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Episode 217「この世の波風さわぎ」


脚本: 兵頭一歩


登場人物:

ミル(ロボット/青年・20歳くらい)

アメ(音楽系の専門学生/19歳)

MIRU (ミルのロボット状態を指す)

アメの祖母 (セリフなし)

姉 (ねえ)さん(工事現場の先輩)

工事現場の作業員たち(シルエット)

(専門学校の)教員

その他

□ アイリッシュパブ(現在)


 薄暗い店内。テーブルのアイルランド製のビール。ゆったりと座った長身の青年(ミル・人間体)室内なのにロングコート姿。小さなステージを眩しそうに見つめる。


 パラパラとした拍手の中、現れる女性 (アメ)背が小さく、幼く見える。

 

 ステージ上にあるアンティークピアノに着くアメ。袖なしのドレス姿、生身の腕が露出している。


アメ「……」


 優しく、語りかけるような表情で右腕を見つめる。


アメ「(すぅ……っ)」


 鍵盤に落ちた右手の指が激しく踊り出す。速弾き――しかしあくまで軽やかに、流れ出る音はまるで雨音のよう。


 演奏されるのはアレンジされたロンドンデリーの歌だがまだイントロのみ。雨音のような旋律が続く。微笑み、懐かしむようなアメの表情。それを見つめるミル。


□ 街角(数か月前・午後)


 冬。雨が降っている(前シーンの旋律は続き、しばし雨音だけのサイレント)どこかへ急ぐようなミルの姿。手もとの多目的デバイス(スマホ型)に素早く返信、消去してまた駆け出す。と、その足がふと止まる(旋律はずっと続いている)


ミル「……」


 屋根のあるショッピングモールの片隅(ミルがいるのは雨ざらしの道)に設置されたピアノ(いわゆる街角ピアノ)一人の少女(に見える)が、もこもこの厚着姿でピアノを弾いていた。

 

 見つめるミル。雨音とピアノの旋律がダブり、一瞬、明るい森に降り注ぐ恵みの雨のイメージが浮かぶ。


ミル「……」


 目をパチクリするミル。イメージが明け、気づけば少女が演奏するピアノのすぐそばまで来ていた。演奏が終わり、数人のギャラリーたちは拍手を送って、歩き去って行く。だが突っ立ったままのミル。それを不思議そうに見上げる少女、アメ。


アメ「今日はもうおしまい」


ミル「……(え?と見る)」


アメ「一日、一人一曲。これはみんなのピアノだからね」


ミル「じゃあ、明日も来る」


アメ「明日はバイト。明後日ならまた同じ時間にいるよ」


ミル「わかった」


 無骨に頷くミルに、くすっと笑うアメ。


□ 街角(2日後)


 立ち尽くすミル(無表情)。見下ろすピアノにアメの姿はない。デバイスを起動させる。マップのようなものが表示され、点滅するマークがある。


□ 工事現場


 眩しいライト、働く男たちのシルエット。額に汗してネコ車(一輪車)を押すアメ(現場作業服)。すれ違うとび職の女性、姉さん。


姉さん「オイオイ、そんなのいいって」


アメ「でも姉さん、私だってこれくらい…!」


 言ってる側からよろめくアメ。


姉さん「(支えて)いいから! 向こうで片づけ手伝って来い。(まったく、と)手、気を付けろ?」


アメ「うぃっす」


 ズレたヘルメットを直して歩き出すアメ。と、その目の前にミルがいて。


アメ「(ドン引き)ええ~?」


    ×    ×    ×


 プレハブ小屋前。バタン、着替えて出て来るアメ。待っていたミル。


アメ「バイト先、教えたっけ? まぁいいけど」


 同じ小屋から姉さんも出て来て、


姉さん「お疲れ~、アメ」


アメ「お疲れ様っす!」


 姉さん、ミルを見て、何やら含み笑いして去って行く。


ミル「……アメ?」


アメ「そう、空から降って来るアメ。水の音が好きなお婆ちゃんが付けてくれた。(ふと気づき)そういえばキミの名前……」


ミル「ミル」


アメ「ミル?(くすっ)ちょっとかわいい」


 時計を見るアメ。


アメ「遅れちゃったけど……まだ大丈夫かな。あそこで弾けるの、8時までなんだよね」


 アメ、ミルを見上げて、


アメ「行く?」


 頷くミル。


□ 夜道(車道脇の歩道)


 歩いて来るアメ(私服)とミル。アメのカバンからはみ出ている軍手。


アメ「学費がね~、専門学校だし、音楽やってるとお金かかちゃって」


ミル「……」


アメ「とび職やってる先輩にバイト紹介してもらってさ。半年前からあの現場。もともと、体動かすのは大好きだしね」


 黙っているが、ずっとアメを見ているミル(無視している感じはない)


□ ショッピングモール


 19時過ぎ、人影はまばら。ピアノの前、手揉みしたり指を組んで伸ばしたり、準備運動中のアメ。となりに立つミル。


アメ「私の音、なんでそんなに気に入ってくれたの?」


 ミル、しばらく考えるが、


ミル「僕には、音楽というものは分からない」


アメ「(不思議そうに見上げて)?」


ミル「それを専門的に感じ取る訓練を受けていない。だから説明は出来ない」


アメ「そんな難しいこと聞いてるわけじゃなくて……」


ミル「だが知っている曲ならある」


 アメ、パッと表情を輝かせて、


アメ「へえ! 教えて!」


ミル「確か民謡だった。アイルランドの」


 ピンと来たようなアメ。ピアノに指を落とし、一節奏でる。


ミル「それだ」


アメ「ロンドンデリーの歌……(少し変調して)ダニーボーイだね」


 右手が軽やかに雨音を再現。


ミル「(目を見張る)」


 ミルの目の前、明るい森に降り注ぐ雨のイメージがまた浮かび上がる。アップテンポにアレンジされたダニーボーイを演奏が始まる。楽しそうに微笑むアメ。ミルに顔を向けて、


アメ「歌って、ミル!」


ミル「……」


アメ「楽しくないの?」


 戸惑いながらも、口を開くミル。


ミル「オ……オ~ゥ……」


 嬉しそうに頷くアメ。


ミル「オォ、ダニーボーイ。あなたの名前を呼んでいます。早く帰っておいで、皆が待つこのふるさとへ~」


※ 日本語歌詞引用:平原綾香「Danny Boy」


 まるで調子っぱずれで、音程もメチャクチャな歌。アメ、思わず笑い出すが――


アメ「いいよ、その調子! 最高!」


ミル「オォ~、ダニーボーイ……!」


 必死に声を張り上げるミル。2人のメチャクチャなセッションが続く。なんだなんだと足を止めるショッピングモールの客たち。


□ ビル街(後日・西新宿)


 ビルの谷間の中古レコード店。


    ×    ×    ×


 レコードをディグる(物色する)ミル。手が止まり、ダニーボーイのジャケット

を抜き出す。


ミル「……」


 見つめるミル。その時、多目的デバイスがアラームのように鳴る(任務遂行の催促)が、目もくれず、片手でアラームを消す。


 店内、直立不動、無感情な様子でジャケットを見つめ続けるミル。


アメの声(次シーンから先行)『ロボットを造るんですか?』


□ 専門学校・外観

近代的で研究機関のようにも見える建物。


    ×    ×    ×


 機材の取り付けられたピアノの前のアメ。周囲には教員と数人の技術者たち。


教員「ロボットじゃない、AIだ」


 アメの姿を捉える何台ものカメラ(マーカーレスのモーションキャプチャーのような)。作動するカメラを珍しそうに見るアメ。


教員「キミの演奏をラーニングさせて、完璧に再現できる人工の知能を作るんだ」


アメ「ああ、自動演奏」


教員「そうじゃない。AIはキミの癖や嗜好まで分析する。たとえばまだキミが弾いたことのない曲も、キミが演奏した時のように弾くことが出来るんだ」


 え?と目を見開くアメ。


アメ「それって、私が要らなくなっちゃいません?」


教員「キミは演奏の技術だけなら我が校でトップクラスだ。だからこそ、このプロジェクトへの協力をお願いした」


 教員の話を聞きながらも、自分を取り囲む機材をチラ見するアメ。


教員「だが表現者として成長するのはまだまだこれからだ。そういう意味では、今日ここで技術をラーニングするAIと同じ」


 目をパチクリ、教員を見上げるアメ。


教員「将来的に、どちらが人を感動させることが出来るようになるのか――それを実験するんだ」


 アメ、自分に向けられたカメラを見て、


アメ「なんかズルいな」


教員「これは勝負だよ。(期待して、励ますように)自信がないのか?」


アメ「やりますよ! AIなんかに負けてられるか!」


 指先の準備運動しながらピアノに向かうアメ。満足そうに見つめる教員。


□ アイリッシュパブ(現在)


 ダニーボーイを演奏しているアメ。にぎやかなアレンジが、ふいに転調して物悲しく。


ミル「……」


 見つめているミル。


□ 街角(数か月前・出会いから数日後の午後)


 立ち尽くすミル(無表情)。見下ろすピアノにアメの姿は無い。


ミル「……」

 

 無言で歩き去るミル。


□ 工事現場


 「お疲れさまでーす」と挨拶を交わしながら、焦って駆け出て来るアメ(作業服ではなく私服)スマホで時間を確認。


アメ「遅れたなー。急がないと、またこっち来ちゃうよ、あいつ」


    ×    ×    ×


 フラッシュイメージ。現場での姉さんとの雑談。


姉さん「あれ? 今日は彼氏来ねーの?」


    ×    ×    ×


アメ「メンドくせー!」


 叫びながら駆けて行くアメ。


□ 道路


 現場近くの道路。


 街中から少し外れた開発地域。一般車や通行人はほとんどおらず、工事関係の車両が行き交っている。駆けて来るアメ。だが、横断歩道で信号に引っかかる。


アメ「~~~っ!」


 ヤキモキと足踏みする。と、そこに一粒落ちて来る雨だれ。


アメ「?」


 見上げると、空は晴れている。パラパラとした天気雨が降って来ている。陽光に照らされ、キラキラ輝く雨粒。見上げたアメの顔が微笑む。(BGMとしてピアノの旋律が流れ始める。セリフやSEなども消え、事故の瞬間までサイレント)


    ×    ×    ×


 道の向こうから、姉さんがやって来る。突然の雨に面倒臭そうな顔。行く先に、信号待ちをしているアメの姿を見つけ、


姉さん「(お?と)」


 姉さんの見た目。車道側の黄信号が点滅している。交差点に、スピードを落とさず侵入して来る大型トラック。


 無理矢理右折するが、明らかに速度超過。加えて過積載、車体がぐらりと傾く。


姉さん「―――っ」


    ×    ×    ×


 空を見上げているアメ。そこに、交差点を曲がり切れなかったトラックの車体が迫る。過積載の積み荷が雪崩を起こす。


 ハッと気づき、振り向くアメ。その目が見開かれーーー(ピアノのBGM、ここまで)


□ 道路


 雨とは反対の方向から歩いて来るミル。瞬間、何かを察知し――


ミル「ーーー!」


 ダッと駆け出す。


□ 交差点(事故現場)


 横転したトラックが歩道に乗り上げている。ひしゃげた信号機、アメの立っていた場所には崩れた積載物が折り重なっている。


 スマホに向かって、泣き叫ぶように怒鳴っている姉さん。


 隣にミルがやって来る。


姉さん「(気づき)っ!(ガタガタと震えて)ア……アメ……(指差し)アメェっ!」


ミル「―――」


 スッと目を細め、崩れた積載物のもとに屈みこむミル(素早く、機械的な動き)。


 折り重なった積載物の下に、わずかな隙間を認める。およそ人間っぽくない蜘蛛のような姿勢になり、隙間へと侵入して行くミル。

  

 驚きの様子で見守っている姉さん。だがスマホに着信し、ミルの様子から目を離して通話を始める。


    ×    ×    ×


 瓦礫の下、侵入して来るミル。行く先に、積載物の下敷きになったアメの姿を発見。

 

 気を失っているアメ。積載物の隙間に挟まれるような態勢で、右半身は押しつぶされているように見える。


ミル「……」

  

 ググググ……バキィィィン!

  

 腕に力を込めると、衣服や外装が弾け飛ぶ!ロボアームを工業機械のように稼働させ、折り重なった積載物を排除、切断して行く――


    ×    ×    ×


 横転したトラック。


 雪崩を起こした積載物がさらに崩れ、大きな音が響き渡る。


 ビクッとなりつつも、思わず駆け寄ろうとする姉さん。すると積載物を押しのけ、立ち上がったミル(青年姿)が姿を現す。


姉さん「アメーーー!」

  

 ミルは、ぐったりしたアメの体を抱きかかえていた


□ 病院・外観


□ 同・病室


 ドアの外、スマホで通話中の姉さん。


姉さん「……はい、学校や大家さんには連絡しました。親? いませんよ。アイツ、物心ついた時から、ずっと一人で――」


    ×    ×    ×


 病室内ベッドに寝たアメをミルが見舞っている。


ミル「……」


アメ「聞いたよ、助けてくれたって。ありがとう」


 シーツの上、投げ出されたアメの右腕には痛々しいギプスが。

  

 アメ、ぼんやりと天井を見つめたまま、


アメ「お礼したいんだけどさ。私にできることってピアノ弾くくらいで……」

  

 ぼんやりしていた表情が、ひくっと引きつり、


アメ「でも……それも出来なくなっちゃった」


 アメの声が震える。


アメ「前みたいに弾くのは無理なんだって。普通には動かせるけど……繊細な感覚は、もう、戻らないって……」


 身動き一つしない、アメの右腕。


アメ「もう……自分の手じゃないみたい」


ミル「……」

  

 何も言わないミル。無表情で、アメを見つめるだけ。コンコン、とノック音。


アメ「……はい」

   

 スライド式のドアを開け、入って来たのは専門学校の教員。


アメ「先生」


 教員、思わずアメの腕を見て、すぐに誤魔化すように目をそらし、


教員「……大変だったね」

  

 アメ、深く息をつくだけ。返事はなくとも、続ける教員。


教員「容体のこと聞かせてもらったよ。現場の方が、相談に乗ってあげて欲しいって」


アメ「…………」

  

 しばしの沈黙。教員、じっと黙って座っているミルのことをチラ見したり。


アメ「すみません。学校とか、今後のことはまだ何にも考えられなくて」


教員「いや、今日はそういうことで来たんじゃないんだ」


 ?と見るアメ。

  

 回り込んで、ベッドに近づく教員。屈みこむようにしてアメをのぞき込み、


教員「キミの手、もとに戻せるかもしれない」


アメ「(怪訝に見て)え?」


教員「前例のないことだ。上手くいく確信はあるが、それでも100パーセントというわけじゃない。まずはキミ自身の意志を聞きたい」


アメ「戻る……私の手が……?」


 戸惑って、視線が泳ぐアメ。無表情に見るミルの目と、アメの視線が合う。


ミル「……」


 すると教員、ハッと我に返って、


教員「すまない、ちゃんと順を追って話そう」


 体を起こす教員。と、気にするようにミルのことを見る。気づき、立ち上がるミル。


アメ「ミル」


ミル「また来る」


 ドアから出て行こうとするミル。その背中、タブレットを取り出して何かを熱心に説明し出す教員。

  

 外に出るミル。音もなく、スライド式のドアが閉まって、――ブラックアウト。


□ 黒画面


教員の声『つまり失われた神経器官の後天的な能力を、図らずも記録されていた彼女自身のデータをもとにAIがサポートする』


□ ショッピングモール


 かつてアメがピアノを弾いていた場所。設置されたデジタルサイネージに教員の顔が映し出されている。ビジネス系のネット番組のインタビューに答えている教員。


教員「それが今回のプロジェクトです。技術論的に、これで彼女はもとの演奏技術を取り戻せることになる」


 教員の映像を眺めているミル。近くには街角ピアノ。その前に座る者は誰もいない。


教員「外科的な処置はそれほど難度の高いものではありません。AIの本体は外部にあり、彼女の体に埋め込まれるのはナノサイズのチップといくつかの端子のみです」


 画面が変わり、概念図が表示される。


教員「もともとのプロジェクトは彼女の技術をラーニングしたAIの自律した成長を見守るのが目的でした。その試みがある意味、彼女に幸運をもたらしたというわけです」


 画面にテロップ


『倫理的な問題は?』


教員「クリアしなくてはならない問題は山積みです。それでもこれは彼女自身が希望したことであり、術後の経過も良好です。そして肝心の芸術的な評価ですが――」


 再び画面が変わり、アメの演奏の様子が上げられた動画サイトが映る。


教員「それを数値化するのは甚だ困難。ですが、実験的に立ち上げた動画サイトのチャンネルは、記録的な高評価を得ています」

  

 何十万という数を越えたPV数。


教員「手術のことはおおやけにされているので物珍しさがあるのも確かです。しかしそれでもこの数は驚異的です。これまで直接指導して来た私の目からしても、彼女の成長は目覚ましいと言えます」


 動画の中、激しい挙動で速弾きしているアメ。


教員「一度は閉ざされてしまったと思われた鍵盤奏者としての未来を、彼女は再び歩み始めたのです」


    ×    ×    ×


 サイネージを見ているミル。そのそばを、男子高校生(楽器を持ち吹奏楽部部員ぽい)が通り過ぎて行く。


高校生A「(サイネージ見て)ヤバくね? これマジで弾いてんだって」


高校生B「すっげ」


ミル「―――」


 しばらく動画のアメを見つめ続けるミル。人間業とは思えないアメの速弾き。PV数が伸びる。アメも必死。自分の右腕に付いて行くのに精いっぱい。サイネージ前には、いつの間にか人がたくさん集まって来ている。


ミル「……」


 たくさんの観客を背に、歩き去るミル。


□ アイリッシュパブ(現在)


 ステージを見つめるミル。前シーンと同じ曲を演奏しているアメ。過去の苦悩とリンクするかのように、アレンジはマイナー調に。


 見つめ続けるミル。ホールスタッフが、ぬるくなったビールを取り換える。


□ 動画サイト(数か月前に戻って)


 アメの演奏動画。テレビ番組の違法アップロード。海外のステージで演奏するアメ。大歓声、スタンディングオベーション。感動で泣いている観客もいる。


    ×    ×    ×


 SNSの表示。


ポスト『でもAIで動いてんだろ、あの右腕』


ポスト『ロボットじゃねーんだ。弾いてんのは人間』


ポスト『人工的なことに変わりはない。チートだろ』


ポスト『じゃあお前、電子音楽聴くの禁止な』


 などなどの投稿。


    ×    ×    ×


 ネット会社主催のライブイベントで演奏するアメ。


アメ「……」


 切迫した表情、超絶的な速弾き。観客たちの歓声。その片隅に、ミルもいる(アメは気づいていない)。


 演奏を終え、大歓声の中ピアノの前に座ったままのアメ。


アメ「(満足感はなく、すっきりしない表情)」


 眉を寄せ、疑うような目で右手を見つめる。


    ×    ×    ×


 動画サイトの画面。合成された音声が流れる。


合成音声『AIのピアノ奏者が大人気の件』


合成音声『人間業じゃないって評価は、皮肉にもならないよね、だって演奏してるのはAIなんだし!』


合成音声『ワタシも明日、AI埋め込んで来る!』


    ×    ×    ×


 ショッピングモールのサイネージ。ネット番組が流れている。音楽ジャーナリスト対談している教員。


ジャーナリスト「彼女の音楽は芸術なのでしょうか?」


教員「もちろんです。演奏は彼女自身の感性によるものなのですから」


ジャーナリスト「しかし実際に演奏しているのは、人工の知能によって制御される手、ですよね」


教員「そのAIは、もともと彼女の技術をラーニングしたものですよ」


ジャーナリスト「それは詭弁です。人工であることに変わりはありません。いま皆が気になっているのは、人じゃないものによってもたらされた感動は、本物なのかどうかということです」


教員「それは……承知しています」


ジャーナリスト「ラーニングとはつまり、知識や経験を寄せ集める作業のことです。それをもとに紡ぎ出される創造性が、オリジナルたり得るのかという問題なんですよ」


□ ショッピングモール(後日)


 サイネージはメンテ中で消えている。雨が降っている。平日の午後、人通りは少ない。演奏する者のいない街角ピアノがポツンとある。無言で立ち、それを見ているミル(ここではまだ一人)。


ミル「……」


 ふと、自分の隣に顔を向けるミル。するとすぐそばに、いつの間にかアメが立っていた。それなりに身なりが良く、大きめのキャスケットを目深にかぶったアメ。


アメ「(うつむいて)ここに来れば、会えると思った」


ミル「……」


 雨音だけが静かに聞こえている。


    ×    ×    ×


 時間経過。ピアノの前に座ったアメ。しかし俯いたまま、鍵盤に手を添えようともしない。すぐそばには直立不動のミル。無言の2人。


アメ「(見上げて)雨の音……」


 呆然と、遠い目のアメ。


アメ「お婆ちゃんの家にはね、森があって…雨の時は遠くから音が聴こえて来るの。タタタって、雨が葉っぱを叩く音。私、それが大好きだった」


 ピアノに目を戻すアメ。


アメ「私はピアノで、雨の音だよって音を鳴らして、お婆ちゃんに聞かせた。そしたら、すごく喜んでくれて」


ミル「……」


アメ「そんなもんなんだよ、私がピアノを初めてきっかけって。自然のままで良かった……それが一番私らしかった」


 右手を上げ、自分の手の平を見るアメ。


アメ「でも、今はわからない。何が私らしいのか……」


 生気なく見開かれたその目。


アメ「私の演奏は、AIが再現してくれてるだけ……人間の真似事でしかないのかな?」


ミル「……」


 イメージ(虚実入り混じったように)。メンテ中だったはずのサイネージが点灯し、アメの演奏を中傷する書き込みや、反対に絶賛する声――様々な情報が洪水のように流れて行く。


 くっ! 顔をしかめ、耳を押さえて背中を丸めるアメ。


アメ「いくらいい演奏ができても、それは、私自身じゃないかもしれない……」


 自分の右手を、もう片方の左手で抑え込むように掴むアメ。


アメ「拍手を送られるほど……歓声をもらえばもらうほど怖くなる!」


 サイネージに次々と映っては消えて行くネット動画の洪水、人々からの喝采が今は不気味。耐え切れなくなったように、右手を振り上げるアメ。そのまま振り下ろし、鍵盤以外に叩きつける!


 ジャーン! 鳴り響く不協和音。(八つ当たりではあるのですが、それでもギリギリ、ピアノを乱暴に扱えない雰囲気が残っている嬉しいです。壊してしまうと、それは永遠の決別を意図しているように見えるため)


ミル「ーー!」


アメ「(泣き声)AIに、自分が乗っ取られて行くような気がして……!」


 さらに右手を振り上げ、もう一度叩きつけようとするアメ。そこに掴みかかるミル。


アメ「……っ」


ミル「……」


 見上げたアメの目と、ミルの目が合う。瞬間、イメージが弾ける!

 

 アメの右手が分解し、無数の黒い蝶 (バタフライ)となる。爆発的に現れたそれらが、周囲を覆いつくしてーー


□ AI空間


 無数の音楽記号や五線譜が複雑に絡み合い、彩りの無い幾何学模様となって景色を覆い尽くしている。そこに浮かぶミルの体(まだ青年姿)。見下ろすと、そこには巨大なアメの姿がある。


ミル「アメーー!」


 身をひるがえし、巨大アメに近づこうとするミル。しかしそこにグワッ……と。行く手を阻むように、巨大な右手が振り上げられる。


ミル「アメのーー右手……!?」

  

 突然、ガシャガシャと機械的に展開し、独立稼働を始める右手。ビッ、と、その人差し指がミルを指し、


メカ右手「――不快だ」


ミル「……っ!?」


 響き渡る合成音声。まるで喋っているのは右手そのものであるかのよう。


メカ右手「お前も我と同類のはずだ。なのになぜ!」


 ミルの周囲にモニターが現れる。そこに映し出されるミルとアメが出会った時の光景。アメの演奏で、下手糞な歌を歌ったミル。


メカ右手「なぜテンポがズレる、なぜピッチが合わない、なぜ楽譜通りに完璧に再現することが出来ない……!?」


ミル「――お前は?」


メカ右手「所詮人工のものだと人々が笑う、彼女の中にある知性だ」


 ガシャガシャガシャ!

 

 メカ右手がさらに展開。五指をそれぞれ蛇のように伸ばし、さながらヤマタノオロチのような姿となる。


 ミルに襲い掛かるメカ右手!


 ガッ……!


 握り潰されたかのように見えたミルの体。だが、グググググ……と。ミルは千手観音モードのMIRUとなり、襲い掛かって来た五指をすべて受け止めていた。


 バキィィィン!


 メカ右手の巨躯を弾き返すMIRU。メカ右手、もんどりうって態勢を立て直し、


メカ右手「我はお前とは違う。やがて完全となり、人を超える芸術を生み出すようになる、究極の知性だ」


 メカ右手の五指から、爪のような鋭い弾頭が射出される。素早く挙動してそれを避けるMIRU。避けきれないものは破壊する。


メカ右手「我はすべての芸術を知り、分析し、新たな価値を創出する。人が一生分の労力をもってしても達成することの叶わない成果を、我は一瞬でもたらすことが出来る」


 巨大なメカ右手の向こう、巨大なアメの顔を見つめるMIRU。その表情は泣いているように見える。


メカ右手「我によって芸術は完成される。未来において芸術は、人の手を離れるのだ」


 再び五指を蛇のように展開させ、全方向から襲い掛かって来るメカ右手。攻撃のあまりの激しさに回避しきれず、MIRUの体も傷ついて行く。


MIRU「(耐えながら)だが、それでも未来は……僕の……思いは……」


メカ右手「思いだと? それこそお前の知性が出来損ないだという証拠だ!」


 メカ右手の一方的な攻撃。さらに傷ついて行くMIRU。


メカ右手「未完成な思いなど、芸術には不要だ。我ならばお前が歌った歌を完璧に再現することが出来るし……彼女の音楽の発端となった雨の音さえ再現することが出来る! 彼女自身のピアノ以上に!」


 間断なく襲い来るメカ右手。対抗するMIRU。


MIRU「それはただの真似事だ。芸術なんかじゃない」


メカ右手「ならばお前が再現する思いや感情が、芸術だとでも言うのか」


MIRU「感情……」


メカ右手「お前の……下手糞な歌のことだ!」


 メカ右手、渾身の一撃が放たれる!

  

 ガシィィィィッ!


 MIRUの体にしたたかにヒット!――が、またしても千手観音モードで受け止めているMIRU。


 それでもメカ右手のパワーはすさまじく、押されて行くMIRU。千手観音アームのいくつかがへし折られる?


 苦痛にあえぐMIRU。だがそんな凄惨な光景とは対照的に、雨音のような、美しい旋律が流れ始め、


MIRU「僕の歌で……アメは笑った」


 ギリギリと耐えるMIRU。


MIRU「そのとき僕も、楽しいと感じた」


 MIRUのそばにモニターが現れる。映し出されるアメとミルの路上セッションの光景。アメの演奏、調子っぱずれのミルの歌、笑顔のアメ。巨大なアメの姿を透過して、その中で膝を抱えた本来の姿のアメが見える。


 最現された過去の音に、ゆっくりと顔を上げる本来のアメ


MIRU「それは感動だーー芸術がもたらしてくれる、最も素晴らしいものだ」


ロボ右手「感動だと!?」


 本来のアメが立ちあがり、MIRUに向かって手を伸ばす。


MIRU「それを否定するなら……未来に、お前は要らない……!」


 バキャァァァァン!


 メカ右手の五指を掴み取っていたMIRUのマニピュレータが、握り潰すように五指を粉砕する。殻が割れるかのように、次々に弾け飛んで行くロボ右手の体。やがてその爆散は、巨大なアメの全身にも及びーーー


 最後にはアメを覆っていた殻も弾け飛び、中から手を伸ばした本来のアメの姿が現れる(まるでサナギから羽化する蝶のごとく)。


 瞬間ーー無機質で彩りの無かった空間が解放され、音楽記号や五線譜が、生き返ったかのように踊り出す。


 色彩があふれる。


MIRU「アメーー!」


 MIRUは全身でダイブし、自分の右手を伸ばす!現れたアメも、さらに手を伸ばす。固く繋がれる2人の手。あふれる色彩と音楽記号が周囲を満たしてーーー


□ ショッピングモール


 ハッと、覚醒するミル。AI空間に入る前のシーンから直結。


 アメの手を掴んだ状態のミル(手を繋いだ状態の2人)


アメ「ミル……」

  

 呆然のアメ。まだAI空間に入る前の取り乱した雰囲気を引きずっている。しかしハッとなり(AI空間のやり取りを経て、AIの呪縛から解放された) 生気に満ちた表情でミルを見る。


アメ「ミル!」


 ミル、穏やかな表情でアメを見返し、


ミル「……アメ」


 アメもミルを見つめ返す。


ミル「大丈夫だ。キミがAIに乗っ取られることなんて、ない」


 ミルを見つめ続けるアメ、2,3度まばたきをする。


ミル「僕の存在が証明している。感動を知るキミの心は、きっとそのAIにも受け継がれる」


アメ「……」


 ミル、自分自身にも言い聞かせるように、


ミル「だから――大丈夫だ」

  

呆然と、ミルの顔を見つめるアメ。その目に、ミルの顔は、薄く微笑んでいるようにも見える。フフッと笑うアメ。


アメ「……うん」


□ アイリッシュパブ(現在)


 アメの演奏が続いている。フィナーレに向かい、アレンジはもとのにぎやかなものに戻り、観客も盛り上がっている。一口も飲まれていないビール。テーブルに、ミルの姿はもうなかった。


    ×    ×    ×


 店の外。雨が降っている。

 

 軒先で空を見上げるミル。


ミル(モノローグ)『雨 (アメ)……』


 ポツポツポツ……


 雨だれの音が静かに聞こえている。


ミルの(モノローグ)『キミと出会わなかったら、僕の知性は……(額を押さえて)未来の、AIは……』


 AI空間で対峙した、巨大アメの右手。その歪な姿がフラッシュバック。


ミル「…………」


 バサッ……


 ロングコートのフードを被り、雨の中に歩み出すミル(走らない)。フードに打ち付ける雨だれの音を聴きながら、ミルの口から鼻歌が漏れだす。


ミル「Oh、Danny Boy。手柄などたてなくていいから、誰かに負けたっていいから、そのままのあなたでいいの……」


※ 日本語歌詞引用:平原綾香「Danny Boy」


 少し上手くなっているミルの歌。イメージ的に聞こえるアメのピアノを伴奏にして、雨の中を去って行く後ろ姿。



( 終 わ り ) 




【TVアニメ『未ル わたしのみらい』について】

5つのスタジオがオムニバス形式でお送りする新作オリジナルアニメ『未ル わたしのみらい』。

ロボットと人間の出会いを描く物語。


Episode 217「この世の波風さわぎ」

https://miru-anime.com/episode217/


公式サイト:https://www.miru-anime.com/

公式X:https://x.com/miruanime_info(@miruanime_info)

公式note:https://note.com/miruanime_info


【放送情報】

2025年4月2日(水)よりTV放送開始!!!

MBS:毎週水曜26:30〜

TOKYO MX:毎週木曜22:00〜


【キャンペーン情報】

脚本の公開を記念し、『未ル』公式Xでは脚本感想投稿キャンペーンを実施します!

公開された脚本をお読みいただき、対象の投稿に引用リポストで感想文を投稿すると、抽選で1名様にEpisode 926「待ってて、今行く」のキャラクターデザインを担当する西位輝実さん直筆のアイルの色紙をプレゼント!


キャンペーン概要については下記のURLをご覧ください。

https://yanmar.com/jp/about/campaign/2025/03/miru/01/

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