第四話 怪物とトカゲ
「もう!手袋はまだなの!あの子、なにしてるのよ!」
なかなか戻ってこないアリスに、クロックバニーはかなりイライラしているようです。
最初から自分で取りに行けば、こうはならなかったのですがね。
「仕方ないわね。こうなったら、私が直々に…っ!きゃああああ!」
痺れを切らしたクロックバニーが家の扉を開けようとした瞬間、丸太のように太くて大きいものに押し倒されてしまいました。
そうです。
家に納まらなくなって飛び出てきたアリスの足です。
「あら!ごめんなさい!悪気はないのよ!」
二階の窓から片目をのぞかせ、アリスは申し訳なさそうに言いました。
しかし、この行動はマズかったようです。
「か…か…怪物だあああああ!」
巨大な足と目玉を目の当たりにして、クロックバニーは恐怖のあまり叫びました。
「違うわ!私よ!クロックバニー!」
「怪物が私の名前を呼んだ!助けて~!食べられちゃう~!」
結局、クロックバニーはどこかへ走り去ってしまいました。
たった一人、家の中に詰まった状態になり、アリスはすごく不安になってしまいました。
「…はぁ…落ち着きなさい、アリス。夢の中のことを思い出すのよ。」
アリスはたまにこうやって自分のことを叱るのです。
傍から見るとすごく変ですが、こうすることで気持ちを落ち着かせ、冷静になれるのです。
こんな不思議な状況で冷静になれるのは、見習える点ですね。
「そうよ。夢の中では畑のニンジンを食べたら小さくなれたんだわ。」
思い出したアリスは、また二階の窓から片目をのぞかせて、畑を探すために目をキョロキョロと動かしました。
「あったわ。クロックバニーには悪いけど、一ついただくわね。」
ちょうど手が届く所にある畑から、アリスはニンジンを取ろうと手を伸ばしました。
ここだけの話ですが、実は畑の入口近くに看板があり、そこには”ひとまいり”と書かれていました。
アリスが”ひとまいり”を引っこ抜こうとした、その時です。
「ビル、早く!早く怪物を何とかして!」
クロックバニーが誰かを連れて戻ってきました。
その姿に、アリスは少し見覚えがありました。
「ビルはビルのままなのね。」
それは、全身に緑色の鱗を持ち、長い尻尾をユラユラと揺らしながら歩いてくるトカゲでした。
でも、アリスが夢で見たビルとは少し違いました。
夢の中のビルは弱弱しくて、可哀想な小さなトカゲでしたが、今こちらに向かってくるビルは体がクロックバニーより大きく、なんだか逞しく見えるのです。
「それでバニーちゃん、怪物ってのはどこにいるんだい?」
「私の家の中だよ!ほら!見てよこのデッカイ足!」
「ほう、確かにデッカイな。でも、足なのにデッ”カイ”ってのはどういうことだい?カイは海にあるもんだろう?」
「そうじゃないよ!ほら!見てよあの目玉!」
「ありゃ、ほんとだ。でも、あれじゃあ、お手”玉”はできないな。どうしようか?」
「知らないよ!とにかくなんとかして!」
「ビルの頭の悪さは、夢の中とあまり変わらないのね。」
しばらく二人、いや二匹?の会話を聞いて、アリスはそう思いました。
本当に意味が分からないですね。
でも、ここは不思議な世界なので、受け入れるしかありません。
そんなことは気にせず、アリスが”ひとまいり”の葉をつかんだ時です。
「あぁ!怪物が私のひとまいりを盗もうとしてる!ビル、止めて!」
「任せな!怪物め!観念するんだ!」
アリスの手元に近づくや否や、ビルはアリスの指に嚙みつきました。
夢の中のビルには到底できないことです。
それはそれは強く噛みつくものですから、アリスは痛みに耐えられませんでした。
「痛い!痛いわビル!お願いだからやめて!」
「えっあいいああああいお!おおあいううえ!」
噛みついたまま喋るので何を言ってるのかアリスにはわかりませんでしたが、ビルは”絶対に離さないぞ!この怪物め!”と言っていました。
「もう!やめてってばあ!」
痛くて痛くてもう限界だったアリスがビルを振り放そうと指を大きく振ると、ビルはあっさり飛んで行ってしまいました。
流れ星のようにきれいな放物線を描きながら、それはそれは見事に飛んでしまいました。
アリスの体のほうがずっと大きいですから、当然ではありますね。
「あら…ごめんなさい…。そこまで飛ばすつもりはなかったのよ…。」
今更言っても、アリスの声はビルに届きません。
クロックバニーですか?
ビルが飛ばされたのを見て、さらに怖くなり、またどこかに走り去っていきました。
でも、アリスは”ひとまいり”を手に入れることができたので、早速一口かじりました。
すると、とてもゆっくりではありますが、アリスの体はどんどん小さくなっていきました。
「よし。これくらいならちょうどいいわ…って、あれ?」
元の大きさくらいになっても、アリスの体はまだまだ小さくなっていきます。
ついには、たった7センチくらいの大きさになってしまいました。
「そういえば、夢の中でもこれくらいになってたわね。もう、どこが夢と同じで、どこが夢と違うのか、全然わからないわ。」
こう言ってはいますが、アリスが頼れるのは夢の内容しかありませんから、どうしようもないですね。
またクロックバニーが戻ってきて面倒なことになる前に、アリスは夢の中のことを思い出しながら、森の中を進んでいきました。