今、僕は異世界の戦争音楽隊でコントラバスやってます
『お題で飛び込む新しい世界』参加作品です。
広大な平野で鉄製の鎧を着た兵士たちが並んでいた。
ここは戦場。互いの存亡を賭けた戦い。
ここが天王山。そう言っても過言じゃない場面だ。
僕は現代日本からの転生者だ。それと言った特技も何もない平凡な人間だった。
この世界は剣と魔法の世界だ。僕は小さな農村で生まれ、チート能力はなく十二歳の時に徴兵された。
自分が転生した意味はよく分からない。だが、このままでは戦場で散っていく歩兵になるしかなかった。
そんな中、農民でも後方に居られる職の一つに適性があった。
それが音楽隊だ。
元の世界でも兵士の士気を上げたり、命令を伝達する方法の一つとして使われた音楽隊。
この世界ではまた違った意味合いがあった。
「戦意上昇バフ。第一楽章」
戦場から少し離れた後方。数百人規模の団員を束ねる指揮者の男が腕を振り上げた。
吹奏楽器は体全体に息を吸い、弦楽器は弓の根本から構える。打楽器は腕を大きく振り上げる。
一瞬の静粛。誰も息をしていない。指揮者の合図を待っている。
次の瞬間。音が鳴り響いた。
一斉に鳴ったそれは最早暴力だった。
鼓膜が破れそうだ。
それに呼応するように歩兵たちが雄たけびを上げる。
味方陣営全員で作られた音は地響きにまで昇華した。
そして、互いの軍が突撃し、戦場が乱れ始めた。
「魔法支援。第一楽章」
数分の演奏後。指揮者が指で次の曲を指定した。
急いで楽譜を捲り、指定された曲に移行する。
次の楽章は前とは逆に高音組のソロから始まる。さっきの荒々しい音楽とは逆で規律的で統一された音になる。
打楽器と一緒になって低音も一定のリズムを刻んだ。
魔法使いたちが詠唱を始め、入り乱れた戦場に魔法の雨を注ぐ。
一発で数百人を殺す魔法は敵味方問わずに着弾する。
着弾地点には粉砕死体となった敵軍とかろうじて生きている味方が残った。
魔法支援の演奏は魔法の威力を上げると同時に兵士に味方の魔法に対する保護を与える。
最初の演奏で狂戦士と化した歩兵たちは魔法のダメージをものともせず突撃を続けた。
その後、剣士支援。弓兵支援。回復支援と楽曲が変わっていく。
日が沈むまで演奏は続いた。
――――――
楽器ごとにテントが分かれている。僕が所属するコントラバスは他の楽器とは少し離れた場所にテントが構えられている。
「ほい。おつかれー」
楽器のトップ。パートトップの女性が白湯を持ってきた。
「ありがとうございます」
「もう戦場には慣れた?」
「五回目ですからほとんど慣れました」
バフを目的とする音楽隊は戦闘の度に呼び出されることはない。
五年は軍隊にいるが、呼び出されたのは年に一回のペースだ。
「しっかし、君は凄いねー。もう副パートトップだよ。来年ぐらいにはパートトップかもね」
「冗談は止めてください。下手くそなのに繰り上げ昇格はもう嫌なんで」
低音パートに適性を持つ人間は少ない。その上、人の入れ替わりも激しい。
演奏中に死んでいくからだ。
音楽隊は魂を削って戦場にバフを配る。
そのせいで演奏中にバッタバッタと倒れていく。
数百人いた音楽隊は今、数十人まで数を減らしている。毎回残る人はほとんど同じだ。
俺以外の人間は貴族出身で魔法使いの才能を持っている。
他の楽団員は命を削るのに対し、魔力を使うことで演奏を行う。だから倒れても死ぬことはない。
「全く君はどうやって演奏しているんだい? 疲れてはいるけど死にそうではないよね」
「サボってはないですよ」
「それは私が一番良く知っている。盛大に間違えた音出すの聞こえているから」
前世で少しだけコントラバスをやっていた時期がある。
当然、プロはおろか吹奏楽部で頑張っている一年生にも勝てない程度の技量だ。
ヘ音記号が読めて、弾き方が分かる程度の力しかない。
「まあ、嫌な間違いじゃないし、真面目に弾いた上で生き残ってくれるだけでも嬉しいよ。明日は戦略級の魔法使いたちの支援だけだから最後まで頑張ろう」
「はい」
明日。戦争が終われば、しばらくは平和に過ごせるだろう。
――――――
翌日。平原には昨日の十分の一ほどになった歩兵たちが並べられていた。
開戦時は同等だった兵士の数は大きく差が開いており、敵軍はさらに少ない様に見える。
楽団の前に僕と都市が変わらないような少女が立っていた。
「今回。帝国軍の戦略級魔法使いを承ったハミルトン公爵家のハーミットだ。君たちとは一連托生だ。ただし、安心したまえ。音楽が完璧ならば我が軍は必ず勝利する!」
人数が減った音楽団は最後の仕事として最強の魔法使いの補助がある。
敵国も最強の魔法使いを連れてきているはずだ。
真の戦場はここだ。
昨日までの優位をすべて無視するかのように最後は二人の魔法使いの勝敗ですべてが決まる。
もし、僕がチート能力を持っていたらあの少女のように一人で戦況を変えられる存在になっていたのだろうか?
多分、無理だ。とてもじゃないけど、そんな強い心臓は持っていない。
「ハーミット専用支援曲」
戦略級魔法使いは自身の楽曲を持っている。
その人の好みによって 作曲された楽曲は難易度に大きな差がある。
今回の専用曲ではコントラバスは四分音符を刻み続けるだけの弾くだけなら非常に簡単な曲だ。
曲が始まった。
あとはあの少女に委ねるだけだ。
「荘厳なる太陽よ。その身の一部を顕現させ敵を灰燼に帰せ。灰燼に帰せ。灰燼に帰せ。灰燼に帰せ……」
あの詠唱は聞いたことがある。究極魔法の《アトミックフレア》。二年前に賢者と名乗る老人が使っていた。
音楽の感じも二年前のものとほとんど同じだ。
ただ、様子が変だ。
いつまで経っても魔法が発動しない。前の老人より魔法に不慣れなのは分かるがこのままでは間に合わないかもしれないな。
周りも焦っているのか若干音が早くなっている。
簡単な楽曲の弊害だな。強い自制がなければ楽曲は壊れていく。
指揮者は速度を抑えようと必死になっているが、意味はない。
心配が現実になった。
平野の半分は消し去りそうな巨大な黒い球体が浮いていた。
《崩壊重力》。あの球体は触れた物を木っ端みじんにして殺す。
速度は遅いが、確実な絶望が迫りくる。
これが戦略級魔法使いの力だ。俺たち一般人がどれだけ頑張ったところであの一発ですべてが終わる。
催促するように曲が加速する。
最早、指揮者も勝手な加速に迎合しそうになっている。
隣にいるトップを見ると楽譜だけを見て周りを見ることを止めていた。最後の瞬間まで演奏を続ける意思だけはあるみたいだ。周りの楽器の人たち。指揮者も含めて楽譜に視線を向けていた。
「……こりゃダメだな」
残った人たちは演奏のプロたちだ。命の危機を前にしても音程はずらさず完璧な音を奏でる。
素晴らしいことだが、楽団の目的を見失っている。
僕たちの役割は音を出すことじゃない。
コントラバスを持ち上げて、少女の横に立った。
「邪魔だったら殺してくれ」
慌てる音の中、最初のリズムを保って俺は音を刻んだ。
トップと同じように弓を使えばおそらく飲まれる。だから、指を使い弦を弾くピッツで音を刻んだ。
楽団を無視する。それは死罪に当たる行為だったが、この少女を不憫に思った。
死にたくないからと後方を志願したというのに、こんなことをするなんて。自分でも驚きだったが、リズムは一定を保ち続けた。
打楽器でもメインを張る高音の楽器でもない。低音のコントラバス。録音じゃ全然聞こえない音。
メトロノームの方が何倍もマシなリズムと音を刻むだろう。だけど、僕にできることはこれだけだった。
あまり演奏が好きと思ったことはない。でも、周りに合わせることは得意だった。
音が間違っていても堂々とする。それだけでも音の調和がとれるような気がした。
黒い球体が近づいて来た。
楽団の半分以上が逃げていき、歩兵たちも逃げようとしていた。
全部無駄だ。
「灰燼に帰せ!《アトミックフレア》!」
少女が開眼し、魔法を放った。
出現した炎の帯は黒い球体が太陽のように燃え上がり、消滅した。
そしてそのままの勢いで敵軍を飲み込み相手の戦略級魔法使いごと消し飛ばした。
これが究極魔法。次元が違う。
「ありがとう。貴方のお陰で魔法が使えた」
少女がお礼を言ってきた。邪魔にはなってなかったみたいで良かった。
「では、軍規に違反した罰は帳消しにさせて頂けますか?」
「それはそれ。これはこれ。貴方の行動は立派な規律違反よ。私が直々に懲罰を与えるので必ず来ること」
懲罰か。
まあ仕方がない。これで命が助かるのなら……
振り返るとそこにはミイラのように干からびた楽団員たちが楽器を構えたまま絶命していた。
パートトップも死んでいる。あの人、優しくて好きだったんだけど残念だ。
これが戦場。いちいち他人の死を嘆いている暇はない。
どうせ、来年も人が補充されて戦争だ。
僕のやることは変わらない。呪われた楽譜を無視して好き勝手弾くだけだ。
あとがき
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
はじめましての方ははじめまして。村岡の作品を読んだことのある方は、いつもありがとうございます。
今回は「お題で飛び込む新しい世界」の戦記というお題に参加させていただきました。
普段は主人公TUEEE系のファンタジーを書くことが多く、戦記ものは今回が初挑戦です。
そもそも「戦記って何だろう?」というところからのスタートでした。
個人的に、戦記ものはあまり読んでこなかったジャンルでもあります。集団対集団となると、どうしても政治や背景設定が絡んできて、小難しくなりがちだからです。書く側としても、それなりの勉強が必要になるのは分かり切っているので、正直なところ苦手意識もありました。
一方で、戦争における部隊そのものには以前から惹かれるものがありました。補給部隊や偵察部隊など、役割に特化したプロフェッショナルな集団には憧れがあります。そこで今回は、その中でも「音楽隊」に焦点を当ててみました。
設定だけが先に浮かび、それを一日で形にして出力したのが本作です。世界観については、没作から引っ張ってきています。
本来は戦略級魔法使いを主人公に据えるのが私のスタイルですが、今回はあえて補助役である音楽隊にフォーカスしてみました。
短編ということもあり、続きは特に考えていません。評価やブックマークよりも、もしよければ感想をいただけると嬉しいです。矛盾点などがあれば遠慮なく突っ込んでください。屁理屈で返すか、素直に白旗を上げます。コントラバスについては友達3が答えます。
重ね重ねになりますが、ここまで読んでくださりありがとうございました




