第七話 豚と詩
アリスは公爵夫人の家を目指して森の中を進んでいきます。
二つの大きな木の間を、背丈ほどある草むらの中を、試しに空洞になっている倒木の中を進んでみたりしながら。
そうしているうちに、クロックバニーの家よりも多少豪華な家を見つけることができました。
「見つけたわ!ここがきっと公爵夫人の家ね!」
アリスは早速玄関の前に立ち、扉をノックしてみます。
しかし、反応はありませんでした。
留守なのかと思って窓を見てみますが、部屋には明かりがついています。
「きっと、食器が割れる音で気付いていないのね。ここでずっと立っているわけにはいかないし、中に入りましょ。」
そう言って、アリスは姿勢を低くしながら慎重に扉を開けました。
なぜこうしているのかですか?
それはですね、アリスの夢の中での公爵夫人の家には、あちこちに食器を投げては割り、お料理から煙が立ち上るほど大量のコショウを入れる料理人がいたからです。
もはや料理人と言えるか怪しいですね。
そういうわけなので、アリスは扉を開けます。
ですが、食器が割れる音やコショウの煙はありません。
それどころか、家の中はとても静かで、すごく美味しそうな匂いが漂っています。
アリスの目の前には、優雅にお料理をしている美しい女性と、食卓に一人で座っている男性の後ろ姿があります。
すると、その男性が椅子ごとアリスの方に体を向けます。
「おや?お客さんかね?珍しいなぁ。」
その顔を見たアリスは、少々失礼ですが、驚いてしまいます。
「まあ…!あなたのお顔、豚なのね!…あっ、ごめんなさい。」
なんと、その男性の顔は大きな鼻が突き出ている豚の顔だったのです。
アリスは失礼なことを言ってしまったと思い、謝罪の言葉を言いながら頭を下げますが、男性は優しく微笑みながら語りかけます。
「ハッハッハッ。いいのだよ。感性は人それぞれだからね。豚の顔は珍しいかい?」
「は、はい。とっても。」
「そうかそうか。立ち話もなんだ、どうぞ座りたまえよ。」
男性の紳士的な対応にアリスの緊張が少しほぐれ、導かれるままアリスも食卓に座ります。
食卓には、優しい香りの豆のスープ、瑞々しくて色鮮やかなサラダ、見るだけでよだれが溢れてきそうな丸焼きのチキンなどの様々なお料理が置かれており、アリスのおなかは今にも鳴りそうです。
でも、アリスはここまでの経験を振り返り、食欲をグッと抑えます。
もし食べてしまったら、また体が大きくなったり、小さくなったりしてしまうかもしれませんからね。
「それで、お嬢さん、君はなぜここに来たのかね?」
男性の言葉にアリスはハッとし、自分の目的を思い出します。
「えっと、私、公爵夫人に会いに来たのですが、今はいらっしゃらないんですか?」
「…ああ、母なら、一週間前に亡くなったよ。だから、今は私が公爵ってわけさ。」
アリスはとっても驚きました。
それと同時に、アリスは夢の中で公爵夫人があやしていた、豚になる赤ちゃんのことを思い出します。
この公爵はその時の赤ちゃんが成長した姿なのでしょうか。
「それは、さぞお辛いでしょう、公爵様。」
夢の中だったとはいえ、知っている人物の死に、アリスは心を痛めます。
「いや、いいんだよ。それより、母の死に様がなかなか面白かった故、一つ詩を作ってみたのだが、聞くかい?」
公爵があまりにも平気な顔で不謹慎なことを言うものですから、アリスは内心ゾッとします。
いや、この不思議な世界では不謹慎ではないのかもしれませんが。
アリスが何か言う前に公爵が自作の詩を読み始めたので、アリスはとりあえず黙って聞くことにします。
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皆さんご存知公爵夫人
死んでしまったよご愁傷 その時のことを教えましょう
家に勤めてる料理人
お鍋にふりかけてるコショウ あまりに多いよこん畜生
まだまだ増えてるこのコショウ 煙が上がったどうしよう
我慢の限界公爵夫人
こんな所にはいられない コックは何も聞いてない
椅子から立ってそそくさと 外出て会いたいあの草と
それでも続ける料理人
今度はお皿をホイホイと 部屋中に投げるポイポイと
公爵夫人がその先に お皿が頭へ真っすぐに
お皿が当たった公爵夫人
頭が痛いよクーラクラ 足取りも悪いフーラフラ
コショウの煙が鼻先に くしゃみがしたいよ真っ先に
我慢できずにヘックション コックはなんと大爆笑
勢いすごくて吹っ飛んだ 公爵夫人がぶっ飛んだ
そのままコックにゴッツンコ コックも棚とゴッツンコ
棚が倒れたバッタリ 潰れて二人はポックリ
公爵夫人と料理人
こんな感じで死にました 僕は公爵になりました
もう会えないね母よ でも笑っちゃったハハッと
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こうして、公爵は詩を読み終えました。
「どうかね?なかなか良い出来だと思わんかね?」
「…ごめんなさい。リズムは良いのだけど、内容が私には合いませんでした。」
アリスは怒られるかもと思いましたが、正直な気持ちを言わずにはいられませんでした。
そんなアリスの感想でも、公爵は優しく微笑みます。
「ハッハッハッ。いいのだよ。感想は人それぞれだからね。」
公爵はそう言ってくれましたが、アリスはなんだかこの公爵が怖くなったので、家から出ることにしました。
「詩を聞かせてくれて、ありがとうございました。私はこれで失礼します。」
アリスは席から立ちあがり、丁寧にお辞儀をします。
「そうかそうか。気を付けて行きたまえよ。」
何事もなく公爵の家を出られたアリスはホッとし、次に何をするべきかを夢の中のことを思い出して考えます。
「次は、きっとこっちに行けばいいわね。」
アリスは再び森の中を歩いていきます。




