黄色いスイートピー ~ On My Own
<プロローグ>
エポニーヌ。そう、私はエポニーヌ。エポニーヌは私そのもの。
映画館をでると舗道が濡れていた…雨だ。良かった、濡れて帰れる。涙を隠せる。
朝まで歩き続きけようか…
<1>
「道也センパイ、おはよう。ほら見て新しい制服。カワイイ?」
「なんだ、真代か。今日からか」
「昨日、入学式だったでしょ。ピカピカの1年生よ」
「ふ~ん」
「ふ~んて何よ。何か言って」
「ん…? まあ、カワイイんじゃない」
「何か気持ちこもってない。でも、まあいいわ。何をボ~とみていたの?」
「いや…別に」
「あそこの新入生の女子たち見てなかった?」
「見てねーよ」
「そう。ん~、可愛い子がいたんじゃないの?」
「うるせー」
「何か怪しい~。あっ、そうだ早く教室に行かないと。じゃあね」
彼、絶対新入生たちをみていた。
その中の一人をずっと…中学の時にいなかったから高入生…彼女も彼に気づいていた。
あの時の高入生がいる。陸上部の新入部員。ポニーテール、細身で背が高い子。彼の好きなタイプ。
名前は斎藤萌々、100mが得意種目。私と同じ種目。
萌々とは一緒に練習する様になった。同じ種目だから必然的に。
自己ベストは私より少し速い、コンマ数秒だけど。綺麗な黒髪、運動しているのに白い肌。
立ち振る舞いがなんか優雅だし着物が似合いそう。私とは正反対…
「道也センパイ。何、ストーカー?」
「えっ、いや…別に」
萌々との部活の帰り道、後ろに彼がいた。
「えーと…紹介しようか、この人は道也先輩。う~んと、帰宅部でいいのかな?」
「あっ、えっと、藤井です。藤井道也。2年」
「で、高入生の萌々、斎藤萌々ちゃん、陸上部。で、医学部志望」
「へ~医学部かぁ。外科医とか目指すの?」
「総合診療医かな…今、興味があるのは」
「総合診療医?」
「総合診療医は簡単にいうと…お医者さんのジェネラリスト。外科とか内科とかの括りではなく全体的、総合的にみて治療をする医師の事」
「ジェネラリスト…」
「原因が判らない病気ってあるでしょ。色々な症状から隠れた病気、本当の病因を見つけ出すとか。あと、病気の予防とかも…色々と」
「ふ~ん」
「あと基礎医学…研究職も興味あるし。どうしようかな」
「そうなんだ、で、医学部は、ここの大学? 内部推薦で?」
「ううん、うちは普通のサラリーマン家庭。私立は無理。だから国立を目指す」
「ね。萌々ちゃんって、すごいでしょ。何か大人って感じ」
「やめてよ、真代ちゃん。そんなにすごくないわよ」
「いや、1年生なのに色々考えていて…俺なんか1年生の時なんか、もうボロボロで」
「そうよね、道也センパイ。1年の時なんか補習三昧の劣等生。いや、今もそう?」
「うるせーよ」
「二人って、仲いいのね」
「いや、くされ縁ってやつだから。こいつとは」
「こいつって何よ。くされ縁って。それはこっちのセリフよ」
部活でグランドに向かう途中で、萌々が尋ねてきた
「昨日の帰りにあった…藤井さん。本当は彼氏?」
「ううん、幼なじみよ。生まれた産院、幼稚園、小学校も一緒」
「中学も?」
「そう、ずっと一緒。学年は一つ上だけど誕生日は2日しか違わない。」
「ふ~ん、そうなんだ…。でも彼氏では…ない?」
「うん、別にコクられた事はないし…ん~何だろうね」
「…」
「あれ、彼、気になるの?」
「いや、別に…。あっシューズの紐、結びなおすね。先に行ってて」
一瞬、安堵した顔になったのを私は見逃さなかった。
彼が気になるの? 私との関係が気になるの?
<2>
「道也センパ~イ、前、何かコンサート行きたいって言ってたでしょ」
「うん、でも抽選外れた」
「ふ~ん、ほら、これ」
「えっ、なんでチケット持ってるの」
「当たった。2枚」
「え~、いいなぁ」
「一緒に行こうよ」
「えっいいの本当に。いいね、行こう、行こう」
「じゃ、待ち合わせの時間は、また、後でね」
「お~、嬉しいな。楽しみだ」
そう、楽しみにしていて。でも、一緒に行くのは私じゃない。私は急用が出来る。
何で…何で素直になれないのだろう。せっかくデートが出来るのに。
彼を譲る…いや、「彼」だと思っているのは私だけ。彼は私を何とも思っていない、たぶん。
私だけの想い。
コンサートに萌々を誘った。相手は私だと、ひとまず。でも前日に急用が出来て行けなくなる。
代わりに行くのは彼。
自己嫌悪。でも、そうしたい。そうしないといけないと想う自分がいる。何故か判らない。
コンサートの日、待ち合わせは駅の改札。
改札が見えるファーストフード店、私は1時間前からここにいる。別に2人を見張っている訳ではない…
彼が来た、約束の時間の30分も前に。そんなに早く会いたいの。嬉しいの?嬉しいよね。
昨日、自分が都合で行けなくなり代わりを彼女に頼んだ事を伝えた時の笑顔。
いままで見た事がない笑顔。単純、わかりやすい。
彼女もそうだった。ビックリしていたけど感情を一生懸命隠そうとしていた。
でも「ありがとう」と言った時の笑顔…彼女もわかりやすい。
彼女が現れた。彼が来るのをどこかで待っていたみたいに。
駅の中に消える2人。どうしよう、このまま家に帰りたくない。
町をぶらつこうか…映画。そう、映画、映画館なら真っ暗、一人になれる。
見るのは何でもいい。内容なんて…どうせ見ないのだし。
一番後ろの端の席に座った。周りには誰もいない。独りぼっち。
始まったのは有名なミュージカルの映画版。昔公開された映画のリバイバル上映。
音楽、歌に惹きつかれ思わず見入ってしまった。
そして、エポニーヌに出会った。エポニーヌは私。
私の人生、これから彼のような人探せる?見つけられる?
どこにもいないかもしれない。でも、いい。それなら彼を見ている、近くでずっと。
これを分別というのだろうか。分をわきまえるというのだろうか。判らない。だけどそれでいい。
<エピローグ>
映画の終わり、聴いた事がある歌が流れてきた。
Do you hear the people …
でも、私の頭の中には別の歌が聞こえている… I love him… I love him。On My Own… I love him…
頭の中で繰り返し聞こえている。
独り、独りぼっち…今の私…。そして静かに席をたった。