表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/648

102 戦利品

百二



「あ、ミラちゃんだ!」


「団長ですにゃ!」


 雪のように真っ白な景色の中、一際目立つ血塗れ棺の前。改めてその棺をどう運ぼうかと考え始めた時、ふと背後から調子はずれな声がする。


「おお、サソリではないか。と団員一号は…………なんじゃ、生きておったのか」


 振り返ってみれば、そこには軽快な足取りで駆け寄るサソリと、その肩にしがみつきプラカードを掲げるケット・シーの姿があった。プラカードには『感動の再会。あえてボケて』と書かれている。


「それは辛辣過ぎですにゃー」


 ミラの一言に心を撃ち殺されたケット・シーはサソリの肩から滑り落ち、白い灰の積もった床を勢い良く転がり一本のラインをそこに描き出す。そして白猫に変身した。


「外の竜巻をどうにか出来たのじゃな」


 ミラはそう言いながらケット・シーの首根っこを掴んで、灰の中から取り上げる。するとケットシーは身体を震わせて灰を払い落とし『大成功!』と書かれたプラカードを首級のように掲げてみせた。


「タマ取ってやったですにゃー」


 そう言ってから灰で咽るケットシー。ミラは、そんなケットシーの背をさすってやりながら「うむ、でかしたぞ」と労いの言葉をかけて、手早く送還する。消えていく途中、ケット・シーはプラカードに『もっと出番を!』と書いて期待の眼差しをミラに向けていたが、続々と到着する五十鈴連盟の面々を迎えていたミラがそれに気づく事はなく、ただただケット・シーの寂しげな鳴き声が古代環門に虚しく響き渡った。


「で、ミラちゃん。今ってどういう状況なのかな?」


 真っ白な灰で覆われた古代環門。五十鈴連盟各員がそれを見回したあと、全員の声を代表するようにサソリが言う。


「まあ、色々あってじゃな」


 ミラはそう前置きしてから、キメラクローゼンの男、精霊を蝕む黒い霧、精霊王の力の奪取とその奪還、そして精霊爆弾と捨て身の逃走。それらここであった事を簡潔に説明した。



「爆弾って……大丈夫だったの?」


 ミラが話し終えるとサソリは開口一番にそう言った。それも無理はない。灰で覆われた辺り一面を見れば、誰でもその威力が相当なものであったと理解出来る。そんな破壊の嵐が吹き荒れる真っ只中にいて無傷というのが、むしろ不自然なのだ。


「うむ、見ての通りじゃ」


 だがミラは、そんなサソリの心配をよそに、元気一杯自信満々でふんぞり返っていた。サソリは、相変わらずなミラから、改めて周囲に視線を移す。焼き払われたその地表に残るのは、古代環門の特徴である石柱と壊れた階段だけである。


「これで大丈夫だったんだ……」


 サソリは呆れたように呟いた。白一色に染まる光景は一見美しくみえる。だがここの白は、眺めていると不安がこみ上げてくるような白で、穢れどころか一切の感情も映さない純白だった。


「ところで、それが話にあった剣か?」


 サソリの後ろから顔を覗かせたアーロンが、棺の脇に目を向けそう口にする。そこには、キメラクローゼンの持っていた剣が二本置いてあり、周囲には黒い霧が妖しく蠢いていた。


「うむ、そうじゃ。片方が精霊剣。もう片方が精霊を容易く消し去る呪いの剣じゃよ」


「精霊を消し去るか。弱らせるだけじゃ飽き足らず、そんなものまで持っていたのか」


 アーロンは怒りを露にしながら剣の前で屈み込み、黒い霧を間近で睨みつけた。


「ああ、それとじゃ。この棺の中には同じ力を秘めたゴーレムの残骸が入っておるのじゃが、鍵がかかっておってな。持ち帰ろうにも、ちとわしでは持てそうにない。頼めるか」


 筋力は一介の術士と大して変わらないミラは、そう言ってアーロンの太い腕を羨ましそうに見つめる。


「つまり精霊を消すゴーレムか。興味深いな」


 気合を入れて立ち上がったアーロンは、棺の取っ手を掴み力を込める。すると棺は難なく持ち上がった。


「ああ、見た目より軽いな。これならどうにかなりそうだ」


「おお、流石じゃ! この筋肉は伊達ではないのぅ」


 ミラがアーロンの引き締まった二の腕をぺちぺちと叩けば、アーロンは棺を軽々と肩に担ぎ「当然だ」と笑い、筋肉を見せ付けるよう得意げにポーズを取ってみせた。どうやら長年かけて鍛え抜いた身体がアーロンの自慢であるようだ。


「あれ? これ普通の剣だよ」


 そんなアーロンの隣り、足元に転がった精霊剣を拾い上げたサソリは、それを一振りしてからそう声をあげる。本来、精霊剣であるなら振った時、軌跡に何かしらの兆候が見られるはずだった。だがサソリが手にした剣は、ただ空を斬っただけであったのだ。


「なんじゃと?」


 精霊剣の力、視界を覆う大火力を目の当たりにしていたミラは、そんなはずはないと剣を睨む。

 サソリが手にした剣は、相当な業物であろう出来栄えで確かに見覚えがあるものだ。それはキメラクローゼンの男が手にしていたものであると断言出来るほどに。だが改めてよく見ると、精霊剣の特徴である精霊力の粒子が、どういう訳か剣から完全に消え去っていた。


「確かに、ただの剣になっておるな。どういう事じゃ」


 サソリが手にする剣を、まじまじと見つめながら、ミラは不思議そうに唸る。そして直後、足元で小さく蠢く黒い霧に視線を移した。そこにあるのは、精霊を消し去る霧の剣だ。

 先程まで、精霊剣と霧の剣を並べて置いていた。その結果、黒い霧によって精霊剣に宿る力が全て消されてしまったのではないか。

 そう考えたミラは、ふと戦闘時の男の行動を思い出す。霧の剣を使ったあとで直ぐ鞘に戻した、その動きをだ。


「こいつのせいかもしれん」


 使い手であった男は、黒い霧が精霊剣にも影響する事を知っていたのだろう。だから剣身を晒すのは使う瞬間だけだった。そう考えられる。

 その事に思い至ったミラは、忌々しげに霧の剣を蹴飛ばす。すると転がっていったその先で、汚いものでも避けるかのようにクモが飛び退いた。

 じと目で睨みつけてくるクモに、ミラは「すまぬすまぬ」と悪びれた様子もなく謝罪する。


「精霊剣の力も消したというわけか」


 アーロンは霧の剣を目で追ったあと視線を元精霊剣に移して、少しだけ残念そうに呟く。出所はどうであれ、精霊武具は強力な戦力になったからだ。


「ん、こいつは? ちょっといいか」


 その時、何かに気づいたのか、アーロンは棺を置くと神妙な面持ちで剣をサソリの手から預かる。そして眉間に深い皺を寄せて、剣身にくまなく視線を走らせた。


「どうしたの? アーロンさん」


 サソリがそう言ってアーロンの手元を覗き込んだ次の瞬間、元精霊剣の柄と鍔、そして剣身がそれぞれに分解されていった。

 アーロンは「おおー、すごい」と声を上げていたサソリに柄の鍔の部品を押し付けるように手渡してから、剣身の根元を更に凝視する。


「これは……。そうか、なるほどな」


 そう呟いたアーロンの表情は、喜びにも似た驚きに満ちたものだった。

 誰ともなく、どうしたのかと訊けば、アーロンは一人得心顔で振り返り、手にした剣身を見せ付けるように差し出して説明する。

 精霊剣の土台となっていた剣は、一品物という特別なものであった。

 それは型抜きで量産するタイプの剣と違い、職人の手で一本一本丹念に打ち鍛えられた特注品の事だ。それらは、職人の腕や名声などによって変化するが、量産品に比べ価格が数十倍となるため、易々と手に出来るものではない。

 ものによっては柄と鍔もそれぞれ専門の職人が作る事もあり、世界に名を残す名剣の類は、数十人の職人が一本の剣に関わっている事が多いようだ。

 だが、職人の中には、一人でその域に上り詰める者もいるという。

 一品物は、たいてい剣身の根元に打った職人の名が刻まれている。そして今、アーロンが手にしている剣にも、それは確かに刻まれていた。

 その職人の名は、グレゴール。上り詰めた一人である。


「属性付与の魔剣作りにおいて、この男の右に出るものはいないという。しかも今は、セントポリーに構えた工房を拠点に活動していると聞いた。これを偶然と流すには無理がありそうだよな」


 天秤の城塞で出会った、空の民の男。その男は、キメラの本拠地がセントポリーにあると言っていた。そしてキメラクローゼンの幹部が持っていた剣もまた、セントポリーの職人の手によるもの。二つの情報が結びついた。かの地に、なにかあるのは間違いないだろう。


「キメラの幹部がそれを持っていたって事は、もしかしてそのグレゴールさんが提供したから?」


 アーロンの話を聞いて、サソリは真っ先に懸念を口にした。

 問題は、その職人の立ち位置である。現在の情報だけでは、はたして協力者なのか、ただ商売として作っただけかは判別出来ない。もし協力者であった場合、キメラクローゼンの武装は精霊武具化した超級職人の手によるものとなるだろう。つまり本拠地には、ミラが戦ったような相当に厄介な幹部が多くいるという事だ。


「そこまではまだ分からんが、本人に直接尋ねるのが早いと思うぞ。グレゴールという男は、使い手に合わせて剣を打つという。しかもそれは、知り合いの中でも特に親しい者のみにだそうだからな」


 そう言ってアーロンは、少しだけ羨ましそうに剣身を見つめる。グレゴールに認められ剣を打ってもらうというのは容易ではなく、その名が刻まれた剣は、戦士ならば誰もが憧れるものだった。


「なるほどのぅ。そのグレゴールとやらは、あの男についてよく知っておるという事か」


 ミラは剣身の名をじっと見つめたあと、視線を空に投げた。強烈な精霊爆弾の爆発で吹き飛ばされていった男の残像を追うように。

 アーロンが手にする一品物の剣。それはミラが戦った男に合わせて作られたものである。つまり逆に辿れば、剣からキメラクローゼン幹部の個人情報に辿り着ける可能性があるという事だ。


「決戦も近そうじゃのぅ」


 幹部はとり逃したものの、手がかりを得る事には成功した。それによって、これまで完全に霧の中であったキメラクローゼンの輪郭が、いよいよ浮かび上がってくるだろう。そう、そこにいる誰もが実感していた。

 今回の五十鈴連盟の作戦は、こうした結末をもって完了したのだった。

録画していた、ぶっちゃけ寺を見ていたら更新が遅くなりました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ