宿ったままだ。


「折角だから、ミラちゃんも一緒に飯食おうぜ。団長もいるからさ」


 そう言ってゼフは、ミラを誘う。久しぶりの再会。一緒に食事。それは実に自然で純粋な流れであろう。だがその隣で激しく同意の声をあげるフリッカは、不純の塊であった。

 とはいえ、遠く離れた土地で思わぬ知人と出会い食事をする。それもまた、冒険の醍醐味だろう。


「うむ、そうじゃな。折角じゃしのぅ」


 そして団長のセロに話したい事のあるミラは、快く了承するのだった。

最近の現実逃避法。

ファンタジーチックな画像を眺める。

今の流行は、フランスのコルマール。



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