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9 Side グラシアール

読みに来てくださってありがとうございます。

何とか間に合いました!

よろしくお願いいたします。

 クレアがいなくなった。ジュリアが様子を見に行った時には、確かにクレアはいた。だが、クレアがいないという連絡と共にクレアのメモ書きのような辞表を手にしたジュリアは、その場にへたり込んだ。


「部長!」


 慌てて駆けつけた医師や薬師に、ジュリアはロジャー団長を呼んできてほしいと言った。ロジャーは呼びに行った薬師と一緒に走ってきてくれた。


「団長、クレアが……」


 ジュリアが力なく差し出した辞表を読むと、ロジャーもうなだれた。いつも丁寧できれいな字を書くクレアの字が細かく震えている。場所によってインクがにじんでいるのは、涙の痕だろう。そして、分不相応な恋を望んだ罰だ、死んでお詫びしたい、悪く言う人の言葉にも耐えられない、もう騎士団にも医務部にもいられないとも書いてあった。


「オスカーとクレアに、何があったんだ……」

「少し調べたの。それからクレアとオスカーの話を聞いての推論だけど」

「教えてくれ」

「クレアが妹のために作った惚れ薬を、オスカーが飲んだ。そして、オスカーはクレアという存在を記憶の一切から消され、妹を愛しているという幻覚を見ている」

「クレアが?どうしてクレアがそんなことを……」

「普段のクレアなら絶対にそんなことしないわ。だから、何らかの形で妹に脅されて、妹に恋するような惚れ薬……まあ幻覚剤なんだけど、それを作らなければならなくなったとしか考えられない」

「確かに。惚れ薬はグレーだが、逮捕されかねないようなものをクレアが積極的に作るはずがない」

「ええ。だから、私は家族が怪しいと思っている」

「だが、証拠は出てこないだろうな」

「あの家族なら、そういう所だけは抜け目がないから。それよりも、クレアを探さないと。それをお願いしたくて、団長を呼んでもらったの」

「分かった。すぐに手配する」


 ジュリアもロジャーも、クレアにあの家族から離れて幸せになってほしかった。オスカーが真剣に将来を考えていると分かった時、2人はオスカーを後押しした。2人の恋を応援し、見守ってきた。だからこそ、こんなよく分からない形で引き裂かれたことが許せなかったし、自分たちにも責任があると感じていた。


 ロジャーは、自ら捜索に加わることにした。騎士たちと騎士団を出ようとした時、守衛所が騒がしいのに気づいた。


「どうした?」

「団長! 若い女性がドニャソル川に流されたのを見たという通報がありました!」

 

 守衛所の前には、走って通報しに来たと思われる若者が2人、ゼエゼエと荒い息をしている。


「ドニャソル川に流された人は、どんな感じだ?」

「俺たちもちゃんと見ていた訳じゃないんです。ただ、川を覗き込んでいた痩せた若い女が、何かを見て慌てて立ち去ろうとして、バランスを崩してそのまま川に落ちていったのを見たんです」

「念のため確認してくれ。この女か?」

「この人をもう少しやつれさせた感じかな。お前もそう思うだろ?」

「もう少し近くで見ていればはっきりするけど、こんな感じだ」


 ロジャーは、捜索用に持っていたクレアの人相書きを握りつぶさないようにするので精一杯だった。


「他に近くで見ていた者はいないか?」

「ああ、派手な美女と、それから、あれオスカー様じゃなかったか?」

「ああ、オスカー様たちがいたなあ」

「……何だって?」

「そういえば、流された人、オスカー様たちの方向を見て慌てたんだよな」

「そうだ、そうだよ」

「ありがとう。今から彼女を探しに行くところだったんだ」

「でも、もう大分下流に流されているはずですよ」

「馬を出すから、心配ない」

「途中に、滝が何カ所かあります。それに、昨日の大雨で川は相当増水して濁っています。早く行ってやってください!」


 ロジャーは、自分は騎士団で待機することにした。捜索隊に半分は馬に乗せて下流に行かせた。それから、非番のオスカーを呼び出した。


(クレア、生きていてくれ)


 ロジャーは祈ることしかできなかった。


 一方のオスカーは、スカーレットの家にいた。自分たちを見て驚き、バランスを崩して川に投げ出された女性のことを思うと心が痛かった。すぐに騎士団に通報しようとしたが、スカーレットに強く引き留められた。


「私たちに気づく前から、川を覗き込んでいたでしょう? 初めから身投げするつもりだったのよ。私たちが気に病むことはないわ。むしろ巻き込むなって言いたいわ」

「スカーレット、あの子はあのまま死んでしまったかもしれない。気の毒だとは思わないのかい?」 

「全然。あんな子、とっとと消えてくれてスッキリしたわ」

「スカーレット?」


 オスカーの心の中に靄が広がる。自分が大事にして、愛して、守ってやりたいと心から思っていた女性像と、何かが違う気がする。


(彼女はこんなに冷たい人だっただろうか?)


 モヤモヤしていると、スカーレットからキスをねだられた。目を閉じて唇を突き出す様に、思わず嫌悪を感じる。


(何故? 何かおかしくないか?)


「ねえ、オスカー様、早くぅ~!」

「ごめん、今はそんな気分になれない」

「何よ、ケチ!」

「……今日は駄目だな。帰るよ」

「えぇ~そんなぁ~」


 妙に甘ったるい声で騒ぐスカーレットから1秒でも離れたくて、でも一緒にいなければならないならない気がして、オスカーは気分が悪くなった。手洗いを借りると、吐いた。なかなか嘔吐が止まらない。ようやっと吐き気が収まったオスカーは、本当に調子が悪いのだとやっと理解したスカーレットから解放された。


 足取り重く、寮に戻る。頭痛が始まっていた。1歩歩く毎に、ズキズキと痛みがひどくなる。何とか部屋にたどり着いてベッドに倒れ込んだ時、激しいノックの音が聞こえた。


「オスカー、いるなら返事しろ! 団長が呼んでいるぞ!」


 オスカーはよろよろと立ち上がって扉を開けた。


「すみません、気分が悪くて吐いてしまって、今やっと帰ってきた所なんです」

「お前、そんなことを言っていられる場合か? クレアが川に流されたんだぞ!」

「その、クレアさんって誰なんですか?」

「お前、本当に頭がおかしくなったのか?」

「分かりません。頭も割れそうに痛くて、あ……」


 オスカーは痛みのあまり気絶した。呼びに来た騎士は慌て、オスカーを抱え上げると医務部に走り込んだ。


「すみません、オスカーが……!」

 

 オスカーと聞いて、医務部のほとんどの職員が顔を背けた。それでも一部の医師が動いて診察室に入れてくれた。


「頭が痛いと言って倒れたんです。においからすると、吐いたあとだと思います」

「脳にダメージがいっている可能性があるな。こちらで対応する。団長への報告はそちらに頼んでも?」

「承知しました」


 オスカーに何が起きたのか、部長のジュリアでも分からなかった。ただ、目覚めない。ロジャーもやって来た。そして、目撃証言をジュリアに伝えた。ジュリアは目を大きく見開き、そして泣き出した。医務部の職員に、クレアが辞表を提出した後、バランスを崩して増水した川に落ち、行方不明であることが告げられたのは、この1時間後だった。医務部に沈黙が落ちた。クレアの悪口を言っていた職員でさえ口をつぐみ、ばつの悪そうな顔をした。


「オスカーに話を聞かないと何も分かりません。ですが、そのオスカーは先日以来記憶を操作された痕跡があり、これを解かない限り正確な証言を得られないでしょう。クレアの家族には、状況的に嫌疑がかかっていますが、現在の所立証できるものがないようです」

「では、クレアは犬死にですか!」 

「誰ですか、クレアを死人扱いしたのは!」

「でも……」

「遺体を見るまでは私はクレアは生きていると信じます」


 ジュリアの悲壮感漂う宣言に、誰もがうなだれる。


「ここで、あなたたちにお願いがある。1人でいい、私の補助をお願いしたいの」

「補助、ですか?」

「私は、オスカーに掛けられたものが何なのか突き止めたい。でも、その調査をしていたら、部長としての仕事ができない。部長代理として、全てを任せたいの」

「部長、いけません、それでは何のための部長なんですか!」 

「私の部下を苦しませた奴らを、私は許さない」


 誰も聞いたことのないような低い声。強い意志の込められたジュリアのその声に反対できる者は誰もいなかった。


「分かりました。私が代理をしましょう。ですが、1ヶ月です。他の医師の負担が増えすぎます」


 1人のベテラン医師が手を上げた。


「私も、部長業務に専念するため、医師としての業務ができない。みんなに割り振られることになるが、それでよいな?」

 

 職員が頷いた。新体制は、その晩から動き始めた。

読んでくださってありがとうございました。

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