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読みに来てくださってありがとうございます。
暴力シーンがあります。お気をつけください。
よろしくお願いいたします。
3日後、クレアはできあがった惚れ薬をスカーレットに渡した。
「私のもの、返して」
「効果がちゃんと出たのを確認したらね」
「待って、薬と交換っていう約束だったでしょう!」
「うるさい!」
パーンと乾いた音がした。頬に痛みが走る。
「何回でもやってあげるわよ?」
そう言ってスカーレットはクレアの頬を打ち続けた。顔を隠そうとしたが、母がクレアを羽交い締めにして、クレアは顔を隠すことができなかった。こんな顔では出勤できない。クレアは自室に引き籠もった。しばらくすると、家の扉をノックする音が聞こえた。来客らしい。クレアはぼーっとしたまま机に突っ伏していた。
「クレア! いるんだろう!」
オスカーの声にはっとしたクレアは、よろよろと立ち上がり、這うようにして応接にたどり着いた。
「オスカー様!」
オスカーはクレアの顔を見て全てを察したのだろう。クレアを腕に囲い込むと、スカーレットたちを鬼の形相で睨み付けた。
「お前たち、クレアになんてことを!」
「あら、私たちがやったっていう証拠、あるの?」
「お前の手、随分腫れているな?」
スカーレットはしれっと両手を隠す。
「ふん、こっちだって痛かったのよ。誰のせいで私の手が赤くなったと思っているのよ!」
「呆れた。このまま騎士団に突き出せるな」
「まあまあ、オスカー様もお茶でも飲んで落ち着いてくださいな」
母が言うと、スカーレットがキッチンに向かって行った。何度もぶたれたせいか、軽い脳しんとうでも起こしていたのだろう、クレアは考える力を失っていた。惚れ薬を渡した後、ターゲットがのこのことやって来たのだ。そこに、お茶を出す。普段のクレアだったらその段階で母とスカーレットの企みに気づけただろう。だが、その日のクレアにはできなかった。
「どうぞ」
大声を出して喉が渇いていたのだろう、オスカーは出されたお茶を一気に飲み干した。その横にいたクレアは、いつもはしないかすかなレモン臭を感じてはっとした。この家にレモンの香りのするものはない……クレアの作った魔法薬以外は。
「飲んじゃ駄目!」
だが、既にオスカーは飲んでしまった。何事かと不思議そうな顔をする。
「その中に、惚れ薬が入っていたの、スカーレットの……」
オスカーは狼狽した。
「どうすればいい!」
「ごめん、解毒薬はないの……飲んでしまったら、もう駄目なの……」
スカーレットと母がこちらを見てうれしそうにしている。クレアはごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すしかなかった。クレアはオスカーに、反応の鈍い頭を必死に働かせて伝えた。スカーレットたちに脅されて惚れ薬を作り、先ほど渡したばかりだったこと。オスカーに使われる可能性がゼロではないと考えていはいたが、本当にオスカーに使われるとは思っていなかったこと。そして、解毒薬がないために、スカーレットを愛するように作られたこの薬を飲んだ以上、次に目が覚めた時にはクレアのことを記憶から消去してしまうことを……。
「俺が、クレアを忘れるのか?」
オスカーはクレアを抱きしめながら、苦しげに尋ねた。
「本当に、一生思い出せないのか?」
「その薬には睡眠効果と、特定の感情を持つ者を忘れる記憶操作の効果もあるの。だから、私の存在はあなたの記憶から永遠に消える……」
「嫌だ! 俺はクレアを忘れたくなんてない!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
オスカーがクレアを抱く力が弱くなってきた。睡眠薬の効果が出始めたようだ。
「嫌だ、眠りたくない、眠らない!」
オスカーが必死で自らを傷付けて眠るまいとする。血が手に広がっていく。
「面白いわね、こんなふうに抵抗するのね」
「でも、目が覚めたら私のことしか見えなくなるのよ? 不思議ね、魔法薬って」
他人事のようにしている2人が憎い。だが、ふらふらする頭で反撃することができない。クレアは必死に手を伸ばして、常に持ち歩いていた傷薬をオスカーに塗る。クレアにできたのは、それだけだった。
「クレ、ア……」
「オスカー様」
「嫌だ、ずっと一緒に」
その言葉を最後に、オスカーは深い眠りに入った。父親たちがオスカーをスカーレットの部屋に運んでいった。クレアは応接間に取り残された。泣くことさえできなかった。自分が作った薬なのだ。その責任は自分にある。
いつの間にか、夕方になっていたようだ。スカーレットの部屋から、まあ、目が覚めたのね、という甲高い声が聞こえた。
終わった。終わってしまった。
しばらくすると、家族とオスカーがクレアのいる応接にやって来た。オスカーの手は、スカーレットの腰に回されている。
「あら、まだここにいたの?」
スカーレットはゴミでも見るような目でクレアを見た。
「誰だい、スカーレット?」
聞きたくなかった。クレアの存在をこの世から抹消した、クレアを愛してくれた人の声が聞こえた。
「オスカー様が気にするような子じゃないわ。ちょっと用事があってここにいただけ。
「そうか。でも随分泣いていたようだね?」
「オスカー様、他の女のことを心配するのは、婚約者としていけないことですわ」
「そうだね。ごめん」
ふふふ、とオスカーとスカーレットが微笑み合っている。私は2人を直視できずにいた。
「早く出て行きなさい。もうあなたは用済みなの」
「お願い、私のものを返して!」
「何のことかしら? 知らないわ」
「ひどい、どうしてこんなことを?」
「お前は生まれた時から、誰からも可愛いと言われなかった。私にもあの人にも似ていないから浮気を疑われた。私を苦しめたのはお前の方なんだよ。分かったらとっとと出てお行き!」
母に蹴り飛ばされた。クレアは母に言われた言葉をよく飲み込めなかった。自分の姿が両親に似ていなかった、それだけでクレアは虐げられていたということなのか。
「聞こえなかったのか?お前は俺の子かどうか今でも疑問に思っている。俺の家族はエミリーとスカーレット、3人だけなんだ。出て行け!」
父まで手を上げた。見かねたオスカーが、それ以上手を上げたら暴行罪で逮捕されることになると説明すると、暴力は止まった。
「お嬢さん。あなたがどういう立場の人か分からないが、この家にいても暴力を振るわれるだけだ。信用できる人のところに逃げた方がいい」
オスカーの言葉が突き刺さる。信用できる人は、あなただったのに……。
「早く出て行け!」
「出なさいよ!」
「目障りよ、出て行け!」
クレアはよろよろと立ち上がった。3人の顔を順番に見る。そして最後にオスカーの顔を見た。
「さようなら」
クレアは19年間を過ごした家から追い出された。もう太陽も沈んで、空には月が輝き始めている。どこにも行く場所のないクレアは、とぼとぼと夜道を歩き始めた。そして、1度だけ家だった場所を振り返ってつぶやいた。
「私は、ただ幸せになりたかっただけなのに。どうしてこんなことになってしまったの」
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