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みんな薄ら思ってる

作者: P4rn0s

私のスマホのメモには、タイトルも付いていない箇条書きがある。

買い物リストや仕事の段取りに混じって、気づくとそこに残っている。


・運転中、速度違反で捕まったら

・大好きな友達に嫌われたら

・鍵を無くしたまま一日が終わったら

・もう二度と同じ曲で泣けなくなったら


どれも些細で、どれも現実的で、どれも冗談のようだった。

本気で死にたいと思っているわけではない、と私は自分に言い聞かせている。

ただ、そうなったら「もういいかな」と思う気がするだけだ。


人生が辛いかと聞かれたら、そうでもない。

ご飯は食べられるし、好きな人もいるし、笑う瞬間もある。

けれど、ずっと微妙に椅子が合っていない。

高さが一センチ違う。

背もたれの角度が気持ち悪い。

立ち上がるほどではないが、座り続けるのも不快だ。


昔、死は遠かった。

テレビの向こうで、ニュースの中で、物語のラストでしか見なかった。

今は違う。

スクロールすれば人が死ぬ。

再生ボタンを押せば何度でも死ぬ。

ゲームでも、動画でも、フィクションでも、死は軽く、速く、何度でもやり直せる。


だから死は、恐怖というより選択肢になった。

引き返せない崖ではなく、

「設定画面にある終了ボタン」みたいな位置にある。


私たちはそれを悪いことだとも思わない。

重く考えないことに慣れすぎた。

生きる理由を語れと言われると黙るくせに、

死ぬ理由なら簡単に思いつく。


友達と笑いながら、

「これ起きたらもう無理だわ」

と軽く言う。

誰も止めない。

誰も本気にしない。

私自身も、本気かどうか分からない。


安楽死が許されたら、多分すぐ使ってしまう気がする。

苦しいからではない。

絶望しているからでもない。

ただ、長時間プレイしたゲームを

「今日はここまででいいや」と終了する、その感覚に近い。


それが怖いのは、死にたいことじゃない。

死を、死として扱えていない自分だ。

重さを失ったものは、選びやすくなる。

選びやすいものは、いつか本当に選んでしまう。


それでも私は今日も生きている。

捕まらず、嫌われず、鍵も無くさず、

なんとなく一日を終える。

メモのリストは消さない。

増えもしない。

減りもしない。


生きる理由が無いから死にたいのではなく、

死ぬ理由が簡単すぎる世界で、

それでも今日を終えただけだ。


それだけの話だ。

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