第二話 扉とケーキ
アリスはクロックバニーを見失わないように、必死に追いかけました。
ダイナも頑張ってアリスについていこうと走ります。
そうしているうちに、とても大きな木の近くまで来ました。
クロックバニーはというと、その木の根元にある穴に入っていってしまいました。
でも、アリスは何とも思っていません。
ここまでは夢の中での出来事とほとんど同じだからです。
「たしか、この穴から落ちたら不思議な国に行けたんだわ。」
アリスは姿勢を低くして穴の中を進んでいきます。
今のアリスには、怖いとか、不安とかいう感情はありません。
好奇心だけが、アリスの中に満ちています。
「いつ落ちるかわかんないわね。でも、安心して、ダイナ。この穴はゆっくりと落ちることができるから。」
アリスはこう言いましたが、ダイナはどこか心配しているような表情と足取りでついていきます。
「ふう、そろそろこの姿勢にも疲れてきたわ。そろそろ落ちないかしらあああああああ!」
油断していたところで、アリスは一気に落っこちてしまいました。
ダイナはそんなアリスを見送るかのように穴の奥を見つめていました。
「あら?全然ゆっくりじゃないわ!木から降りるときみたいに、かなりの速さで落ちてるわ!」
ここで初めて、アリスに怖いという気持ちがわいてきました。
このまま落っこちて、大怪我をしてしまうかもしれないとアリスは思うのでした。
でも、安心してください。
幸い、穴の下にはフカフカなベッドが置いてあったので、アリスが怪我をすることはありませんでした。
なんでこんなところにベッドがあるんでしょうね。
「はあ、助かったわ。このベッド、きっとクロックバニーのものね。あの子もこの穴を落ちるのだから。」
気持ちが落ち着いたアリスは立ち上がり、穴のさらに奥へと進んでいきました。
「少しずつ夢の中と違うわね。でも、これからさらに不思議なことが起こると思うと、全然気にならないわ。」
進んでいくと、アリスは見覚えのある部屋に到着しました。
いろんな扉がたくさんある部屋です。
でも、アリスは冷静に行動します。
「扉がこんなにたくさん!でも大丈夫よ。一番奥にある、あの小さい扉から出られるのだから。」
その扉は、アリスの身長の半分にも満たないとても小さな扉です。
ここで、アリスは扉を通るためにあるものを探します。
「たしか、”ドリンクミー”とこの扉の鍵があるはずよ。」
アリスは部屋の中をキョロキョロと見まわしたり、端から端まで歩いたりしましたが、一向に見つかりません。
おっと、頭にはてなを浮かべてる方もいると思うので説明しますね。
”ドリンクミー”とは、飲むと体が小さくなる飲み物のことです。
多くの方には”私を飲んで”と言った方が伝わるでしょうか。
「だめだわ。どこにもない。どうすればいいのかしら。」
結局、アリスはその場に座り込んでしまいました。
すると、アリスの目の前に、綺麗な装飾を施した小さな箱が突然現れました。
本当に突然なのですよ。
「これってもしかして…」
アリスは恐る恐る箱を開けました。
「やっぱり、”イートミー”だわ。」
”イートミー”とは、食べると体が大きくなる小さいケーキのことです。
これも、多くの方には”私を食べて”と言った方が伝わるでしょうか。
でもこれではどうしようもありません。
アリスは少しがっかりしましたが、ふとこんなことを考えました。
「待って。ここまで夢の中とは少し違ってたわ。ということは、イートミーも夢とは違うものになってるかもしれないわね。」
たしかに、一理ある考えですね。
アリスは空想好きですが、冷静になるとけっこう頭が回る、少し賢い子なのです。
早速アリスはイートミーを少しかじりました。
感じたことのない甘い味が口の中に広がります。
皆様も食べてみたいですか?
「まあ!やっぱり違う!体が小さくなってるわ!」
なんと、アリスの体はちょうど扉を通れるくらいに小さくなっていました。
物は試してみるものですね。
アリスは喜びましたが、まだ問題があります。
扉の鍵がまだ見つかっていないのですから。
「忘れてたわ。鍵がないと開かないじゃない。…でも…まさかね。」
アリスはどうせ開かないだろうと思って試しに扉を押してみました。
すると、なんと、扉があっさり開いてしまいました。
ここもまた、アリスの夢の中と違いますね。
「なーんだ。はじめから鍵なんてかかってなかったんだわ。とんだ拍子抜けね!」
きっと皆様もアリスと同じように思ったのではないでしょうか。
何が起こるのだろうとワクワクしてた方は、ごめんなさいね。
「でも、これなら自分の涙で溺れそうになったりしないわね。その点は良しとするわ。」
このアリスの言葉を聞いて共感した方は、もしかして、アリスと同じ夢を見たことがあるのでは?
私ですか?
それはどうでしょうね。
「ネズミさんやドードーさんに会えないのは少し残念だけど、先に進みましょ。」
アリスは小さな扉を通り、その先へと歩いていきました。