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ただ幸せに、なりたかった【なろう版・コミカライズ】  作者: 香田紗季


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SS9 ジュリアとクレア

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

「あらジュリア、いらっしゃい」


 町の魔法薬師ケリーの魔法薬店の扉を開いたジュリアは、明るいケリーの声を聞くと、重たい物を乗せていたような肩の力が抜けていくのを感じた。


「ケリー、お店の方は順調?」

「ええ、薬師学校を卒業してすぐにお店を開くなんて無謀だと思っていたけれど、意外となんとかなるものね」


 ケリーは元々魔女になるのが夢だった。魔女といっても、悪さをしたり呪ったりするような物騒な存在ではない。魔女は人々から恐れられ、そして敬われる存在だ。この世界の人間は、何人かに一人の割合で魔力持ちが生まれる。その魔力をどうやって生かそうかと考えた時、ケリーの頭に浮かんだのが「魔女」の存在だった。


 両親はケリーのやりたいようにやればいいと言って、「森の魔女」の所に行って、弟子入りを一緒に願ってくれた。通称「森の魔女」と呼ばれる魔女が、ケリーの家から一番近い所に澄む魔女だったからだ。


「私は魔法薬が専門だ。だから魔法薬のことしか教えられない。それでもいいなら明日からおいで」


 そうやって森の魔女のところで学んで5年。


 森の魔女の助手のような立場になったケリーに、ある日、森の魔女が言った。


「ケリー、お前、町の薬師学校に行っておいで」

「え、でも、ここで学んだのに」

「この間、町に薬の材料を見に行っただろう? あの時、魔法薬から作り手の魔力は感じたんだが、魔法が入っていなかったんだ」

「魔法が入っていない魔法薬? それ、魔法薬じゃないですよね?」

「だが、町の人たちは魔法薬だと言っていた。どこかで何かがおかしくなっている可能性がある。薬師学校に行けば町で売っている魔法薬の作り方を教えてもらえるだろう? そうすれば何が問題なのか、分かるはずだ」

「お師匠様が行けばいいのに」

「私が行けば怪しまれるだけだ。ケリー、これも勉強だ。学費は私が出すから、行ってきておくれ」


 こんな事情で薬師学校に通い始めたケリーだが、学校で学ぶことと魔女の教えてくれたことが確かに少しずつ違うことに気づいた。説明の仕方が違えば、理解の仕方も変わる。こうやって小さなずれが少しずつ積み重なって、魔女たち直伝の魔法薬と町の魔法薬に違いが生まれていったのだろう。


 教師の説明に納得できずうんうん唸るケリーを、学校の教員も学友たちも気味悪がって遠巻きにした。「森の魔女」の弟子であると公言してはいないが、伝手をたどればケリーが「森の魔女」に弟子入りしていることは分かる。ケリーの両親も、別に隠し立てなどしていない。


 ケリーは森の魔女の弟子だ。


 そんな噂と魔女への畏怖から、ケリーは次第に孤立していった。ケリー自身は気にしていなかったが、ペアで作業をするような時には、先生でさえ一緒に組んでくれずに困ることもあった。


 その中、ただ1人声を掛けてきたのがジュリアだった。ジュリアは正義感が強く、仲間はずれのようにも見えるケリーへの扱いに憤慨していたのだ。


「おかげで、薬師学校に行くのが苦じゃなかったわ」

「お役に立てたようでよかった」

「このお店を開く時も、本当にお世話になったし」


 森の魔女から「町で私のレシピのものと薬師学校で学んだもの、両方扱う魔法薬店を開け」と命じられて目を白黒させた時、ケリーの両親だけでなく、ジュリアの家族まで一緒になって物件探しやら開店準備やらを手伝ってくれて、何とか卒後後すぐにこの店をオープンさせることができたのだ。


「いいのよ。おかげで、森の魔女の魔法薬が私たちの作るものと違うっていうことが分かったし」


 ジュリアは猛勉強の末、この辺境領騎士団の試験に合格し、医務部で魔法薬師として働いている。お互いに働き始めて3年。ようやく一通りのことができるようになり、久しぶりに一緒に晩ご飯でも食べようという話になったのだ。


「あら? お客さんかしら?」


 ジュリアが、窓の外からガラス越しに中をのぞき込む、緑の瞳の小さな女の子を見つけた。まだ3歳くらいだろうか、こんな所に1人でいるなんて、親は何を考えているのだろう。


「ああ、あの子ね。家にいられなくて、ああやってあちこちの店を覗いて時間を潰しているの」

「え、放置子?」

「いろいろあるのよ、あの子の家は」


 ジュリアはそれから半年に1回程度のペースでケリーの店に遊びに行くようになった。そのたびに、あの緑の瞳の女の子が店の中を覗いているのを目にし、心を痛めた。


「ねえ、あの子の家、なんとかならないの?」

「やめてよ、あそこの食堂、きれいじゃないけれども安くて味は悪くないの。トラブルになるのはごめんだわ」


 ジュリアは食事の前に一緒に食べようと思って、クッキーをたくさん手土産に持ってきていた。一袋掴むと、外にいた女の子に「クッキー、食べる?」と声を掛けた。


「え、でも……」

「いいのよ、食べて?」

「もらったら、おうちに持って帰らないと」

「だめよ。ここで食べなさい。おうちに持って帰ったら、家族が食べちゃうんじゃないの?」


 女の子は緑色の瞳を潤ませた。


「私も、ここの店主のケリーも、あなたのお父さんとお母さんには言わないわ。だから、食べなさい」

「ありがとうございます」


 女の子は涙をぽろぽろこぼしながらクッキーを食べると、「ごちそうさまでした」と言って走り去った。


「あー、餌付けしたな。これからも来たらどうするのよ」

「面倒くらい見てやったら?」

「もう、ジュリアったら、本当にお節介なんだから!」


 顔を合わせる度にお菓子やちょっとした食べ物を与えたジュリアだったが、最初に緑の瞳の女の子を見てから5年後、ジュリアは、女の子がケリーの店で掃除をしているのを見つけた。


「ケリー、どういうこと?」

「どうしても弟子にしてほしいって言うのよ。あの子の親にも確認したんだけど、下働きとして雇ってくれればいい、魔法薬師になるための授業料なんて払えないからって、そう言うのよ」

「ええ?」

「大きい声では言えないんだけど、あの子の両親がやっていた食堂、食中毒出しちゃったのよ。おかげでうちは薬が飛ぶように売れたけれど、食堂は営業停止になってね。その後廃業してしまったの。だから、お金がないのよ、あの子の家」

「食中毒……」


 ジュリアは、そう言えばこの子の両親がやっている食堂は、味は悪くないが小汚いとケリーが言っていたことを思い出した。清掃や消毒をきちんとしないような人たちだったのだろう。


「だからね、薬のことはただで教える代わりに、掃除とか料理とか、そういうのを手伝ってもらうことにしたの」

「ちょっと待って、あの年の子が掃除や料理をするの?」

「私よりも上手よ。家でどんな扱いを受けてきたかよく分かった。あの子、何歳に見える?」

「8歳くらい?」

「あれで10歳なのよ。来月には11歳になるわ」

「嘘でしょう?!」

「ご飯をちゃんと食べさせてもらっていなかったから、栄養不足なの。だから私が栄養の事を教えて、あの子が料理をする。そうすることで、あの子の食生活を改善しているのよ。それにね、あの子、痣だらけなの」

「……ひどい」

「でもね、女が1人で生きて行くにはそれなりの知識か技術が必要よ。だから私、あの子がいつかあの家から逃げ出せるように、魔法薬師として育てることにしたの」

「じゃあ、引き取ったの?」

「引き取りたかったんだけど、それは親が許さなかった。あの子に家事をさせるために、手放さないでいるんだろうと思うの」

「そんな……」

「でもね、ここにいる間はご飯を食べられる。知識も得られる。親に殴られることもない」


 ジュリアは女の子を見た。掃除を終えた女の子は、目を輝かせて本を読んでいる。


「あの子が一人前になったら、薬師学校には入れずに騎士団を受験させるわ。ジュリア、あの子のことを頼める?」

「ケリーが見てやればいいじゃない」

「森の魔女がね、森に帰って来いって」

「お店、閉めるの?」

「ううん、森で薬を作って、週に1度、ここで売るんだって。あの子が一人前になるまでは待って欲しいってお願いして認めてもらえたけれど、あの子が魔法薬師の免許を取れたら、あの子を近くで見守ってやれなくなるの」

「分かったわ。そのためには、私も昇進しておかなければいけないわね。そうなると……」

「また、会えなくなるわね」

「ええ。でも、目的のためだから」


 ジュリアは女の子の方を見た。


「あの子を確実に魔法薬師として送り込んでね?」

「任せなさい! 森の魔女も、あの子の事を気に入っているの。いろいろ教えてやりたいって言っていたから、魔女直伝のレシピ持ちが騎士団に誕生するわよ」

「それは期待しちゃうわね」


 ジュリアはもう一度女の子を見た。


「あの子、名前は?」

「クレアよ」


 名前を呼ばれたと思ったのか、クレアがこちらを見た。疲れてはいるが、目の奥には輝きがあった。この子ならきっと騎士団医務部の試験に合格するだろうとジュリアは思った。


・・・・・・・・・・


 数年後、クレアは騎士団医務部に魔法薬師として採用された。


「ご無沙汰しております、ジュリアさん。師匠からの手紙を預かっています」

「クレア、あなた私のこと……」

「ええ、覚えています。いつも食べ物を分けてくださって……」


 ケリーからの手紙は、既にケリーが森の魔女のところに戻ったことと、クレアをくれぐれもよろしく頼むという内容だった。


「クレアは、相談が必要なことほど相談しない。私でさえ、師匠としては信頼されても大人としては信用されていない。この子は……大人を信用できない子になってしまった。助けを求めることを諦めてしまっている。私ではどうにもしてやれなかった。ジュリア、どうかこの子に助けを求めるということを教えてやって」


 ジュリアはクレアを見た。キラキラしていたあのきれいな緑色の瞳は輝きを失い、心の内を隠すような曖昧な笑みを浮かべるようになっている。


 この子が、笑ってもいいんだって思える環境にしないと。

 クレアが笑えるなら、他の誰もが笑顔になれる場所になるはずだ。

 それは、全体のためにもいいことになるはず。


 ジュリアはにこりと微笑んでクレアに手を差し出した。


「ようこそ、グラシアール南辺境領騎士団医務部へ。新人のみなさんを、医務部部長として歓迎します」


 おずおずと差し出されたひび割れだらけのその手は小さかったが、確かに温かい手だった。



読んでくださってありがとうございました。

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ケリー:白い大輪のバラ。独特のフリルがあります。「白バラ ケリー」で検索すると出てくると思います。ブーケなどにも使われるようです。

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