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無口魔族ちゃんの初恋  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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4/31

惚れさせなければいけない理由

今週からしばらく、水曜の投稿は「無口魔族ちゃんの初恋」です。

来週も午後6時くらいに更新されるので、よろしければ読みに来てください!

なお、すでに投稿した分には加筆修正を行いました!


毎週、水曜日に短編小説を、木曜日に長編小説の追加エピソードを投稿しています!

それぞれシリーズにまとめてありますので、よろしければ読んでみてください!

短編小説は仲良しカップルの日常系ラブコメが主ですが、たまに獣人とかも出てきます。


作品における既存のエピソードが更新されることがありますが、理由は誤字脱字及び細かな表現等の修正です。

作品の内容が大きく変わることは原則ございませんので、ご安心ください。

 自分のための料理は生活のための行為であり、あまり楽しいものでもないが、愛しい人の血肉になるものを作っているのだと思うと俄然やる気が出るし、喜びも感じる。


 消化に良さそうなスープを作るとメリィはいそいそとロイの眠る自室に帰って来て、本棚から一冊の本を取り出した。


 手元にきて以降、一度も目を通されず埃をかぶっていた本の題名は、

「これで安心! 対人間用ラブラブ恋愛術! 脅さず、怯えさせずに心を手に入れる方法!!」

 である。


 随分と物騒な雰囲気の恋愛指南書は、メリィが人間に恋心を抱いてしまった時のためにと彼女の父親が仕送りへ忍ばせていた一品である。


 父親はコレで妻を落としたのだとドヤ顔していたが、メリィの母親曰く、人間から見ると極端な上に偏見にまみれていて、かなり滅茶苦茶な内容らしい。


 だが、魔族の常識しか持たない者がノーヒントで人間と関わろうとすれば互いに酷い目にしか遭わないため、参考程度に読む分には悪くないとも話していた。


『鵜呑みにしない、鵜呑みにしない』


 メリィは母の助言を心に刻みながらペラペラと本を捲って真剣に文字を追う。


 紙面には、人間にとっての常識や魔族との体格差、力の差、価値観の違いなどが細かく書かれていた。


『ちょっと掴んだだけで壊れるかもしれない。それは、確かに……人間はお肉が嫌いで果物しか食べない。これは言い過ぎってお母さんが言ってた。豚、牛、羊、鶏、そういうのなら食べるって。男の人はお肉好きなこと多いって。私もお肉好き。いっぱい食べさせてあげよう』


 人間である母親の様子を思い出しながら丁寧に読み進めていると、ロイが何やら言葉を発したのが聞こえた。


 ロイはモゾモゾと身じろぎをして、

「マジでイテェ……」

 と呻いている、


 魔族の言語は種族で共通しているため、同族同士で言葉が通じないということは基本的にない。


 だが、人間の言語は国ごとに異なるし同じ国であっても訛りなどの関係で互いに言葉が通じないことすらある。


 また、メリィの場合は人間を母親に持つが彼女はロイとは全く別の国の出身であるし、基本的に魔族の言葉を使って会話する。


 加えてメリィは今日まで全く人間に興味がなかったため、人の言葉など「おはよう」「こんにちは」などといった挨拶の段階から理解していない。


 そのためメリィはロイの言葉が全く分からず、声や雰囲気で彼が何やら悪態を吐いた事しか分からなかった。


 しかし、それでもロイが目を覚ましてくれたことが嬉しくて彼の顔を覗き込む。


 すると、酷く怯えた表情が見えた。


『怖がってる。当然か。私は魔族で、この人は魔族に襲われたかもしれないんだから。それにしても、本当にかわいいな。怖がる必要なんてないのに怯えて、警戒してる。大丈夫だよって撫で撫でしてあげたいな。それに、この人には好意を伝えて、私のこと好きになってもらわなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、会話ができないから』


 メリィは幼い頃、人間的性質と魔族の本能の間で揺れていた時期がある。


 絶対に殺したくない、人間は同族だと脳が警鐘を鳴らすのに、同時に「殺せ」「嬲れ」「食い散らかせ」と本能が叫ぶのだ。


 どちらかといえば人間の血が勝っているので、実際に人間を襲うことも無ければ嬲られている姿を見て快楽を感じたことも無い。


 だが、脳に二つの人格があるような感覚には随分と怯えさせられ、泣かされたものだ。


 化け物の心が芽生えたような感覚が恐ろしくて、汚いものになってしまった気がして、誰にも言えないまま数十年が経った。


 その間に魔族の本能も随分と大人しくなって眠るようになったのだが、成長期を迎えると、再び本能が暴れるようになってしまった。


 以前よりも強くなったソレは油断すれば人間の性質を食い散らかしてしまうように思える。


 常に吐き気を催しながら日々を過ごし、神経過敏になって他の魔族が人間を食い散らかすのすら耐えられなくなった。


 口にできる物もビスケットか水に限られた。


 少しでも血や肉を口にすれば、そのまま人間を食べてしまいそうな気がして恐ろしかったのだ。


 げっそりと痩せ、周囲に酷く心配されながらも、ダイエットをしているのだと嘘を吐いて親の目を誤魔化していた。


 だが、ついに夢の中で大量の人間を嬲り、四肢を引き千切って食らってしまったため、怖くなって父親に泣きついた。


「人間を殺したくないのに、人間を殺すことばかり考えちゃう。助けて、お父さん」


 メリィは冷酷で残酷な父親に少しも懐いていない。


 今でも苦手で可能な限り話したくもなかった。


 だが、人間である母親にはどうしても相談ができなくて消去法で父親を頼ったのだ。


 一方、父親の方は人間のそれと比べるとどうしても少なくなってしまうが、泣きじゃくるメリィを放っておかない程度には彼女に愛情を感じている。


 また、メリィは母親と仲良しであり、互いに強い家族愛を感じているため、ここで彼女を見捨てたら確実に妻に嫌われてしまう。


 そのため父親は妻と協力しながら医療機関や専門機関も頼って、メリィについての調査を進めていった。


 その結果として分かったことは、

「メリィは人間としての血が濃いのに、保有する魔族の魔力が大きく、強すぎる」

 ということだった。


 そのせいで、魔力の増減が不安定になる子供の時期や成長期に魔族の本能が人間の血を上回るタイミングができ、精神がチグハグな状態になっていたのだ。


 また、魔力は大人に近づく毎に徐々に増加していくため、いつの日か魔族の本能を強烈にする時がやって来る。


 魔族の本能が人間のそれを上回り、人食べたり嬲ったりしても平気になるというのならば、ある意味問題は無いのだが、事はそう単純ではない。


 メリィには数十年もの間、人間として生きてきた感覚がある。


 加えて、魔族の性質が極端に強くなったとしてもソレと同じか、あるいは少しだけ上回る程度に人間の性質が残り続けてしまう。


 そうすると、メリィは繊細な心を怯えさせ、心底自分の行為に嫌悪しながら人間を嬲り、食べなければならなくなってしまうのだ。


 精神が崩壊するほどの地獄が待っていることは間違いない。


 予定された破滅を回避する方法は一つ。


 メリィの中にある大部分の魔力を封印し、魔族の本能を極端に弱めるのだ。


 人間の場合は大部分の魔力が血液に宿るが、魔族の場合はいずれかの臓器に宿ることが多い。


 メリィの場合はほとんどの魔力が舌に集中していたため、その部位に直接魔法陣を描き込むことで封印に成功した。


 人間に近づくことで発生した代償は二つ。


 一つは封印の影響で言葉を発せなくなったこと。


 もう一つは「人に近づいたから」という理由で故郷から追放されたことだ。


 しかし、メリィの父親は長の参謀、すなわち人間でいうところの宰相的ポジションであるため、なかなか実家が太い。


 当然、それなりに資産も持っているので追放後の住処などを用意してもらったし、未だに仕送りも滞りなく届けられている。


 仮に仕送り等が打ち切られたとしても、いざとなればはぐれ魔族のように動物などを狩って自給自足で生活することも可能だ。


 追放されたての頃は流石に不安もあったが、そもそも一人が好きな性格をしているので追放という処分は思ったよりも苦しくなかった。


 だが、声を出せなくなったことの弊害は小さくない。


 人間も魔族も言葉でコミュニケーションをとる生き物だ。


 ちょっとした挨拶から日常の細かな要望やちょっとした情報を伝え合うことまで、全て会話で行っている。


 いくらメリィが無口ぎみとはいえ、一日に一度も声を発さないということは無かったし、今までは話すことができた分、どうしても生活に支障が出てくる。


 そこで、数週間かけて少し特殊なテレパシーの魔法を習得した。


 この魔法を使えば、一定の範囲内にいる相手に思念を送って言葉を届けたり、反対に相手から言葉を送ってもらったりすることができるのだ。


 言葉を出すことができても使いたくなってしまうような、かなり便利な魔法だが、これを使うには少し問題がある。


 テレパシーを行う者の内、魔法を習得するのは術者だけでよいのだが、その際は消費する魔力が三倍以上になることと、


「術者と対象者が血縁関係に無い場合、お互いに強い恋愛感情を抱いていること」


 が、使用の条件となっていることだ。


 要するにテレパシーの魔法は家族か大切な恋人にしか使えないのだ。


 大部分の魔力が封じられても一般的な魔族と同等、あるいはそれ以上の魔力を使用できるメリィにとって前者の条件は枷とならないが、後者が厄介である。


 たいていの場合、言葉を使って自分を伝え、相手に好意を寄せてもらうことが多いというのに、メリィは魔族というデバフをかけながら、一切、言葉の通じない状態でロイに惚れてもらわなければいけないのだ。


 かなり絶望的な状況だが、メリィは意外と楽観的である。


 ロイが眠っている間、本を読みながらも彼に好かれそうな方法を考えてワクワクしていた。

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