第五話 昔話と変な生き物
相変わらず、あまり面白みのない森を歩いていると、アリスの鼻を独特な匂いが刺激しました。
「この匂い…!きっとこの先だわ!」
アリスは夢中で匂いのする方向に駆け出しました。
といっても、アリスは”ひとまいり”のせいで7センチほどの大きさになっているので、そこまで長い距離は進んでないのですがね。
そしてついに、アリスは見つけます。
「いた!イモムシさん!」
それはキノコの上に腰かけている、アリスと同じくらいのサイズのイモムシでした。
まあ、先ほど言った通り、今のアリスの背は7センチほどですから、そんなに不思議じゃないですね。
アリスが嗅いだ独特な匂いの正体も、イモムシが吸っていた水タバコの煙だったのです。
「あの、イモムシさん?少しいいかしら?」
アリスはできるだけ丁寧に話しかけました。
すると、イモムシはギロッとアリスの方を見て、不機嫌そうに言いました。
「誰がイモムシだって?私のどこがイモムシなのさ?」
予想外の返事にアリスは驚きを隠せませんでした。
でも、確かによく見ると、普通のイモムシよりは体が短いような、細いような、そんな印象を受けました。
「なら、あなたは何という生き物なのでしょうか?」
アリスはまたこの生き物が機嫌を損ねないように、再び丁寧に言います。
皆様も気になるのではないでしょうか。
そして、少し表情が緩くなったその生き物が言いました。
「もちろん、”蝶”さ。」
またまた予想外の返事にアリスはとても驚きました。
この細くて長い生き物が蝶だと言うものですから、それはそうですね。
でも、アリスは一旦冷静になり、考えました。
もしかすると、この不思議な世界の蝶と、アリスが知っている蝶は意味が違うのではないか、と。
”時計ウサギ”と”クロックバニー”がいい例ですね。
なので、アリスは問いました。
「蝶というのは、綺麗な羽で空を飛ぶ、あの蝶ですか?」
アリスは心のどこかで、この生き物が「違う!」と言うのを期待してました。
しかし、返ってきたのはこれまた意外な言葉です。
「そう!その通り!」
「えええ?!」
この返事はアリスにとってはあまりにも予想外だったので、アリスは思わず声を出してしまいました。
ですが、この蝶が機嫌を損ねるのを恐れて、パッと両手で口を塞ぎました。
蝶は少しムッとした表情をしましたが、水タバコの煙を吐き出しながら語り始めます。
「あれはたしか、お昼時の空、雲一つない快晴の日だったか…」
どうやら自分の昔話をしてくれるようなので、アリスは近くにあるちょうどいい大きさのキノコに腰かけ、黙って耳を傾けました。
「その時の私はとても機嫌が良くてな、夢中で飛び回ったのさ。ずっと、ずっと憧れていた大空だ。毎日毎日地べたを這いつくばって、薄暗くて面白みのない森を散歩して、よくわからんキノコに腰かけ、チュウチュウと水タバコをたしなむイモムシ時代よりもずっと、ずっと楽しかったさ。もうこのまま地上に降りなくてもいいと思ってしまうくらいにな。…だが、そんな私は、”ヤツ”に出会ってしまったんだ。」
蝶が突然、ギロッとアリスの方を見たので、アリスは少しビクッとしました。
そしてアリスに問いかけます。
「何に出会ったと思うかね?」
「えっと…鳥かなにかかしら。」
蝶はあきれたように大きくため息をつき、こう言いました。
「”ドードー”だ。」
意外な返答に、アリスはまた驚きました。
もうここまで何回驚いたんでしょうね。
でも、アリスは疑問に思います。
皆様の中にもご存じの方はいると思いますが、ドードーは空を飛べない鳥なのです。
なのでアリスはこう言いました。
「ドードーなら、鳥であってるじゃない。空は飛べないけど。」
「何を言っているんだ。ドードーも知らんのかね?」
「少なくとも、私が知っているドードーとは違うことはわかったわ。」
蝶はまたあきれたように大きくため息をつきました。
「仕方ない。教えてやろう。よく聞きなさい。」
アリスは内心気になっていたので集中して聞きます。
「ドードーとは、常にずぶ濡れになっている”バード”だ。」
もう皆様もこの表現に慣れてきたのでは?
私も語ってて、そろそろこんがらがってしまいそうです。
「ヤツは時にはぽたぽたと、時にはざーざーと、時には”どーどー”と水を垂らしながら、自分の体が乾くまでそこら中を飛び回る、面倒なやつだ。ある意味、”堂々”としているがな。」
「いずれ乾くんじゃないかしら?お洗濯ものみたいに。」
「ヤツはな、雨の日でも空を飛び続けるんだ。あと少しで乾くってときでも、大雨の中を平気な顔して飛び回る。そのせいでまた全身がずぶ濡れになるのさ。」
まったく、変な生き物がいるものですね。
まあ、ここは不思議な世界なのでどうってことないのですが。
蝶の話はまだまだ続きそうなので、皆様、一旦休憩しましょうか。