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夢の大樹を目指す同志

作者: 山田モタ

どこまでも広がる大草原を、彼らはただひたすらに走っていた。どこに目指しているのか、目標地点に到達して何があるのか。彼らは目指す。数十年の月日を得て。

 数年間。そう、私は数年間、ずっと目指していた。きっと数年で足りる長さではないのかもしれない。

 果てしなく広い草原を、約数百人の同志と共に走り、限りなく遠くにある巨大な樹を目指していた。何年も何年もその樹を目指して走っていたのだが、全く到達できない。しかもその樹はかなりでかいのか、その樹を目指し始めた頃からずっと樹の頭が見えていた。

 年数を稼ぐごとに見える範囲が増えていった。最初こそまだ十分の一もいっていないことに落胆する同志たちだったが、お互いを励まし合い、そして十分の三まで見えてきてから皆、希望を感じた。

 そこに何があるのか。同志と話し合ったこともあった。懐かしく、遠い思い出だが、この思い出は決して忘れない。他愛のない話で盛り上がった過去が力になり、勇気となり、手足を激しく動かした。

 走り続けても、不思議と疲労感を感じることはなかった。だから休まずずっと走っていた。

 皆、ここに来る前は何していたのだろうか。そう聞いてみると皆、わたしと同じ境遇であった。可愛い妻と子に恵まれ、順風満帆な生活を謳歌していた、どこにでもありふれた者たちばかりだ。

 空がずっと明るいのはどうしてだろうか。限りなく青く雲は、誰かが思い描いた理想のような流れ方をしている。

 ここはあの世なのか。同志の一人が疑問を口にした。同志の意見に皆思うところがあった。ここが黄泉の国なら同志たちは何故、遠くに見える樹を目指しているのか。それに仮に同志たちが死人だとするのなら、何故ここに来る死人が増えないのか。だがどう考えてもわからない。もしかしたら樹に答えがあるのかもしれない。同志たちは皆、真相と夢とここの世界の脱却を信じ、走り続けた。


 数百人の同志たちは家族のようなものだ。お互いがお互いの悩みをぶちまけ、お互いが励まし合い、お互いが喧嘩して仲直りし仲をより深め合った。仕舞いにはここが落ち着くと言う者すら現れるほど、居心地が良い場所だった。

 樹が十分の五に差し掛かった頃、同志たちに予期せぬできごとが起こった。わたしたちにとって全く良い出来事ではない。自体は心がズタズタに張り裂けるほどの・・・・・・絶望、と表現するにふさわしい出来事が起きた。

 後ろの方で叫び声がした。振り向くと蜘蛛のような巨大な化け物空が同志たちを叩き、空に打ち上げられていた。何故か、彼らとはもう会えないことを悟った。

 全力で走れ。私が同志たちにそう伝えると、皆、凄まじい形相で力を込めて走った。必死にもがいているような。私も例外ではなかった。

 鳴り止まない同志たちの悲鳴。悲しさに引き攣ったわたしと同志たちの顔。奥歯を噛み締めながら、泣きながら、怒りながら、当初の夢を心の声で叫びながら走った。

 屈辱。恨み。樹に対する強い期待。生への執着と決意。

 皆想いは違えど目指す先は樹。燃える心と今は亡き同志たちを想う気持ちが、いつの間にか手と足を動かす原動力になっていた。


 数年が経った。樹の距離は目前であった。

 ここに来るまで苦楽を共にした数々の同志たちを失った。異形の化け物に絶対的恐怖と同志たちを失った深い悲しみが、ここまで同志を動かしたのだ。

 気づけば化け物は遠く離れていた。そこに数々の同志たちの亡骸が見えた。

 ようやく樹に到達すると、圧倒的疲労感が遅ってきた。皆、大変な様子で息切れしていた、尋常ではない。わたしも例外ではない。

 すると、同志の一人、タケルが神妙な面持ちで皆に言った。

 「仇を取るのか元いた世界に戻るのか・・・」

 わたしは何故タケルがいきなりそんなことを言い出したのか聞いてみた。タケルは何やら謎の声が聞こえたと言う。

 「謎の声ってなんだよ」

 「いや待て。俺等が今ここにいるってことは本当ならあり得ないんだ。あり得ないことが起きても不思議ではないはずだ」

 皆同志の意見に頷いた。

 「仇を取る代わりに永遠にここに止まるか、元の世界に帰る代わりにもう仇を打てない・・・・・・だって」

 タケルが勇敢にもそう言ってくれた。

 皆にとってそれはあまりにも悩ましいことであった。同志たちが何をしたと言うのだ。化け物に吹き飛ばされるほどのことをしたとでも言うのか。

 仇を打たなければ一生仇を打てないと後悔するだろう。散っていった同志たちの代わりに化け物を殺せない。力がない。だが、今わたしたちには力がある。あの異形の化け物を殺せる力が。

 だが、もう一生ここから出られないと言うことなら、樹に目指していたあの時間はなんだったんだ。同志たちといた時間を無駄にしたくない。

 家族に会いたい。だが仇を討ちたい。

 わたしたちの心がマダラ模様のようにぐちゃぐちゃになっていた。

 するとタケルは、自分一人だけがここに残ると言い出した。

 「やめろ・・・・・・そんなことさせるものか!」

 わたしは言った。

 タケルはまだ若い。ここにいる全員よりも人生を歩んでいない。希望に満ちた彼を置き去りになんてできるものか。

 「わたしが行く」

 そう言うとタケルは拳を握りしめる。

 「もう、誰一人・・・・・・誰一人として失いたくないんですよ!!せめて・・・最後ぐらいカッコつけさせてくださいよ」

 タケルは涙を流しながら叫んだ。

 「なら・・・俺も行くよ!!」

 「俺も!!」

 「私だって!!」

 同志たちが一斉に声を上げた。

 「あなたたちには声が聞こえなかったのでしょ?」

 タケルの握りしめる拳が震えていた。

 「僕がやらないと・・・・・・」

 わたしはタケルが言い終える間にタケルの頬を叩いた。

 「自分が選ばれたから・・・・・・だからお前がここに残る理由になんてならないんだよ。一人で責任感じるなよ・・・・・・わたしたちと一緒に残ろう。そうしたらお前、一人で残ることもないだろ」

 わたしがそう言うと同志たちもわたしに賛同してくれた。

 だが、タケルが言うには、一名だけしかここに残れないと言う。

 「なら尚更お前が残る理由なんて・・・・・・」

 「僕だけなんです」

 わたしが言い終える前にそう言ったタケル。

 「僕だけが持ってる力なんです。何故か僕が選ばれたんです。僕だけしかこの力は出せないんです!!」

すると、タケルは追ってきた化け物の方に歩いた。

 「おい待てタケル!」

 同志たちはタケルを追おうしたが、なにやら見えない壁に行く手を阻まれたようだ。

 「くそ!くそ!」

 同志たちが懸命に壁を殴り続けたが、壁は頑丈すぎる。まるでタケルの決意の堅さを表現しているような丈夫さだ。

 「待てェェェ!!!やめてくれェェェ!!!」

 もう家族を失いたくない。あんな絶望を味わいたくない。わたしたちは必死でタケルを呼び止めようとしたのだが、止まる気配がいっこうに感じない。

 「俺ぁ覚悟が決まっている人間を何人も見たことがある」

ヤクザのヤマさんが言った。

 「覚悟が決まったヤツの最後を大人しく見届けるのが、俺らの役割なんじゃねぇか?」

 ヤマさんはいつもチームを仕切ってくれていた、頼れる兄貴のような人だ。ヤマさんは同志たちに言い聞かせ、皆黙ってタケルを見続けた。

 タケルは遥か遠くの化け物めがけて拳を振った。どう言うわけか、拳を振り上げた瞬間化け物は空高くに打ち上げられ、飛ばされている間に両手の手を握りしめ、腕を伸ばし天高くかざすと、そのまま腕を下ろした。すると勢いよく化け物が地面に激突した。

 そのまま何度も両手を上下に振り、化け物は形が残らないほどに痛めつけられた。

 タケルが倒れると、わたしたちは心配の目でタケルを見て、叫ぶように声をかけた。するといきなりわたしたちの目の前が暗くなり、極めて豪華な装飾を施された巨大な扉が現れた。

 周りの同志たちはその圧倒的な迫力に圧倒されていた。

 「ここでさよならかよ・・・・・・アイツに別れの言葉もなしで!!!」

 ヤマさんは悔しそうに膝が崩れた。

 「ヤマさん・・・・・・元気出してくださいよ。彼の分まで生きましょう」

 同志たちがヤマさんを励ました。

 「そうだよな・・・・・・よし!立ち直るか」

 鼻水を啜りながら言ったヤマさん。やはり悲しそうだ。見てて耐えられない。

 「お前ら・・・・・・元の世界で会ったら、よろしくな!」


 周りの音が徐々に大きくなってきたことに気づき、目を開けた。そこは病室だった。

 「お父さんが目を覚ましたー」

 聞き馴染みのある、天使に相当する声が聞こえたと共に、愛してる妻の泣く声が聞こえた。首を横にすると、優しげな顔で妻が微笑み「おはよう」と、暖かな声でわたしに言った。

 わたしは長い間、昏睡状態だったようだ。長い眠りから覚めて、なんだか救われたような気持ちになった。あのことは今でも覚えている。不思議な出来事だった。鮮明に記憶しているのが夢ではない証拠だ。

 ちゃんと歩くためのリハビリが終わり、車椅子で中庭に出た。

 空を見上げてわたしは思った。ここではない世界にいた同志たちは皆、今は何をしているのだろうか。散っていった同志たちを思い出し、頬に涙が伝う。

 「お!お前さん、入院してたとはな」

 聞き馴染みのある声がして振り向いた。すると、そこにいたのはヤマさんだった。

消えていった彼らはどこに行ったのだろうか。それは神のみぞ知るものだが、もう彼らと再会することはないだろう。

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