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ただ幸せに、なりたかった【なろう版・コミカライズ】  作者: 香田紗季


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SS6 魔女の惚れ薬

 昔々、まだ魔法薬が魔女だけの物だった頃。


 ある深い森の中に魔女たちが住んでいました。その中に、若い魔女がいました。彼女の特技は薬を作ること。若い魔女はせっせと魔法薬を作りました。そして、どうしても魔法薬でなければ治らない病を治療したい人にだけ、魔女の村にたどり着けるように魔女の村に魔法を掛け、必要な人にだけ魔女の魔法薬を売っていました。


 そんなある日、今にも死んでしまいそうな青年があらわれました。まだ若い魔女が青年を見つけ、村に運びました。青年は若い魔女が介抱してくれたおかげで、命を取り留めることができました。しかし、青年の顔色はさえません。


「なにかあったのですか?」


 若い魔女の問いかけに、青年は答えました。


「僕にはマリーンという恋人がいた。だが、マリーンは貧乏な僕ではなく、金持ちの男との結婚を決めてしまった。僕は辛くて街から逃げてきたんだ。この森の中で1人静かに死のうと思って」

「あなたが命をかけねばならないほどに、マリーンは価値ある人だったの?」

「僕の全てだったさ」

「あなたを捨てた人なのに?」


 青年は何も言わず、悲しそうな目をして、黙ってベッドに潜り込んでしまいました。魔女には恋する気持ちがまだ分かりません。ですが、この青年の心をなんとかしてやりたいと思いました。


 マリーンという女性のことが忘れられなくて辛いというのなら、彼女のことを忘れてしまえばいいのではないかしら? 

 そして他の人を好きになればすべて丸く収まるのでは?


 魔女は研究を重ねて、好きな人を忘れ、新しい恋に向かうための薬を作りました。これを飲めば、青年は彼女のことを忘れて新しい恋に向かい、新たな人生を進めるはずです。


 魔女は青年にこの薬を渡しました。そして、どのような効果があるのか説明しました。


「あなたがこの薬を飲むかどうかは、あなたが決めればいい。でもあなたを捨てたマリーンは、森の中であなたが1人寂しく死んだとしても、気に留めないのではないかしら? だったら、マリーンの存在そのものを忘れて新しい人生を生きた方が建設的だと思うの」


 青年はその薬をもらうと、その場で飲んでしまいました。魔女の計算では、眠くなるはずです。そして起きたらマリーンのことを忘れているはずです。


 青年はやがてうつらうつらし始め、そのまま眠ってしまいました。魔女はゆっくり寝てもらおうと部屋を後にしました。


 4時間ほどしたところで、青年が起きてきました。


「おはよう。気分はどう?」

「悪くない。いやむしろすっきりしている」

「そう。マリーンのこと、何か覚えている?」

「マリーン? 誰だ、それ?」

「ああ、成功ね。あなたは良くない記憶を1つ消したのよ」

「記憶?」

「ええ。あなたは恋に苦しんでいた。だから、その恋心を消して、新しい恋に進むための薬を飲んだのよ」

「そうなのか。だから、君のことがこんなに気になって仕方がないのか」

「え?」

「君の名前、そういえば聞いたことがなかったよね? 教えて?」


 魔女はここで初めて、前の恋心を消すことには成功したけれども、飲んで目覚めて最初に目にした人を好きになってしまうのだと気づきました。この薬は失敗です。青年に薬を飲ませたのは自分ですが、自分は別に青年のことを愛しているわけでもないし、このまま青年の好意を受けて魔女ではない普通の男と結婚したら、魔女は魔女ではなくなってしまいます。この魔女の村から追放されてしまうのです。


 慌てた魔女は解毒薬を作ろうとしましたが、どうしても解毒できません。青年は魔女のことを好きになったという、間違った精神操作を受けたままの状態になってしまったのです。


 困った魔女は、先輩の魔女たちに相談してました。しかし、魔女たちはどうにもならないと若い魔女を叱りつけると、青年と一緒に村から追い出しました。もう、若い魔女でもあの魔女の村に入ることができなくなってしまいました。


 途方に暮れた魔女ですが、自分の起こしたことに責任を取るために青年と結婚しました。青年が愛をささやく度に、魔女は自分のしたことがどれほど罪深いことだったかを深く深く思い知らされることになりました。これが、好きな人を忘れてもいいと思ったケースだったからまだよかったけれど、もし忘れたくない人を無理矢理忘れさせようとしていたら、どんなにこの青年が苦しんだだろうと思うと、魔女はとても辛くなりました。


 魔女は街の人のために、魔法薬の薬局を開きました。魔法薬は普通の薬よりも少し値段が高いものでしたが、よく効くとたちまち評判になりました。


 魔女は魔法薬について学びたいという人を集めて、魔法薬師を育てました。魔法薬師となった弟子たちは各地に散らばり、国の内外で魔法薬師が活躍するようになりました。


 やがて青年は老人になり、息を引き取りました。妻となった魔女は、まだ若いままです。魔女の寿命はとても長いからです。魔女は夫の死後、姿を消しました。魔女の村に戻ったのか、森で1人で魔法薬を作り続けているのか、それは誰にも分かりません。


 魔法使いが迫害されたロターニャでは魔法薬師も魔法薬も廃れてしまいましたが、グラシアールでは魔法薬が発達し、普通の薬と魔法薬がほぼ同じ値段で売られるほどに普及しました。そのグラシアールの森の中に、時々魔法薬師の弟子を取る魔女がいて、魔法薬の作り方を教えています。魔女は魔法薬師になるための最後の授業で必ず「惚れ薬」を作らせ、その罪を説いているのだそうです。


「絶対に人の心を歪めるような薬を作ってはいけないよ」と。



読んでくださってありがとうございました。

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