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冬の王と春呼ぶ少女  作者: 高瀬あずみ


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3/8

3.ゲルトが助け手に巡り合うこと。


 しばらくは男爵領を移動していた時と同じように歩けたが、伯爵領に入ってからはどんどん雪が深くなる。道はすっかり埋まって、人の通ったあとも、馬車などが通った跡すらない新雪が、ただただ周囲を白くして、いささか厚化粧が過ぎると思った。そしてわたしは簡単に道を見失ってしまう。


 一歩踏み出すと足が雪に埋まる。もう片方の足もまた雪に埋まる。引き抜いては先に……と目指すが、距離はまったく稼げない。それどころか、そうこうするうちに進退きわまってしまった。誰も通っていない、道かもしれないし、そうでないかもしれない場所で。



「だめだ、このままじゃ遭難しちゃう」

 しかも運の悪いことに吹雪いて来た。視界は真っ白になり、大きな塊で降る雪は周囲にずんずん積もっていくばかり。

 まだカミルがいるかもしれない侯爵領にさえ辿り着いていない。カミルの無事を確かめてもいない。それなのに、このまま雪ごときに負けてしまうの!?



 すっかり重い手足。顔までマフラーで巻いて、マントのフードを帽子の上から被っているのに、寒さが痛みを伴って襲ってくる。身体全部が凍り付いてしまったかのよう。

「じょうっだんじゃないっ」

 わたしはまだ残っている力をかき集めるように全力でスキルを放った。

「友だち、友だち、助けて!」

 スキルに応えるように大きな羽ばたきを聞いた気がしたが、わたしはそのまま意識を失ってしまった。






 ぱちぱちと薪の上で火が踊る音がした。

 暖かくて幸せで、でも喉がうんと渇いていて、仕方なしに重い瞼をあげる。


「あら、目が覚めましたか。喉が渇いたでしょう? さあ身体を起こしてこれを飲んで。その間に私は奥さまを呼んできますからね」


 誰かに手渡された木のコップには、湯気の立つ液体が入っていて、とぷんと揺れてわたしを誘った。そこまで熱くはない液体には、ほんの少し甘さがある。果汁でも混ぜてあるのだろう。冬の最中にとても贅沢。美味しくてすぐに飲み切ってしまった。足りないなと思っていると、もう一杯、おかわりが注がれる。なんという至れり尽くせり。今度はちびちびと飲む。


 優しく声をかけて飲み物をくれた女性が部屋を出て行って、その間にわたしは部屋を見回した。

 赤々と火の燃える暖炉。やわらかいベッド。自分(うち)のベッドよりもはるかに上等で、毛布もごわごわしていなくて、ひたすらふかふかだった。上には毛皮まで掛けられている。うちの宿の最上の部屋でも、こんなものは用意できない。

 部屋の光源は暖炉だけで、四隅まで光は届かずに暗闇が居座っている。窓の鎧戸もきっちりと降ろされていて、今が朝なのか夜なのかも分からない。分厚い毛布の中に埋もれていた身体は、肌触りがよく、中綿の入った寝間着を着ている。とてもとても暖かい。



 最後の記憶は、ほとんど雪に埋もれかけて動けなくなっていたというのに、この落差は何だろう。もしかしたら雪の中で寝てしまって夢を見ているんじゃないだろうか。宿のお客さんが、雪の中で眠ったらそのまま死んでしまうと言っていた。じゃあわたしは死んでしまったというの? カミルが傍にいないのに?


「カミル!」

 思い出した途端にじっとしていられなくなって、わたしはベッドから滑り降りた。靴下まで履かされた足が床に触れたけれど、そのまま立っていられなくて、膝から崩れ落ちる。足にまったく力が入らないのだ。それに身体全体が重怠い。なんとなく息も苦しい。



「まあまあ、まだ寝ていなくては駄目よ」

 そう言って私を抱き起こしてくれたのは、ふわふわした金髪を結い上げた、見たこともないほどきれいな女の人だった。そして見たこともないような豪華なドレスを着ている。


「お姫さま……?」

「まあ、嬉しいこと。でもわたくしはお姫さまではないのよ? わたくしはエルメンガルドと言うの。あなたのお名前を教えてくださる?」

「わたし、ゲルト、です」

「そう。よいこと、ゲルト。あなたは死にかけていました。守護さまが見つけてここに運んでくださらなければ、河を渡ってしまっていたわ」

 死ぬと人は大きくて暗い河を超えていくのだという。そちらに渡ってしまったら、もう二度と戻ってくることはできないそうだ。


「守護さま……?」

「我が家を守ってくださる方よ。あなたはきっと特別なスキルを持っているのでしょう。今は言わなくても構わないから、このままお眠りなさい。身体中、凍傷になりかけて、高い熱を出していたの。目が覚めるまで三日も眠っていたのよ。身体の治療は済んでいるけれど、あなたの身体にはまだ休息が必要なの」

 飲み物をくれた女性が抱え上げてくれて、わたしはベッドに戻された。

「でも、カミルを探しにいかなくちゃ……」

 もしかしたら飲み物に薬が入っていたのかもしれない。急速に眠気がわたしを襲う。瞼をもうあけていられない。

「今度目が覚めたら、しっかりお話をしましょう。守護さまに導かれた子供だもの。ゲルト、わたくしたちが必ず力になるから」

 お姫さまみたいにきれいなエルメンガルドさまが額にキスしてくれると、わたしは引きずり込まれるように眠りに落ちていく。眠りの向こうで、カミルの笑顔が呼んでいた。




 次に目が覚めると、前回、飲み物をくれた女性が額に手をかざしていた。

「熱は下がられたようですね。起きられますか?」

 頷くと、背中にクッションを当ててくれる。上身体を起こしたわたしに、まずはあの飲み物が与えられ、次に具のないスープが用意されていた。

「何日もお食事されていませんでしたから、これからですよ」

 少しとろみのある熱いスープが胃に収まると、一挙に全身が温まる。そうして、重くて、まともに使えなかった頭がようやく働き出す。


「あの、ありがとうございます。でもわたし、ただの平民の子供で。こんなに良くしてもらえるような身分じゃありません」

 十分眠って熱も下がった今になって考えると、エルメンガルドさまは絶対貴族で、ここは貴族の館に違いないと思う。ものすごく場違いというか、居たたまれない。—――貴族のところに押し入ってカミルを取り戻そうとしているわたしが言うのもどうかと思うけれど。


「守護さまがお連れになったと聞いております。なれば立派なお客さまですから、どうぞお楽に」

「あの、守護さまと言うのは……?」

「お元気になられましたらお会いできますよ。さあ、着替えて汗を拭いてしまいましょうね」


 もう十歳だから、人に着ているものを脱がされるのも、お湯で濡らした布で身体を拭かれるのにも抵抗はあったが、体力のまったくない今、逆らうことなんてできない。新しい下着と寝間着に着替えさせられてしっかりと毛布にくるまれると、まだ本調子でないらしいわたしの身体はすぐに眠ってしまうのだった。



 そんなこんなで、それから二日ほど更にベッドから出ることを許されなかったけれど、ようやく歩けるほど体力が戻ったとみて、ハイディさん(わたしの面倒を見てくれている侍女さん)に寝間着でないものを着せられる。――どう見てもドレスなんですが。よく子供用のドレスなんてあったな?

 髪を丁寧に梳かれてリボンまで結ばれると、鏡(庶民には縁がないもの!)に写ったわたしも、まるで貴族の子供にしか見えなかった。貴族の子供とか会ったこともないけれど。


「お可愛らしいですねえ。奥さまもきっとお喜びになられます」

 ハイディさんに手を引かれて、はじめて部屋の外に出る。絨毯のずっと敷かれた長い廊下。廊下を照らす蝋燭はきっと蜜蝋。かすかに甘い匂いがする。壁には所々タペストリーが掛けられていて、美観と防寒の役目を果たしていた。相当なお金持ちの家のようだ。お貴族さまなら当然か。廊下でも寒くないのはどういう工夫なのだろう。



 連れて行かれたのは豪華な居間のような、きっとサロンとかいう場所。天井にははじめて見るシャンデリアがぶら下がっている。ここに来てからはじめて見るものばっかりだけど。


 猫の足みたいな土台の付いたテーブルとソファー。そこに優雅に腰を下ろしていたのは一組の男女。一人は先日お会いしたエルメンガルドさまだ。当然だけど、この間とは違うドレス。でもこっちも似合っている。


「まあ、ゲルト、なんて可愛らしいのかしら! 女の子はやっぱりいいわねえ」

 ソファーから身軽に立ち上がって、エルメンガルドさまは少ししゃがんでわたしを抱きしめてきた。

「凍傷ももうすっかり治ったようね。うちの治療師は腕が良いこと。頬ももちもちだわ」

 そう言って頬ずりされたが、エルメンガルドさまの頬は、信じられないくらいに柔らかくてすべすべしていた。おまけに甘くていい匂いがする。

「わたくしが小さい頃のドレスなのだけれど、とても似合っていてよ」


 可愛い可愛いとわたしを放さないエルメンガルドさまの様子に、奥のソファーに座っていた男性が苦笑しながら声をかけてきた。

「君が女の子を欲しがっていたのは知っているが、彼女は病み上がりだ。早くこちらに座らせるといい」

「あら、わたくしったら。ええ、そうですわね。いらっしゃい、ゲルト」


 ほとんど抱き上げる勢いでエルメンガルドさまはわたしを隣に座らせた。向かいには先程の男性。このあたりでは珍しい黒い髪。でもとても整った顔をしている。多分まだ二十代かそこらだろう。そしてやっぱりこの人も貴族に違いない。かっちりと仕立て上げられた立派な服を着ていた。


「はじめましてだね、ゲルト。私はこのアッフェンバル家の現当主、ディートヘルムだ。エルメンガルドの夫になる」

 貴族(姓があるので確定)だというのに、エルメンガルドさまと同じように、この方も穏やかにわたしに接してくれるようだ。何故、という疑問が顔に出ていたのだろう。軽く笑みを浮かべたその人は優雅な仕草で部屋の奥の暖炉の方へと手を向けた。


「そして、こちらが我が家を代々お守りくださっている守護さまだ」

 暖炉の前に敷かれた大きな毛皮の上に、ぬくぬくと寝そべっていたのは。わたしよりもはるかに大きな、一頭のグリフォンだった―――。


もふもふは正義。

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― 新着の感想 ―
スキルはグリフォンにも有効でしたか!笑 蜜蝋とかタペストリーの描写も素敵
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