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ただ幸せに、なりたかった【なろう版・コミカライズ】  作者: 香田紗季


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SS8 トゲは今も刺さったまま

読みに来てくださってありがとうございます。

昔の苦い記憶が突然蘇り、胸が痛くなることはありませんか?

ああ、忘れていないんだな、まだ苦しいな、と思いました。クレアもきっとそうだと思います。

よろしくお願いいたします。

 もうじきレモンの収穫シーズンになる。レモンの旬は、真冬だ。温暖なロターニャでは、レモンは地植えしたままでも冬越しできる。グラシアールでは、温室に入れ、夜には火をたいてやらねばならなかった。


 そういえば手荒れしなくなったな、とクレアは自分の手を見ながら思った。


 王専属の魔法薬師があかぎれだらけの手では、能力を疑われかねない。クレアを陥れるために虎視眈々としている貴族や医師や薬師たちから自分を守るために、クレアはクロリスとアンジェラから手肌の手入れをきちんとするように言われた。


「いいですか、クレアが貶められるということは、フレデリック様も貶められるということになるのです。そんなことを許してはなりません」


 冬でも白くてすべすべした手だなんて、グラシアールにいる時には考えられなかった。荒れてガサガサしたクレアの手をオスカーは愛おしそうに撫でて大きなその両手で包んでくれたことを思いだし、ほろりと涙がこぼれた。


 人並みの幸せを手に入れようなんてことは、つゆほども思っていない。今与えられた環境が恵まれすぎていて、クレアは自分が本当にここにいてもいいのか、間違っているのではないかと考え、居心地の悪さを感じてしまうこともある。


 クレアはただひたすら、ロターニャの民のために魔法薬を作った。幼い子どもには、熱冷ましの薬などよく飲ませる薬ほど、苦くて飲みにくい。クレアの魔法薬に必ずまとわりつく、あの爽やかなレモンの香りにごまかされて薬が飲めたというケースがいくつか報告されると、子どもを持つ親たちからクレアお手製の熱冷ましを販売してほしいという要望が寄せられるようになった。


 フレデリックは難色を示したが、どうしても役に立ちたいと願うクレアに根負けし、「疲れたらすぐに止める」ことを条件に子ども用の魔法薬作りが認められた。


 レモンの香りはしないが、ロターニャで養成中の魔法薬師たちの薬も苦みが少なく子どもにとっては飲みやすいという報告も上がるようになると、薬師の協会から魔法薬の製造を制限させろという圧力がかかった。王宮内で生活するクレアに直接の被害はなかったが、町の薬局に薬師たちや薬師たちに雇われたごろつきたちがやってきて、魔法薬が入った瓶を無理矢理取り上げて瓶を割っていく、そんな事件が相次いだ。


 フレデリックは薬師協会の代表を王宮に呼びつけた。


「……ですから、魔法薬が出回ると、我々の生活に支障が出るのです。どうか、出荷量を減らすようにお願い申し上げます」

「つまり、お前たちは苦くて薬が飲めず、子どもの病状が悪化したり、障害が残ったり、最悪死んでしまったりしても構わないと」

「ですから、我々の薬で」

「お前たちの薬が苦すぎて子どもたちが飲めないのだ。なぜ改良しようと研究してこなかったのだ?」

「りょ、良薬は口に苦しと申しますように、薬は苦いものでございまして……」

「つまり、子どものことなどどうでもいいが、自分の生活は守りたい、ということだな」


 協会の代表は汗をだらだらとかき始めた。明らかに室温が上昇している。これは、フレデリックが怒っている証拠だ。フレデリックは不死鳥の騎士なのだ、人ひとり焼き焦がすことなど造作もない。そのことに思い当たった代表は、一気に冷や汗をかき始めた。


「赤くなったり青くなったり忙しいようだが、俺は子どもの命を軽視するようなお前たちの考えに失望している」

「え、いや、そういうことでは……」

「お前たちがこれまでの伝統にあぐらをかいたのだ。お前たちの不備を、クレアたちが補っているのに、そのクレアたち魔法薬師に感謝するどころか、仕事をするな、だと? 笑わせるな、お前たちの努力不足だ!」


 代表の頬を、熱風がかすめていった。当たっていれば、重度の火傷を負うだけではすまなかっただろう。後ろの壁は全て耐火壁だが、後ろを振り向いた代表は、壁際に置かれていた観葉植物が白い煙を上げて黒焦げになっているのを見た。


「次、同じように魔法薬と魔法薬師を貶めるような発言をした場合は、お前がああなる覚悟で来るのだな」


 腰が抜けて動けなくなっている代表の元に、フレデリックが近づいてきた。そして、その顔を近づけると冷たい声で言った。


「魔法薬よりも優れた薬を作れないのであれば、国内の薬は全て魔法薬になるかもしれないな」


 怯える代表を置き去りにして、フレデリックは謁見室を出た。傍にいた騎士が代表の手に小瓶を握らせた。


「クレアさんが作った熱冷ましです。今夜きっと熱が出るでしょうから、一度お試しになってはいかがでしょうか」


 代表は小瓶を握りしめ、青白い顔のまま帰宅した。そして、騎士の言ったとおり、発熱した。


 飲みたくはなかったが、興味はあったのでもらった魔法薬を飲もうと蓋を開けた。ふわりとレモンの香りがした。苦みが全くないのではない。わずかな苦みは残っているが、レモンの香りに意識が向けられて、それほど苦もなく飲み干せた。ふと、自分が作った熱冷ましをなめてみた。まずくて飲めたものではなかった。


 自分たちは、こんなまずいものを「薬だから飲め」と強いていたのか。

 子どもたちが薬嫌いになるのも当然だ。

 薬を嫌って命を落とすという話も事実なのだろうと受け入れられた。


 一晩眠ると、すっきりと目が覚めた。熱は完全に下がっていた。副作用もない。


 代表は誓った。


 飲みやすく、効果が高い薬をつくろう、と。


 一方、クレアはフレデリックが薬師協会の代表を脅したと聞いて、心を痛めていた。


「お願いですから、そういうことはお止めください」

「だが、クレアたちが作る薬の方が効果が高いのだ。彼らの努力不足を棚に上げてクレアたちを攻撃するのは許せない」


 フレデリックが守ってくれるのはうれしい。だが、誰かに守られる度、クレアの脳裏には自分を守ろうとして立ちはだかってくれたオスカーの姿がちらつく。記憶の中のオスカーは、クレアに恨み言など言わない。だが、クレア自身が自責の念から逃れられない。これは永遠に続く罰なのだ。オスカーが死んだことで、抜くチャンスを失ってしまった見えない心のトゲは、フレデリックでは抜くこともできない。


「そういうことでしたら、私は自分自身に治療が必要な時、魔法薬を使いません。一般薬を使うようにします。そうすれば魔法薬師だって一般薬を使うのだと薬師の方々にも伝わるでしょう」

「だめだ、一般薬と魔法薬が補い合えばいいだけだ」

「ですが、今のままでは一般薬と魔法薬は対立するものになってしまいます。私が率先して一般薬を使うことで薬師の皆さんの溜飲が下がるのなら、私は構いません」


 クレアが使う手荒れの軟膏は、一般薬だ。クレアは一般薬も魔法薬も両方とも作ることができるが、敢えて薬師協会に加盟している薬師が作る軟膏を使うようにしている。一般薬の薬師が作った手荒れ用の軟膏はよく効き、クレアの手はオスカーが知る手とは全く違うものになっている。


 すべすべの手は、この国の一般薬師とフレデリックの対面を守るためのもの。


 その手をうらやむ女性はたくさんいるだろう。だが、クレアには、それが自分の手であるという実感は持てない。作られ、飾られたもの。虚飾。クレアの心が重くなる。


 風に乗って、ふわりとレモンの香りがした。ベランダにあるレモンの木には、レモンが3つ、実っている。


 オスカー様、元気になれっておっしゃっているのかしら。


 風が頬を撫でるように吹き抜ける、そんな時、クレアはオスカーの気配を感じる。


 あなたが守ってくれた世界ですもの、どんな些細なものであれ、争いを起こしたくないのです。


 心に刺さったままのトゲは、今日も抜けない。


・・・・・・・・・・


 その後、薬師協会の代表の努力虚しく、熱冷ましについては苦みを消すことはできなかった。だが、咳止めにミントをごく少量使うと飲みやすくなることがわかり、魔法薬に負けず劣らず売れるようになった。


 後日、代表はこんな話を耳にした。


 フレデリックの専属魔法薬師であるクレアという女性は、代表が作る軟膏を愛用している、と。


 急に肩から力が抜けた。張り合う必要などないのだと理解した。


 一つ、争いの芽が摘まれたとクレアが知るのは、もうしばらく後のことになる。

読んでくださってありがとうございました。

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