SS10 花祭り
読みに来てくださってありがとうございます。
本日コミックシーモア様にて、「婚約破棄された魔法薬師は炎の騎士に溺愛される~ただ幸せに、なりたかった」単話版の販売が始まりました。その記念ssです。
よろしくお願いいたします。
りんごの花が咲き始めると、グラシアール南辺境領の人間はそわそわする。満開の日に行われる「花祭り」の日程がいつ発表されるかと、行政府からの通知を首を長くして待っているのだ。
「花祭り」の日一日、町の店は全て閉まる。正確に言うと、物を売りたい店は「花祭り」の会場である大通りに屋台を出し、祭りを楽しみたい人は休日にする。昼間もまだ肌寒い日が多いので、夜の屋台ではホットワインが飛ぶように売れていく。みな、松明でライトアップされた夜桜ならぬ夜りんごの花を愛でながら、この日だけ許される路上飲酒を楽しんでいる。
そんな花祭りの日に通常業務を行っているのは、医者と騎士団と行政府くらいなものだろう。とはいえ、休暇申請する者も多い。
「仕事をする時は全力でやる、休む時はしっかり休む。それのどこが悪いんだ?」
ロジャー団長の一声のおかげで、騎士団員でも休暇を申請する者は多い。
「オスカーは休暇申請したのか?」
「いや、みんなが申請していたし」
「?」
「クレアも出勤しているし」
「あ」
オスカーに声を掛けた同僚は、ははん、とにやついた顔をした。
「なるほど、『送迎デート』だな」
「言うなっ!」
顔を赤くしているオスカーの肩を、同僚はポンポンと叩いた。
「今日みたいな日は若い女に絡もうとする酔っ払いが多いからな、俺たちの護衛業務は正当な任務なんだ。なんならクレアを狙っている町の男に睨みをきかせてくればいいさ」
同僚が立ち去った後、オスカーは頭を抱えた。
みんなに温かい目で見られている。うれしいのと、恥ずかしいのと、いろんな感情が入り交じって、自分でもよく分からない。まだクレアには何も伝えていないが、遅い初恋ということもあってオスカーはクレアとの距離感を掴みきれずにいる。
夜11時半。いつもの時間に医務部に行くと、クレアが丁度出てきた所だった。
「オスカー様、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、今来たところだよ。鍵は?」
「まだジュリア部長が残っていて」
「ああ、そう言えばロジャー団長たちが、ジュリア部長と一緒に見回りを兼ねて花祭りに行くと言っていたな」
「すみません、帰り道には花祭りの会場を通りますよね。私なんかと一緒にいたら、オスカー様が誤解されそうで申し訳ないです」
「誤解?」
「花祭りは出会いの場でもあるから、2人でいると恋人だって見做されることもあるんですって」
「俺は……構わない」
「少し離れて歩きますから」
「駄目だ、それでは護衛の意味がないだろう?」
「それはそうですが……」
いつもより人一人分距離を開けてクレアが付いてくる。
隣を歩きたかったのにな。
一歩引いたクレアを好ましく思う気持ちと、じれったく思う気持ちの間で、オスカーはもどかしさを感じる。
騎士服姿がちらほら見える。班単位で巡回している者、着替えずにデートを楽しむ者、いろいろだ。
黙ったまま喧噪の中を歩いて行くと、後方で男たちの怒鳴り声が聞こえた。酔っぱらいどうしの喧嘩のようだ。反射的に体が動く。
「クレアすまない、ここにいてくれ」
クレアの返事も聞かずに、オスカーは走り出した。
「何をしている! お前たちのような者がいると、来年から路上飲酒が禁止されるぞ!」
「だって、こいつが俺の財布をすったんでさあ」
「オレじゃねえ、通りかかった若い兄ちゃんだよ」
「そいつはどんな風貌だったんだ?」
「ええと……覚えていねえや」
「所持品検査をする。ポケットとバッグの中身を全部出せ」
「……」
「早くしろ!(クレアが待っているんだから)」
観念したのか、男はバッグとポケットの中身を出した。
「あ、それ俺の財布!」
「何が入っているか言って見ろ。本当にお前の財布かどうか確認する」
「ええと……忘れた」
「まさか、お前も誰かから掏ったのか?」
「えへへ」
「えへへじゃないだろう!」
騒ぎを聞きつけた巡回の騎士たちが走ってきた。
「オスカーがいてくれて助かった。後は任せろ」
簡単な引き継ぎをして元の場所に戻ると、人通りがなくなった通りの陰でに連れ込まれそうになっているクレアを見つけた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえ、オスカーは急いで走った。クレアが酔った男に腕をつかまれている。
しまった、と思った。クレアを助けるためにこうして護衛任務についているのに、護衛対象をほったらかして治安維持に向かってしまった。根っからの騎士であるオスカーは、仕事とプライベートのどちらかを取れと言われたら、間違いなく仕事を優先してしまう。それが裏目に出た。
何をしている、と言おうとした時、酔った男の声がオスカーの耳に届いた。
「クレアちゃん、僕、ずっとクレアちゃんのことが好きだったんだよ~。でも、クレアちゃんの家族とは付き合いたくないから、クレアちゃんに告白できなかったんだよ~」
男はぽろぽろ泣いていた。
「クレアちゃんを助けてあげたいのに僕じゃ助けてあげられない。ごめんね、ごめんね」
「大丈夫ですよ、いつもお気遣いくださいってありがとうございます」
クレアがそう言うと、男はクレアから手を離した。
「最近、いつも同じ騎士様が一緒にいるよねえ。あの騎士様が守ってくれるといいねえ、クレアちゃん」
「いつも守っていただいていますよ」
「本当に、ごめんよ」
若い男は泣きながら物陰から出てきた。オスカーには気づかず、大通りに戻っていく。
オスカーに気づいたクレアは、小走りでオスカーの傍に来た。オスカーも駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ええ、近所のお兄ちゃんなんです。小さい頃は一緒に遊んでくれたこともあるんですよ」
「そうか」
「お酒に弱いはずなのに飲まされたんでしょうか。ああいうのを泣き上戸って言うんですよね?」
「そうだな。騎士団にも泣き上戸がいるぞ」
「名誉のために、どなたなのかは聞かないことにします」
大通りを抜けた辺りから人数は減っていく。クレアの家に着く頃には、もう周辺には誰もいなかった。花祭りを楽しむ余裕なんて、どこにもなかった。
「今日もありがとうございました。花祭りの日は裏通りを通るのも危険だし、大通りは酔っ払いがいつも以上にいて怖いし、いつもりんごの花を見る余裕なんてなかったんです。でも今年は、オスカー様を待っている間に、ゆっくりライトアップされたりんごの花を見ることができました」
「本当は屋台でいろいろ見ながら帰りたかったんだが」
「もうじき家族が帰ってくるでしょうから、それまでに到着したかったんです」
「そうか……」
クレアはいつものように丁寧にお辞儀をすると、家の中に入ってしまった。
送迎デートどころではなかったな、と、オスカーは物足りなさを感じていた。騎士団への帰り道、店が少しずつ片付けを始めている中に、アクセサリーを扱う店の店主が困惑したように立っていた。
「どうかしたのか?」
「ああ、騎士様。いやいや、思いのほか売れなかったんでちょっとショックだったって、それだけのことでさあ。花祭りの日は、飲食店には敵わねえや」
「アクセサリーか」
「彫金をやっているんです。お天道様の光じゃなきゃ、彫りは見えにくいんだって今日知りましたよ」
よく見れば、繊細で美しい彫金が施されている。
「きれいなものだな」
「技術は悪くないって、手前味噌ですが」
「なあ、ご主人。ロケットペンダントはないか」
「ああ、ありますよ。これとか」
店主がオスカーに見せたのは、彫りの細かなロケットペンダントだった。
「おいらじゃ絵は入れられねえが、おいおいここに絵を入れたいっていう客がいましてね、最初はオーダーだったんですが、いいアイディアだと思って、こうやって売らせてもらってるんですよ」
「いいな。一つくれないか」
「え、いいんですか?」
「ああ。簡単でいいが、リボンか何かかけてくれるか?」
「おやおや、騎士様、もしかして女性へのプレゼントですか?」
「うっ、どうして……」
「騎士様の目が、優しくなったからですよ。はい、どうぞ」
代金を払ってペンダントを手に入れた。なんだかドキドキした。
このペンダントは、後日、クレアへの最初のプレゼントとなった。クレアが目を丸くして喜んだことは言うまでもない。
2人にとって大切な思い出の品がそれ故に悪事に利用されることなど、この時は誰も予想し得ないことだった。
読んでくださってありがとうございました。
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