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104 西へ

百四



 湖中の都、五十鈴連盟の本拠地に帰ってきたミラ達は、そのまま五十鈴連盟の総帥ウズメに会い任務の報告をしていた。


「結果だけみれば失敗って事だよね」


 板張りの和室で大きな卓を挟んで向かい合ったウズメは、一通りの報告を聞き終えてから真っ直ぐにミラを見据える。


「状況からして仕方がないって気もするけど、強敵を相手にして調子に乗っちゃうのは、おじ……えっと、貴女の師匠の悪い癖だったよね。もしかして、それも教わったのかな」


「う……すまんかった」


「どうせプレイヤーキラーのレヴィアードと戦った時みたいに無駄に興が乗って、軽口叩き合ってたりもしたんでしょ?」


「うむ……その通りじゃ……」


 精霊爆弾の威力は圧倒的で、逃げられてしまうのも仕方がないと思われる。だが、初めから警戒していれば、ミラの実力からして方法はあったかもしれない。付き合いが長かった分、ミラの性質を良く理解しているウズメは若干回りくどくも、そう悪癖を指摘した。対してミラは子猫のようにしょんぼりと肩を落とす。


「まあ、ミラちゃんじゃなきゃ手に負えない相手そうだし、まぁいいけどね。で、代わりにそれを持ってきたと?」


 改めるようにして、ウズメは脇に置いてある棺と黒い剣に視線を向けた。キメラクローゼンの幹部が持っていたものである。


「そうじゃ。この精霊を蝕む鬼の呪いこそが、キメラの力の根源かもしれぬ。詳しく調べてみる価値はあるじゃろう」


 本来、精霊という存在は非常に強力な個体であり、易々と捕獲出来るような相手ではない。だがそれを幾度も成し遂げているのがキメラクローゼンという集団だ。その秘密。つまり精霊相手に優位に立てる要因が、この黒い霧なのであろう。これを調べ、特性などを把握出来れば、対策を立てる事も可能だろう。


「鬼……か。なんだか凄いのが出てきたね」


 ウズメは床に両手をつき身体を反らして天井を仰ぎ見る。ミラは精霊王に聞いた鬼についても話していた。それは書物や伝承などにも載っていない、表から姿を消した歴史の一つだ。


「わしもびっくりじゃ」


 ミラもまた話を聞いた時の事を思い返しながら、感慨深げに呟く。

 だが、傍にはそんな二人とはまた違った思いを抱いている三人の姿があった。アーロンとサソリ、ヘビである。遥か過去に鬼という者が生きていたという事より、ミラが精霊王と直接謁見したという事の方に驚いていた。

 精霊王とは、神にも匹敵する偉大な存在だ。そんな精霊王と言葉を交わしたという人物は歴史上二人のみ。しかも古代人魔大戦の最終局面という僅かな期間だけだ。

 その一人は当時の人族の長。精霊王と協力し作戦の指揮をとった伝説の王ハンニバル・エクス・アースクラである。

 そしてもう一人は、古代の大英雄フォーセシアだ。フォーセシアは、精霊王から力を受け取り身に宿し、その力で魔物軍の王を討ち取った。

 後にも先にも精霊王と直接対面した者は、この二人だけであった。ミラのいう事が真実ならば、それは数千年ぶりの邂逅であり、歴史に名を残すような出来事なのだ。

 だが当事者のミラは、それを「びっくり」という一言で済まし、ウズメもまた気にした様子はなく、鬼の話で盛り上がっている。

 アーロン達は、どこか常識がずれている二人の会話が終わるのを、ただ黙して待つのだった。



 作戦状況に関しては、防人の書庫に向かったメンバーの報告を待つだけのようだ。幹部を捕獲出来ているならばそれに越した事はないが、過信もまた出来ないだろう。

 ミラ達は報告のあとに、謎の提供者Sからもたらされた情報もまた伝えていた。

 一番早く帰ってきて大いに手の空いているミラ達は、その持ち帰った情報を基にして、明日から第二次作戦を開始する事となる。

 重役を集め会議した結果、ミラとアーロンがセントポリーでキメラクローゼンの本拠地と、元精霊剣の所有者について調べ、サソリとヘビはローズラインに先行して潜入し、メルヴィル商会について探る事と決定した。

 やる事が決まれば行動は早い。一時解散したアーロン達は、準備のために商業地区に出かけていく。

 ミラはといえば準備する事もなく、中庭でサンクティアの使い勝手を遅くまで試すのだった。



 次の日。再集結したミラとアーロン、サソリにヘビは新たな任務を受けて、五十鈴連盟の本拠地から西方に向けて飛び立っていった。

 大陸の西側は、その面積の五割を荒野が占める緑の乏しい大地だ。だが代わりに鉱山などが多く鉱物資源が豊富に採れるため、他の地に負けないくらい人も物も多い土地である。

 山脈の麓から広がる三神国の一つ、オズシュタインの領土上空を一日かけて通り過ぎた翌日。朝の中頃から飛び続けたガルーダワゴンは、宵の初め頃にローズラインから数キロメートル手前の岩山脇に目立たないよう着陸した。

 四人では狭苦しいワゴンで長時間じっとしているのも、なかなかに疲れるものである。なので時折休息が必要だ。だが今回はそれに加え、サソリとヘビを降ろす意味もあった。


「それじゃあ行ってくるね」


「うむ、健闘を祈っとるぞ」


「がんばれよ」


「任せて」


 サソリとヘビは、夜のうちにローズラインに潜入するそうだ。ワゴンの前で別れた二人は、うんと身体を伸ばすと、そのまま冒険者を装い星空の下を歩いていった。

 二人を見送ったミラとアーロンは、夕飯の準備を始める。といっても、調理などは全てアーロン任せだ。ミラはといえば見張り用の白騎士を召喚してから、その日の気分で食べたい食材をアーロンに渡すだけである。適材適所というやつだ。

 そうして食事も終えたアーロンは見晴らしの良い御者台で、ミラはワゴン内に布団を敷いて早めの眠りについた。



 ミラ達が、夜明けと共にセントポリーに向けて移動を始め半日後。夕暮れ迫る茜色の空の下、眼下に広がる荒野の先の地平線に大きな街が見えてくる。そしてその先には、空を映した大きな海が静かに波打っていた。

 街まではあと十キロメートルもない。目立たないようにワゴンを着陸させたミラは、暫く考えた末《ガーディアンアッシュ》を召喚する。

 地面に浮かび上がった赤い魔法陣が赤く大きく膨れ上がった直後、そこから灰色の熊が現れた。守護者という通り名を持つ、熊の聖獣である。

 その熊は、ワゴンと同じくらいの体格で非常に立派な爪と牙を持ちながらも、優しそうな瞳でミラを見つめた。


「アッシュや。相変わらず立派じゃのぅ」


 三十年ぶりに再会した仲間にミラはそう言って、自身の背丈の二倍はあろうその身体にそっと触れる。するとアッシュは、その図体から想像出来ないほどの速さで振り向き、ミラの頬をぺろりと舐めた。親愛の証だ。

 それからミラの要請を快く引き受けたアッシュがワゴンを牽き、残りの道程を消化していく。熊というのは思いのほか動きは素早く、一時間もかからずに街に到着する事が出来た。

 セントポリー貿易国。新興の国であり、街は首都であるセントポリーのみだが、活気で言えば三神国に迫る勢いがあった。城壁のないその街はまだ発展を続けており、周囲の荒野にはところどころに建設中の施設が見て取れる。

 街に通じる街道は四車線あり、行商や冒険者らしき馬車が多く行き交う。ミラ達のワゴンは少し外れたところからその街道に合流し、今はその流れに乗って街に入るところだった。

 セントポリーの街には、門もなければ城壁もなく関所もない。街道脇に警備を担う大きな施設が建っているだけだ。

 すれ違う人々が、興味深げにガーディアンアッシュを見つめていく中。それなりに目立ちながらもミラを乗せたワゴンは、警備施設の前を通り過ぎ問題なく街に踏み入れた。

 街に入ってから暫く、ミラはアーロンと並び御者台に座って、呆気にとられたようにその光景を見回していた。

 セントポリーの街には、どこか現代(・・)に通じるところがあったからだ。簡単に言えば、背が高いのである。目の前には、五階建て以上の建造物がひしめき合っていたのだ。

 街はきっちりと区画整理され、大通りと小道が無駄なくそれらを繋いでいる。中心部には数多くの商店が軒を連ね、その周囲を宿が囲い、更に周りを小規模な店舗が覆っていた。

 ミラは、アーロンが持っていたこの街の地図と周辺を見比べながら、その規模と成長速度、そして現代とファンタジーが入り乱れる不可思議な光景に驚愕する。


「どうしたミラの嬢ちゃん。面食らっちまったか?」


 アーロンは、車庫のある宿の方へ向かうよう指示しながら気休め程度に手綱を操りつつ、ぽかりと口を開けたままのミラにそう言った。


「ああ……いや、うむ、そうじゃな。このような街があるとは驚いたわい」


 ミラは地図を畳んでアーロンのカバンに直接戻すと心の底からそう口にして天を仰ぐ。目に映るのは、どちらの世界でも同じように見える空。だが、夜に移り変わっていくそこで輝く星達に同じものは一つもなく、また輝く月も違う顔をしていた。


「俺も初めて来た時は驚いたもんだ。そういや聞いた話だが、この街はあの大国アトランティスを参考にしているらしいぞ」


「なんと、アトランティスか!」


 アーロンの言葉にミラは驚くと同時に納得もした。

 ミラが今いるのはアース大陸。その隣、海を挟んだ向こう側にはアーク大陸という、これもまた大きな大陸がある。そこは上級者向けのダンジョンが多く、なによりもプレイヤーが興した最大級の国家、北のアトランティス王国、そしてそれに次ぐ南のニルヴァーナ皇国があった。

 そう、アーロンが口にしたアトランティスとは、ミラと同じ出自を持つ者達が多くいるのだ。ならば、現代的な技術を応用していてもおかしくはなく、そこを参考にしたというセントポリーを望めば、またアトランティスの現在も垣間見えるというものである。


(あ奴等か。随分と愉快な事をやっておるようじゃのぅ)


 頂点同士というべきか、なんだかんだでアトランティスのプレイヤーとも交友のあったミラは、当時を思い出しながら端末を操作しフレンドリストを開く。そしてそこにある名前が白いのを確認すると、楽しげに微笑んで再び空を仰いだ。

 生まれ育った世界を髣髴とさせる街並みの中、賑やかな街灯に照らされながら、ぼんやりと光の霧で白んだ空に僅かな星を見つけたミラは、その薄さにこんなところまで一緒なのかと苦笑する。


 セントポリーの街は広大だった。そして幾つかの区画ごとにある大通りは一方通行となっており、交互に方向が変わっているようだ。平らな石で舗装された地面には、等間隔で進行方向の矢印が刻まれている。アーロン曰く、最初はややこしいが対向車がいないため慣れれば楽なのだという事だ。

 アーロンの案内を受けながら数十分の間進み続けたワゴンは、ようやくアーロンお薦めの宿に到着する。そこは八階建ての、まるで昭和頃のホテルのような宿だった。だが隣に視線を向けてみれば、ロココ建築の宮殿の如き宿が鎮座している。都心部に文化遺産が残されているかのような景観であるが、当然そこは現役で活用されており、むしろ現代的と半々の割合で周囲に立ち並んでいた。

 まるでテーマパークが街に交ざり込んだような光景を眺めながら、ミラはアッシュに指示を出してワゴンを地下駐車場に進めていく。

 チェックインした宿は『食道楽三昧』という、なにやらへんてこな名前だった。

 別々の部屋だと情報交換が面倒だという理由で大き目の部屋をとった二人は早速会議を始め、グレゴールの工房に行くのは明日の朝にしようと結論する。夜に訪れるのは流石に失礼であり、工房も閉まっているだろうからだ。

 数分で話し合いが終わると即会議は解散となり、アーロンは酒と食事を求めて、宿の二階にある食堂に繰り出していく。

 そしてミラはといえば、意気軒昂な足取りで大浴場に突入して数日振りの入浴を満喫し、ついでに眼福にあずかるのだった。


 身も心もさっぱりして浴場をあとにしたミラは、食堂のある二階に到着する。そして目の前の光景を嘆息交じりに一望した。


「なんともおかしな宿じゃのぅ」


 そこは食堂というより、駅ビルなどにあるレストラン街であったのだ。宿の中で、多種多様な飲食店が軒を連ねているその状況は、ミラの目に実に不思議で面白く映った。

 宿といえば、寝床と拘りの料理を提供する場所だと認識していたミラ。だがこの宿は、料理の部分をすっぱり委任するという形式だったのだ。ゆえにその分、宿賃もお手頃な価格となっている。

 その日の気分で好きなものが食べられ、中には居酒屋のような酒類メインの店もあるこの宿は、多くの客層に人気であった。


(今日の気分はなんじゃろうなぁ。オムライス、良いのぅ。ハンバーグ、良いのぅ。から揚げ、カツ丼、良いのぅ。串揚げと酒、お一人様鍋、このような店もあるのじゃな。おお、弁当屋まであるのか。よりどりみどりじゃな!)


 多くの客達で賑わうレストラン街に踏み込んだミラは、店先に飾られているサンプルを眺めながら腹と相談する。

 そうして時間をかけて数十軒と並ぶ店舗を見て回ったミラは、ようやく店を決めて暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませー」と、店員の元気な声を受けながら、ミラはカウンターの前に立ちお品書きを指差して注文する。


「この、テリヤキダブルチーズバーガーのLセットを頼む。ドリンクはメロンソーダじゃ。おお、それとじゃな。ポテト用のケチャップも付けてくれ」


「はい畏まりました。店内でお召し上がりになりますか」


 ミラの選んだ店は、ジャンクフードの王様、ハンバーガーショップだ。どう考えても元プレイヤーが関係していそうな、懐かしさすら感じる店内を見回してから、ミラは「うむ」と答え料金を支払う。

 料金と引き換えに渡された番号札を手に、ミラは窓際の席につく。その姿を客達が目で追っていた。ジャンクフードの似合わなさそうな美少女の出現に、客達はざわめき出す。

 店内の客層は冒険者が半数を占めており、その好奇の視線は、大きなバーガーをほお張りきれないだろう小さな唇と、ソースが付いたら目立つであろう白い肌の覗く胸元と艶やかな銀髪に注がれる。

 だがミラはといえば、それらの好奇の視線に全く気づかぬまま、久しぶりのジャンクフードに心躍らせていた。

 暫くして、店員がトレーに乗せて注文した料理を運んで来る。ミラが知るのとは少し違い、バーガーやポテトなどは紙包みではなく、しっかりとした皿に載せられており、ドリンクも大きなグラスで提供しているようだ。ちょっとお高いバーガーショップのようなスタイルである。

 ミラは早速とばかりにバーガーを手にとって、かぶりついた。ミラの口よりも大きなバーガーであったが、その分肉厚で、口いっぱいに懐かしい味わいが広がっていく。


(これじゃこれじゃ、この味じゃ!)


 ミラは至福の一時に満面の笑顔を浮かべ、思わず両足をばたつかせながら「んー!」と喜びの声を上げる。

 かつて慣れ親しんだその味、というより思い出を噛み締めながら、ミラは口の周りに付いたソースを気にせずにバーガーをほお張った。

 幸せいっぱいで美味しそうに食べるミラの様子は、一見した時の令嬢のような印象と違い、無邪気な魅力に満ちていた。

 そんな姿が表の客の目に留まったからだろうか、この日この店は大繁盛だったようである。

最近、どんどん暑くなってきましたね……。


ああ……夏が来てしまう……。

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